VI:終わりと始まりを告げる来訪者
「カ、カナ……?」
信じられなかった。だって、私の目の前にいるのは見間違えるはずのない、私の大事な大事な親友なのだから。
でも私が呼び掛けたその少女は私の方をただ黙って、じっと見つめ返してくる。
そして少しの間をあけて、にこっと笑うと私の方へと近づいてきた。
私は戸惑いのあまりに動けず、足が動かない。なんで?
「ふふ、みつけちゃった♪」
いつの間にか少女は一瞬で迫ってきて、気がつけば彼女は私の耳元でささやかれていた。
ざざっ! という音と共に私は身の危険を感じて後ずさっていた。
「だ、誰、あなた?」
口元が震えていた。
「ふふ、やっぱり感じ取れるのね。私が人じゃないって」
人じゃない?
でも、なんで、カナの姿をしてるの?!
「それにしても、この姿でばれるってことは……時が迫っているのかしら」
っ!!
今度はすぐ後ろから声が聞こえた。
親友の姿をしたソレのカナと同じように長く伸ばした黒い髪が私の肩にかかる。
周りにも通行人や町の人がいるはずなのに、一切としてこちらを気に掛ける人はいない。
ど、どういうこと?
「ちょっと、お話しましょうか」
ぐっと掴まれたのは私の右腕。抵抗しようとしたけど、私の視界はソレが放った一言によって反転した。
「【テレポート】」
途切れた視界が次に映し出したのは真っ黒な空間。
ううん、目が慣れていなかっただけで徐々に私の眼は岩の凹凸を認知させる影をとらえ始める。
ここは……?
「ここは、シダケタウン北部にあるカナズミトンネルよ」
カナズミトンネル!?
私がシダケタウンに寄った目的である場所の一つだ。このトンネルを通ることでショートカットになるってクスノキ館長さんもテッセンさんも言っていた。
「自己紹介がまだだったわね、私はあなた達の言葉を借りるとすればポケ人。私があなたを必要とするように、あなたが必要とする者よ」
何を言ってるの?
でも、ポケ人って、もしかしてあの?!
「あなた、とても面白い顔をするのね。さっきから」
カナの姿をしながらカナではないそのポケ人は、私の表情から心情を読み取りながら薄ら笑みを浮かべる。
「な、なんで、なんであなたがカナの姿をしてるの!」
私はまず最初に問いたださなければならないことを尋ねる。
「なに言ってるの、あなたは八柱力の一人じゃない?」
八柱力? なにそれ?
というか話をはぐらかされた?
私が呆然としているのを感じ取ったのか、目の前のポケ人は私のことを不思議しそうに見つめる目から何か企みを思い浮かんだような顔になるのがわかった。
「なるほどね。どうやら今この国のトップはいろいろと見計らってるのかしら」
ポケ人、それはポケモンでも人でもならざるもの。
その単語を私は授業で知っていた。前に起こった一連の事件については教科書にも載っている。でも、ポケ人は皆死んだって思っていたのに。
「ねえ、あなた名前はなんていうの?」
答える義理は私にはなかった。でも、目の前のポケ人はカナの姿をしていて私はそれを問いたださなきゃならない。
「ルカ。ハヤミ ルカ。こ、答えて! あなたはなんで―――」
「ルカ……。そう、良い真名ね」
この人、私の質問をっ!
私は握りこぶしをつくりながら、わなわなと肩が震え始めるのを感じる。
「ふふ、あなたの質問はこうすれば答えになるかしら?」
え?
ふわっ、と突然そのポケ人のまわりを綺麗な緑色の光が包み込んだ。そして眩い光が煌めき終わった時、そこに立っていたのは私だった。
「な、なんで、私が―――」
「私はポケ人。そして私は八柱力の仮柱」
何を言っているの? 八柱力って一体なんなの?!
「ふふ、でも時の流れは面白いわ」
私が知っている私の声が私に向かって放たれる。
自分の声を自身が聞こえることはない。それは自分が発する声が自分自身の体の中で反響しているからとされている。でも、皆大体自分がどんな声をしているかは知っている。
この違和感、気持ち悪い……。
「あなたはどうやらすでに八柱力の内の半分とは出会っているのね」
「なんなの、八柱力って!!」
私を見下ろす私の姿をしたポケ人。
やだ、なんなのこれ!
ふふ、と妖艶な笑みを浮かべるソレはまたも淡い光で全身を覆う。そして次に出てきたのはスミちゃんだった。
あの時出会った凛々しさとスラッとした体型は顕在だけど、その表情は似ても似つかないほどに底知れないものとなっている。
やめて、やめてよ!
「この子は知っているのね」
そしてまたも姿を変える。
次に現れたのは緑色の長い髪をした中性的な顔立ちの同い年くらいの男の人。背が高いけど、白い肌がなによりも眼につく。
「この子は知らない……」
え、なに? うっ。
またポケ人は姿を変えて現れる。
今度は、ハルちゃん?
「ふふ、この子は知っている」
そしてまた―――!?
「あら、拒絶と憎悪の色。これも因果なのかしらね?」
そう、だって現れたのはカナをあんな目に合わせた張本人であるリョウさんの姿。うぅん、さん付けなんてもういらない。
そうして後二回くらい姿を変貌させたポケ人は、私がハルちゃんの後に出てきた二人を知らないと確認した後に大人びた人間の姿になった。
淡い桃色の髪に、幼さが残るもなにもかもを見透かしているような瞳、そして額にある三叉槍の紋。
「これが私の本来の姿」
「なんで、あなたがハルちゃんやスミちゃんを知ってるの?!」
謎が謎過ぎて何もわからない。
一体ポケ人って何? 何なの?!
「最初にあなたが見た者から、あなたを含めた八人……それが八柱力よ」
はっちゅうりき……。
「八柱力はこの世界をポケモンから救ってくれる八人の私に近い人間のことよ」
世界を、ポケモンから救う?
「まあ、それは時がくればわかるわ。それよりも……」
え? あっ―――。
突如、ポケ人は私の額に己の手をあてる。
まるで冷気が私の脳から直接、ポケ人の手のひらに伝うようにして一瞬だけ奇妙な感覚に見舞われる。
「あなた、面白い人生を歩んでるのね」
っ!?
その一言で、私はざっと後ずさりする。
この人、私の記憶を?!
「八柱力になる人間はどこか特殊な能力を有して生まれる。その開花はその人それぞれだけど人間でいう20歳になるまでには目覚める……」
特殊な能力?
「あなたの場合はポケモンの体の大まかな構造や状態が瞬時にしてわかるのではない?」
っ!!
「そう。最初にあなたが見た姿はあなたの友人のものなのね……それは悪いことをしたわ」
まるで私の記憶を一ページ一ページ捲っていくように、ポケ人はゆっくりと私の情報を吟味しながら言葉をつないでいく。その顔には憐れみが濃く刻まれている。
そうなっている間、私には疑問が及ぶ。
それじゃカナも八柱力で特殊な能力を持っているっていうの?
「あなたがカナと呼んでた少女は、つい最近夢で未来を見る能力に目覚めたようね」
っ!!
そうだ、カナが元旦に見た夢。あれは、まさしくその通りのことが正夢として起こった。
だ、だったら、ハルちゃんもスミレちゃんもリョウさんにも、さっき見た知らない三人もそれぞれに能力を持っているっていうの?
でも、それ以前になんでそんなことをこの人は知ってるの?
「私はポケモンでも人でもない。でもね、ポケモンでもあり人でもあるわ。そんな私がこの世界の行く末を監視し続けて二千年、やっと八柱力の一人に会えた」
に、二千年……?
「おかしなものよね。こうしてやっと会えたというのに、私の心は冷めきっている」
寂しそうに言葉を零すポケ人の表情を私ははじめて見た。
「ミュウを助けた時に力を使いすぎたかしらね。それとも時が迫ってきて、運命が私の力を必要最低限に特化させたのかしら?」
「あなたは一体、なんの為に?」
私は目の前のポケ人が何を考えているかはわからない。でも、彼女の全身から伝わってくる形容しがたい静寂さが私を戦慄させる。
「あなたも来る、イッシュへ? あなたが向かわなければならない場所へ……」
「イッシュ? 私が向かわなければならない場所……?」
諭される私。
「あなたが望むものは何?」
「……私が望むもの?」
私が望むもの?
私が、望むものは……。
「カナ」
っ!
私が言いかけていた言葉を言われてしまう。
この人はなんでこんなにっ!
「テンドウ カナミだったかしら? 仮初の名前に包まれし八柱力……人間ってとことん面白いことをするわね」
わからない、わからない、わからない。
この人は一体なんなの?
「脱線したわね、なら最後に教えてあげる。あなたはチイラの実を探しているみたいだけど、あなたすでに持っているわよ?」
え? ……えっ!?
「ハギという老人があなたに渡したポロック、それがチイラの実を使ったものよ」
うそっ!?
「ポッポが豆鉄砲食らったような顔をするのね」
わわわっ!
私は指摘された表情を手振り身振り腕を振って隠そうとする。
「ふふふ、かわいいわね。早くそれを持ってカントーへと帰りなさい」
咄嗟にポーチを探ってポロックケースを手に取る。
確かに言われてみれば、チイラの実の色とポロックの色は一緒だ。でもそんな希少なものをポロックにするなんて、考えが至るはずもない。
「私も欠員が出るのは嫌だからね。でも、あなたは本当に不遇な子……」
「えっ―――」
私は彼女にそっと引き寄せられ、ぎゅっと抱かれていた。
触れるのも、喋るのも怖かったのに……のに、彼女から感じるのは底知れない温かさと安堵感。
なんで?
はじめて会ったはずなのに、なぜか彼女から感じるのはお母さんと同じ温かさだった。ほっと落ち着けるようなそんな包容力に、私はなぜか懐かしさを覚えて涙していた。
「カナを連れて、あなた達はイッシュへと向かいなさい。その頃にはきっと、この国はまた変わってしまっているだろうけど」
焦らないで……そう彼女、ポケ人は言い残した。
離れた彼女の温もりは依然とまだ私に残ってはいたものの、もう彼女の姿を視認することはできなかった。
「あっ……」
彼女は一瞬にして消え去り、辺りは静寂に包まれる。
謎が謎を残していった。でも、道は開かれた。そんな気がする。
呆気ないって言うのかな?
でも巡り合わせなんだろう。そう思いたい。
この時の私はまだ、ポケ人が残した言葉の真意に気がつくことはなかった。
「早く、早くハナダに戻らなきゃ」
そう、私がしなければならないのはハナダへと帰ること。
これでカナが救われるのだから。
自分の身の危険を顧みず、私を助けてくれた親友を。
さっきであったポケ人は、なぜ私にあそこまでいろいろなことを教えてくれたのだろうか。
そんな疑問をそっと胸に秘めて、私はこの洞窟から出る為に意識を戻す。
暗い。
っていうか、ここってどこ?
「ここからどうやって出ろって言うのよ〜!!」
十数分後、私の嘆きを聞いた洞窟の通行人によって私が救出されたというのはまた別のお話。
第十二章:完