II:クスノキ館長さん
カイナシティ。
うわあ、ハナダよりおっきいんだー。
それが、私がこの街に抱いた最初の感想。さっきはあたふたしてたせいで気がつかなかったけど、海の家からも推測できたけど結構大規模な街だということはわかっていた。
造船工場が街の東側に連なっていて、西側には商店街などで盛り上がっているイメージがある。なるほどこれほど多規模な港があるんだなと納得できる。
商店街らしきところを通って行くと、大きなポスターが至るところに貼ってあって……どうやら週末の朝にはバーゲンセールをやってるみたい。
コートのポケットに両手をつっこんだまま闊歩する私は、とりあえずこのまま街を徘徊してみることにした。
さすがに大きな街だけあって人の行き交いは多いぶん、街道は広い。
そうやって過ごしていると、私は一つの大きな建物に目がいく。
「……ポケモンコンテスト」
それはカナと一緒によく見ていた大会の行われる会場に酷似していた。ううん、きっとここで行われていたんだ。
カナがコーディネーターを目指していることは知っている。それはカナの将来の夢だから。それでカナはテレビで行われているコンテストの試合を良く見ていて、私も何度か付き合わされたことがある。
カントーにも勿論コンテスト会場はあるけど、本家? でもあるホウエン地方の施設には見劣りしてしまう。
皆、ここを目指すのかな?
それはトレーナーがチャンピオンリーグに出場する為にジムをめぐるように、コーディネーターがグランドフェスティバルに出場する為にコンテストをめぐるといった風なんだろうな。
大きく聳えるその威圧的な門構えは、しかし抜けると煌びやかで熱いステージへと皆を誘うゲートウェイと化すんだろう。
でも今は大会も行われてはおらず、物静けさがあたりを包み込んでいる。
とりあえず一通り街を見渡した後、私は今日の目的地であった博物館へと来ていた。
海の科学博物館……それがこの博物館の名前みたい。海添いに建てられているこの博物館には、その名の通りに海の科学にまつわる展示品が数多く存在しているらしい。
ここに来たのはもちろん、チイラの実の情報収集のため。
カナの持っていた木の実大百科を読んだけど、チイラの実には大海の力が宿ると書いてあった。だから、きっとそれにまつわる所に行けば情報が手に入るはず。
実際にサント・アンヌ号の図書館にも行ってみたけど、チイラの実についてはあまり情報を得ることはなかった。
安直な発想かもしれないけど、今の私にはそうするしか他ない。
私は入場料を払って、博物館へと入って行く。
館内は海中をモチーフにしているのか、ゆったりと流れる小波を連想させる白と青の二色で彩られている。展示物を置いている台は全て純白で、カーペットは深海を思わせる黒い蒼。天窓から注ぐ陽光は館内をくまなく照らしている。
あ、空晴れたんだ。
天窓を見上げながら、私は冬が時々みせてくれる暖かな陽射しをその体に受け止める。
いろいろと散策していると、ついつい夢中になっちゃうのが私の悪い癖だよね。目的を忘れて、二階まで進出してしまう。
「あっ」
私が二階の展示物で見つけたのは、サント・アンヌ号の模型だった。
精巧に再現されているその船は、私がつい先日まで乗っていたもの。あの日のことを思い出すと、私の心は冬の灰空よりも曇ってしまう。
「もはや、その船をこの目で拝めることはなくなったのですね……」
突如、背後から聞こえてくる物哀しげな声に私は振り向く。
「ああ、すみません。私、この博物館の館長させていただいておりますクスノキと申します」
丁寧な物言いと低い物腰に、私もついついつられて頭を下げてしまう。
「あの……?」
「ああ、いえ。先日サント・アンヌ号が沈没したというニュースを拝見されましたか?」
拝見したも何も、私はその船に乗っていた。
「はい。あのっ」
「?」
私は言おうか言わまいか悩んで、それでも不器用に乗っていた事実を告げる。
なんでそんなことをためらったのか、私自身もわからない。
「そうなのですか。それは、本当に申し訳ない」
「……え?」
なんで謝るんだろう?
「実は、サント・アンヌ号の建造に多少関わっていたものでして」
「えっ」
クスノキ館長さんは後頭部を手で擦って、苦い表情を浮かべる。
「それと新しく建造されたブラックシルフも、監修を頼まれまして」
「す、すごいんですね」
それは素で驚いて、敬えることだった。あの船の存在意義を私が認めることはなくても、あんな大きくて立派な船を造れることは、本当に素晴らしいことだと思ったから。
「いえいえ。この博物館、気に入っていただけましたか?」
「あ、はい! もちろん! あ、そうだ、えっと……」
「?」
うぅ、この初対面の人に顔見知りする癖は直した方がいいよね。
特に異性で年上の人は苦手だよ……。
「あのクスノキ館長さんは、チイラの実について何か知ってますか?」
意を決してそう言葉を紡いだ私に対して、クスノキ船長は微笑んで快く答えてくれた。
そう、それは私がこのホウエンへ来て損は無かった、報われたような感じにさせてくれたのだ。
カイナシティを北へと出た私は、110番道路という道を持ってきていた荷物と共に歩いていた。
クスノキ館長さんとお話して得た情報を頼りにするなら、私が目指さなければならないのは大百科にも記されていた幻島。そしてクスノキ館長さんが言ったのはハギ老人という凄腕の船乗りに会うことだと言ってくれた。
館長さんは、ハギさんは難癖のある人だって言ってたけど、そのちょっと前に会って面識があったことを説明したら快く紹介状を書いてくれた。
あの海の家から出て、私は早速ハギさんのいる場所へと向かうことにした。
リニアや船を使って行った方が早いんだろうけど、どうせならホウエンを旅してみたかった私は徒歩にてキンセツシティまでは行ってみようと計画を立てた。
もしかしたらハルちゃんに会えるかもしれないしね。
私はホウエン地方の大きさを改めてタウンマップで確認して今の計画を立てた。カイナからハギさんの住んでいる近くにあるトウカシティまで徒歩でいくのにどれだけ時間がかかるかわかったもんじゃないし。
確かカイナからキンセツまではサイクリングロードだっけ? たしかカントーにもあったタマムシ・セキチクを結ぶサイクリングロードと一緒だよね。
あいにく自転車を持っていない私が徒歩で行くことにしたのもこれが原因なんだよね。
道の上を横断していくサイクリングロードの日陰を歩きながら、私はこの地方にしかいない珍しいポケモンをいろいろと観察していた。
あ、なんかピカチュウに似たポケモンがいる。
木の上を二匹のポケモンが駆けあがって木の実の取り合いをしていた。片っぽが赤くてもう一方が青いほっぺと耳をもっている。かわいいなぁ。
あ、そうだ。
「おいでガーディ」
「がうっ」
「一緒に、キンセツまで歩こっか」
「がうがう!」
しばらくガーディの散歩もしてあげれてなかったな、と思いだした私はガーディをボールから出す。
順調に道なりを進んでいく私達。サイクリングロードでも自転車で一時間のツーリングと聞いてるから……えっと徒歩だと、五・六時間くらいかな?
今日中には着くよね、うん。
ん?
前方を見ると、なにやら奇妙奇天烈な建物が視界に映った。
からくり屋敷?
「なんだろうね、ガーディ?」
「がう?」
『誰でも歓迎! からくり大王の挑戦を受けてみよ!』
なんか変な煽り文句が書かれた看板があるし、胡散臭そう。
きっと皆もそう思ってスルーするんだろうな。私みたいに奇妙に視界にとらえても、その後そのまま目的地へと向かう人が過半数じゃないのかな。
でも、私はまさかこの時この屋敷に大いに関わることを知らなかった。
「いこっか」
ガーディにそう言って、私はキンセツシティへと旅路を再開しようと思ったその時……、
ドサッ!
からくり屋敷の周りは草木が茂っていて、屋敷を後ろから覆っている感じになっている。それも避けたくなる要因の一つなんだけど、私の目が奪われたのはそんなことじゃなくてその木陰から地面へとうつ伏せに倒れ込んだ女の人だった。
え、え?
その人は「ぐっ」と痛みをこらえるようにして呻いて立ち上がろうとするけど、見るからにその人の怪我はひどかった。
私は咄嗟にその人に駆け寄って「大丈夫ですかっ!?」と呼びかけた。
「うっ、き、君は……?」
頭にも外傷を負っているのかもしれない、女の人の視認処理能力が衰えているのがわかった。
起き上がらせようとした私の腕をその人はがっちりと掴んで、縋るようにして私に告げる。
「危険なだ、こぉはっ」
……危険なんだ、ここは? そう言ったのだろうか。
昔授業で学んだことがあるけど、頭や脳に外的ダメージを受けた人はその直前までの思考を全としてしか考えられない……その為救急医療や救出時の際に一番気をつけなければならないのは患者が必死に訴えてくる言葉の意味を理解すること。
私は咄嗟に彼女を連れてからくり屋敷へと入って行く。
無論、その場が安全なのかどうかはわからないけどこの人の治療を早くしないと。
ガーディにも手伝ってもらって私はその人を屋敷内へと引きずって、扉へと入りかかった際に騒々しい数人の人声がこちらに近づいてくるのを察知した。
まさか、追われてる? この人が?
もしそうだとして、この人が悪い人だとしても、この傷を見過ごすわけにはいかない。でも、このままだと……。
近づいてくる足音に聞き耳を立てながら、私はどうすればいいか考えていた。すると、突然私とガーディ、女の人がいた床が外れる音が足元から響いた。
「え?」
一瞬だけ、ふわっと浮いたような感触と共に襲いかかってくる重力の法則に私は……
「きゃあああああああああ!!」
どこまで行くのかわからない。というかそんなことを考えている余裕すら無く、私の脳内は恐怖のパニックへと陥り抗いながら体ごと落ちていく。
その時にガーディの声は聞こえなかったし、女の人のことなんて意識していなかった。
ボスン! と柔らかな感触のあるクッションによって衝撃を相殺された私はいつの間にか知らない和室へと来ていた。
え? え?
という疑問が脳内を連呼する中、私はその部屋にいる一人の男性を視認する。
「やあ」
その人物は一言そう告げて、にかっと笑うのであった。