「裏」:白色のバン
イニシャルインシデント 伝記より:
【イニシャルインシデントにより、世界は破滅を迎えた。
ポケモン歴0年、創造を司るアルセウスは大地に一粒の種を植えた。
その種から一本の大樹が育ち、地面奥深くまで伸びる根からは新たな樹木が芽生えていった。
それが今のジョウト、ウバメの森が生まれた経緯である。
ウバメの森は始まりと再生の森。
汝、一人たりともウバメに迷い込むなかれ。そこは神聖なる領域、終わりと終焉を嫌う森】
史伝イニシャルインシデントより抜粋
「おい、早くしろジン」
「あ、は、はい! 先輩、ちょっと待ってください」
「あんまりジン君をいじめないいじめない」
「うっせえ」
成人二人と17ぐらいの少年が言い合いながらハナダジムの裏口から出てくる。
「ったく、初任務が……仲間の尻拭いかよ」
時は少し遡り、ルカとカナがジムを出てルカの家へと遊びに行っている間のことである。
ジムの駐車場で停まる白いバンに乗り込みながら、少年が大き目のボストンバッグを二つ下ろす。
三人は全員は作業服のような、まるで宅配業者のような出で立ちをしており各々なにやら工具の入っているであろう重厚な鞄を提げている。彼らは道具をトランクへとしまうと各々の席へと移動していく。一番口の悪い男が煙草を取り出して火を吹かし、白煙が漂い始める。
若干全員の髪が濡れているようにも見える。
「しっかし、あいつも馬鹿な奴だよな。なんでわざわざ任務中にジム挑んで大事な部品プールに落っことすなんてよ」
「まあまあ、そんなこと言ったってはじまらないよ? それに、これで任務終了なんだから」
「そ、そうですね」
助手席に座る煙草をつけた男は椅子のリクライニングを下げてくつろぎ、穏やかな調子で煙草の男をなだめつつ運転席に座る女と後部座席にちょこんと座る少年。
彼らは一体何の為に、ここへと現れたのだろうか? そして、その理由とは?
「さあて、とっとと帰るか。しっかし、まさか誰か来るとは思っても無かったな」
「そ、そうですね……。折角ジムの管理者には外出を促す偽情報を入れたっていうのに」
「まあ、結果オーライでしょ? それに、二人共かわいらしい子だったじゃない」
「モモ、お前良くそんなのチェックしてんな」
煙草を指二本で車窓の外で軽く灰を叩き落としながら、ガイがぼやく。逆立った赤髪に獰猛そうな顔つきは、どこかリザードに似た猛々しさを醸し出している。額に巻いたバンダナは黒く、そこには小さな刺繍がほどこされているがなんと書いてあるかはわからない。長年愛用しているものなのだろう。
筋肉質の体つきはなにかスポーツにでも打ち込んでいるからだろうか。
「私は黒髪の長い子がタイプだなー」
「けっ、お前あんなガキが好きなのかよ……。ほんと、ロリでレズだな」
「可愛い女の子が好きなだけよ♪」
「同じだっつの」
先輩(といっても年関係のみではあるけれど)二人の会話を聞き流しながら、ジンは後部座席でモモが言ったのとは違う少女の方を思い返していた。
モモは運転席に座っている女の方であり、口調からしてマイペースでいて気分屋な性格をしている。名前に似て同じ桃色の髪は後ろでサイドアップに縛っており、より一層彼女の雰囲気を助長している。
『僕的には、あの少し茶味がかった髪の子がタイプだなあ……』
バンの窓から外の景色を眺めながらジンは物思いにふける。つまりはルカのことをジンは考えているのであった。
浅葱色の髪を持つ少年ジンは、いつもチームでガイとモモと共に行動している。そんな彼は主にガイの言いなりになっているのだが、それもこれも彼が若干気の弱いところもあるからであろう。しかし彼には決して譲らないものがある、それをガイもモモも認めているからこそこの三人はチームとして成り立っていた。
「しっかし、良くフィルターに巻き込まれずに鉄柵に挟まってたもんだ」
ガイが作業着の胸ポケットから手の平サイズ程の機械部品を取りだす。
「まあ、私達下っ端にはこういった雑用ばっかり押しつけられるのも……世の中の性よね〜」
「けっ」
「これからはどこへ行くんですか?」
舌打ちするガイに、少しおどおどしつつもジンがモモに尋ねる。
「無人発電所で雷鳥の捕獲、らしいわよ?」
「あんな化けもん捕まえてどうするってぇんだよ?」
「海の神を誘き出すためとかですか?」
雷鳥、それは稲妻と共に降臨せし伝説のポケモン、サンダー。
海の神、それは嵐を纏い地上へと舞い戻る伝説のポケモン、ルギア。
この三人が何を言っているのか。それはこの世界を揺るがすことになるロケット団なる組織の下っ端三人にもわからない。だが、世界は知ることになる……彼らの組織のことを。ロケット団という組織はその名をこの世界に知らしめるのだ。
「けっ、どうでもいいぜ俺はよ。給料さえもらえりゃ、言うことねぇよ……それ分ちゃっかり働く」
ガイは口で吹かしていた煙草を車内の灰皿にぐりぐりと押しつけてそう言いながら足を組む。
「まあガイくんはそうよね。私は、う〜ん……楽しそうだし」
モモは鼻歌を交えながらハンドルを握ってアクセルを踏む。
「ぼ、僕は……償いを」
ばかげていても真剣に気持ちを込めるジンの言葉に、ガイとモモは何を言うでもなく。
「ふんっ」
「〜♪」
白いバンはハナダシティを抜け、東側の9番道路へと走っていくのであった。
序章:完