II:暫しの休息
「な、なんでマサキさんがここに……?」
恐らく俺だけが衝撃を喰らっているのだろう。どうやらサトシさんはあまりマサキさんとは面識がないみたいだし、他の女性陣は何くわない顔をしている。
「ん? おお、ケンくんやないか。ひさしぶりやなー」
確かマサキさんはコガネシティ出身で、それゆえのこの喋り方だ。あまり聞きなれていないから違和感があるんだけど、今はそんなこと気にしている場合ではない。
「だって、拉致られたって……。もしかしてっ!?」
以前ニュースでみたマサキさんを拉致した五人組って。俺は思い至る五人の女性を後ろを振り返って目で追って行く。
「あら、まだ話してなかったかしら?」
そう白を切るのはカンナさん。
「…………」
俺と視線を合わせようとしないのはナツメさん。
「あらあら〜」
と、惚(とぼ)けてみせるのはエリカさん。
「え、言ってなかったんですか?!」
どうやらここら辺の事情を詳しくはアンズさ……アンズも知らないのだろう。
「まあまあいいじゃない、ケンくんもマサキさんが無事だってわかって」
いや、まあそうなんだが。というかそういう問題ですかカスミさんっ!?
「えろう心配かけたみたいやなー、すまんなケンくん。わいかて最初連れ去られた時は心底どうなるかわからんかったけど、ダイゴはんの作戦には興味惹かれるもんが多くてな〜」
コガネの人はこうも陽気なのが多いのだろうか? いや、まあ、うん、それはきっとマサキさんだからだろう。
「これからの作戦のことは良く聞いてるで。わいの力がどこまでサカキに対抗できるかわからんけど、自分達と一緒に頑張るつもりや」
マサキさんは若いながらに数々の権威を持っているのは言わないまでもない。モンスターボールをポケモンの入った状態で転送するシステム……その創作者の一人なのだから。
昔行われた各地方の研究員を集めて行われた一大プロジェクトにマサキさんは呼ばれたことがある。カントー・ジョウト地方の転送システム管理をマサキさん、1の島を始める諸島のシステム管理をニシキさん、ホウエンを確かマユミさんとマユミさんの姉アズサさん、シンオウ地方をミズキさん、そしてイッシュのショウロさん。
俺自身その人達との面識はないけど、マサキさんがその人達のことを喋っているのは良く聞いていた。というかいつもルカと一緒にマサキさんのとこでアルバイトできてたのは俺達二人にとって好運だったという他ないよな。バイトと言っても資料整理くらいで、ルカはほとんど来なかったが。
「今日はゆっくり休んでや。わいは今からダイゴはんに報告があるさかい」
そう言ってマサキさんは俺達の間を縫って通り過ぎていく。向こうのダイゴさんとミツルさんもマサキさんに気付いたのか、手を挙げている。いや、あれは俺達に向けてなのかもな。
でもマサキさんの力は大きいだろう。なぜってシステムの管理者であるということはロケット団も必死になって探しているはずだ。それでもシステム管理は監視され続けられているとはいえ、管理者の不在というのは心休まらないだろう。
「それじゃケンくん、いこっか」
「あ、ああ」
俺はアンズに連れられてマサキさんの出てきた扉をくぐる。扉の向こうはすぐさま壁が目の前にあり、左右が廊下となっている。カーブを描く廊下は、ダイゴさんの言っていた通り円を描いているように感じる。うまり円状において部屋がいくつか内側と外側に点在しているということなのだろう。
見事なまでに真っ白のその廊下を歩きながら俺は自分の名前が貼り出されている扉を見つける。
「ここがケンくんの部屋だよ、丁度私のお向かいさんだね」
うれしそうに笑うアンズの笑顔に俺は恥ずかしながらに見とれてしまう。彼女がここまでにはしゃいでいるのは、俺と同い年だということなのだろうか。それはそれで俺も気が休める同年代がいることをうれしくは思っているのだが……。
「ああ、よろしくなアンズ」
俺は片手をあげて部屋に入ると、そこには整理整頓された家具が並べられていた。一室の広さは実家の俺の部屋より一回り大きい。結構掃除が面倒になる感じだな。
それでも簡易キッチンとバスルーム、洗濯機・乾燥機など生活上に必要なものは揃っていた。
すごっ……。
俺は担いでいた鞄をおろして、ベッドの上で横たわる。
見上げる真っ白な天井。俺は深く息を吐きながら目を瞑る。
俺の知らない内に、世界は変わった。まるで夢でも見ているかのようにトップの名が変わり、世情も変わった。
それは少人数の人間を犠牲にすることで成り立てられたまた一つの日常。
未だに全てのジムリーダーや四天王達がグルになったとは俺には思えない。上の方針が変わった……ただそれだけを言い伝えられたらそれを全うするのが仕事というものであるからだ。
そして少なくとも指名手配された面々を見て衝撃や疑問を抱いたものが必ずいる。
例え世間から敵視されようとも、いついかなる時でも味方はいる。
そんな人達と俺が今一緒にいるという事実がどうしようもなく、俺には不安で不確かでしょうがなかった。
しかし悩んでいても仕方がない、か。
俺は起き上がってテレビの電源を入れる。すると、それはニュース番組であり堂々的に報道されていたニュースに俺の関心は移ってしまう。
【今日の午後十時頃に豪華客船サント・アンヌ号が環礁と接触、現在沈没しているという事故が起きています。】
なに?
【サント・アンヌ号の乗客・乗組員およそ1500人の内50数名の行方がわからない状況です。】
淡々とニュースを読み上げていくアナウンサー、そしてヘリコプターから取られた映像だろうか? ゆっくりと沈没していくサント・アンヌ号の姿が捉えられる。
【同時刻にそこへと通りかかったサカキ総督率いるロケット団の新船艦ブラックシルフが乗客・乗組員を保護しましたが事件の詳細は未だ新たなる情報が入っておりません。】
あの客船が沈没?
今が冬とはいえこの国近辺に氷山なんてもんはない。それに向かっていたのはホウエンへのルートだ……。そこに果たして大規模の環礁があるのか?
【本日はブラックシルフの初航海日でもあり、人命救助と海上防衛強化のために建造されたこの船艦はその存在意義を示したといっても過言ではないでしょう。】
ブラックシルフ……その名の由来はわからないが、見た目からしてその船は威圧的であった。常に人にとって強大な力は尊敬か畏怖の対象でしかない。それをまるで象徴するかのような船だった。
世間にとっては信頼できる味方であっても、俺達から見れば圧倒的な力量差を示しつけるにはうってつけなのだろう。
【救助された乗客および乗組員は近くのカイナシティへと向かう予定となっています。】
たしかに不運だろうが、救助活動が行われているのならさほど問題はないだろう。確かに懸念すべきなのは行方不明者がもしかしたら意図的に抹消されたのかもしれないという危惧だが、それを今確かめる術はない。俺はそのニュースを見ながら次に移り変わったスポーツニュースへと興味を転がす。
今流行っているポケリングの試合結果を一瞥して、俺が応援している団体が負けたのを見てテレビを切る。
ポケリング……ポケモンレスリングの略称だが、ポケモン同士のレスリングの試合のことである。勿論人と人の試合も面白いが、ポケモン独特の卓越した運動能力から繰り出されるレスリングファイトもまたこれで醍醐味が存在する。
まあいいさ。
俺はニューラ、キュウコン、そしてケーシィをボールから呼び出す。
三匹とも現れるや否や自分達がいる場所がまったく新しいことに気付ききょろきょろとあたりを見渡す。無論、ケーシィはいつも通り眠っているわけだが。こいつ……。
「今日からここがお前達の家だ。どうする、ボールに戻るか?」
俺は家にいる時もこいつらには部屋で自由にさせている。戻りたい時にボールに戻り、俺は自由な時間にこいつらをボールから出す。
どうやらケーシィには聞かなくても良かったみたいだけどな。
「にゅっ」
「こんっ!」
どうやらキュウコンは部屋に残りみたいだ。俺はニューラをボールに戻してキュウコンの頭を撫でてやる。
「こ〜ん」
「明日からまた大変かもしれないけど、よろしくな?」
「こんっ」
明らかに俺の何十倍と生きているこのキュウコンは、しかし、俺になついてくれている。その信頼に俺は応えなければならない……絶対に。
俺はキュウコンを十分に撫でてやると鞄から着替えを取り出してラフな格好になる。
早い卒業祝いとしてもらっていた新調されたトレーナー用の服をクローゼットにかけて、俺はキュウコンが床の絨毯で丸くなっている横のベッドにのっかり寝付く。
部屋の電気を消し、まだシャワーを浴びていないことに気付き悶々とするも意識は確実に遠のいていくのを感じた。
翌日、俺は扉をノックするアンズによって起こされる。
「おはようケンくん」
「……ふぁ〜あ、ああおはよう」
眠気眼をこすりながら、俺は欠伸と共にアンズに答える。
「それじゃ早速修行開始だねっ!」
「……は?」
一瞬彼女が何を言っているのかわからなかった。まだ朝の六時、ダイゴさんから支給されたポケナビの時計にはそう表示されている。
「あれ、今日担当のカンナさんから聞いてないの?」
あのカンナさんは何一つ俺に言わなかったぞ……。
「俺は修行のスケジュールすらなんなのかわかんないんだが」
「うそっ!?」
ああ、わかった。やっぱりジムリーダーや四天王ともなると変な人が多いんだな。うん、とくに面倒臭がりな人物は最低でも二人はいる。
「そ、それじゃ早く支度して! 私も今日は担当だから、ケンくんを呼びに来るようカンナさんに言われたの」
「……お前も?」
「うんっ!」
俺の胸下あたりで朝日に劣らない笑顔を浮かべるジムリーダーに俺は視線をそらしながら、すぐ支度する、といって扉を閉める。
ったく、やってらんねえぜ。
と胸中おもいながらも、俺の脳内ではアンズの笑顔が脳裏に焼き付いて離れることはなかった。
クローゼットから服を取り出し、洗面所で軽く顔を洗い歯磨きを済ませる。
絨毯の上で寝ていたキュウコンを眠っている最中ではあるがボールへと戻し、俺はものの五分で部屋から出る。
「早いね」
「そうか? 男ならこんなもんだろ」
「へぇ〜」
急に距離感が縮まったことを戸惑いつつもうれしく感じつつ、俺達二人は昨日最初に入った大広間(これからはそう呼ぶ)へと向かっていった。
緩やかなカーブを描いた廊下を渡り、大広間へと出るとカンナさんが大広間の真ん中で仁王立ちしていた。
「私を待たせるとはいい度胸ね!」
明らかに機嫌は悪そうだ。というか、カンナさんの性格上一番早起きが苦手そうだと思っていたんだが、どうやら違ったようだ。
「早く終わらないと私の時間が無くなるでしょうが!」
つまりは、そういうことらしい……。
「すみません、カンナさん。遅れました!」
アンズが駆け足でカンナさんの方へと近づいていき、俺はカンナさんに頭を下げて挨拶する。
「まあいいわ。それじゃはじめるわよ、ラプラス!」
カンナさんが放ったボールから現れたラプラスは出ると同時に【ハイドロポンプ】を空中へと大量に撒き散らし、その後にすかさず【冷凍ビーム】で水量を調節して水を凍らせる。
そしてそこにできたのは氷のバトルフィールド。三次元空間をフルに活用できるフィールドが突如として出来上がる。
その巧妙なフィールド作りに俺は圧倒されつつも、これが四天王としての技なのだろうと気分が勝手に高揚していた。すげえ。
「氷の生み出すスピードとタクティクス、堪能させてあげるわ」
俺がカンナさんの表情から汲み取ったのは、四天王が四天王と呼ばれる所以であろう屈強な力強さだった。