IV:ミオジムでの決着
「サイドン、受け止めろぉ!」
キリンの、咆哮に近い指示にサイドンは両腕を交差させて身構える。
「サイドォン!」
「ガァオォ!」
体が重量級同士の直接衝突。トリデプスが技を使用している分、トリデプスに分があるかもしれない。しかしながらサイドンはトリデプスの巨大な顔をみっちりと掴まえて踏ん張っていた。
バランスを崩していても、その巨大な尻尾をしっかりとフィールドに叩きつけてサイドンはなんとか体勢を持ち直していた。
「トリデプス、倒せ!」
叫び声と共にトリデプスはサイドンの懐へとその頭部をめり込ませていく。ズザ、ズサササとサイドンの両足がフィールドの土を押しのけていく。
四肢を使っての踏ん張り方は二足歩行となったサイドンにとっては難敵なのかもしれない……。だが彼も一度はサイホーンであった身、二足歩行へと進化を遂げた利便性を見出したからこそ今の自分があるのである。
「【踏みつけ】ろ!!」
キリンが出した指示により、サイドンは踏ん張っていた右前脚を上げる。当然そのせいでサイドンの体は大きく後ろへと傾くも、押し切られる前にサイドンの足はトリデプスの左前脚をふんづけることに成功する。
「根競べではどうやら勝負がつきそうにもないな。ならばトリデプス【メタルバースト】!」
トウガンの発した技名にキリンは反応することができない。それが今のキリンたちを不利な状況にさせていた。なにもトレーナーのすべてが技名とその内容を覚えているわけではない。キリンのようにバトルの中で、初見のままにバトルするトレーナーもたくさんいる。
最後に受けた攻撃技を強めに跳ね返すという鋼タイプバージョンのカウンター・ミラーコートといったこの技、【メタルバースト】は相手の体力を確実に削って行くのに最適な技といえよう。
サイドンの放った【踏みつけ】のダメージがトリデプスによって上乗せさせられたダメージがサイドンに直撃する。
「ドォオン!」
「ちっ、サイドン!!」
トリデプスは身軽なステップで後退し、キリンは歯噛みする。
『やっぱりアユミに頼んで事前調査ってのはやっておくもんだな。でもよ、はじめてだから面白い、わからないから面白いんだ!』
サイドンが辛くも立ちあがり、構えを整える。
「サイドン、【ストーンエッジ】!」
「ふん、【鉄壁】!」
サイドンがフィールドの岩盤をその剛腕ですくい上げるかのようにして剥ぐ。そしてその鋭利に尖った部分を前にしてトリデプスへと投げつける。
対するトリデプスも体の防御力を上げる技を駆使するが、サイドンの【ストーンエッジ】がトリデプスの右肩を掠める。しかしタイプダメージ的にすれば微々たるものでしかない。
「トリデプス【突進】!」
またもや命令される近接攻撃。つまり、トウガンは【メタルバースト】を狙っているのだろうか? と、キリンは考えてみるが思考を停止させる。
「サイドン、かますぞ!」
「サァイドン!」
キリンとサイドンの意気投合を見てとったトウガンは片眉をひそめて、トリデプスに追加指示を出す。
「トリデプス、【原始の力】だ」
猪突猛進といった風に迫りくるトリデプスの咆哮と共にフィールドの岩がトリデプスの周りを囲み、そしてサイドンへ目掛けて飛んでいく。
構図的には【原始の力】がサイドンにとって目くらましとなるような形だが、キリンとサイドンはそんなもの気にもとめなかった。
「サイドン、【角ドリル】!」
ギュイイイイイイン! という工事器具の織りなす独特な音がサイドンの頭部から発せられる。しかしそれは工具用ドリルといった生易しい音を放ってはいない。
飛来してくる自分の顔程の大きさの岩をサイドンはその角で砕け散らし、姿勢を低くしぎりぎりまで両手を地面につけないようにする。
それはトリデプスの猛進を正面から受けて立つかのように。
そもそもに【角ドリル】といった一撃必殺は命中率がすこぶる悪い上に相手が自分より格段だった場合必ずといっていいほどに外れる。
その理由は一撃必殺というだけあり隙が多いのだ。その為自分より実力が上の者には安易に避けられてしまう。それと相手が素早さが早かった場合も勿論相手が油断していない時以外は簡単に外れてしまう。
そんな技をあえて選んだキリンは、サイドンの敵が目前まで【突進】してくるからだろう。いかにトリデプスがサイドンよりレベルが高くとも、素早さがあっても向こうからこちらに一直線でくるのならば待ち構えていれば良い。
「そう簡単に当てられると思うか?」
しかしトウガンとてバカではない。それにキリンに比べれば百戦錬磨のつわものである……彼の意図などばればれだろう。
それにトウガンの脳裏にひっかっかっていたのは目の前の少年がまるでシンオウのポケモン達に詳しくないということだ。ましてやトリデプスの特性は頑丈。一撃必殺の技をくらっても持ちこたえられるのだ。
「当てる? そんな気さらさらねえさ」
「っ?」
トリデプスはすでにサイドンの【角ドリル】を見切っており、それを避けてなおサイドンに攻撃を決められる自信はあった。だが、自分がサイドンに接触する直前でサイドンの体が自分の右側へと傾くのを見てとった。
サイドンは己の回転する角を器用にトリデプスの頭部側面へと当てて、その勢いと共にトリデプスの【突進】をかわしたのだ。いや、いなした……。
体勢を低くしただけでは機敏な右方向への傾倒はできないだろう、だがサイドンには両手があった。地面すれすれで構えていた両手でフィールドに触れて大幅な体勢の変更を可能にしたのだ。
そして角の回転する方向と逆の方向へと体勢を傾け、トリデプスの頑丈な顔面に沿わせることによって可憐な閃きを可能とさせた。それは重量級のタンクがまるで表面に油を塗ったであろうと推定しなければ正面衝突をしたはずなのにするりと抜ける感じにまったく同じであった。
「サイドン、【アームハンマー】!!」
予想だにしなかったであろう。それはジムリーダーを務めてきたトウガンにとっても同じだった。鋼タイプが不利になるタイプでバトルを挑んでくる者などそうそうにない、そして【角ドリル】といった一撃必殺技をジムリーダー戦にて用いる挑戦者などいるものではないからだ。
しかし今彼は現実として直面している。防御こそ最大の攻撃。それは鍛え抜かれ、どんな技でも防ぐ鋼鉄の鎧をもってすれば触れるだけで相手が吹き飛ぶという理念を掲げていたこの男にはじめてでも言える焦燥感を覚えさせた。
トリデプス自身も一瞬だろうが戸惑っているだろう。まさかあんな風に自分の技がくぐりぬけられるとは。それもそのはず……なぜなら最初の一撃【アイアンヘッド】の時、サイドンは真正面から自分の攻撃を受け止めたのだから。
だが今やサイドンはトリデプスの無防備な背中を前に、両腕を天高く掲げそれを一気に振り下ろしている。
格闘技において高威力保持する【アームハンマー】。しかも両腕を用いての使用。
勝負は決する。
そうキリンとサイドンは思いこみ、わずかながらその可能性をトウガンも感じていた。だが、トリデプスは違う。
「いけぇーーー!!」
キリンの咆哮がトリデプスの耳に届き、自分の頭上で呻りを上げるサイドンと【アームハンマー】の動作もしかと聞こえる。
トウガンというトレーナーにであってからの長い年月。トリデプスは何度も負け、何度も勝ってきた。そしてこういった危機的状況に陥った場合、何を為さねばならぬのかわかっていたのだ。これは自分の失態によるものでありトウガンの失敗ではない、それで勝負が決するのは自害に値するとでも言わんばかりに。
トリデプスは咄嗟に自分の体を引き締めて目を瞑る。それと同時に凄まじい衝撃がトリデプスの背後を直撃。豪快な音と共にトリデプスの体はフィールドへと叩きつけられ、めり込む。
巻き上がるは砂塵、そして砂埃。フィールドを伝わってくる【アームハンマー】の衝撃音がびりびりとキリンとトウガンの足元をしびらせる。
勝利を確信したとはキリンも思ってはいない。だが、この技が決まったことで多少なりとの油断が生まれたことは否定できない。
そう、まだ勝負は決してはいなかった。
のそりと立ちあがるのはトリデプス。その足腰はしっかりとしたものではなかったが明らかに自分の四肢で体を持ち上げていた。
「っ! やばい、逃げろサイドン!」
キリンのその咄嗟の判断が功を奏した。奏したとしか言いようがないのだ。
「トリデプス、【メタルバースト】!!」
トウガンの雄叫びともいえる指示に、まるでフィールドが軽く震動したような錯覚をキリンは覚えた。
そしてそれは試合を見ていたアユミも同じだろう。男の戦い、まさにそれは女のアユミからみてそうであった。
サイドンはキリンの指示によりトリデプスと距離を取るために地中へと逃げた。それしかなかったのだ。なぜなら【アームハンマー】の為に素早さは落ちている……。そして先ほどの【原始の力】の為にトリデプスの能力はわずかながらにも上がっているのだ。
トリデプスの鈍くも巨大な咆哮と共に【メタルバースト】がフィールドへと叩きつけられる。サイドンの攻撃を喰らう直前に自分の判断で【堪える】を使ったトリデプスと、それを信じ待っていたトウガンの絆……。これこそまさに彼らがジムリーダーという役職に就いている云われでもあろう。
フィールドを激動させる衝撃は地中にいるサイドンに直撃する。さきほどの【アームハンマー】を凌駕するインパクトである。堪え切れずサイドンが地中から飛び出し、そしてトリデプスと対面する。
「サイドン、いけるか?」
「トリデプス、いくぞ」
トウガンは危惧していた。無知とは言えないが、ジム戦へとノープランで来ていることは明らか。そんな少年に後れを取るわけがない。だが少年のバトルスタイルは完璧なまでにこのバトルに適応してきている。いや、もう順応している。ここでねじ伏せなければならない。
「トリデプス、【アイアンヘッド】!」
「サイドン、【メガホーン】!」
互いに掠めでもすれば試合が決するといった状況。お互いの全力を振り絞り、サイドンとトリデプスが対峙する。
だがこの状況下において有利なのは変わらずとしてトウガン側であった。お互いの能力を持ってすれば何の指示もなくともトリデプスはサイドンの攻撃を見切ることができる。トウガンはそう信じていた。
そしてキリンは最後にサイドンとアイコンタクトを済ませ、軽くうなずいた。
両者一斉に駆けだし、最後の一撃を相手に喰らわせようとする。互いが歩を進める度にフィールドに小さな振動がわき上がり連鎖する。
そして二匹が交差するその瞬間、サイドンの【メガホーン】がトリデプスの身のこなしによって避けられる。その角を突き出したモーションによって大きく前へと倒れるサイドンの横っ腹にトリデプスの【アイアンヘッド】が決まる。
誰もが決まったと思った。
しかし、トリデプスはサイドンの腹部を捉えることなく地面へと叩きつけられる。そう、サイドンは攻撃が避けられると同時に前かがみになることで尻尾にて【叩きつける】を繰り出していたのだ。
たとえダメージ量がわずかでも、どちらが先にそれを相手にくらわせるかが重要だった。トリデプスが頭部をサイドンのいる右側へと首を振るあいだにサイドンは尻尾を鞭のようにしならせて攻撃したのであった。
審判のコールと共にキリンの勝利が宣言される。
トウガンは目を見開きながらも、自分達を打ち下した少年の方を見る。
倒れたトリデプスを見下ろすようにしてサイドンは自分が放った自慢の尻尾を大きくうねらせてフィールドへと叩きつける。
ミオシティのミオジムを、キリンは制したのだった。