VI:彼女の強さ
俺達はもうすぐ衛星が打ち上げられるという話を聞いて、発射台を一望できる展望会へと来ていた。
そこの天井各所に設けられたモニターでは今打ち上げられようとしている衛星の説明がCGやら何やらをふんだんに使って行われている。衛生が大気圏外へと到達するまでの段階や宇宙での衛星軌道などが映し出されている。
どうやら今回打ち上げられるのは情報統制塔として様々な衛星をバックアップする為のものなんだとか。難しいことはわかんねえな。
そうやってぼんやり眺めていた俺だが、変わってアンズは顔面蒼白といった表情で俺の服の袖をぎゅっと握っていた。
「アンズ……?」
「ケンくん、あ、あれ……」
アンズが指をさす先、そこにあるのは打ち上げられる前の衛星ロケット。そしてその補助ブースターに描かれている大きな赤々としたマークがあった。それはRの一文字。
「!!」
おいおい、マジかよ。いや、マジなんだろう……。実際こうでなければならないんだろう、これが現実だ。浮かれていて忘れかけていたんだ。
俺達の敵が今や日常にあるんだと。そしてその勢力は日々強大なものへと変化していっているということを。
おいおい、ちょっと待てよ。今打ち上げられようとしているのが情報統制なんとか、なんだろ? ってことは、あれが打ち上げられちまったら。それにいくらなんでもこんな短期間にあんな規模の衛星を完成させられるわけがない。
予想もしたくもない結末を想い浮かべていると、突然ポケナビが震え出した。
「はい、もしもし?」
「ケンか?」
その声はダイゴさんのもので、俺は知らない内に安堵の息をついていた。
「今、宇宙センターにいて、そ、それで……」
「ああ、知ったか。気にするな。それよりも、ちゃんと見ておけよ」
ダイゴさんの言葉に焦りはなく、ただ淡々としていた。
「見るって、何を?」
「勿論、打ち上げをだ」
ポケナビ越しに俺はアンズと共にガラス向こうの景色を眺める。すでに衛星の打ち上げが発射十秒前となっていた。
迫る発射までのカウントダウン。
5、4、3、2、1、テイクオフ……。
溢れるばかりの燃料の噴射がロケットの底から起き上がり、その巨体はゆっくりと宇宙へと向かって上昇して……っ!?
「っ!!」
俺とアンズだけではない。この展望台にいる全ての人間が息を飲んだ。
なぜなら俺達の網膜へと焼き付けられたのは、華麗なる飛翔を見せるロケットの晴れ姿ではなく、発射台を巻き込みながらゆっくり下降して爆発する無残なものだったからだ。
打ち上げ失敗、その残酷な現状がモニターを見ている者たちへと叩きつけられる。しかし、俺達はこれを喜んでいいのだろうか? 例えロケット団のもので、そして俺達を苦しめるものだとしても、これを作るのに携わった何も知らされていない研究者や技術者たちは。
彼らの決死の傑作がこうやって地に吸い込まれ、赤々とした炎上を繰り広げていくこの光景を彼らは望んでいたのだろうか?
しかしこれが答えなのだろう。
俺達が元の世界を取り戻すということが、どういうことなのか。ロケット団が俺達の世界を掌握したことで犠牲にされた人達がいた。そしてその逆……俺達がロケット団の手から世界を取り戻す時にも必ず犠牲は生まれる。これは避けないようのないことなのだろう。
俺の手は微かに震え出し、アンズが気を掛けて両手で握ってくれる。
「ケンくんっ?」
「悪いな、アンズ」
俺は弱弱しくも微笑み、アンズはそれでさらに心配になったのだろうか、俺以上に弱気な表情へと変わる。
恐らくこれはダイゴさんの仕業なのだろう。そして衛星ロケットだからこそ、した。だがこれは大胆すぎるし危険が伴いすぎる。これを事故として片付け、ジョーカーを切れる程の下準備をダイゴさんが用意しているということが前提。
「これを、俺達に見せたかったんですか?」
俺は握っているポケナビに向けて、やっとそう言葉を紡ぐ。
「ああ。お前達には悪いが事態が治まるまではそこにいてくれ」
なるほど、この場からすぐさま退散するような連中はあやしいからか。
「でも、こんな事態大丈夫なんですか?」
「心配するな。ああ、それとニューラの件はどうにかなったから安心しろ」
「本当ですかっ」
ダイゴさんにとってみれば、この衛星の件は彼の作戦を遂行するにおいての一過程にしか過ぎないのだろう。だからこうやって話題をポンポンと変えられる。
まあこれを見せられちゃこの後アンズと楽しむことは無理そうだしな。
俺は逆に今度は小刻みに震えるアンズの手を強く握り閉める。
「ああ、アンズを頼むな」
この人は本当に何もかもお見通しなんだな……。だから、気にくわないとか思えないくらいに俺自身が尊敬しちまう。
展望台ではアナウンスが飛び交い、センターに勤める事務員の人達が事態の収拾に努めている。
俺はアンズを先導しながら近くのソファへと腰をかける。他の面々はしきりにポケナビなどを取り出して爆発事故の模様を撮ったり録画している。
ホウエンではポケナビが主流である。だからこそ、ダイゴさんが成してくれた配慮には感謝するしかない。
「アンズ、大丈夫か?」
アンズはきっと自分が嵌められたとでも考えているのだろうか? ただ、彼女からしてみればダイゴさん達は信頼のおける人物だらけで、その人達を一瞬でも疑ったことに激しい自己嫌悪感を抱いているのだろう。
その様子はアンズがワナワナと体を震わせ、目を見開いてどこか遠くを見ていることからすぐに察知できた。
わかりやすい奴だよ、ほんとに。
「そんなに自分を責め立てなくてもいいだろ。それに、俺だって少しは疑ったさ……もしかしていいように使われてるのかってな」
「えっ!?」
あまり大きな声ではなかったが、自分の思っていることを当てられてアンズは意表をつかれたのだろう。
「だから、あんま気にかけるようなことじゃないってことだよ」
ぽんっとアンズの頭の上に手を置いて撫でてやる。
「それに……こんな程度で自分が省かれたなんて思うんじゃないぞ? 俺もそうだったし、それに、俺達が内容をきいていたとしてアンズは違うかもしんねえけど、俺はこれについて何も手を貸すことなんてできはしなかった」
そう、むしろ俺の方が自分を責め立てたいよ。
「ち、違うよ、ケンくんだって―――っ!」
「ありがとな」
俺はアンズの頭を目一杯に撫でてやりながら、そうアンズに向けて言葉を放つ。
途端熟れたマトマの実みたいに頬を紅潮させたアンズは口を今度は違った感じにわなわなとふるわせる。
「ん、どうした?」
「な、なんでもない、なんでもないっ!」
ぶんぶんと両手を俺の目の前で交差させてアンズは首を振る。おいおい、そんなに激しく振ったら首もげるんじゃね?
とにかく、ダイゴさんがこの事故を引き起こした。その確認、立会人として俺達最年少組みを勝手に誘導してくれたってことだ。全く、抜け目のない人ったらないぜ。
待てよ……ってことは、ダイゴさんは初っ端から俺とニューラの弱点を知っていたってことか? あの時のバトルで?
だから俺がニューラを出すようなバトルに持ち込むために修行の初日でカンナさんとアンズが相手だったってことか? で、そのままの流れで俺とアンズをここへと向かわせた……事前にアンズに宇宙センターがトクサネの名所だっていうことを吹き込んでおいて……。
俺みたいな一般人が敵うわけないよなー、これじゃ。
「ふっ」
俺は心中でそうおもいながら自虐気味な苦笑を洩らす。
「どうかしたの、ケンくん?」
「いや、それより……すごい迫力だったな」
俺は他人に勘付かれないようにアンズと先の事故を会話に交わす。
「そ、そうだね。でも、ああいうのはもう見たくないよ……」
「そうだな」
アンズは本当に優しいんだろう。もしあれに人が乗っていたようもんなら、泣き崩れていたことだろう。そんなアンズの顔は俺も見たくはない。
展望台から見ると遠目ではあるが発射台はその姿を残しておらず未だ劫火に見舞われている。それを鎮火させるために、すでに数台の消防車が発射台を囲み消火活動を行っている。
それから一時間ちょいだろうか、俺達一般客は宇宙センターから出ることが可能になりぞろぞろと足並み揃えてセンターの外へと出る。
様々な人々の思惑を耳で流しながら、俺はアンズの傍を片時も離れることはなかった。
「アンズ、これからどうする?」
俺はきっとこのまま地下へと戻ると思っていたのだが、アンズから出たのは意外な言葉だった。
「ポケモンセンターでご飯にしよっか」
はは、情けねえな俺は。アンズはもうちゃんと割り切っている……芯が強いんだ。そうだな、今日は目一杯楽しませてやるって言ったのは俺だ。そんな俺が「これからどうする?」だなんて。つくづく自分が嫌になるよ。
「そうだな、ならとびっきり美味いもん食わしてやる」
「え〜っ」
俺はアンズを連れ添ってポケモンセンターへと向かう。
ポケモンセンターにはトレーナーがポケモンの治療が済むまでの待機所として喫茶店やレストランが設けられている。それはポケモンセンター自体に宿泊施設もついていることから当然の設備なのだろう。
そしてなぜかポケモンセンターの食堂ないしレストランはそんじょそこらの飲食店に負けを取らぬ美味さを誇っている。
てなわけで、そんな俺達みたいなもくろみでポケモンセンターへと訪れる者は結構に多い。まあ、値段もリーズナブルだからだろう。
ポケセンまで他愛のない話を二人でしながら、俺達は自動ドアをかいくぐって中へと入る。
するとそこには人だかりができており、皆がモニターに目をくぎ付けにしていた。俺とアンズはきっとあの衛星発射事故についてのニュースかと思っていたのだが、ふと目をモニターに向けると俺は驚愕した。
「なっ?!」
モニターに映っていたのはシンオウのジムリーダーの一人が殺害されたという信じがたいニュースであった。
シンオウのジムリーダーも認識はある。モニターに出ている写真はシンオウ地方ミオシティジムリーダートウガンのもの……。
しかも殺害だなんて。一体、誰がっ?!
そう思考を巡らせていた俺が次に流れてきたアナウンサーの発言に喉が詰まる。
「なお、ミオジムリーダートウガンを殺害した犯人を警察およびポケポリは行方不明中で指名手配中のダイゴ率いる一味の仕業である線が濃いとして調査を―――」
そしてトウガンの次に出された顔写真がダイゴさん、そしてついでカンナさん、ナツメさん、カスミさん、エリカさん、ミツルさん、そしてアンズのものであった。
俺はアンズの方を見ると、彼女は自分が犯人に仕立てられたことより同業のジムリーダーが殺害されたという事実を受け入れられないといった風であった。
俺にはどうすればいいかわからず、アンズの手を握ってやることしかできなかった。
そしてポケナビがまたも震えだすのであった。