IV:ヒョウタとの対決
第十三章:極寒の中で IV:ヒョウタとの対決
クロガネシティ 炭鉱:
「ダメだダメだ! ここから先は立ち入り禁止だっ!」
十数人の報道陣の群れとそれに対抗する十数人の作業員が、ヒョウタが奥へと言ってしまった炭鉱入り口前で騒いでいる。
「ジムリーダーから一言聞かせてください!」
「ヒョウタをだせー!」
などとモラルの欠片すらない輩がたむろっている中、アユミ達三人は悠々と炭鉱の入り口を目指す。
「おいおい、こら! 言っただろ、ここから先は誰であっても立ち入りは許可できない!」
黄色い作業用ヘルメットを装着した筋骨隆々な作業員が彼女達の前へと立ちはだかる。
「アユミン……やっぱりさりげなくだなんて無理だよぅ」
一際不安の色を帯びた声でキララがアユミの腕を掴む。
そう、彼女たちはどうしてもヒョウタと話をすべく、強行突破を試みたのだ。
「ジムリーダーヒョウタに用があってきた。通してくれないかな?」
明らかに年上な人物に対して、アユミはまさに上から目線な物言いをする。
「なんだと、このガキが! とっとと帰れって言ってるんだよ!」
さすがの作業員もいきなりそう言われてきれたのか、青筋を立てながら怒号を飛ばす。
それもそうだろう、ただでさえ肉体労働ばかりしているのに加えてこんな野次の対応までせねばならないのだ、相当なフラストレーションが溜まっているのは予想できる。
「これだから筋肉バカは……本当に脳みそが筋肉でできてるんじゃないだろうね?」
「んだと、貴様ぁ!?」
やれやれと言った仕草をするアユミを、キララは更に不安な表情で見守る。
作業員の男はまさにアユミに殴りかからんといった雰囲気だ。
「おいおい、どうした!」
同僚の様子に危機感を覚えた別の作業員がやってくる。
その中にはここのリーダー的存在であろう人物も駆け寄ってくる。
「あ、テッさん。このガキンチョ共が……」
「君たち、ヒョウタさんは誰にもお会いにならない。今日のところは帰ってもらおうか」
テッさんと呼ばれた、いかにも頼りがいのある兄貴風貌の男がアユミ達を見下ろしながらそう告げる。
そしてそこでアユミはある既視感に見舞われた。彼女はその男を凝視して、しばらく見つめたあとに口角を上げて微笑んだ。
「へえ、あなたの方がそっちの脳筋よりも話が通じそうだ」
アユミは懲りていない、というかそのままの口調で話し始める。
テッさんの隣にいた男はアユミの言葉でぴくっと肩をはねさせてわなわなと震え始める。それをテッさんが腕をあげて制止する。
「大人をからかうものじゃないぞ。君たちはトレーナーかい? ジムの挑戦なら申し訳ないが、今のところ受け付けてはいない」
「そういうことじゃないよ。私達はジムリーダーに伝言があってきたんだよ……ミオジムのトウガンよりね」
アユミはどこか挑発的な笑みを浮かべつつ、そう微笑する。
「っ!」
そしてアユミの言葉に対してテッさんなる男は勘付いたのだろう、「そうか、なら来てくれ」と言って彼らを中へと招き入れる。
「え、テッさん?」
最初に会った作業員の男は訳がわからないといった様子であったが、テッさんに仕事に戻れと言われしぶしぶ退散する。
「おいおいアユミ……お前こういうの慣れてね? 実は」
「そうだよアユミン。だってあたし心臓まだバクバク言ってるよ?」
キリンとキララがアユミに小声でそう話しかけ、一方のアユミは片方を目でにらみつつこう漏らす。
「私だってこんなの言うのは初めてだよっ!」
アユミの表情は髪と眼鏡によって隠されてはいるが、横から彼女を見る二人はアユミの表情に緊張感が混じっているのを確認するとお互いに安心から生まれた微笑を浮かべる。
「ヒョウタさん、少しよろしいですか?」
炭鉱というのは中を照らされてはいても、とても閉鎖的な空間である。
その炭鉱の一番奥、かなり開けた場所にヒョウタが項垂れて一つの機材に座っていた。
「今日僕は誰とも会わないと言っただろ、テツ」
「……いえ、それが」
ヒョウタが項垂れていた首を上げて、テツの後ろに控える三人を一瞥しながらそう溜息混じりに発する。
「この三人、トウガン殿からの伝言を伝えに来たと申しておりまして」
「……なに?」
そこで初めて三人は無表情というよりは虚無をただ眺めているようなヒョウタの表情が変わるのを見る。
「と、父さんに会ったのかい、君たちは?」
ヒョウタの顔をそこで直視したアユミは、テツの背中から一歩前へと出て口を開く。
「正確にはあなたの父親とバトルして勝ったのが私達ということよ。つまり私達も知りたいところがあるんだよ、なぜ負けたジムリーダーが殺されるようなことになるのかをね」
「そ、それは……」
アユミの問いかけにヒョウタは口ごもる。
「そう、あなたも知らないわけか。哀れだね、何も知らずにただ殺されるのを待っている日々を送るだなんて」
「お、おい、アユミっ」
「アユミン、それは言い過ぎだよっ……」
後ろの二人からの助言を無視して、アユミは更に問い詰める。
「そんなんだからあなたの父親もその恐怖に耐えられなくなって、あんなへっぴり腰なバトルしかできなかったんだ」
明らかなる挑発。
しかしそれこそがアユミの狙いであった。
「父さんはそんなことで怖くなったりなんてしない! それに僕だって知らなかった……! もしバッジを、バトルに負けたら殺されるっていうのがあの新しく出来たルールに書いてあった代償だなんて!」
そうか、ジムリーダー達も知らなかったのか。だったらなおさらその文献に興味がある、とアユミは思っているのだろう。
取り乱しはじめるヒョウタを、まるで蛙を睨む蛇のような表情でアユミは蔑む。
「……くくく」
「……?」
突如として奇怪な笑みを上げるアユミをヒョウタは不可思議そうに見つめる。
「もし私達がそのルールを知った上であなたの父親と戦ったと言ったら、どうする? 私達はあんな程度のジムリーダーを軽くひねりつぶせることを知ってて、そして倒してしまったらどうなるかを知ってて、トウガンに挑んだと言ったら? ねえ、どうするんだい? クロガネシティジムリーダーヒョウタ?」
アユミ……この娘を悪と言わずとして何と言おう?
しかしキリンもキララも彼女が無理をして、なお嘘をついていることを知っていて口出しはできない。
そう、彼らはもう後戻りはできないのだ。
例え彼らに良心があったとしても、割り切らなければならない。
「君が、君が父さんを殺した? 負けたら殺されるとわかっていながら、父さんを負かした? そ、そんな連中に父さんが負けるはずないじゃないか?! そんなの父さんが報われない! 報われない!」
眼を見開き、わなわなと腕を震わせ熱弁するヒョウタ……彼はすでに自分の身に降りかかった不安と恐怖で自我を保てずにいた。だからこそ、自分の居所である炭鉱へと逃げてきたのだろう。
「ならあなたもバッジを賭けて私とバトルをしよう」
そしてここからはアユミのお手の物。
「なに? なんで?」
「だって父親が報われないんだろ? だったら同じ条件で私に勝てばいい、そうすれば報われるんじゃないのかい? もちろん私が負けたら、君の好きなようにしていい」
アユミは首を左右に振って髪を弾かせ、眼鏡を取る。
「……わかった。テツ、君が審判をしてくれ」
「いいんですか、ヒョウタさん?」
「ああ、いい。これがバッジだ……」
「……わかりました」
ヒョウタはテツにコールバッジを手渡して、二つのボールを取り出す。
「悪いけど僕はダブルバトルが好きでね、それでもいいかな?」
「まあ、いいよ。私もそれが好きだから」
対するアユミも十分にヒョウタと距離を取って対峙する。
この炭鉱は重機材も通る為、かなり大きな空間が存在している。なのでバトルをするには丁度と言っても良い程にスペースがあるのだ。
「それではジムではありませんが、ここで臨時ジム戦を行います。挑戦者、名乗りを上げてからポケモンを出してください」
「カンバル アユミ、ハナダシティ出身だよ。いってストライク、ピジョット」
むし・ひこうタイプのストライクとノーマル・ひこうタイプのピジョット……それがアユミの出したポケモン。
「本当に君は僕の父さんを倒したのか? そんなポケモンで?」
そうヒョウタが拍子抜けするのも当然であろう。なぜならばヒョウタは岩タイプの使い手で父親のトウガンは鋼タイプの使い手……アユミの手持ちからして明らかに不利な相性なのだ。
「だから言っているだろう? あんな奴、手こずるような相手じゃないって。これぐらいが丁度良いハンデなんだよ」
「……くっ! いってこい、ゴローニャ、ラムパルド!」
キリンとキララはアユミの後ろでバトルの模様を静観している。だが二人とも不安でしょうがなかった。なぜなら、アユミを信頼していると同時に彼女のことを自分以上に彼らは心配してしまうからだ。
「バトルスタート!」
「ゴローニャ、【ロックカット】! ラムパルドは全方位に【原始の力】!」
素早さの低いゴローニャとラムパルド、彼らが有利に勝負を運ぶためには先ずもってスピード負けしてしまう。それをいかに邪魔されずに能力値を上げるか……これがヒョウタの戦法なのだろう。
アユミの方へと飛び散ってくる大小様々な岩の破片をピジョットとストライクは見切りながら避けるが、それだと相手に時間を与え過ぎてしまう。
「ピジョット、【フェザーダンス】。ストライクは【影分身】」
ポケモン達には最低でも一つ二つの能力値を変動させる技を覚える。それは自身の弱点を克服、あるいは長所を更に伸ばすものが多い。
そしてこの場合アユミが対処として取った指示は、攻撃力を誇る相手の長所を下げる補助技とストライクの素早さを補う為の【影分身】。
「やるね! だけどラムパルドの能力値は全部上がったよ!」
「上げるなら上げればいいさ。私は一向に構わない」
余裕の表情を見せるアユミ。
眼鏡がないせいか、彼女の眼は完全に前髪に隠れているようにも見える。
「言うね! でもこっちも攻撃を下げられても相性的には威力十分だ! ゴローニャ【転がる】! ラムパルドは後ろから【諸刃の頭突き】!」
ゴローニャの巨体の後ろにすっぽりと入ってしまうラムパルド。二匹はそのまま砂塵を撒き散らしながら、物凄いスピードで突進してくる。
「ピジョットは上へ逃げてストライクに指示! ストライクは【ダブルアタック】!」
ストライクに岩タイプの技はおよそ四倍のダメージが入る。そのストライクが地面を滑走しながら相手へと挑んでいく。アユミの考えていることは一体?
「だ、大丈夫なんですかアユミンは?!」
「まあ俺もあれでサイドンやられたからなぁ……。大丈夫なんじゃね?」
そう、アユミはキリンに負けたことがない。そしてキリンの手持ちにはゴローニャと同じ岩・地面タイプ。
一体どんな仕掛けが待っているのか? そう期待せざるを得ないキララは、しかし、次の瞬間ゴローニャの【転がる】とラムパルドの【諸刃の頭突き】をもろに食らって吹っ飛ぶストライクを目の当たりにする。
「え……?」
それはテツやヒョウタも感じたことなのだろう。
ピジョットは宙に舞ったまま何もせず、無常にもストライクの攻撃は歯が立たず、相手の攻撃によって仰け反りながら炭鉱の中の壁へと直撃する。
ストライクはくらってしまった大ダメージに苦しい表情を浮かべるも、まだ戦えるようである。
「まあ、こうなるし、これぐらいじゃなきゃ拍子抜けだよね」
そう零しながら、口の端を上げたのはアユミであった。