VI:キラキラ星
「とにもかくにも、君は頭が悪いんだよ」
「知ってるっての、そんなことぐらい」
「言われてやっと気付いた君がかい? 信じられないね」
「だっー、ああ、そうだよ! 俺はお前に言われて自分がバカだって気付かされましたよ」
「そう、それでいいんだよ。だからちゃんとついてくるんだよ」
「へいへい。……言われなくたって、俺はお前を守るさ」
「何か言ったかい?」
「いや、何も」
そう言って彼女はすたすたと俺の前を歩き始める。
不思議なものだ。
同じクラスメートで、全然関心を持っていなかった女に今はこんなにも愛おしく思える。
それはこの数週間でいろいろなことが起きたからだろうか?
俺はそんなことを考えながら、彼女……アユミの後ろをついていく。
なんで後ろかって、そりゃ女を守るってのが男だろ?
「おいっ! アユミ、大丈夫か?!」
突如として瓦解した炭鉱の中で、ただキリンの声がこだまする。
キリンは咄嗟の判断でサイドンをボールから出して自分達を防ぐように命令していたのだ。
だが視界は砂と埃によって奪われ、口をあけると砂利が歯と舌にこびりつく。
「わ、私は大丈夫……。そ、それよりキララは?」
キリンの胸元からアユミの声が聞こえ、キリンは安堵の息をつくと同時にもう一人の存在の消失に気がつく。
「キララ?」
アユミが見えない中でも腕や足を使ってキリン以外の体を探るも、一向として何かに触れることはない。
サイドンは背中越しに崩れかかってきた土砂を支えるのに精一杯で、口を歪めながら堪えている。
つまり本当にサイドンが壁となってできている空間だけが土砂から免れたのだ。
「キララ? キララっ!」
「お、落ち着けアユミ! お前らしくないぞ?!」
そしてキリンはこんなアユミの取り乱しぶりを初めて見た。なぜならば、そう……キララがどれほどまでにアユミにとって大切な存在かがわかったからだ。
たった、たったの数時間だ。まだ知り合ってから時間が経っていないのに、キララはすんなりとアユミの中へと入っていった。それはキリンにはできなかったことだし、それにキララはアユミと同じ性別だ。
アユミにとってキララは同年代、同性別のはじめての友達なのではないか? と、キリンは長い付き合いであるアユミを思い出しながらそう結論付けていた。
「……ミン」
すると真暗闇の中で微かに声が聞こえた。
「キララ? キララっ!」
アユミは精一杯声を出して、声の聞こえたほうへと向く。
崩れる危険性がありながらも、アユミは必至に岩を叩いてその向こうにいるキララへと声を発する。
「お、落ち着いてアユミン。あたしは大丈夫だ、よ。ポリゴン2が守ってくれたから」
炭鉱が爆発した瞬間、キララのポケモンはボールから出て彼女を守っていた。アユミはポケモン達を戻した直後だったために出せなかったのだろう。
そもそもヒョウタが押した爆破スイッチはこの炭鉱に仕込まれたダイナマイトを発火させるものである。
昔は残酷ではあるもののポケモン達の技や【自爆】、【大爆発】を駆使していたがそれだと時間と手間がかかった。それはポケモン達がいかに効率良く掘り起こしたとしても人間のように繊細な作業ができないこと、それと人間側にとって炭鉱はビジネスであったため経費の運用が必要不可欠であったのだ。
いくらポケモン達をコストを低く使えるといってもそれはそれで問題がある。それは人間の作った機材などが売れなくなるということである。さらに加えれば効率性を重視するとダイナマイトの使用は理にかなっていた。自分たちでポケモンを入手するという手間と労力を省くことで、自社の製品を売り出していくことが求められていたのだ。
しかしなぜ炭鉱全体にダイナマイトが取り付けられていたのか? それはヒョウタがこの炭鉱へと引きこもり、自分の安全策として今日用意したものだった。
父親同様に殺されるのであったら、自分から死を選ぶ。自分の居場所であるこの炭鉱で、ということなのだろう。それは仲間と積み上げてきた努力の結晶を自ら壊すことを意味しているのだろうと、それを今の彼に判断できたとは思えないだろう。
「大丈夫? 大丈夫なのかいキララ?」
アユミが頬に涙を垂らしながら、縋るようにして声のする方の岩を撫でる。
「うん、大丈夫」
一方のキララはポリゴン2が必死に【サイコキネシス】でつくりだした球状のフィールドによって守られていた。いや、フィールドというよりキララの周辺にある岩を【サイコキネシス】で押し上げているのだ。それには多大なる集中力と体力が必要となる。
「あのね、アユミン。お願いがあるの」
ぎゅーっとポリゴン2を胸に抱いたまま、キララが言葉を紡ぐ。
「な、なに?」
「アユミンのユンゲラーをこっちに呼んでくれないかな? 渡したいものがあるの」
微かながらにもちゃんと伝わってくるキララの言葉。しかしそれはアユミとキリンがもっとも聞きたくない言葉であった。
「キララ、何言って!?」
「お願いアユミン。このままじゃ皆潰れちゃう……」
キララはわかっていた。
お互いのポケモンを見せ合った時、アユミ達のポケモンを見てポリゴン2はすでに分析を行っていたのだ。
だからキララは今アユミ達がキリンのサイドンによって守られているという推測がすぐにでき、あとどれくらい耐えられるのかもわかっていた。
そして自分のポリゴン2だとアユミ達よりも早く力尽きてしまうことを。
「駄目だ、そんなの! 皆、みんな一緒に助かるんだから!」
そしてこのことをキララ同様に理解していたアユミが、悲痛な声で叫ぶ。わかっているから、キララが何をしようとしているかわかっているから、声を荒げる。それは嗚咽を通り越した、絶望に近い泣き声。
「おい、アユミ」
キリンはアユミの肩に手を置き、アユミはびくっと反応して鳴き止む。
「わかってる、わかってるよ!」
アユミはユンゲラーのボールを取り出して、そう叫ぶ。
ユンゲラーはボールから出て来るなりその姿を【テレポート】させる。ユンゲラーも今の状況が一大事だということを感じ取っているのだ。だからこそトレーナーの指示無くして動く。
「あはは、アユミン泣き過ぎだよ〜。あたしは大丈夫だから」
強がりを言ってみせるキララは、しかしその両目には大粒の涙を溜めていた。
奇跡とも言えた時間は、あっという間にその形を変えようとしていた。
アユミのことをなんとしてでも守りたいキリン。キララのことを諦めたくないアユミ。アユミとキリンに助かってほしいと願うキララ。
キララは現れたユンゲラーの頭を撫でて、その首に自分のショルダーバックをかぶせる。
「聞いてアユミン。あたしはポリゴン2と一緒に先に出てるから」
それは真っ赤なウソであった。彼女はポリゴン2のボールをユンゲラーに手渡し、そしてポリゴン2となにかを話す。
その後、彼女のパートナーは意を決したかのように目つきを鋭くさせて頷いた。
「ありがとう。お願いねユンゲラー。あたしもちゃんと脱出するから、早くアユミンのところへ戻ってあげて。アユミン、ばいばい」
ユンゲラーはこくりと頷いて、再度【テレポート】しアユミのもとへと戻る。
その首からはキララのショルダーバッグがかけられており、その手には一つのモンスターボールがおさまっている。
「キララ!」
アユミはただただ彼女の名を呼ぶも、返答はない。
「アユミ、もう限界だっ!」
キリンはサイドンの息が絶え絶えになってきているのを耳で確認すると、そうアユミをせかす。
「うぐっ、くっ……!! わかってる、ユンゲラー頼めるかな?」
ユンゲラーはまたもこくりと頷き、その両手をアユミとキリンに添える。
アユミのユンゲラーはケンのケーシィとは違い、一度に二人の人間あるいはポケモンを【テレポート】させることができる。そう、確実に。
だがその分相当な精神力を削られるらしく、一日に一回しか使用できない。
そのことをアユミは知っていたし、キララはあの時その解析もできていたのだろう。だからこそ、あんな言い方をした。
キリンがサイドンをボールへとしまうタイミングを見計らい、ユンゲラーは二人を炭鉱の外へと一緒に【テレポート】する。
途端アユミとキリンの周りを外の空気が包み込み、息が楽になる。
辺りはすっかりと夕刻を越えており、爆発のあった炭鉱は見事に崩れていた。
大量の土砂に押しつぶされた人間やポケモンが他にどれくらいいたのかはわからない。しかしその被害が甚大であったであろうことは、こうやって外に出てみると明らかであった。
多くの人だかりに行き交う重機の騒音。そしてなによりも吹き荒れる豪雪。
雪がまるで今起こった事実を白日のもとから隠さんとするかのように、黒く染まった炭鉱の街は白化粧されていく。
「キララ、キララは?!」
アユミはすぐさまに立ちあがり、人の大群をかき分けてどんどんと進んでいく。
彼女はわかってはいた。ポリゴン2ではあの状況からキララを助けることができないことを。でも、運命に抗わなければ納得もいかなかった。
「キララっ! キララー!!」
ただしきりに彼女の名を叫ぶ。しかしこの雪の中では彼女の声は遠くへ届かない。
そして無常にも、次の瞬間。
「みなさん、離れて! 崩れますっ!!」
炭鉱で働いていただろう作業員の男がそう叫び、凄まじい地響きと共に炭鉱であったはずの山が一気に潰れた。
「――――――っ!?」
絶句。
そしてアユミは膝から地面へとへたれこんだ。
「アユミっ!」
後ろからキリンとユンゲラーが追いつき、アユミの見た光景を共に目の当たりにする。
「キララーーー!!」
一人の少女の悲痛な叫び声が、炭鉱よりも黒く煌びやかな空に突き刺さる。
それに答えるようにして一つの流れ星が夜空を舞うが、
ここにミキキ キララはもういない―――。
その日、このことは大々的なニュースとして取り上げられた。
クロガネシティジムリーダーヒョウタの死も発表され、他にも犠牲となった従業員達の名前も羅列された。その中には名称不明や行方不明者もおり、炭鉱へは立ち入り禁止のレッテルも貼られた。
相次いで亡くなったシンオウのジムリーダー達。
それが親子心中なのかと囁かれる中、複数の人間が新しいサカキの制度に対して疑惑を抱き始めた。
それもそうだろう。
なぜならばジムリーダー達が死んだことは幾らでも規制できることであり、つまりそうなっていないということはサカキがわざと情報を流しているということに繋がるからである。
しかしこんなことが起こってもなお、大多数の人間の日常は揺るがなく進んでいくのであった。