V:私の想い
そして私はハルちゃんと別れた。
後々ポケモンセンターにあった新聞で知ったことなんだけど、あの日私が意識を失った原因だったカラクリ屋敷の爆発は……なぜか火事として掲載されていた。
謎の原因不明な火災によるカラクリ屋敷の全焼。そんなテロップと共に新聞に掲載された記事を読みながら、死者が出なかったこと、主人が行方不明と記載されていたことにどことない不安と安堵を感じていた。
私はこうしてまたもロケット団。うぅん、サカキという人物が持つ力というのを目の当たりにした。
ハルちゃんは私がまた旅立つといった時に私を放してはくれなかったけど、でも私にはやらないといけないことがあるし、それはハルちゃんも同じだった。
むしろ私のせいでハルちゃん達のスケジュールに支障をきたしてしまったのが、私には耐え難かったから。
でもそんなこと言ったらまたハルちゃんに叱られちゃったんだよね。
『私のことはいいのっ! 私は、ルカちゃんが心配でっ、だからっ!』
私はこんなにも私を想ってくれる友達がいることに、アルセウス様に感謝しなければならないんだろうな。
ポケモンセンターにある宿泊棟の部屋で、私は手のひらの光を確認する。
アスナさんから託されたバッジ……。
それを見つめながら私は、でも当初のプランを断念するつもりはない。
世界を取り戻すことは大事。でも、私はカナを助けたいんだ。だから、ハギさんに会いに行く。
それは私の優先順位として揺るがない決意。
カナは私を救ってくれたんだ。自分がああなってしまうことを分かっていて、それでも私を救ってくれた。
毎晩毎晩そのことを思い出すだけで涙が出る。
でも、悲しんでいるだけじゃ駄目。だって、カナは私が私らしくいるための日常を守ってくれたんだから。
だから笑う時には笑って、泣きたい時に泣いて……そうしながら私はカナを救うんだ。カナがいつ目覚めても私らしい私でいる為に、カナが知っている私のままでいる為に。
ポケモンセンターを出て、冬のひんやりとしながらも温かな陽射しに照らされながら私は歩きだす。
キンセツシティにはホウエン全土を結ぶリニアの路線が遂最近出来上がったらしい。だからそれに乗って目的地へと行こうとしたんだけど、その駅の中では人だかりができていた。
どうしたんだろう?
ぴょこっと集団の中でジャンプして前の方で何が行われているか確認しようとする。そしてそこにいたのはちょっと小太りした、印象的なジャンパーに身を包んだ男の人だった。
「皆すまない! だが、当分このリニアは運行を見合わせることになった!」
豪快な声はよく響き渡り、アナウンス用のスピーカーより声が良く通る。
「修復工事が終わるまでの三日、すまないが皆にはシティバスを使ってもらうことになる!」
ざわざわ。
人込みの間からざわめきが蘇って、各々に更なる情報が出るまで待つ人や、早々と市バスの停留所へと向かう人に別れていく。
だんだんと人がはけていく中、私はさっきのアナウンスをしていた男の人と目があってしまう。
「おっ」
え?
そしてその人は、まるで私を知っているかのようにして近づいてくる。
え? え?
「君は先日わしのジムの前で倒れておった子だな」
鶏冠(とさか)のようなな白髪に豪快その一言につきる顔立ちのその人は優しそうな表情で私に話しかけてきた。
わしのジムの前で倒れておった……?
っ!!
「キ、キンセツジムのジムリーダーさん!?」
「いかにも! わしはテッセン、このキンセツシティのジムリーダーを務める者じゃ、がっはっはっは!」
さっきまでの主導者っぽい雰囲気とは裏腹に、とても愉快そうな人物に思えてしまう。これがジムリーダーの器ってやつなのかな。
「あの、えっと、その節はご迷惑をおかけいたしました」
「なに、元気でおったら結構結構!」
割腹の良いお腹を揺らしながら、底から上がってくる大声を私の耳は受け付けたくはないみたい。この人、ちょっと苦手かも……。
そう内心にとどめるだけにして、私はリニアについて少し質問しようとしたけど逆に話を進められてしまう。
「君は挑戦者だったんだろう、なんなら今から挑戦を受けても良いぞ?」
え?
「あんなボロボロになってまでもジム戦がしたかったのだろう? その意気や良し!」
あの、えっと?
「それではジムへと行こうか!」
えーーー!?
抵抗できないがままに私はその人に引っ張られて行ってしまう。
連れられるがままに、私は今キンセツジムのバトルフィールドに立っていた。
私の話を聞いてくれぬまま、審判の人までもがいつでも始めても良いという態勢に入ってる。
うぅ、なんでこんな目に。
私は早くトウカシティに行かなきゃいけないのに!
でも、テッセンさんにはいろいろと迷惑かけたのは事実だし、ああ思い込んでてテッセンさん自身は満足してるからしょうがないよね……。
「バトルルールは一対一のシングルバトルです。挑戦者、名乗りをあげた後にポケモンを出してください」
「あ、はい!」
私はどの子でいくか迷った末、シャワーズのボールを手に取る。
「ハナダシティのルカです。行って、シャワーズ!」
私が繰り出したポケモンに対してテッセンさんはちょっとだけ面食らったようにして、それから豪快に笑いだした。
「面白いぞルカ殿! がっはっは!!」
え、何が?
「わしはテッセン、このキンセツジムの電気使いのジムリーダーじゃ! 行けライボルト!」
フィールドに躍り出たのは、私にとっては初めて見るポケモン。
なんかカラクリ屋敷辺りで見たポケモンと雰囲気が似てるなってその時思ったんだけど、後から調べたらそのポケモンの進化形がライボルトだったみたい。
え? っていうか、電気専門のジムなのここ?!
そういえば辺りを今一度見渡せばそれらしき感じがジム内から伝わってくる。
事の成り行きについていけなくて、そのままシャワーズ出しちゃったよ。
「それでは、バトルスタート!」
審判さんの威勢良い掛け声と共にバトルの火蓋が切って落とされたんだけど、結果はあっけなく、私とシャワーズは見事に撃沈させられた。
べ、別にバトルの内容を説明するのが面倒なんかじゃなくて、えっと、その、あまりにも伝えるのも悲惨なものだったからで……。
ごめんね、シャワーズ……。
「ふぅむ」
一方のテッセンさんも期待外れみたいだった物哀しげな感じでバトルの感想を出せずにいる。うぅ、ごめんなさい、ごめんなさい、弱くてごめんなさい。
でも一つ学べたことはあった。
カナのシャワーズはやっぱりスタミナがもうちょっとあった方がいいかなということ。
今実戦でまともに戦えるのはガーディくらいだから。あ、そういえばラルトスってどれくらい強いんだろう……?
そんな様々な思考と共に、私の初のジム戦はこうして幕を閉じた。
こんなんがジム戦デビューでいいのかな? なんて思いつつも、私は一応テッセンさんからトウカシティへと行く道を聞きだして別れを言う。
「また挑戦しに来なさい! がっはっは!」
「あ、はい」
もう絶対来ない……。
とりあえずはポケモンセンターにもう一度寄って、私は117番道路へと向うことにした。
キンセツシティは昨日ハルちゃんとシイカさんと一緒に堂々巡りしたし、十分に楽しんだ。ゲームセンターに行ったり、サイクルショップで自転車をレンタルしてサイクリングロードを往復したり、最近流行っているデコメールのアプリを吟味したり。
短い間だったけど、ね。
本来ならアスナさんから託されたヒートバッジと共に、テッセンさんに勝ってバッジをもらってお兄ちゃんに渡した方がいいんだろうけど今の私にそれほどの能力はない。
それに、なんかそんなことしたらお兄ちゃんにどやされそうだし。まあ、ジム戦を受けられないことに悔しがるお兄ちゃんの姿も見てみたいってのはあるけど、今はそんなことをしている余裕は私にはない。
私はトウカシティへと辿りつく為の最初の中間点であるシダケタウンへとキンセツシティの西から出る117番道路を歩いていく。
その道中で、お兄ちゃんのことを再び思い浮かぶ。
いつも嫌味を言ったり、ちょっかいを出してくるお兄ちゃんとは離れ離れ。人伝に同じ地方にいることを知っても、きっとお兄ちゃんは知らないだろう。
お兄ちゃんとミツルさん……そしてダイゴさんが一体今どんな活動をしているのかはわからない。でも、皆が世界を取り戻そうとしているのは知っている。
でも私には未だにわかっていないことがあった。
一体誰が敵なのか味方なのか。ううん、果たしてそんな境界線が存在しているのかということ。
サカキは敵……それはわかる。
でも、サカキに従っている人達は皆敵なの?
テッセンさんだって敵なのかもしれない。でも、そうは見えなかった。あの人はあの人で自分の街の人達のために職務を全うしていた。そんな感じがした。
そりゃサカキがやったことは許されないよ。だってあいつは私のカナをあんな目にあわせたんだから。
そしてお兄ちゃんもきっと、許せないことがあるから協力しているはず。
私は、私は許せない。だから協力する。
カナ以外にもきっとあのサカキによって大切な人を失ってしまった人達はいるはずだから。
でも、私はお兄ちゃん達を率いているダイゴという人物について何も知らない。
もし彼がお兄ちゃんを良いように利用しているだけだとしたら、私はそのダイゴという人も許すわけにはいかない。
でも……と考えてしまう。
果てしない自問自答のループ。
それはただ私の中のもやもやを拡大させていくばかりで、何も答えなんて見出すこともできない。
ばちんっ!!
「いったぁ〜〜!」
両頬は見事な音と共に赤く腫れ上がる。外が寒いせいか、余計に頬の紅潮が目立つ。
私は自分で自分のほっぺを勢いよく叩いた。
考えるのは全うすることを全うした後。
いろんな疑問は、そりゃ残るよ? リョウさんのことや、カナのこと、カスミさんやお兄ちゃんのこと、サント・アンヌ号のこと、アスナさんとカラクリ大王のこと、サカキのこと、ハルちゃんのことやスミちゃんのこと、ハギさんのこと。
でもその疑問全てに答えを見つけられる程に私は頭が良くないし、そしてその手段すら思い浮かばない。
でも、でもさ、わからないけどわかっていることはあるんだ。
このままじゃいけないってこと。
直感かもしれないけど、私はカナを救いたいんだ。この世界を救うよりもまず。
だから進まなきゃいけない。
だって私にできることといったらそれくらいなんだもん。
そう私が思い悩んでいる間にも、シダケタウンへと到着する。
キンセツシティと比べたら人口密度は劇的に下がる。それでも綺麗な花園が広がっていて、なによりホウエンに五つあるコンテスト会場の一つがこの町にあるということで賑わっている。
そんな和やかな雰囲気が漂うこの場所で、私が見かけたのは予想だにもしない人物であった。
うそっ。
「カ、カナ……?」
私の呼びかけに振り返ったその少女は密かな微笑みを浮かべていた。