III:新たなる仲間
ミキキ キララ。
自称凄腕レポーター。だが、彼女の名を知る者はいない。
なぜならば、と問われればそれは彼女が何一つとしての記事を公開してはいないからである。そう、彼女は全ての真実を知る術を持ちながら世間に知らすことはないのだ。
それが彼女と彼女のパートナーとの約束であるからである。
「おいしかったです。ごちそうさまです〜」
満面の笑顔と共に手を合わせるキララは満足気な表情でグラスに残っていたホワイトウォーターをストローで飲み干す。
ズズズという音を最後にグラスの中の氷がからんと鳴り、アユミはそれを合図に会話を再開させる。
「一つ、いいかな?」
「はい?」
キララが食した皿の十倍もある食器の山に埋もれているアユミは、キララに対してこう尋ねる。
「君の情報力を私達は欲しいし、もし君が知りたい真実というのが私達の旅を通して得られるのなら一緒に来ないかい?」
それは唐突と言いすぎても過言ではない誘い。
キララはきょとんとしながらアユミを見つめ、キリンもびっくりしたのか口をあんぐりさせながらアユミを凝視する。
「べ、別に迷惑ならいいんだよっ。私はそうすればお互いにプラスが生まれると思ったからで、それだけなんだからね!?」
途端に慌てだすアユミを見ながら、キララは先ほどの笑顔とはまた違った笑みを浮かべる。
「うんっ! あたし、アユミンやキリリンと一緒に行きたい!」
「……アユミンっ?!」
「キリリンか、いいな」
普段はクールなアユミでもキララのペースに巻き込まれると素で感情を露わにせざるを得ないのだろう。キリンは普段通りのマイペースぶりではあるが……。
キララは自分がアユミンと呼ばれ戸惑っているアユミの両手を手にとって両目を輝かせる。
「ありがとうっ! あたし、頑張るね!」
「……う、うん。それは勿論のことなんだけど、さ、さっきの呼び方はやめて―――」
「ありがとうアユミン!」
がばっ! キララはテーブル越しにアユミの首回りへと腕をまわして抱きつき、アユミンことアユミは自分にされる初めてのことに更にテンぱってしまう。
そんな珍しいアユミを見ながらキリンは言葉を発さずに笑い、まるで親が子に向けるような表情へと変わる。
「こら、キリン! 良いから、こいつを私から離せっ!!」
「う〜ん、アユミーン!」
「くっくっく、あーはっはっは!」
必死にキララを自分からはがそうとするアユミに、ついに耐えきれなくなったのかキリンは盛大な笑い声を上げるのであった。
「いいかいキララ! もう一度あんなことをしたら、私は君を解雇するからな! 覚えておきたまえ!?」
「はぁ〜い☆」
「わかってるんだろうね!?」
「はぁ〜い、ア・ユ・ミ・ン☆」
すっかりキララの中でのアユミ像は確立されたようで、キリンは未だに腹を抱えながらに笑いを堪えている。
そんな三人は店を出て、近くの公園へとやってきていた。
街の中心からは離れており、そこのバトル用フィールドにはちょうどよく人はいなかった。
「まあいいよ。私達はお互いのことを知らないといけないからね、まずはポケモン同士を会わせよう」
「そうだな」
「はーいっ!」
元気良く手を上げるキララをよそに、アユミとキリンはお互いの手持ちをボールから出す。
アユミの手持ちはピジョット、ユンゲラー、そしてストライク。対してキリンはサイドンとキリンリキ。
「わあっ、カントーのポケモンだー」
キララは恐らくあまりカントー地方のポケモンを見たことないのだろう。まじまじと二人のポケモンを観察し、ポケモン達はそんな初対面の少女に警戒する。
「キララも早くだしなよ」
「あ、うん。ごめんごめん」
えへへ、とごまかし笑いを浮かべながらキララは自分のボールの一つを取り出す。
「出てきて、ポリゴン」
奇妙な電子音と共に飛び出したのはポリゴン2。ポリゴンとは違い、全体的が丸い体をした進化形である。
「ポリゴン系か、なるほどね」
アユミはキララの手持ちを見るや否や納得するように呟く。
「でも、そのポリゴン2は他のポリゴンとは違うみたいだね」
「そうか? 俺には普通に見えるってか、ポリゴン2なんて初めてだな見るの」
ポケモンの世界にいるからと言ってポケモン全てを知るということは不可能に近い。というのも住んでいる地方、とあるポケモン達の希少性などを考慮すればわかることではあるのだが、全国を旅していても見つけるのも大変なポケモンも多いのだ。
そしてアユミの洞察力は正しかった。
いくらポリゴン2が電子データの中へと自身をダイブさせることができるからと言って、人間も人間で対策用のプロテクトをかけている。
そんなプロテクトのトラップをかいくぐり、なおかつ侵入した痕跡を残すことのないポリゴンなどアユミはきいたことがないからだ。今まで得てきた知識の中でもそんなことが可能だとは思えなかった。
「えへへ〜、あたしのポリゴン2はとっくべつなんだぁ〜」
キララは自分のポケモンが褒められていると感じたのだろう、ポリゴン2を胸に抱きかかえて笑みをこぼす。
「そう……。なら君がここへと来たのは、生の情報を人から直接聞き出すためなんだね」
アユミは彼女のその様子から、電子データとして保存されているものの全てを把握していると結論がいった。つまり、キララは何もかもを知っている。そして知りつくさないと気が済まないという性質であるということをも見抜いた。
だからあんな危険な真似をしてでも……そうアユミは気分を曇らせながらも、キララの行動力に感心せざるを得なかった。
「うん。情報は常に生まれて、必ず消えない。情報は新鮮な内に掴まないと、汚されて見えにくくなっちゃうものだから」
情報とはこの人の社会においてかけがえのないものである。
人は情報なくしては生きてはいけない。だからこそ言葉が生まれ、文字が生まれ、科学が彼らの最大の武器となった。
そして人は情報をもって人を支配する。いや、洗脳する。
言葉を駆使して、文字を駆使して、科学を駆使して情報とは人の手によって変えられ、隠され、そして使われてきた。
しかし新たなる情報とは、まるで生まれたての赤ん坊のようにとても純粋である。それが育つ過程において変わっていくように、情報も最初が一番新鮮であり、嘘偽りのない純粋なものなのである。
だからキララは情報を求める。求め続ける。それは尽きることのない欲望を持続させている彼女にとっての栄養なのかもしれない。
「だからあたしはヒョウタさんから聞かなきゃダメなんです、社会が提示する情報ではなく彼自身が発する情報を」
普段の彼女から……といってもアユミとキリンはキララと知りあって間も無いが、天然っぽい彼女からは予想もできないであろう言動は、しかし彼女が本物のレポーター魂を持っていると確信できるものとなった。
「えーっと、な、なんの情報だって?」
キリンはさっぱりといった様子で冷や汗を頬に走らせながら、アユミに助けを求めるようにして顔を向ける。
アユミはそんなキリンを横目で捉えながら、小さく溜息をついて説明する。
「はあっ。つまり、キララはここのジムリーダーにジムバッジが奪われたことで自分達の命が危険にさらされることについての是非を問いたいんだよ」
「……へ、へぇ」
「わかってないだろ、キリン」
「……」
まあ、キリンにとっては分かりにくい話であるだろう。
「そうです。あんなことがあってはいけないんです」
あんなこと、それはつまりジムリーダー達に課せられているバッジについての条件なのだろう。
「それに、いくらメディアから逃げているジムリーダーさんも自分の父親を負かしたトレーナーが名乗りでたら引きこもってるはずもないしね」
そう、ヒョウタがどこへ行こうともジム戦を焦らない理由の一つがこれだった。アユミ達、というかキリンがだが、はトウガンに勝利してバッジを受け取った。
それすなわち、ある意味ではヒョウタが見ることのできなかった父親と最後に出会った可能性である人物がアユミ達であるということなのだ。それはつまり彼が父親の仇と捉えられるということにもなる。
「え、アユミン達がミオジムのトウガンを倒したトレーナーさんだったんですか?!」
キララはおっかなびっくりといった感じで驚嘆の声を上げる。
「……知らなかったのかい?」
「は、はいです。倒したトレーナーが現れたというデータはありましたし、トウガンさんを抹殺した人物の任務記録も持ってます。でもどんなトレーナーが倒したのか、という情報をロケット団は管理してはいなくて……」
「ま、待ってくれ、キララはロケット団の保有している情報も常に手に入れているのかい?」
「はいです。あたしの情報端末にはありとあらゆるサーバーへのアクセスが可能となっています。すごいでしょ、えっへん!」
アユミはキララの言葉に絶句すると共に、改めて目の前の少女の凄さに圧倒されそうになる。
この子は、本人が自覚していないのかもしれないが、ロケット団に対抗できる有力な切り札となることができる。
しかしながらアユミは先ほどキララが言っていた情報について訝しげな表情をつくる。
『ロケット団がジムバッジを取ったトレーナーのデータを集めてはいない? なんで、そんなことを? だって、彼ら……ううん、サカキにとっては脅威となりうる存在だというのに。それじゃあ、まるで―――』
「―――ユミン? ねぇ、アユミン、聞いてる?」
「え? あ、な、なんだい?」
アユミはキララに呼び掛けられて思考を中断させて我に返る。
「このままこいつらを出しておくのもなんだし、ヒョウタのジムリーダーさんとこ行かないかって話だよ」
キリンは後ろでポリゴン2という新しい仲間と意思の疎通を繰り広げ仲良くなりはじめている三人のポケモン達を指差して、アユミに告げる。
「あ、ああ、そうだね。それじゃ行こうか」
アユミは頷くと共にポケモン達をボールへと戻して、ヒョウタが向かったであろう炭鉱へと向かう。それはつまりあの大掛かりな報道陣が向かった先である。
「ねえキララ」
「なぁに、アユミン?」
「私はてっきり君が私達のことを知っていて、私の誘いに乗ってくれたと思ってた。だって、その方が君にとってヒョウタに近づけるカードとなるから……」
アユミの告白にキララは段々と哀しげな表情をつくりながら、唇を尖らせていく。だが、アユミはそれに気がつくことなく、続ける。
「だからわからないんだ、そりゃご飯はおごったけど……たったそれだけのことで知らない二人組についてくるバカなんてこの世にいるわけ―――」
キララはアユミの左手を握って、怒ったような表情でアユミを睨んでいた。
アユミは多少合理的に考えを働かせ過ぎたのだろう。
「あたし、バカだもんっ!」
「へ?」
「これでいいでしょ! アユミンのバカっ!」
そう、そんな理由等いらないのだ……仲間になるのには。
「お前も結構鈍感だよな、アユミ。くはは」
キリンは、もうなにもかもがわけのわからない状況へと陥っているアユミを見ながらそう笑う。
ぽかーんとした表情のアユミを置いて一人すたすたと目じりに涙を浮かべたキララが歩き去っていく。
「……。っ!? キ、キララ、い、今、私をバカと言ったな!」
自分の気持ちの整理ができないまま、アユミの合理的な思考はただただキララの放った言葉のみを解析するだけであった。
ミキキ キララ、彼女の存在がアユミとキリンにとってかけがえのないものとなるのは……いや、もうなっているのだろう。
なぜならば三人はこうやってすでにお互いの気持ちを認識しようとしているのだから。