電気袋が蓄電袋の役割をしているのですか?
授業は着々と進んでいく。
先生がピカチュウの骨の部位をポインターで指しながら授業を続ける。
「もちろんピカチュウの骨のほうが私達人間より軽い。それは骨自体に空洞が多く見られるのもあるし、穴の多いもの、構成の割合の変化も組み込まれているな。それとピカチュウの場合は後ろ足にも注目しておけよ」
良く見れば、ピカチュウの足裏である足踏まずはかなりの流曲を見せている。
「ピカチュウやコラッタのような素早さの早いポケモンは足踏まずが大きい。それは早く走るためでもあるがピカチュウの場合は地面と接触する面積を小さくすることで、放出する電気を逃がさないようにもしている」
「へえ〜、なるほどー」
なるほど、あの小さい体に若干不釣り合いの足の長さはこれが理由だったんだ。
私はカリカリとロコンとガーディのプリントが施された鉛筆をノートに走らせる。
「それとタイプによってもポケモンの体の仕組みも異なってくる。ピカチュウのような電気タイプは体内に蓄電臓器、あるいは蓄電袋を持っているのが多い。そこに電気を溜めているということだな」
先生がモニターのスライドを動かして、ピカチュウやエレキッド、ライボルトの写真が映し出される。
「先生、ピカチュウの場合はやっぱり頬の電気袋が蓄電袋の役割をしているのですか?」
私の横隣、二席左に座るクラス一の優等生の子が質問する。
「ああ、そうだ。ピカチュウのような電気タイプは空気中に漂う電子を呼吸する度に吸い込んでいて溜めていく。常に微々ながらに一方的に溜まるらしいからな。溜めすぎた電気を逃がす時は地面に尻尾をつけるか、体をへばりつかせる。アースの役割を果たすんだな」
ピカチュウってそうなんだー。
「だから電気ポケモンを持っている生徒は知っていると思うが、大体電気を溜めるのは寝ている時だ。無駄に動かないし電気も溜まりやすい……だから朝一番に電気ポケモンに触ると自分の髪が、冬は特に逆立つのはそういった理由だ」
ほおほお。それはそれで面白そうで見てみたいかも。
でも私は電気ポケモン持ってないからな〜、わかんないや。知り合いにも……いないなー。
「他に質問とかあれば答えるぞ?」
おお、今日は先生乗り気だー。じゃあ、質問しよ〜っと。
「ん、なんだハヤミ?」
「電気タイプのポケモンの骨って他のポケモンより具体的に大胆に何が違うんですか?」
体の仕組みが違うなら、骨の構造も若干違うのかな〜という疑問を解消させよう。
というか初めてポケモンの骨格とか見たからいろいろとわからないことだらけなんだよね。
「ポケモン達はタイプよりも種族によって骨格はてんでバラバラだ。電気タイプポケモンの場合は、骨の違いというよりも皮膚だな。感電しないような性質でできてるが、それはまた次の授業でやるとしよう」
「はいはーい」
「どうしたハヤミ、今日はやけに意欲的だな」
「電気タイプ以外で電気技使えるポケモンも蓄電袋みたいなの持ってるんですか?」
その私の質問に隣の優等生ちゃんも首を縦に振って、小さくうなずいていた。あ、もしかして同じこと思ってくれたのかな?
「良い質問だ。サイドンやラッキーのようにタイプが別でも電気タイプの技を駆使できるのは蓄電袋ではなく、そういったポケモンに特有で見られるある臓器がキーとなってくる。それは万能臓と称されている」
万能臓? はじめて聞く単語に、私は首を傾げる。
「万能臓とはまさにハヤミが言ったように、違うタイプの技を駆使するときに使用されるものだ。その為にタイプ一致ではない技の威力が削がれてしまう」
「それではその万能臓が発達しているか発達していないかによって覚える技が異なってくるんですか?」
「そうだ、それがポケモンの進化において発達する器官でもある」
優等生ちゃんがそう質問する。そういうことだったんだ。
「万能臓が発見されてから、技マシンというものが普及したのもまた事実だ。覚えておくように」
「「はーい」」
先生はそう閉じて、授業は続いていく。いろいろ勉強になることあったなー。骨にしても骨むき出しにしてるっぽいポケモンもいるって聞いたしね。なるほど、納得。
「このピカチュウの骨みたいに、他のポケモンなら骨の形が違う。当たり前だがな。だから覚えることはたくさんある。しかし共通して言えることは大体の骨の仕組みは一緒だ」
先生はピカチュウの頭、肩、肋、背骨、骨盤をポインターで順に指して、
「大抵の脊椎動物はこの基本的な構造は一緒だ。後はタイプや種族に応じて腕や脚が変形しているものも出てくる」
良く見れば、ノートは鉛筆の芯で真っ黒になっている。無心になって、ただ授業に集中しただけでこんなにページがぎっしり文字で埋め尽くされるんだからすごいよな。
「まあ、今日はこんなところだろ」
そこで授業の終了を知らせるチャイムが鳴った。
将来の夢を胸に馳せる若者達が毎日通うトレーナーズスクールでは午後からは専門授業になることが多い。その為、それぞれの科目によってスケジュールも変わるために下校時間がまちまちになっている。
前にも言った通りだけど、主に学科が分かれるとしたらトレーナー科、コーディネーター科、ブリーダー科、レンジャー科、育て屋科、メディター科、他にもいろいろある。
それに何もポケモン関連の仕事でも構わないから政治経済を取る生徒もいるし、弁護士、お医者さん、料理人、エンジニアみたいな職業につきたい場合も授業が分かれている。
私もメディター科の授業が終わって教室で帰り支度をしていると、教室にカナがやってきた。
「ルカちゃん、このあと時間ある?」
教科書やノートをすべて鞄の中にしまいこんで、振り返る。
「ぅん? あ、うん、暇だけど?」
今日は特に何もないと思うし。
一応ポケギアを開いてスケジュールを確かめる。
「うん、ないない。どこか行きたいの、カナ?」
私はノートを鞄に入れて、校舎の出口へと続く廊下をカナと一緒に歩く。
「ううん。そういうわけじゃないんだけど、ちょっと相談があって……」
カナが少し表情を曇らせるのを見て、私は察する。
「うん、わかった任せて!」
「あ、ありがとうルカちゃん」
カナが相談するとしたら、大抵はお兄ちゃんのことなんだけど(というか勉強の相談はいっつも私の方からしてるし……)。
二人で一緒に学校を出て、カナの家の方まで歩いていく。
「そういえばカナの家も久しぶりだな〜」
「そう、だったっけ?」
カナ、本当に何かあったのかな? なんだか、元気なさそうだし。やっぱりお昼の後にあったお姉さんからの電話が原因なのかな?
そう……特別授業の後にカナは職員室に呼ばれてそれっきり放課後まで会うことはなかったから。
カナの家は丁度ハナダジムの隣に建てられている。いつも思うけど、大きい家だなー。立派な門構えのジムは、やっぱり水タイプのポケモンを意識しているような彫刻や装飾が施されている。
「ルカちゃん、今日はこっち」
私がカナの家の前でぼーっと玄関の門を見上げていると、カナは家を通り越してジムの方を指さす。
「あ、ごめんごめーん」
少し駆け足になってカナの横に並び、
「ジム?」
「うん」
ジムへと進む度にカナの足取りが少しずつだけど重くなっていくような気がして、それに私も同調する。
「もしかして、何か怖いこと……?」
私は急に自分の身も心配になってきてカナに尋ねる。
「えっ、う、ううん! ち、違うのっ……」
「あ、そ、そうだよねー、そうにきまってるよねー」
ごまかし笑いを上げながら、そんなことを言っている内にジムに辿り着いてしまう。
二重の自動ドアを抜けて、ジムの中へ。
いつもながらに感嘆させられる程の巨大なフィールドに加えてのハナダジムならではのプールのバトルフィールドは広大。プールに浮かぶ複数の黄色のブイが静かな波に揺れて、ぷかぷかと漂っている。
やっぱりいつも整備はされているんだなー。
あれ?
「どうしたのルカちゃん?」
「え? あ、いやなんかなにか水面が揺れたなーと思って」
「もしかしたら管理システムが作動したのかも」
「そっか」
と、私は納得してカナの話へと戻る。きっとカナは
「ルカちゃん、あのね……」
「う、うん」
誰もいないジムの中で、カナは少し瞳を潤わせて私を見上げる。
ごくりっ……私は固唾をのみ込む。
「お願い、手伝ってっ!!」
「……へゃいっ??」
て、手伝う……?
「な、何を?」
「きょ、今日ケンさんに授業の時に指導してもらったからお礼がしたいって言ったの」
「えー、いいよ、あんなバカ兄にお礼なんて」
「するの!」
「あ、は、はい」
カナって普段恥ずかしがり屋なのに、やる時はやる子だもんね〜。というか一図だからなんだけど。
でもそうか、いつもなら内気なカナが自分からお礼したいって言えたのはすごい進歩だよ。なにかバカ兄以外の相談かとも思ったんだけど、こんなに深刻なカナは
「で、でもね、何をあげたらいいかわからなくて……ケンさんって何が好きなの?」
う、うーん、お兄ちゃんが好きなもの?
食べ物は……基本なんでも食べるし、それに知っているとすればお兄ちゃんの嫌いなものばかり。
「なんでも良いと思うよ? カナが自分で必死に考えたものなら、バカ兄も喜んでくれるって」
「そ、そうかな?」
「うん、そうだよ。だから、あの、そろそろ両手を離してもらってもいいかな……?」
「あ、う、うん……ごめんね」
そっか、まあ大事じゃなくて良かったなー。あ、でもそれにしてもなんでジムなんだろう?
「ねえねえ、カナ?」
「うん」
「なんでここなの?」
「あ、えっと、特別授業の後電話があってお姉ちゃん達急用ができたから家にいないんだって」
「だ、だから?」
「うん」
家の鍵も持たせてもらってないなんてこと……。
「鍵ないの?」
「お姉ちゃん達がいるっていうから置いてきちゃった」
「あ、そ、そっかー、そうだよねー。それじゃ、私の家に来る?」
「え、いいの?」
「うん。それにカナ一人このままジムに置いていくってのもなんかあれだし」
「ありがとう」
「いえいえどういたしましてー」
というわけで、私の家へ移動〜。
「あら、カナちゃんいらっしゃい」
「お邪魔します」
「ただいま〜」
そういえばカナも私の家に来るの久しぶりだなー。
私たち二人は揃ってやってきた。途中で結構な質問攻めにあったりもしたけど、それであんましお兄ちゃんのこと知らないんだなって思ったけど別に知りたくないから問題ない。
「お姉さん達はお元気?」
「あ、はい。今日は皆用事でいませんけど」
お母さんとカナが世間話をしている間に、私は自分の部屋へと駆け昇っていく。
だって、ほら、きたなかったら嫌だし? 見かけだけでも、きれいに、ね?
幸い、部屋は綺麗に整頓されていた。あれ、でも昨日結構散らかしたような―――?
「ルカちゃんったらお部屋のお掃除もしないで、服とかも全部脱ぎっぱなしだったのよ今朝」
「ええ、そ、そうだったんですか?」
階段の下から聞こえてくる会話が耳へと届き、
「ちょっと、お母さん?!」
「あらあら、ルカちゃんが怒って降りてくる前に退散するわね。ゆっくりしていってねカナちゃん」
「はい、ありがとうございます」
私はどたどたと階段を下りてお母さんをウガーっと睨むも、さすがは私のお母さん……すでに撤退していた。
「カ、カナっ、あ、あのね今朝はね、ちょっと寝坊しちゃったっていうか、その、ほら人間誰しも失敗はあるし―――」
「うんうん、そうだね。わかってるわかってる」
「うぅ、カナまで………」
普段ならば逆の立場であるのに、今日はカナに少し弄られた私だった。
そのあと、私とカナは遊んで夕食も一緒に食べた。
お兄ちゃんと一緒の食卓なのかはわからないけど(多分絶対そうだけど)カナは少し俯き気味だった。きっと照れてるんだろうけど、お兄ちゃんが背筋は伸ばして食べろよーと注意したら顔を真っ赤にして背筋をピンっ! と立てたカナは可愛くて笑っちゃった。
冬だから夜も早くて、お母さんがカナの家に電話してお兄ちゃんが送っていった。恥ずかしそうだけど嬉しそうなカナを見送った後、私はお風呂に入って自室へと戻る。
きっとカナのことだから指導のお礼の他にも、今日送ってもらったお礼もするとか言ってくるんだろうなー……などと考えながら。
「あー、楽しかった〜」
ガーディとベッドの上で遊びながら、ふと何かが頭をよぎる。
あれ、何か忘れているような……?
時が数秒流れ、脳内を電撃が駆ける。
「宿題っ!!」
こうして眠れない一夜が始まったのである。