III:ミオジムでの対決
「アユミ、大丈夫か?」
キリンはアユミが途端に自分の渡した本を凝視したまま硬直したのを不思議に思い、声をかける。
「ううん、なんでもない。それより、これはもらってもいいですか?」
アユミは近場にいた館員に尋ねると、館員は戸惑いながらその本を観察する。
「失礼します」
本を受け取り、館員は背表紙の中や本をくまなく調べる。
「この本はスメラギ館長から受理されたものでしょうか?」
館員がキリンに尋ね、キリンは「ああ」と答える。
「でしたら問題ございません。どうぞお持ち帰りください」
そう言いながら館員は腰を丁寧に折る。
「キリン、行くよ」
「ん? おい、もういいのかよ?」
アユミはそそくさとその本を手に図書館から出ていく。
キリンはアユミが積み上げた大量の本を一瞥しながらもアユミに急いでついていく。まあ放置していたとしても館員が後片付けをしてくれるのだろうが。
「おいアユミ、待てって」
キリンはアユミに追い付いて彼女の袖を掴む。
するとアユミは顔をうつ伏せのままに立ち止まる。
「この本、きっと私のパパが書いたものだと思う」
「……なに?」
アユミが握った本には著者カンバル ホウセイと書かれていた。そういえばアユミの名字はカンバルであったと思いだしながら。
「今はまだ詳しいことは言えないけど……キリン」
「ん?」
キリンを見上げながらアユミは続ける。
辺りは粉雪がぱらぱらと風に吹かれることなく降っている。アユミがうずくまっている赤いマフラーには粉雪がふわふわとした毛糸に乗っかって行く。
「今日、ジム戦をするんだろう?」
「ああ。さっき会ったスメラギっていう爺さんも言ってたが、いままでとはジム戦のあれが違うみたいだ」
アユミはメガネの奥で何か逡巡して、こくりと頷く。
「そう。それは行ってみないとわからないか」
「どちらにしろ、ジムリーダーは本気らしいぜ」
二人の衣服に降り積もって行く雪を気にも留めず、先ほどとは違って二人は風の治まった街内をゆっくりと歩きながらこの街のジムへと向かう。寒さを気にせず歩調を合わせる彼らは今、熱き闘志に燃えているのだろう。
ここミオシティのミオジムリーダートウガン。鋼使いの屈強なトレーナーらしく、しかも趣味は炭鉱発掘という一風変わったジムリーダーだ。
どうやら同じ地方の違う街のジムリーダーがトウガンの息子だとかという情報もある。
「鋼使いか、ちときついな」
「キリンのポケモンだとね」
アユミとキリンは同じクラスだけあってお互いの手持ちを把握している。現に二人でバトルを何回にもわたって行ったこともある。というよりケンとリョウがいた彼らのクラスは頻繁にクラス内バトルトーナメントと銘打った自習を良く行っていた。
というわけもあり、トキワシティがリョウ率いる特別部隊によって襲われた時に被害をこうむったのは概ね彼らのクラスメイトがほとんどであった。
「アユミも挑戦するのか?」
「いや、キリン……君だけだ。私は次のジム戦にする」
「それでいいのか?」
確かリーグに挑戦するには一人が八つのバッジを所持していた時のみだとキリンが言うが、まさにその通りでありそこにある落とし穴が存在する。
つまり一人が八つのバッジを持っていれば良いということだ。現に今までもトレーナー間のバトルでお金をレートにせず互いに持っているバッジをレートにしたバトルが行われたことがあった。それは非公式ではあるが黙認されており、リーグ挑戦者がどんな形であれバッジ八つが出場条件となるのである。
「へえ。つまりは頂点取るトレーナーだったら敗北は無いってことか」
「そういうことになるね。つまり最終的にリーグ挑戦は誰がするかは今のところ問題無い」
「確実に勝てばいいってことだな」
キリンは俄然やる気をあらわにして気を引き締める。
ジム戦とは常に挑戦者がいるとは限らない。それはトレーナー数が多いともジム間の距離がかなりあるのとリーグ大会を見てみる通りジムバッジを八つ取得できるトレーナーは限られてくるというところからだろう。
「そんじゃ行くか」
「ええ」
ジムの扉前で合成音と共に聞こえてきたのは、「挑戦者(チャレンジャー)ですか?」という無機質な声。
「はい」
とキリンが答えると機械はトレーナーカードの承認を求めキリンは一瞬手が止まる。
トレーナーカードの認証は最近取り入れられたシステムであり、トレーナーが一体どういった順路でジムをめぐったのかなどのデータを協会が管理する為でありそれにより更なるジムやリーグの仕組みを向上させていくとのもくろみが発端だった。
しかし今となってはそれも信憑性に欠け、彼ら二人は逃亡者である。これをしてしまえば捕まるのではないかという危機感がキリンを襲ったのだ。
「キリン、構わないよ」
「……わかった」
キリンはポケギアを機械の前にかざして認証を済ませる。
「承認終了しました。どうぞ挑戦者(チャレンジャー)、奥へとお進みください」
重たそうな音と共に扉は開き、二人は揃って中へと入って行く。
彼らがジムを訪れるのはハナダジム以来であり、ハナダジムは巨大なプールのようなフィールドが存在していたがここミオジムは中が炭坑のような、そんな印象を醸し出していた。
巨大な黒光りする岩があちこちに固定され、狭い通路の上下左右には木材でできた板が打ちこめられており、ぼんやりとしたランプの光が点滅する。
「雰囲気あるな」
「悪趣味なだけ」
そう言い張るアユミだが、こういった閉鎖空間は嫌いなのだろう。無意識のうちにキリンの着るジャケットの裾を握っていた。
まあそんなことは気にもとめないキリンなのであるが。
「良く来たな若きチャレンジャーよ!」
長い炭坑を抜けて出てきた場所は、まるで炭鉱をモチーフにしたような全貌でありそのフィールド中心で作業服に身を包んだ男がそう叫ぶ。
「あれがここのジムリーダートウガンか」
「そうみたいだね」
二人の前に威風堂々と立ち構えるトウガンをキリンは見据える。
「挑戦者同伴の方はこちらの観戦席にどうぞ」
審判を務めるであろう青年にそう先導されてアユミはキリンと別れる。
「我が名はトウガン。ここミオジムのジムリーダーだ」
「俺はキリン。ハナダシティ出身だ」
実際キリンもアユミも孤児であるため、自分達の出身地はわからない。だが、彼らはハナダシティで育った。それだけで十分なのだ。
「新しくなったジムのルールはきいておるか?」
トウガンのこの一言にキリンは首を横にふる。
「よかろう、ならば説明しよう。新しい総督の下、ジム戦の挑戦権利はチャレンジャーにゆだねられた。つまり、挑戦者の望むバトルを我々ジムリーダーは受けるということだ!」
新しいルール。それはつまりキリンの望むバトル形式でジムリーダーとバッジを競うということにつながる。
「なるほど……。ならOne on Oneだ」
ワンオンワン、つまりは一対一のバトル形式である。
それは互いが同時にポケモンを繰り出してバトルするといった典型的でありながらも、運と本当の実力を必要とさせるバトル方式。
「よかろう。その自信、果たして我の鋼を破るか?」
そしてワンオンワンは本来ならば相当の実力者同士が行うバトル形式であることは言わずもながである。
実力が拮抗しているからこそ行われるこのバトルは読み合いでもあるが、互いの最強同士を対決させることも多いからだ。
「破ってやるさ。その為にここにいる」
キリンは懐からボールを取り出して真ん中のボタンを押す。それによりピンポン玉級のモンスターボールは膨れ上がる。
「ならばその挑戦受けて立とう!」
トウガンのその合図によって開戦の火蓋がきっておろされる。
「それではこれよりミオジムリーダートウガン対ハナダシティキリンのジム戦を行います! ルールはOne on One、はじめ!」
キリンとトウガンがボールを宙へと放るタイミングは同じ。
眩い閃光と共に現れるポケモンはキリンがサイドン。トウガンはトリデプス。
「ほぉ……」
トウガンがにんまりとその無精髭だらけの顔で笑みをつくる。
これはジムリーダーの特権かもしれない。なにしろキリンにとって鋼タイプとの対戦、そしてシンオウ地方のポケモンとは本当に未知なる存在だからだ。
しかしキリンとて地面・岩タイプのサイドンにとって鋼タイプが不利だということもわかっていた。しかしそれ以上に鋼が地面に弱いということもわかっていた。
つまりこの勝負、トウガンが圧倒的強さを持っていない限り一発勝負は必須だった。
「攻撃力の高いサイドンと我の防御力高きトリデプス……。いいぞ、誰が頂点か決めようぞ」
トウガンは何を考えているのか正直キリンにはどうでもよかった。なぜなら彼のバトルスタイルは常に誰相手でも決まっているからだ。
「サイドン、【ストーンエッジ】」
「トリデプス、【鉄壁】」
サイドンは自分の短所を、逆にトリデプスは自身の長所を伸ばす補助技をかける。
しかし互いに出した指示は同じタイミング。それはいかに二人が似ていながらも、対極的なスタイルを持っているかを表していた。
「サイドン、近づけ」
キリンは次に技を指示することなく、トリデプスに近寄ることを命じる。その指示がなんなのかわからないトウガンは眉をしかめるが、先手を取りに行く。
「トリデプス、【ラスターカノン】」
「がぁごおぉ!」
のっそりとした体型でありながらもその巨大な顔からいかに防御力が高いかもキリンには予測できた。そして見るからに特殊攻撃の技にキリンは舌打ちをする。
そう、なぜならサイドンは特殊防御が低い。いくら物理防御が高くとも、こればかりはどうしようもないのだ。
「サイドン、【ロックブラスト】!」
相手の出方を窺うつもりだったが、相手の対応が早すぎた。つまりそれがジムリーダーとしての力量を顕著に表していることをキリンは自覚する。
サイドンがフィールドの岩盤をその剛腕で引き剥がして投げ飛ばし、トリデプスの白銀球の攻撃と衝突する。
相殺されるかと思いきや、サイドンの咄嗟に繰り出した攻撃は【ラスターカノン】の勢いを多少軽減させるだけに至り攻撃をくらってしまう。
「ドンっ!?」
サイドンは苦悶な表情で【ラスターカノン】を受け、体勢を大きく崩す。
そしてそれを見逃すジムリーダーではない。
「トリデプス、【アイアンヘッド】!」
「「!?」」
咆哮と共に砂塵を巻き上げて前進していくトリデプス。
キリンとサイドンが見て取ったのは自分達目掛けて突進してくるトリデプスの、その驚異的なスピードであった。