II:炭鉱の街で
山の中のトンネルを抜けて、アユミとキリンの乗ったバスは無事クロガネシティへと到着した。
「炭鉱の街か……」
「なんか嫌」
「おいおい、そう言うなって」
クロガネシティ、それは炭鉱によって栄えた街。黒っぽい土が街全体に広がっており、石炭に恵まれた山間部に存在している。石炭を運ぶベルトコンベアや作業員が街中に多く見えるのも特徴の一つと言えるだろう。
バスは街の中心部で止まり、ぞろぞろと人が降りては各々の目的地へと散っていく。
二人分の荷物を肩に軽々と担いでいるキリンは顎をしゃくってポケモンセンターの方角を示す。
「ううん、すぐ向かおう」
「まじ?」
「まじのまじだよ。ほら、行くよ」
アユミは先導するようにキリンの前を歩いて、ジムの方へと勇み足で進んでいく。
「へいへい」
かくいうキリンも別段何か文句があるわけでもなく、アユミの後を追って行く。
案の定というべきか、ジムの前では人だかりができており、取材陣の連中がジムの正門前にたむろっていた。
表に出された看板には今日のジム戦お断りの文字がでかでかと貼られていた。
「ふぅ……まじかよ」
「ま、大体予想の範囲内だよ」
「こりゃ、諦めてポケセンで休んでいくか」
「そうだね」
二人はそう今後の予定を組んで、ジムから踵を返そうとしたらざわめきが生まれた為に立ち止まる。
ジムの正門からクロガネのジムリーダーであるヒョウタが現れたのだ。
しきりに彼を囲む取材班と報道陣。しかしヒョウタは他にいた従業員に守られながら、すたすたと人混みの中をかき分け進んでいく。
「ジムリーダー、今朝のニュース本当なのでしょうか!?」
「ミオジムのトウガンはお亡くなりになったことについて何か!」
「今後はクロガネ、それともミオでジムリーダーを務めるのですか!?」
何一つとして亡きトウガンを労う挨拶なしに、彼らは問答無用で質問を繰り出していく。それでは黙ってそのまま歩いてしまうのは当然であろう。
しかしそんな報道陣の中でもキリンとアユミは自分たちと同い年くらいの少女に目を惹かれていた。マイクを極限まで突き出し、必死にヒョウタについていく。
彼女がその中でも異質であると感じたのは、年が周りに比べて幼いだけではなく彼女の訊ねていた質問も含まれていた。
「あなたはそれでもいいんですか!? このままだと、更に犠牲者がっ!」
「っ……!」
そう、他の誰とも違った質問とそれに対してヒョウタが表情をゆがめたこと。その変化をアユミたちは見逃さなかった。
しかし少女のアプローチ虚しく、ヒョウタ率いる集団は炭鉱へと向かう際に使っている作業用のトラックに乗って去ってしまう。
少女はマイクを肩にかけている鞄にしまうと共にボイスレコーダーになにかを記録したあとにスイッチを切る。
「はぁ〜あ」
と、肩を落としてジム前から去ろうとする少女。
ほかの報道陣も次の場所へと移動するために慌ただしく去っていく中、しかし少女は空を見上げては嘆息する。
「おい、アユミ」
そんな彼女を遠目から見ていたキリンはさっき見かけた光景をアユミに相談しようとして名前を呼ぶが、「あれ?」とさっきまで自分の傍にいたアユミはおらず、良く見ればすでに少女の方へと歩み寄っていたのを目の当たりにする。
「……はやっ」
キリンも後を追うようにして歩いていくが、その際にすでにアユミは少女に声をかけていた。
「あの」
「はひ?」
普段のおとなしさから人見知りであると誤解されやすいアユミであるが、しかしとても行動的であるのは彼女の魅力の一つかもしれない。
堂々とした出で立ちで、いきなり声をかけられた少女は若干怖気づいてしまっているのがわかる。
「さっきジムリーダーに聴いてたよね、これでいいのかって」
「……え? え、ええ、まあ」
アユミは眼鏡があってのせいか、それでも多少きつい視線を少女に向けていた。
それもそうだろう。今や全てのメディアが規制を受けている中、彼女は周知の知らないはずの事実を掴んでいるように思えたからである。
「君はどこまで知ってるんだい?」
「……まさか、あなたも?」
最初は話を合わせて誤魔化そうとしていた少女も、しかし目の前にいる同年代の女の子であるアユミが自分と同じことを知っていることを悟った。
だからこそ、アユミにそう言い返しアユミもこくりと頷くのであった。
今はとにかく情報が欲しい。そしてそれが記者と思わしき人物であるのならばなおさらである。
「とにかく、今は落ち着ける場所でも探そうぜ」
二人の場所へと追いついたキリンは一部始終を把握して、そう提案するのであった。
ポケモンセンターではなく、クロガネシティのとある喫茶店にてアユミ、キリン、そしてさっき二人が出会った少女が一番の隅の席を陣取っていた。
「あ、あのぅ……。一ついいですか?」
ぴょこんと頭から跳ねている彼女の髪の毛はいわゆるアホ毛というやつなのであろう、それが彼女を実際よりも幼く見せている。
肩にはかかるかかからない程度の髪の毛は綺麗なムーディ色で、両横から飛び出している髪の毛はピンクのヘアゴムでくくられて束ねられている。
そんな彼女はアユミとキリンを前にして、こう切り出した。
「ん、どうした?」
キリンは普通に返したが、アユミはどうみても少女に対して未だ好意的な姿勢を取ろうとはしていない。
「あたし、ここに来るためにお金使い果たしちゃって……てへへ」
「なんだ、そんなことかよ。俺達が誘ったんだから遠慮しなくていいぜ」
「ほ、ほんとですか!?」
ぴょこぴょこぴょこぴょこ、彼女の毛はそんな跳ね方をみせながら両目をきらきらと輝かせる。
「そんなことより、君はなんで知ってたの……?」
「ほえ?」
嬉々としながら喫茶店のメニューを眺めていた少女は、アユミからの気圧されるような問い詰めに素で返す。
少女はじーっとアユミを眺めた後、メニューをテーブルに置いて一つ咳払いをする。
「こほん。人に質問する時は、自分が先ず誰なのかを名乗るべきじゃないんですかー?」
やたら挑発的な態度をとりながら、少女は奇妙な笑みを浮かべるが―――
「一方的に質問をしてくる君達みたいな連中に言われたくないね」
「ぐさっ!」
胸に手を当てて痛そうな表情をする少女は……まあ、そのなんだ、アホなんだろう。効果音まで自分で言う辺りが特に。
そんな二人のやりとりをキリンはウェイターにいろいろと注文しながら、横目で見ている。
「でもいいよ、答えてあげる。私はカンバル アユミでこっちの筋肉バカがミサカ キリン。私達はシンオウリーグを制覇して、この国を取り戻すためにジム戦巡りをしている」
「お、おい、アユミ?!」
アユミは来ていたウェイターが厨房へと入って距離があるのを確認してから、そう少女に説明する。
しかしそれでもキリンはアユミの言葉に虚を突かれて慌てて声を上げてしまう。
「大丈夫だよキリン」
「ということはー、本当に何から何まで知ってるんですねー。あたしびっくりびっくりです」
段々と緊張の糸がほぐれてきたのか、少女の喋り方は徐々に素へと戻っていく。戻っていけばいくほどに、アユミの眉間がぴくぴくと苛立ちの色を垣間見せているのは置いておこう。
基本的にアユミはこういった類の喋り方をする女子とはいくらクラスメイトにいたとしても避けてきたのだから。
「それで、君は誰なんだい?」
「あ、申し遅れました。あたしはミキキ キララ、自称凄腕レポーターです。キラッ☆」
右手の親指から中指までの三本を開いた状態で、人差指と中指の中間あたりに右目が入るようなポーズでそう自己紹介するキララ。
キリンは興味本位でキララの挙動に感心するも、アユミにとって彼女は理解不能な範疇なのだろう。頭を軽く抱えて、溜息をつく。
「どうして、あんたはあの情報を知ってるの?」
どんどんとキララが本来の喋り方になっていくのに対し、アユミもばしばしと容赦なく彼女を問い詰めていく。若干言葉がきつくなっているようにも思える。
「……あたしのお父さんお母さんはメディア関連の仕事をしていたんだけど、あのお正月の日に突然行方不明になったの」
キララはアユミの質問に答えるも、だんだんとさっきまでの明るくふるまっていた表情とは裏腹に声が消え入りそうな程にか細くなっていく。
そこでアユミも察知したのだろう……そして、ああいった聴き方をしてしまった自分に嫌気がさした。
「家に帰って残っていたのは二人が残してくれたボイスレコーダーとサカキについての情報だけでした」
ミキキは遂にはテーブルだけを見つめて、顔を上げようとはしなかった。
「そうか、悪かったな」
キリンはそういって言葉をかけることしかできず、黙りこくってしまったアユミの変わりにキララに告げる。
「いえ。あ、えっと、それであなた達はどうやって……?」
キララの質問は妥当であり、彼女の疑惑に答える義務が二人にはあった。
「私達はそのサカキが遂行したトレーナー狩りの被害を受けて、生き延びた。だから、知ったんだよ」
「そうだったんですか……」
そこでいったん会話はウェイターが運んできた料理や飲み物の為に中断され、三人は黙ったまま料理の数々を見つめる。
「君の過去については同情させてもらうけど、正月に起こったまでの情報だったら君がジムリーダーに聴いた質問は出てこないはずだ」
「お父さんお母さんが使っていたデータバンクが残ってて、それと昔からレポーターに憧れてていろいろとノウハウは知ってるんです。だから、自分で調べたの。信じたくはなかったけど、あたしが掴む情報に嘘偽りがあったことはないから」
「そう……」
キララの両親はメディア関連の仕事をしていて、サカキによって直接的ではないかもしれないが消された。
そしてキララはその事実を知っていた上で、両親が成し遂げれなかった仕事を自分の意志で、自分がそうしたいからしている。
だがその行為はあまりにも危険であるのは言うまでもない。
「危険なのはわかってるけど、あたしもレポーターのはしくれだから……やってみたいんです、どこまでも。それになんだか意外とうまくいくんですよ」
そう宣言するキララの眼は、まさにその名が指すようにきらきらと輝いていて笑みも浮かべていた。
「よしっ、なら思いっきり喰って、続きはそれからにしようぜ!」
「そうだね」
「っはい! いただきます!」
そこから三人は他愛無い世間話で会話を弾ませた。例え辛い過去や嫌な思い出が多くとも、同年代の少年少女が集えば話のネタは湧いてくる。
それにスクールではムードメイカーなキリンがいるのだ、ここぞと彼の才が花を咲かせた。
まあ、キララがアユミの食事の量に圧倒されながらも依然に増して両目の輝きをパワーアップさせたのはまた別の話である。