IV:考えなさい、私達のことを
日本本土から離れている地方、それがイッシュ。
そんなイッシュ地方には日本で確認されていないポケモン達が多数存在しながらも、イッシュ地方の東側が日本に一番近いのもありそこでは数多くの本土にいるポケモンが確認されている。
イッシュが日本であるのか、と問われればそれは日本であって日本ではないという表現ができるかもしれない。なにしろイッシュに行くのにカントーからは飛行機を使わなければならない故、本土からは遠い。勿論本土とは通貨も同じであるが多少異なるといえば本土に比べ人の交流が最も盛んであるといってもいいだろう。盛んゆえに特異な地方、それがイッシュである。
そんな地方では古くからある言い伝えが残っている。
それは古い昔双子の英雄がいたというもの。双子の英雄の傍には常に一匹の龍がいた。双子の英雄はお互いの意見を聞き入れず、対立した。それは配下や民を巻き込んでの喧嘩、戦争となった。その時に龍は自分を白い龍と黒い龍に分裂させ、片方ずつに加担した。龍達は理想を求める英雄を助ける。つまり分裂した龍達もまた違った理想を持っていたのだ。龍は英雄に知識を与え、敵対者に稲光と炎で刃向かうその英雄とポケモンの親子のような姿に心酔した多くの民は一致団結して建国し、昔のイッシュは発展した。しかしながら雌雄が決することは無く、互いの英雄が和解して戦争は終わった。そして龍達はライトストーン、ダークストーンとなり次なる英雄が現れるまで眠りについたとされている。
そんな人とポケモンがつくりあげたイッシュ地方に一人の少年がフキヨセの洞窟から出てくる。
「嵐か。こういう日はトモダチの声が良く聞こえるよ」
彼がなぜそんな場所から出てきたのかはわからない。だが、彼の肩に乗るポケモンは自分に降りかかる雨が嫌なのか、トレーナーの長い緑の髪の中へと隠れる。
「ゾロア、そんなに冷たいかい?」
まるでゾロアというポケモンと会話をしているかのように、そして少年は首を振る。
「僕? 僕は好きだよ。こう感覚が研ぎ澄まされていく気がするんだ」
ゾロアはぴょこっと顔を飛びださせて怪訝な表情を浮かべる。
「おかしいって? そうかな? そうかもね。さ、それじゃ君が風邪引かないようにもうちょっとここで待ってようか」
肯定の意を示しているのだろう、ゾロアは小さくも高い鳴き声を上げてうれしそうに笑顔をつくる。
少年はゾロアを撫でてやりながら曇天な空を見上げて、その遠くで轟く雷雲を見つめる。
彼の腰から下げている金色のボイドキューブがちゃらっという音を鈍く鳴らした。
ところ変わり、海の上。
そう、ジン達三人が乗っているボートの上である。そのボートはミュウの指示によりある場所へと向かっている最中だ。
「ネットや雑誌でしか見た事ねえが、あそこをなんでボスは狙わなかったんだ?」
ガイはボートの操縦をしながら遠くに見える暗雲にしかめっ面を浮かべている。
「そんなことアノ人に直接聞けばいいじゃない」
ミュウはボートの中の簡易ソファの上でくつろぎながら、自分の手の爪を眺めている。やはりポケモンであっても人間の女と姿を変えてからは仕草も女らしくなるのだろうか。いや、姿はポケ人をもとにしているのだが……。
「聞けねえからお前に今聞いてるんだろうが」
ガイは苛立ちを言葉に込めながらミュウと会話する。どうやら二人の仲は改善されることはなさそうだ。
「統治が難しいからでしょうね。それにあの場所は特異なのよ……」
「特異?」
ガイはミュウの発したその言葉に違和感を覚える。
「あそこはね、あそこのポケモンは最も動物に近いのよ。ここよりね」
何を言っているのか、それをガイは理解することができなかった。
「動物に近い……?」
「そう、動物。私達ポケモンのご先祖様。まあ、いうなればあなた達の先祖とも言えるかしらね」
この世界において動物という単語はすでに専門用語となっている。古代の言葉となっているのだ。それもそうだろう、なぜならこの世界において生きている生物の分類はポケモンか人間なのだから。
「でもそれが統治しない理由に入るのかよ」
「ええ、なるわ。動物に近いポケモン達、それはつまりあそこの地形には根本的な生物の進化にかかわる特異点が存在するということよ」
ミュウは目を鋭くさせて、自分の論説を次々と続けていく。
「つまり、どういうことだ?」
「あなた、人間のくせに頭悪いのね」
「ほっとけ!」
ガイに呆れながらもミュウは続ける。
「つまりイッシュは不安定なのよ。いえ、一番安定しているからこそ気味が悪いとでも言うのかしら」
「それはそこに住む奴らも思っていることなのか?」
ミュウがここまで言うということは何かしらのことがあるのだろう。しかしガイにはミュウの言い分だけを信じるということはできなかった。
「知らないでしょうね。だってあそこに住んでいる人間にとっての彼らの世界はあそこなのだから。むしろあなた達の住んでいる地方の方が特異だと思っているでしょうね」
それは互いが抱く偏見の理論に似ているのだろう。
「それにしてもなんであそこのポケモン達が、そのなんだ……動物に近いってどうやってわかるんだよ。動物が先祖なら俺達のとこのポケモンも動物に近いんじゃないのか?」
「そうね、なかなか頭が切れるじゃない。でもね、そう言い切れる理由が一つだけあるわ」
ガイはごくりと固唾をのみこんでミュウの話を待つ。
「あそこには神話というものが存在しないのよ。あるのは伝説のみ。この違いがわかる?」
神話というものは伝説なのではないか? そうガイの頭の中では整理されるも、口に出すことはできなかったのだ。それほどまでの確証が自分で持てないからだ。
「そうね、言葉で区別するのは難しいわ。でもね伝説とは人間が基なのよ、神話は大概がポケモンが基なのだけどね」
つまりはこういうことなのだ。
「そう、イッシュではすでに昔から人の優位性がポケモンより強いのよ。それはそこのポケモン達が動物からの進化を十分に成し遂げることができなかったから……そういう理論付けができるということよ」
「じゃあ、ポケモンじゃないのかよ?」
ガイの疑問が飛び交うのは当然であろう。イッシュのポケモンがポケモンなのか動物なのか、それが問題である。
「れっきとしたポケモンよ。むしろポケモンとしての力はイッシュの方が強いかもね……ただイッシュのポケモン達は動物であった頃の姿を取った。わかる?」
ガイはただ黙って、答えを導き出せないことを背中で語る。
「イッシュ地方では伝説通り、人間とポケモンが一丸となって栄えた。ポケモン達が動物の頃から容姿を変える警戒心が薄れていたということよ。それはつまり自然への適応力を持つ選択をしなかったということ」
ミュウの論説、しかしそれはどこか矛盾だらけのようにも聞こえる。
なぜなら、それならば、なぜポケモンと人間が他の地方よりも共存が上手くいっていたのに伝説で人間の優位性が語られるのだろうか?
「ポケモンという自然の一部と共存できる。その共存できるという事実が人間に自分達にその才があると勝手に思い込むからよ。それなら無用な争いも生み出さないし、その伝説通りのことが起きたら、そりゃ私だって人間と仲良くやっていく自信くらい出るってものよ」
ますますガイには手に負えない話になってきたのだろう。ガイは頭を抱えながら、外にいるモモに向けて窓を少し叩いて救いを求める。
「あらガイくん、お勉強中〜?」
「まあ、そんなとこだ。難しすぎて頭に良く入ってねえが」
二人のやりとりを聞きながらミュウはモモへと声をかける。
ミュウはガイへと話したことをモモに話す。その話をモモは真剣に耳を傾けて、数々の質問を投げかける。
「でも、動物からポケモンと人間は同時期に誕生したってシンオウのミオにある図書館で読んだわよ? それだとイッシュではまるで動物と人間が一緒にいたみたいな話になってるじゃない」
「……ふふふ、やっぱりメスの方がオスより頭を使うのかしらね。ええ、あなたの言う通り、それは俗にシンクロニシティと呼ばれているわね。でもね、イッシュでは動物と人間が同時期に存在していたとしたら? もしイッシュで動物からポケモンの進化を人間が見ていたとしたら? そうしたら説明はつくわ」
モモはミュウの言葉を、まさか、といった感じに受け取っていた。
「だとしたら人間の先祖は動物じゃなくなる……そんなのありえるの?」
「本当のことはわからないわ。私でもわからない。だから私はあの地を特異であると感じている。まあ行ったらわかるわ」
ミュウがその言葉を言い終わると同時にボートの点検を終えたジンが帰ってくる。
「どうしたんですかみなさん、集まって?」
話の流れを知らないジンがそう聞くと、ミュウは呟く。
「イッシュにいてあなた達は自分自身を見つける。そしてきっとあの地方の謎を目にするわ、そうすればアノ人の理想に近づく」
イッシュ地方、そこは一体何を秘めているのか。何をその歴史に刻んでいるのか。
そしてなぜその地方のポケモンと人間の進化を知ることが、ガイ達にとってサカキの為になるのか。謎が謎を呼び、彼らはミュウといればいるほどにわからなくなる。
「動物から進化した私達ポケモンと絶対的な存在であるあなた達人間。そうなってくると動物とはなんなのかしらね。進化とは一体なんなのかしら? そんなに重要なことなら受け継がれても良いはずなのに、そんな文献も言い伝えも聞いたことがないわ」
それはポケモン達全ての起源とされるミュウから発せられる衝撃の事実。
「ふふ、私達ポケモンですら自分達のことを良く知らない。それは勿論あなた達も同じ。だからかしらね、こんな疑問を抱いて答えが出ることなく何年も生きていられる」
ミュウはソファから立ち上がり、ぽつぽつと降ってくる雨にその体を曝け出す。
「もしかしたらその意味を追い求めるから私達は進化するのか、それともそんな疑問を抱かせ続ける為に、私達がずっとずっと生きていくために進化という手段を取ったのか。そうしたらなんで、私達はその時にポケモンへと進化したのか? 人間はシンクロニシティの時に果たして動物だったのか? 考えれば考える程飽きないし、尽きない……」
新たに人間のガイ達に突きつけられる答えの無い問。
「知りなさい、進化とはなんなのか。それがイッシュにはあるわ」
暗雲が近づき、小雨だった天候は一気に豪雨へと変わる。
第十章:完