「裏」:白き女性と黒き男性
「ありがとう、ポリゴン2」
「……」
ぎゅっとポリゴン2を抱え込んで、キララは涙を流す。
「ごめんね……」
キララは泣いていた。
自分のせいで、皆を悲しめてしまった。そのことが何より自分の死より悲しいことだ。
「あーあ、あたし何やってんだろうね」
本当に……と、彼女は想っていた。
自分の両親があの日、恐らくは殺されてしまったことを。それがこの国に必要であったことなど知るよしもない。だけれども、彼女には一つの確信があった。
『あたしがお父さんお母さんの仕事を引き継がなきゃ……駄目ってことなんだよね』
そう。両親の成していたことが原因で二人が殺されたのならば、それを継ぐことに意味がある。この世界に真実を知らせることができる、小さなきっかけとなることを信じて。
「ごめんね、アユミン。あたしの夢、アユミンに託してもいいかな?」
岩の向こうで未だに自分の名前を叫び続けてくれる少女のことを想って、しかしキララは聞こえないようにそう告げる。
キララがアユミのユンゲラーに授けた鞄の中には、彼女が仕事で用いていたデバイスが入っていた。それはポリゴン2と一緒に使い、数多の情報を得てきた彼女たちの証だ。
「あたしがいままでに集めてきた情報を、使って……世界に伝えて」
彼女もまた今の世界を憂う者。
彼女に足りなかったのは情報を生かせる力にあった。
収集のみに特化した少女、ミキキ キララ。彼女に欠落していたのは発信の力。それを彼女はアユミといることで可能にできると信じていた。
出会ってまだ数時間も経っていないのに、なぜかアユミにキララは惹かれていた。それがどうしてなのかは自分でもわからない、ただどこか安心したのだ。自分は一人じゃないという安堵を得られた。
「うまくいきすぎてたのかな……? ねぇ、ポリゴン2?」
「……」
苦悶の表情を浮かべながら、ポリゴン2は主を守ろうと念動力のフィールドを展開し続ける。
「でもここで終わるわけにはいかないよね、だってあたしにはまだやらないといけないことがある」
そして彼女は最後に、自分のパートナーにそう告げた。
「やってくれるかな、ポリゴン2?」
「……ポリ」
人工的に作られたポリゴン系のポケモンにとって感情というものは単なるデータの集合体によって成り立つものでしかない。しかしそれを経験と共に蓄積していけば、自然とポリゴンでも感情を表現できるようになる。
ポリゴン2も彼女のぬくもりから悟ったのだろう、その体に渾身のパワーを溜め込んでそれは一瞬にして起きる。
【テレポート】してくれたアユミのユンゲラーにボールを手渡しながら、キララは岩を隔てたアユミに向けて最後の声を放つ。
「ありがとう、お願いねユンゲラー。あたしもちゃんと脱出するから、早くアユミンのところへ戻ってあげて。アユミン、ばいばい」
その後、彼女たちがいた空間は周りの岩の重圧によっておち潰されてしまう。
クロガネ炭鉱が完全に崩れ、アユミがキララの名を叫んだ頃。
「まったく、腹立たしいですね」
ここにまた一人、あの中から脱出した者がいた。
その顔は土埃にまみれ、汚れてはいたがアユミとヒョウタの試合でジャッジを任されていたテツのものであった。
しかし明らかにさきほどのような喋り方や態度をしていない。
「すっかり汚れてしまいました」
びりびり! とテツは自身の顔を剥ぎ取る。
「親も親なら子もまた子ですね」
そう、その偽りの仮面の下にあったのはヒョウタの父親であるトウガンをその手にかけた人物であった。
「まったく、ジムリーダーをこの手で殺めることができるからこの任に就いたというのに……勝手に死なれては困りますね」
彼をここまで運んできたエルレイドは心なしか疲弊しているようにも見える。まあそれもそうだろう、距離で言うとアユミのユンゲラーが運んだ距離の三倍はあるのだ。
【テレポート】……それは人数制限があるほかにも距離にも制限がある。その制限をどこまで伸ばすのか、それはポケモン達の鍛錬によって決まるのである。
「消火不良ですが、まあ収穫はありましたし良しとしますか」
そう言うと男は携帯端末を取り出す。
その外装はすでに存在している機種のどれとも異なっているが、しかし刻まれているRの文字は見おぼえがある。
「こちらクロガネ炭鉱より本部へ」
「はい、こちらロケット団本部」
携帯の向こう側でオペレーターが出る。
「クロガネジムリーダーヒョウタロスト。これで二人目です」
「了解。ロスト、確認。やはりクロガネ炭鉱で?」
「はい。勝手に死なれてしまいました」
「了解しました」
人々が集い、喧騒によってにぎわう炭鉱を見下ろしながら男は通信を続ける。
「それと監視対象であった情報屋の死亡を確認」
「情報屋……。はい、確認しました御苦労さまです。次の任務は追って連絡いたします」
「了解」
ピッと機種を服の中へとしまい、男は口の端を上げて乾いた笑みを浮かべる。
「次こそは、私のこの手で仕留めたいものですね」
そう言う男の視線は地面に膝から崩れ落ちているアユミと呆然としているキリンへと向けられていた。
男がなにを意味してそう言葉にしたのかはわからないが、そのままエルレイドと共にまた姿を消すのであった。
カントー地方ヤマブキシティ。
大都会の中でも一際存在感を放出しているシルフカンパニー社。それが今のロケット団の本部と言われている。
そのビルの社長室には勿論サカキの姿があり、その隣にいる秘書は淡々と連絡事項を読み上げる。
「クロガネジムが堕ちたようです」
「そうか」
「それと情報屋もロストだと」
「……そうか。それで二つのジムを堕とした連中は?」
「ミサカ キリンとカンバル アユミ……ハナダシティでリョウ様が取り逃した三人の内の二人です」
サカキはそこで椅子から身を起して立ち上がる。
「ふむ、磨けばそれなりには使えるか」
「はい。しかし自由にさせすぎなのでは?」
「なにその為の保険は常に残してあるさ」
「さ、さようですか」
そのままサカキは社長室に置いてある来客用のソファへと移動する。
「とのことだが、どうするんだお前は?」
「そうですね、このままでよろしいのではないでしょうか?」
「お前が言い出したことだ。後戻りはできんぞ?」
「構いません。それに人は困難に立ち向かわなければ成長できませんから」
サカキは面向かいに座る女性の言葉に苦笑を浮かべて、頷く。
「そうか。ならばこのまま相手の出方を窺おう」
サカキはただそう言って秘書に向けて手を振り、秘書はお辞儀をすると共に部屋を出ていく。
「時間はたっぷりとある。さあ、こい」
世界はまた、動き出す―――。
第十三章:完