I:ダイゴの隠れ家
日本の最も西にあるとされるホウエン地方、その中で一番本土に近いシティとしてあげられるのがトクサネシティだ。そのトクサネシティには今や指名手配を受けている七人の人間が潜んでいる。
元ホウエンチャンピオンダイゴさん、元カントー四天王カンナさん、元ハナダジムジムリーダーカスミさん、元タマムシジムジムリーダーエリカさん、元ヤマブキジムジムリーダーナツメさん、元セキチクジムジムリーダーアンズさん、そしてダイゴさんの助手をしていたミツルさん。
そしてその七人に同行するのは世界の頂点と呼ばれている青年サトシさんと今回企てられた作戦において何やら重役を負ってしまった俺。
俺達九人はトクサネシティへと空をポケモン達を使って移動、直接トクサネシティに乗り込まずにトクサネシティの島周辺にある環礁地帯にて隠れて夜に静かに上陸した。
かなりの大人数での行動ではあるが、さすがは地の利があるダイゴさんだ。手際良く俺達を自分の別荘へと八人を誘導する。
だがさすがにロケット団も間抜けではないのだろう、やるべきことはきちんとやっていた。
「まあ、こうなってるわな」
若干頭を抱えるダイゴさん。それも無理はない、なぜならダイゴさんの別荘は、見張りはいないもののテロップや看板によって立ち入り禁止とされていたからだ。
「これで入れるんですか?」
俺は静かにそう訊ね、ダイゴさんはご自慢の不敵な大人びた笑いを返してくる。
「なに、こういうこともあるかと思ってね」
一体ダイゴさんはどこまで用意周到なんだろうか。それともただの臆病も―――。
「あんたそんなに用意周到だなんて、正直キモイわ」
「臆病者……」
俺の考えていたことをそのまま口にするのは常に機嫌の悪そうなカンナさんと無口ながらに手痛い一言を挟んでくるナツメさん。
彼女ら二人による精神攻撃にダイゴさんは顔をひきつらせながらも、別荘の庭裏にある地下へと続いているであろう地下道の隠し扉をあける。
というか、本当にこういうのって作れるんだな。それが俺の率直な感想だった。
「わあ、すごいですっ!」
「よくつくられましたね」
感心の声を上げるのはアンズさんとエリカさん。まあ、うん、俺も感心せざるを得ない。
「…………」
「サトシ……」
そしてカントーから飛び出してからサトシさんは口数は減っていた。カスミさんから聞いたのだが、どうやら昔一緒に旅をしていたタケシさんの死が相当ショックみたいだ。作戦会議の時はそういった素振りを見せなかったど、やはり気落ちしているのだろう。
「ありがとう、カスミ。もうちょっと気持ちの整理がついたら、話してくれるかな」
「……ええ」
どうやらサトシさんはまだタケシさんの身の上に起こった詳細を知らないようである。それはあんな場所に何年もこもっていたら知るよしもないだろう……。しかし俺は覚えていた。五年前のあの事件がニュースになっていたことを覚えている。
俺達九人はダイゴさんが、皆が地下道へと入ったのを確認してから内側から扉を閉める。
一帯が暗くなり、ガコンという扉の閉まる音と同時に足元に蛍光ランプがダーッと浮かび上がる。それは階段の向かっている下の通路まで伸びており、足元は良く照らされている。
「金持ちなんだな、お前」
「僕もはじめてです、ここに来るのは」
カンナさんがまた何か皮肉めいたことを言っているが、それを遮るようにしてミツルさんが昂揚感のある声ではしゃぐ。
「金を持っていることは認めるぜ? まあ、これは俺が副業で稼いだ資金でつくったからな文句は言わせないが」
ホウエンのチャンピオンをしながら副業なんてできるのか。やっぱりこの人は凄いな……。
副業ってなんだったんだろう、とその時思ったのは俺だけじゃないはずだ。うん。
「それにしても良くこんな大掛かりなものつくれたわね。業者に頼んだのだったら、ここ一番危ないんじゃない?」
カンナさんの意見はごもっともだった。もし全てのデータや資料がロケット団、サカキによって確認されることができるのであれば、このような大掛かりな秘密基地的なものをチャンピオンがつくったのだったらその証拠が残っているはずなのだ。
「ああ、そうだな。でも安心しろ、手伝ってもらった奴は俺の知り合いだし、なにしろつくったのは俺だしな」
その時、一体何人が口をそろえて驚きの声を発しただろうか。そんなに広くはない階段の通路にその声が反響する。
俺は辺りを見回して、その完璧と言わざるを得ない出来に感嘆する。
「それにこれをつくったのは別荘の中からだからな、多分知られてはいないし材料はその知り合いに各方面から取り寄せたからな……気付くこともないだろう」
その知り合いという人も凄いが、一人でつくったというのがまだ驚きでならない。まあ、でもポケギアなどの通信衛星にハックするぐらいの人だからこんなのも朝飯前なんだろうな。にしても、すごっ。
「さあ、ここが今から俺達が根城にする場所だ」
ダイゴさんを筆頭に階段を下り終えて、行きついた扉の向こう側で電気が点けられる。暗かった視界は一気に眩い閃光に見舞われ、俺は咄嗟に目を細める。
そしてその向こうにあったのは広大な空間だった。
どう表現すればいいのか。それはまるで何もない場所だった。埃もなければ家具もない……ただの真っ白な空間がそこには存在していた。いや、良く見ればいくつもの扉がまた端にあるがそれ以外は何も視界には存在しない。
「これはすごいですね……」
「わぁ〜」
エリカさんが、まあっと言った感じに口元に手を添えてアンズさんは開いた口がふさがらないようである。
どれ程の規模を簡単に説明するとするならば、何もないポケモンジムといったほうがわかりやすいのかもしれない。丁度公式のバトルフィールドを一回り大きくした感じの間取りである。これほどのスペースを一人で地下に設けたダイゴさんは一体何者すぎるんだろうか。
「す、凄いですね」
「う、うん」
さすがの光景にサトシさんとカスミさんが若干ひきながらも素直に驚く。
「各自の部屋も用意してある。前言っておいたように、送っておけといった荷物はすでに収容済みだ。まあ、ケンとサトシくんには悪いがこちらで用意したものを使ってもらうことになるな」
後で聞いた話だが、ミツルさんと他の女性陣は予め生活に必要なものをダイゴさんの知り合いという人に託したのだと言う。まさか本人もここに送られるとは思っていなかったようだが。
そこで俺が気付いたのは、もし自身の荷物などが消えていたら彼女らにかかる疑いはより濃いものとなるだろうということだ。しかしダイゴさんはサカキの企てを知った上で、あえて彼の策略に乗ったということになる。
読み合い、騙し合いのこの勝負……俺は知らない内に更にダイゴさんの奥知れなさを実感した。
「僕は構いません、もとより荷物なんて呼べるものはないですから」
「俺も、必要最低限のものはミツルさんに言われて持ってきてますから……」
サトシさんと俺はそう答え、ダイゴさんは納得したように頷く。
「それにしてもこの空間、何に使うのよ?」
カンナさんの疑問にダイゴさんは両手を合わせて音を鳴らす。
「良く聞いてくれた。ここはケンの修行場であり、お前達が指導する場所だ」
トレーナーを目指す俺も、そしてプロのこの人達にもダイゴさんの一言でわかったのだろう。修行においてはうってつけの場所であることを。その真意は修行がはじまった頃にでもまた説明することになるだろう。
「……めんどい」
そんな恐らく数々の修行プランを立てていただろう人達がナツメさんのそんなぼそっと言った一言に空気が止まる。いや、そんな感じがした。
「……んっ、まあ今日は各自自分達の部屋でゆっくり休んでくれ。ちなみに部屋はあの一番奥の扉からだ。廊下になってると思うが、円形上にぐるっと回っている」
あらかたの説明を受けた俺達は一同にミツルさんとダイゴさんを二人おいて奥の扉まで歩いていく。本当に何もない空間を歩くという違和感に俺は酔いそうになるが、すでに酔ってふらっふらっとしているナツメさんがいるのでぐっと堪える。
「それにしてもハヤミくんは凄いね。私だったらこんな状況に突然なったら、きっと自分で答えなんて出せてないと思うから」
俺にそうやって声をかけてくれたのはアンズさん。身動きのしやすい服装に身を包んでおり、雑誌で特集をしていた時の彼女のジムリーダーとしての外見とは異なる。
「そうですね、自分でもびっくりです。でも、俺には、あ、いや自分にはやることができたんで」
俺はそう言いながらリョウのことを思い出す。
あいつを、そうぶん殴る為だったら何だってやってやる。
「あ、そうそう。私とハヤミくんって同い年だと思うから、タメ口で大丈夫だよ? 私、18だし」
「いや、でもジムリーダーですし……」
自分とアンズさんがタメだったということを確信してはいても、実際聞くとびっくりするものである。まあ、特集を読んでいてが結構うわおぼえだったからな……。
「そういうの、私あんまり好きじゃないんだよね」
きっとジムリーダーにもなると、ジムリーダーだからというのがいやなんだろう。そしてそれは理解できるし、タメなのだ……そういう境遇がいやになるのも十分にわかる。
でも実行できない俺は、だからルカにバカ兄バカ兄呼ばれてるんだろうな。よしっ。
「わかったよアンズ。これからよろしくな」
「……うんっ!」
にこっと笑うアンズさ……アンズの笑顔はとても可愛らしく、自分は目の前の彼女がジムリーダーであることを忘れそうになる。
「それなら俺のことはケンでいいから」
「わかった、明日から頑張ろうねケンくん」
そんな和やかな会話をする俺達を見兼ねてか、ナツメさんがふらふらしていたのに急にぴんっと姿勢を正して小さい声で、
「ひゅー……ひゅー……」
と茶化してくる。
「もうナツメちゃんったら、でも良いわね若いって」
そんなナツメさんと共に俺達を見つめてくるエリカさんに、いやあなたも十分若いですよと言い返したかったがぐっと押しとどめる。
それに反応してアンズさんが顔を赤らめて、「ナツメさん! エリカさんまで!」と声を大きくしたが、どうしたんだろうな。
そんな俺達を見ながらカスミさんとサトシさんは微笑み、カンナさんは欠伸をしながら奥の扉へと先に行ってしまう。
明日から、俺の修行が始まる。
それが一体どういったものなのか、それは明日にならなければわからないだろう。どんなものであっても、俺は絶対にやってみせる。
そしてそんな俺達が向かおうとしていた先から出てくる面影が一人。
「ん? おお、皆おそろいか」
ぼさぼさと自身の頭を掻いて現れたのは、拉致され行方不明とされていたマサキさんの姿だった。