V:ヒョウタとの決着
大きな音と共に壁に衝突したのは苦悶の表情を浮かべながら声無き嗚咽を漏らす。
吹っ飛ばされたのはアユミのストライクであり、その衝撃で巻き上がった砂埃に隠れてしまい安否は確認できない。
アユミは余裕の表情を浮かべてはいるが、はじめて彼女のバトルを見ているキララはハラハラしていた。
「あのぅ、本当にアユミンのストライクは……」
それを見兼ねたのであろうキリンは、彼女の頭の上に手をぽんっと置いてやる。そして優しく撫でてやりながら安心させるように補足を入れる。
「なあキララ」
「は、はい」
「ジムリーダーってのは大概自分の使うタイプが決まってるよな」
「そうですね、はい」
つまりヒョウタみたいに岩タイプ専門だったり、トウガンみたいに鋼専門のジムリーダーがいるということだ。
それはジムというシステムが作られた時から制定されていることであり、長年そうあり続けてきた。
「そしてそいつらの大体が自分達のポケモンの弱点対策をしている」
「言われてみれば。あたしはジム戦しませんけど、そういう話は耳に入れてます」
「ならトレーナーの戦略としてジムリーダーの戦法を使うってのはアリだと思うか?」
「え? それってつまり、あえてそのジムリーダーが使うポケモンの弱点となるポケモンを使うってことですか?」
キリンはにこっと笑い、頷く。
「ああ、そういうことだ」
「で、でもそれって難しくないですか? そうだったらボックス利用権を得ないと対処のしようが」
「そうだよな。だからアユミは自分の手持ちの弱点を克服する努力を毎日してる。あのストライクなんかもまさにそうさ」
キララが言ったボックス利用権、それは限られた人間にしか与えられていないボックスシステム利用の権利である。
ボックスというのはポケモンを保管しておく場のことでありそれは全てネットワークを介してとある施設で管理されている。
ボックスには上限があるが、大抵何匹でも自分のポケモンを預けられるシステムのことである。
しかしながら誰もが使えるというわけではない。なぜなら、そんなシステムを一般に使用させるようにするとポケモン達の生態が崩れるからである。それはすなわちポケモンの乱獲を危惧してのことだ。
なのでボックスシステムは協会が認定した極わずかな人間達にしか与えられておらず、その権利を持つということはポケモンマスター同等の価値があるとさえいわれている。
現にポケモンマスター(すなわちポケモンリーグ制覇、次期チャンピオンということになるのだが)になればボックスシステムの利用権利を得ることができるとされている。
つまりキリンがキララに説明した戦法はそれほどまでに熟練度が必要とされるものなのだ。
「じゃあアユミンにとってこのバトルはやりやすいってこと?」
「そう、なるのか? まあ、そうかもな。あいつは頭で何考えてるかわかんねえけど、バトルにおいてはそんじょそこらとはわけが違う」
「ほぇー」
そうキリンとアユミが話しこんでいる間にもストライクが弱弱しくもその翅を羽ばたかせて戻ってくる。
どうやら自身を支える程の飛翔力はまだ兼ね備えているようである。
「四倍のダメージで、まだもつか。さっきのフェザーダンスのおかげかな?」
ヒョウタは感心したように口を鳴らす。
「そうかもね。【身代わり】という技は本当に便利なものだよ」
「なに? まさかそのストライク、そういうことか」
「ふふふ」
ストライクの特性、虫の報せ。それは自身の体力が減っていくと発動する虫タイプの技を底上げするものである。御三家の持っている特性と似ている。そうそして普通ならば一撃をくらったらば戦闘不能に陥るストライクでも【身代わり】をすることで残り体力の調整をある程度行うことができる。
だが、虫タイプの技の威力があがっても岩タイプのゴローニャやラムパルドには意味がない。
「ここから反撃開始だよ。ストライク、【シザークロス】! ピジョット、【追い風】!」
上空にいたピジョットがすかさず翼をはためかせ風を巻き起こす。【追い風】、それは味方側のポケモンの素早さが一定時間早くなるものであり、この時点でゴローニャの【ロックカット】ではその差は埋まらなくなってしまった。
ストライクはボロボロになりながらも、鋭い眼光と機敏な動きで一気にゴローニャの懐へと潜り込む。
ヒョウタからしたらストライクの体はゴローニャにすっぽりと隠れて視認できないはずである。ストライクの両腕の鎌がゴローニャの体を切り刻み、そしてすかさずストライクは離れる。
攻撃を受けたゴローニャはしかし鳴き声一つ上げずに、ただ黙ってストライクを余裕の表情で見据えている。
「そんなもの僕のゴローニャには効かないよ。ラムパルド、ゴローニャ、【岩雪崩】!」
ヒョウタの指示は読めていた。読めていたからこそアユミは歯噛みした。
先ほどのストライクの【シザークロス】、それがゴローニャに効かないことをアユミは重々にわかっていた。しかしそれでもアユミはある手応えを感じていた。
なぜならゴローニャが切りつけられた外層部分には削りキズが残ったからだ。
だがそれを確認するや否やの相手からの攻撃。威力は高くないとはいってもこっちには相性的には悪い……それをストライクが耐える保証はまったくない。それにもう【身代わり】は体力的にも使えない。
「一気に行くよ! ストライクは【瓦割り】、ピジョットは【鋼の翼】!」
しかしいくら縦横無尽に岩が二匹に迫ろうとも、今のアユミのポケモン達に当たる可能性は低い。だからこそヒョウタは二体同時に同じ技を指示したのだろうが、そんなものが通じないと相手にわからせないといけない。
ストライクは地面ぎりぎりを疾走して飛来してきた岩を技で粉砕し、ピジョットは空中の理を生かして例え岩があたっても体をひねりながら衝撃を逃がしていく。
さすがのヒョウタもアユミのポケモン達が、いかにレベルが高いのか知ったのか次の指示を出す為に口を開く。
「ラムパルドはピジョットの攻撃に【電撃波】! ゴローニャはストライクに【ロックブラスト】!」
先の攻撃で生じた岩の群れは徐々にその数を減少させ、かわりにストライクにはゴローニャから下からすくい上げるように投げ出された岩盤が迫りくる。
ストライクはゴローニャへと突進しながらゴローニャの腕の動き、そして岩盤のはぐれ具合から軌道を見極めて体に擦りつけながらも、それでも突進していく。
対するピジョットはラムパルドから発せられた百発百中の電撃をその鋼と化した翼で受け止め、体を目一杯に広げて電気を逃がす。しかし、それでもダメージは喰らってしまうが根性でそのままの勢いでラムパルドの顔面に右翼を思いっきり叩きつける。
ストライクも攻撃の連鎖をくぐりぬけてゴローニャの右頬に鎌を突き出して攻撃を命中させる。
タイプ不一致ではあるものの効果は抜群ではある。
「くっ、まさか押し通られるとはね! でも、まだまだだ!」
「ジムリーダーっぽくなったじゃないか、だが次で終わらせるよ!」
アユミは右腕を勢いよく引いて、するとストライクとピジョットが彼女のすぐ傍まで後退してくる。
「ピジョット、【羽休め】! ストライクは【真空波】!」
「なに?」
ある程度飛べなくなる代わりに体力を多く回復する【羽休め】。そのターン、ピジョットは動けなくなるがその時間を稼ぐためにストライクが援護する。
かまいたちのような感じでゴローニャとラムパルドに効果抜群である格闘タイプの特殊技が飛来していき命中する。
だが【真空波】という技の威力は低く、誰もあまり使わない。
「なっ!? 【真空波】なのに、どうして!?」
しかしヒョウタは自分の二匹のポケモン達が苦悶の悲鳴を上げながら倒れるのを見て驚愕する。
「誰が、いつ、この子が虫の報せなんて言ったんだい?」
アユミは不敵な笑みを浮かべて、再度ストライクに指示を出す。
「まさかテクニシャン? だったら、最初のあれは……っ! そういうことか!」
「やっぱりジムリーダーにでもなると頭の回転は速いみたいだね。でも、そうはさせない!」
再びストライクの【真空波】がヒョウタのポケモン達を襲う。
特性テクニシャン。それは威力の低い技を高威力で出すことができる。
つまり【電光石火】などの攻撃の威力が【電撃波】や【スピードスター】並みに跳ね上がるのだ。
それをヒョウタの認識と食い違わせる為にアユミはバトルの幕開けにストライクに【身代わり】を発動させながら、体力をわざと削って特性虫の報せを発動させようとしてるとヒョウタに思い込ませたのだ。
ポケモンバトルはポケモン達に指示を出すトレーナー同士の戦いでもある。なので相手の意表を突くということは戦法において、なによりも相手の優位に立つということに等しい。
「それじゃ仕上げだよ。ストライク、ピジョットに【瓦割り】!」
ストライクの右腕が白く光り、そのまま回復仕立てのピジョットにぶちこまれる。
ピジョットはわかっていたのか、平然とした様子でストライクの攻撃を受けて大きく羽ばたく。
ヒョウタは目の前の少女が何をしているのか想像できなかった。いや、ある意味戦法ぐらいは知っているのだろうが……まだ自身がお目にかかったことがないと言った方がいいだろう。
バッジを失ってはダメという新しい条例の下、ヒョウタは負けたことがない。つまり負ける恐れがないほどまでに挑戦者のレベルは低かったのだ。
だが自分の父親が殺され、その理由がジムバッジにあるとすぐに分かった彼はここへと逃げてきた。しかしまるで死神のように、その父親と戦ったという少女が目前に現れたのだ。
途端、ヒョウタの足は震え始めた。
ゴローニャとラムパルドがようやく立ち上がるも、本人達はストライクがピジョットに向かって技を放ったところをただ目撃しただけだ。いやそれだけでショックとしては十分だろう。軽い混乱状態には少なからずとも陥る。
しかしそれ以上にヒョウタはこの場から逃げ出したくなっていた。
「ピジョット、【オウム返し】。ストライクはもう一回【真空波】」
アユミの呟きが、ヒョウタには死への宣告に聞こえた。
彼の手持ちはヒョウタからの指示が何もなく、ただ防御の構えをとることしかできずにピジョットの猛攻を喰らって声無くして倒れる。
テツの宣言がそこで入り、アユミは彼からバッジを受け取ると共にポケモン達に労いの言葉をかけてボールへと戻す。
「……タさん! ヒョウタさん!」
テツの呼び掛ける声にもヒョウタは反応を示さず、ただ立ちつくしたまま瞳の色を無くしたように突如乾いた笑い声を発する。
「負けたよ。これで僕も父さんみたいに―――?! いやだ……いやだいやだいやだいあだぁぁぁ!!」
「ヒョ、ヒョウタさん? お、落ち着いて! 落ち着いてください!」
ヒョウタはおもむろに作業服のポケットから一つのリモコンを取り出す。
「ヒョウタさん、それは?!」
テツはそれを見て表情を険しくしヒョウタに縋って説得を試みるも、ヒョウタの顔にもはや正気の沙汰は残っていなかった。
「おいおいやばくねぇか?」
「ジムリーダーだというから少しは器があると思っていたのに。でも、確かにやばいね」
「あうぅ、あの人こわいです」
キリン、アユミ、キララがそうヒョウタの様子から危険を感じ取ったのもつかの間、ヒョウタはリモコンのスイッチを押した。
そして突如、その場にいた全員の鼓膜を揺るがしたのは強烈な爆発音。次に視界を奪ったのは土砂が爆裂し、爆散する黒煙の嵐だった。