VII:声
ロケット団の衛星が爆発炎上した事件の後、俺はアンズと共にポケセンで食事を取ろうとした。
しかし無情にもポケセンではシンオウの鋼タイプジムリーダートウガンが殺害されたというニュースが流れていた。
震えるアンズに何も声をかけることができない俺は、ただじっと彼女の手を握っていたのだが俺のポケッチが再度バイブレーションを響かせる。
俺は空いている方の手でポケッチを開いて、耳元へとあてる。
「はい、もしもし?」
「……その声は、ダイゴではないか」
やけに威圧感のあり、重圧ある声がポケッチ越しに俺の鼓膜を震わせる。
「誰だ、あんた?」
本能的に俺の脳はこの声の持ち主に対してアラートを鳴り響かせる。このポケッチには身内のみからしかかかっては来ない、つまりこの電話相手は何かしらの方法で番号を掴んできたということだ。
「ふむ、番号は間違ってはいない。お前はハヤミ ケンか……」
っ!!
なんなんだ、こいつは? どうして俺の名前を。
「おいっ、誰だてめえ」
俺は睨みつけるようにして電話越しの相手を見据える。
「ケン、くんっ?」
アンズも俺の態度の変化に気付いたのだろう、俺の方を見上げてくるが彼女の視線を確認する余裕はなかった。
「私が誰か? そうだな、この国を統べる者とでも言っておこうか?」
完璧にこちらをおちょくっているような口調。俺は段々と語調を荒くして、反発する。
「真面目に答えろっ!」
「私は至って真面目さ。ハヤミ ケン、君には私の息子がえらく世話になったな」
息子?
一体、こいつは誰……っ!?
「ま、まさか―――」
「察したか? そうだとも、私はサカキ リョウの父親だ」
俺は奥歯を噛み締めて、この憤怒とも焦燥ともいえぬ感情を押し殺そうとする。しかしポケッチを握る手からはギシギシという音が鳴り、頭の温度は徐々に上がっていくのがわかった。
サカキっ!
「お前達の企みなどお見通しであるという警告を入れようと思ったのだがな。いやはやさすがは大犯罪者で行方不明中のダイゴであるだけに自分のいどこはそう易々と明かしはしないか」
べらべらと、俺が電話相手だとわかっていてねちっこく語ろうとする様子はリョウとそっくりだぜ。
「なぜ、番号がわかった?」
俺は抑えきれない激情を胸に押さえつけながら、冷静に状況を整理させる為に脳をフル回転させる。
「なに……つい最近通信衛星の解析が終了してな。ダイゴのプロバイダーも解析して探りあてた番号がこれだったんだが、どうやら違ったようだ」
ダイゴさんは自分のプロバイダーがハックされないようなプログラムを構成したと言っていた。つまり、サカキが見つけ出した番号はダミーでありながらも俺のポケッチの番号であったということ。
もしかして、ダイゴさんはわざと?
「しかし私の要件は別に誰伝手であってもダイゴに届けば良い……」
そこから急にサカキの声は一段とその凄みを増す。
「衛星をやってくれたのは敵ながら天晴れと言っておこう。しかしこの落とし前はきっちり払ってもらうぞ?」
それは聞いているだけで脚ががくがくと震えあがりそうな程までに殺意と怨念がこめられており、俺自身ポケッチを握る手の甲に嫌な汗が浮かび上がっている。
「必ずお前達を見つけ出して、始末する。そうダイゴに伝えておけ」
まるで俺の存在はあってもなくても良いような切り捨て口。俺は向こう側からの連絡が切れたと同時に緊張の糸が切れる。
「っ」
「大丈夫、ケンくん?」
俺は縋るようにしてアンズの手を求めるようにして握り、ポケッチをおろしてしまう。
「誰からだったの?」
アンズもさっきの俺の口調から異様なことを感じ取ったのであろう。俺は人混みから離れたソファの場所を指差して、二人でそこへと移動する。
アンズをソファに座らせて、俺は反対側のへと腰かける。
「……サカキからだった」
「え?!」
「しっ」
アンズが驚愕の声を上げるのを、俺は静かに人差指を口前にやる。
「うそ、なんで?」
アンズは信じられないといった風に俺を問い詰め、先の会話を聞いているからこそ嘘であって欲しいという願いが込められている。
「ダイゴさんの対ハッキング用のプログラムはちゃんと作用してる。ただ、ダミー用として出される番号は俺のポケッチの番号みたいだ」
失敗なのか、はたまた相手側を惑わせる為の囮なのか。真意はどうであれ、敵側はダイゴさんの用意したポケッチの番号の一つを手中に収めているということだ。しかも、この短期間のうちに。
しかし不思議なのは、サカキだ。リョウの父親が俺のいる場所を特定できなかったことはつまりそれほどにダイゴさんの対策が功を奏しているということになる。脅迫まがいなことは言い残したが、すぐさまに俺達を狩るといった表現は出てこなかった。それに、いどこはそうやすやすとは明かしはしないか、というサカキの発言を信じるなら……。
通信とは発信と受信からなる。つまり俺のポケッチへと発信されたシグナルを俺は受信した。それはつまり、俺のポケッチの所在を敵側へと教えたようなものなのだ……。しかし探知はされなかった……それはつまりこのポケッチには逆探知を防ぐプログラムも組み込まれているということなのだろう。あるいは別なプロバイダーを介しているということでありその線が濃厚だろう。
「でも、なんでダイゴさんはそんなことを?」
「わからない。でも、一つだけわかることはある」
アンズの言う通り、ダイゴさんはなぜこんなことをしたのだろうか? いや、なんでこんなことではない。
「ダイゴさんは最初からこうなることがわかっていた上で、俺達に何も告げていないだけだ」
その言葉は発言するにはとても心苦しいものがある。しかし、今日一日に起こった一連の出来事からこの推測はあながち間違ってはいないだろう。
「そんな……」
「敵を欺くにはまず味方からってのは大げさかもしれないが、ダイゴさんは組織という媒体を良く知っている。知っているからこそ、かもしれない」
「え?」
更にわけのわからなくなったような表情をアンズは浮かべる。そんなアンズの顔につい見とれてしまったのは、言うまでもないだろう……かわいいんだよ。
こんな真剣な話をしているはずなのに意識がそっちにも飛んでしまうのは、それほどに執着が湧いているからかもしれない。
「組織ってのは大きければ大きい程に、瓦解する時の連鎖が増大だ。しかしそれを代償に、組織ってのは巨大な力を手に入れる。今のロケット団みたいにな」
俺はテレビの方へと親指を向けて、そのスクリーンでは今ではもはや馴染みとなっているCMが流れていた。
『さあ、君も就職するならロケット団へ! この国の安全と未来を担う人材を、私達は育てます!』
組織名ロケット団は今や流行もののブランド名等しく、そのネームバリューは計り知れない。
つまり、就職するならロケット団へ! というのは国政を担う役職への就職という意味になっている。協会という国の政を司る政府というポジションは変わらずとも、それらをひとくくりにロケット団とまとめあげているのは、それほどまでにサカキの情報操作能力が長けているということなのだろう。
世と人々を動かすのはプロパガンダ……。それが嫌でもひしひしと肌で感じるような世界に、なってしまっているのだ。
「そ、それでサカキはなんて言ってたの?」
「こっちの居場所はばれてはないみたいだけど、衛星をぶっ壊されたことに関して切れてたみたいだったな」
あのサカキの様子からして、爆発してしまった衛星は彼の作戦を遂行する上で必要不可欠なものであったに違いない。それを阻止できたのは功名だが、敵さんはご立腹だ。
しかしながら自分でも、まさかサカキにあんな口調で聴けるとは思ってもいなかった。リョウの父親だからか?
「ケンくんっ!」
「ん? あ、ぇと、悪い、どうした?」
しまった、さっきからいろいろ考えてたせいでアンズの声が耳に入ってこなかった。
「もぅ……。あのね、思うんだけど早くこのことをダイゴさんに伝えた方がいいと思うの」
「ああ、そうだな。ここであれこれ考えるよりは、そっちの方がよさそうだ」
「うんっ」
それもそうだ。
ダイゴさんの思惑を再確認するためにはその方がいいだろう。そして殺されたジムリーダーの件についても。
「アンズは知ってたのか、トウガンさんのこと?」
「うん、名前だけはね。実際に会ったのは去年が初めてだったけど、すごい屈強そうで厳正な人だった。だから余計に信じられなくて……」
「そうか。そのこともダイゴさんと確認したほうが良さそうだな」
「うん」
真剣な眼差しのアンズを見つめながら、俺もびしっと立ち上がる。
アンズとのデ……デートは予想もしてなかった展開の前に消え失せてしまったが、それでも俺達の間には何かしらの絆が生まれたのは言うまでもない。
俺達は地下へと戻るゲーセンへと向かい、その途中でアンズへと声をかける。
「なあ、アンズ」
「なあに?」
「この埋め合わせはいつかきっちりつけるから」
俺は少しこっぱずかしくなりながら、小指で頬を掻いて呟く。
対するアンズも、その言葉の意味を感じ取ってくれたのか急ぎ足でありながらも表情を隠して「うんっ」と小さくうなずいてくれる。
俺はその返答をしかと確認した後、アンズの手を握る。
「ひゃっ」
小さく驚きの声を上げるアンズを無視して、俺は引っ張るようにしてアンズを先導する。
「ケ、ケンくん?」
戸惑うアンズのことを知らん顔しながら俺は彼女へとふりかえらない。
小さい彼女の手は、俺の心にできた隙間を温かく塞いでくれるような、そんな錯覚に見舞われながら自分の中での決心は更に強まっていく。
サカキがつくりあげた、この世界。そしてダイゴさんが取り戻そうとしている、元の世界。はたしてどちらが今を生きる人々にとって良いのか、俺にはわからない。
でも、俺はサカキの世界を否定するしアンズもきっとそうだろう。
俺は自分のスクールの同級生が倒されるのを目撃した。そしてその主犯が誰であり、その時指揮を執っていた人物を……俺は良く知っている。
自分の故郷を滅茶苦茶にして、妹をあんな目にあわせた連中をこのまま奴らの思うがままにさせておく気なんて毛頭無い。
例えダイゴさんに拾われることがなくても、俺は一人でロケット団に挑んでいたことだろう。
でも、今の俺には頼りになる人物がたくさんいて……俺の横にはアンズがいる。
例えこの絆が仮初のものになるにせよ、今ここにあるものは真実であり現実だ。なら、俺はそこに縋って望みを叶える。
「なあ、アンズ」
「うん」
「俺は今の世界に感謝しなくちゃいけないかもな」
「えっ?」
ぎゅっとアンズの手を優しく握って、俺は彼女へとふりかえる。
「こんな世界にならなかったら、俺はアンズに会うことも、こうやって自分という存在を再確認することはなかった……」
「で、でもっ!」
「あぁ、わかってる。でもこんな世界はあっちゃいけない」
なぜだろう? なぜだか、この時俺はなぜか寂しく微笑んでいた。それは俺の弱さなのか、はたまた抱える未来への不安から来たものなのか。
「きっと大丈夫だよ、ケンくん」
「え?」
そんな俺の心情を察してくれたのだろうか? アンズは俺を見上げながら、頬を染めながらもしっかりと俺に言葉を向けてくれた。それは、俺が今最も聞きたかった言葉だったのかもしれない。
「私達は必ず元の世界を取り戻すから。そしたら、その後のことはその時に考えればいいんだよ」
彼女の屈託のない笑顔とその裏に秘められた確固たる自信は、俺の臆病さが生み出していたものを綺麗さっぱりに吹き飛ばしてくれていた。
「ああ、そうだな」
「うんっ」
俺とアンズはお互いを再確認しあいながら、一目散にダイゴさんのところへと駆け足で向かった。
第十一章:完