IV:自分達の限界
俺の欠点が自分のポケモンにある。それはまったくもって予想だにもしなかった……。
アンズは俺のことを心配げに見守ってくれているが、カンナさんは頭をかりかりと掻いて眼鏡の位置を調整する。
「とりあえず、あんたニューラの進化の仕方知ってるでしょ?」
ニューラがマニューラへと進化できる方法は鋭い爪という道具を持たせて夜にレベルを上げること……。確かそうであったはずだ。
俺達がレベルを用いるのは相手ポケモンと自分のポケモンとの差をつけやすいからである。しかし人間然りポケモン然り、レベルに上限などは存在しない。それは数値でレベルを決定してしまうことに対する倫理的問題と数値だけでは実力の本質を完璧に明確化することができないからだ。
つまり俺達がレベルを用いる場合、それはポケモン達を鍛えたりしたり自身と相手のポケモンの実力の差を自慢したりする時ぐらいだ。それはポケギアなどのアプリやポケモン図鑑という特殊な機械によって可能となっている。
「あんた、鋭い爪は持ってるの?」
「……いえ」
カンナさんが言いたいことを俺は理解した。
ニューラをマニューラへと進化させろ。そう言いたいのだろう。
鋭い爪というアイテムを俺は見たことがない。そもそもポケモンに道具を持たせて戦うというのは中々に難しい。なぜなら人工的に作られたものであろうが自然のものであろうが、ポケモンがその道具をまず理解しなければならないからだ。
知能の高い彼らにとって道具に対する順応性は早い。しかし道具によっては使用するタイミング、そのタイミングを自分にゆだねられるのか、はたまたトレーナーの指示を待つべきなのか等、更には道具そのものがポケモン達にとって負担となるかもしれないし、動きを制限される可能性も考慮しなければならないのだ。
まして鋭い爪は天然物である。ハナダシティという先進街に住んでいた俺にとってオツキミ山でも行かない限りそういったものにお目にかかる機会はない。
「そう。まあ野生のニューラ達が持っている可能性も低いしね」
カンナさんは俺の持つニューラの入ったボールを見ながら答える。
「それに野生のニューラが鋭い爪を持っているのは、その集団内のリーダーですからね。捕まえること自体難しいです」
アンズの言う通りである。こういった道具を持っている野生ポケモンはその自身のグループや縄張り内でのリーダーである場合が多い。実力があるからこそ進化する資格が与えられるといっても良いだろう。
だから見かけるのも少ないし、捕まえるのも難しい。
「仕方がないわね。これ、あげるわ」
カンナさんは自身の私服であるスーツらしき服の胸元の第二ボタンをはずす。スーツによって引きしめられていても、そのボタンが一つ取れることで豊満な胸が垣間見える。
うっ……直視できねえ。
そしてカンナさんがその胸元から取り出すのはネックレスへと加工された鋭い爪のアクセであった。
通常の鋭い爪はニューラの親知らずといわれてもいる。つまりニューラの体の一部であり、それが生えているニューラはマニューラへと進化しやすい。二つしかない爪が進化することで三つになるのには、それが一番の理由ではないかという説が学会で今最も強いという記事を読んだことがある。
「使いなさい」
そういって渡されるのは鋭い爪のネックレス。
「これであなたのニューラがマニューラに進化したら、あなたの欠点は克服されるでしょうね。それから本格的に改善できるわ」
それはカンナさんの善意だ。
手渡された時の指の感触、彼女から出る言葉の柔らかさ、そして俺のことを想ってくれての未来をも見越してのカンナさんの善意。
でも、俺は……。
「すみません、カンナさん。受け取れないです」
カンナさんは俺のことを眉間に皺を寄せて見つめるも、そう、といって軽い溜息をつく。
「まあ、そういうことならそれでいいわ。あんたの我を御してまで修行させる気は私にもあんたにもないからね」
「え、カンナさん?」
俺とカンナさんの間では視線の交錯による会話は成立した。ま、アンズにはわかんなかったみたいだけどな。
「でもそれはあんたがかけておきなさい。いざという時もあるかもしれないしね」
俺はカンナさんへと返そうとして伸ばしていた腕を止め、ありがとうございますと頭を下げる。
「あの、ケンくん? どうして、どうして進化させないの?」
アンズ、彼女の手持ちを俺は知っている。あくまで協会の公式認定されているジムリーダーが使用するポケモン達をだ。
だが彼女の手持ちから見てしても、愛着があり、だからこそ進化をさせているように感じる。
でも、俺は……。
「ごめんなアンズ。でも、俺はこいつといたいんだ。なにもマニューラが嫌とか、そんなんじゃなくて、これは俺とあいつの意地みたいなもんなんだ」
アンズはますますわからなくなったんだろう、俺のことを困惑したような表情で見つめそしてカンナさんの方へと見向く。
「ニューラの最大の魅力をあんたは掴んでいる。掴んでいて、ちゃんと発揮させようとしている……その歯止めをかけているのがニューラ自身の身体能力の限界」
カンナさんはアンズの頭をポンっと一回手を置いてやり、修行を再開してくれる。
「そうですね。ケンくんは他に二匹ポケモンを持っているって聞いたけど?」
「ああ、キュウコンとケーシィだ」
俺は二匹をボールからだそうとするが、それをカンナさんは視線だけで留めさせる。
「いえ、今はニューラのことを考えるべきよ。ニューラの特徴である高い攻撃力とスピード、それを考慮してのあんたのスタイルは限界。だから違う道を考える」
違う道?
確かに俺はニューラの最大の特徴であるその二つを生かす戦い方をとってきた。そして、まだまだいけると、高みを取れると思っていた。まさかそれがニューラの身体能力を通りこしていただなんて知らなかったけどな……。
俺はこいつの何を見てたっていうんだ、くそっ……。
自己嫌悪に陥りそうになる俺に向けて放たれるカンナさんの言葉は、しかし現実的なものであった。
「ニューラの動きを見ている限り、ニューラ自身もまだまだ自分に鍛錬が足りないと思っているんでしょうね。でも違う、ニューラもまた自分が限界を迎えていることを自覚していない。だからあなたの望みをかなえられない自分はまだまだ高みを目指さなきゃいけないと思っている」
それは俺にとって更なる衝撃を覚えさせた。
「珍しいわ。少なくとも、私があんたのような立場にあったら良かったのかもしれない」
「え、それはどういう?」
俺はカンナさんの言葉に一種の違和感を覚えたがカンナさんは、いや、と置いて話を続ける。
「あんた達はその若さで己の限界へと達している。キワメさんはそれがわかっていて、あんた自身の限界……というよりもあんたが持っている可能性に気付かさせてくれたんじゃない?」
俺自身の可能性?
っ!!
「思い至った? まあ、あの人のことだから変なこともしたんだろうけど」
カンナさんが思い出し笑いを浮かべ、それに思い至ったアンズも苦笑を浮かべる。
キワメさんのとこで気付かされた俺の可能性……イーグルアイ。
たがそれはなんら俺にとって新しいことではなく、あの修行の間で自分が完璧に自覚するようになっただけということになる。
「だからあんたが先ずしなければいけないこと、それはあんたの実力を下げることよ」
「え?」
実力を下げる? でも、俺達の限界であって先のバトルは負けた。なのに、なんで?
「えへへ、ケンくんやっぱり困ってますよ?」
アンズはわかってるみたいだけど、むっ、なんかいらつくなアンズのくせに。
「私達があんたに教えることは、あんたが知らないバトルスタイル。そしてあんたはそれをただ見るだけ」
ただ、見るだけ?
「ふ、復習とかは……?」
「もちろん、だめだよ」
俺の疑問に笑みと共に答えたのはアンズだった。
ただ見るだけが、修行……?
「ふふ、まああんたにもわかる時がくるわ。先のバトルでもあんた達は私達が予想を超えるバトルをしてくれた。それで十分、いえ十分過ぎた」
言っていることがわからなかった。
ただ他人のバトルを見るだけで強くなれるのか?
俺は今までにスクールでもなんであってもポケモン達との修行をかかすことはなかった。スクールには放課後におよそ毎日残って同級生の奴らに付き合ってもらってバトルの練習に励んだ。
無論毎日付き合ってくれるような奴はいなかったが、日替わりであっても残っている奴らと常にバトルの練習をした。
だからこそ、俺はここにいると思った。もっと強くなれるから。更なる修行も、きついトレーニングも覚悟の上だったのに。なのに。
「だからそのニューラを私に預けて……まあ、今日はアンズと一緒に町にでも行って遊んできなさい」
「「……え?」」
俺とアンズの声がハモる。
遊びにいってこい?
「今日の修行はここまで。私の方から他の面々あんたのニューラの今後のことについて話し合って検証するから。アンズもここは初めてでしょ? 慣れてきな」
唐突に出された案に、俺とアンズは肩を並べて立ち尽くしていたが徐々にアンズの頬が紅く染まって行くのを俺は気付いた。
「ア、アンズ大丈夫か?」
「う、うん! 私は大丈夫だけど、ケンくんは?!」
「俺? 俺は別になんとも……」
その俺の一言の後にアンズがちょっとがっかりしたそうになるのを俺は全く真意がつかめなかった。
「とりあえずアンズとケンは町に出て遊んできなさい。アンズ、変装はするのよ?」
「あ、はい」
身元がばれてはいけない俺達にとって、変装は重要であろう。アンズは髪をオールバックで一つに結んだ、ジムリーダーアンズとわかってしまう特徴をあらわとしている。
「あ、俺は?」
「あんたは大丈夫でしょ。それに眼鏡がないんだったらわからないわよ」
たしかに逃げていた時は眼鏡をしてたがキワメさんの修行で無くしてしまった。結果オーライというやつなのか?
そう思いながらも俺はカンナさんが差し出す手にボールを預ける。
「はいはい、それじゃ行った行った」
カンナさんがそろそろ邪険に俺達を追っ払い始めたので、俺は腑に落ちないながらもアンズと一緒に入ってきた扉へと戻って行く。
「あ、あのねケンくん」
「ん?」
円状の渡り廊下を通って自室へと戻ろうとしていた時、アンズがおもむろに俺へと言葉をかける。
「え、えっとさ、これってデートになるのかな……?」
彼女の一言に、俺の脳はその言葉一つ一つをゆっくりと解析し、そして弾けるようにして熱くなる。
「あ、えっと、ごめん! それじゃ私すぐ支度するから!」
そう言い残してアンズは自室へと駆け足で入って行く。俺は一人廊下に取り残されて、彼女の言った言葉をもう一度脳内再生で噛み締める。
……アンズと、デート?
デート? いやいや。いや、でも……。ぐああああああああ。
とりあえず俺は自室で支度を終えるまで煩悩が抜けることはなかった。