この模型はオスかメスかわかるか?
「えっと、12番の人ー?」
私がカナと(無理矢理)とっ換えた紙を見るとそこに書かれていた数字は12。
「あ、は〜い、私でーす」
「お、ケンケンの妹」
「うっ……。そ、その声は」
お兄ちゃんのことをケンケンと呼び、なおかつ私のことを知っている上級生であてはまるのは……
「リョウさん……」
「よろ〜」
「ま、まあバカ兄じゃない分マシかな」
目の前の知人に向けてそうぼやきながら、私は目線を横へと逸らす。
「ん?」
「いえいえ、なんでもないですよ! ご指導よろしくでーす」
「そうかー?」
お兄ちゃんとはスクールに入ってから今までずっと一緒に授業を受けていたリョウさん。実力もお兄ちゃんと同じぐらいなのに、リョウさんはこんな性格だから常にこう言っているみたい。
『わて? わ、じゃあケンケンの足元にもおよばんって。あ、それよりもな、この間出た新作のゲームな―――』
といった感じですぐに話を切り替えられるらしい。
でも、リョウさんはそれなりに格好良いし、優しくて面倒見いいからいっかなー。私のタイプじゃないけど。
結構長身でスタイルも良いんだけど、私はリョウさんの目があまり好きじゃない。糸目というかなんというか、何を考えているのかわからないんだよね。
「特別授業ってあんまし得意じゃないけんどな。ビシビシいくぜ」
「うっ」
特別授業の内容は至って簡単。指導を受ける生徒同士がフィールドで実際にバトルして、上級生が隣で必要なアドバイスや知恵を貸してくれるというもの。
つまり、指導が上手ければ上手いほど生徒の実力が引き出されて強くなるし、同時に上級生にとって同級生達とも指導の出来を競い合えることができる。
「じゃあ、誰と対戦すーだ?」
ちなみにリョウさんは、ここカントー地方から遥かに西のハイア地方(日本地図で言うと中国地方にあたる)から来ててたまにハイアの方言が出てくるらしい。
「あ、じゃあカナとする」
「げっ、ケンケンとかー。まあ、いっか」
「わーい、じゃあカナよろしくー!」
私は、顔を赤く染めながらもお兄ちゃんと懸命に会話しているカナを見つけて手を振る。
「お、対戦相手はルカとリョウみたいだな」
「あ、そうみたいですね。よろしくね、ルカちゃん!」
私とカナは対面するようにフィールドに立って、ボールを取りだす。
「あの子って確かカスミさんの妹さん?」
「そうだよー、カナって言うの」
「おしっ、なら負けーか?」
「なんで?!」
な、なんで初っ端から負けようなんて言ってるんですか?!
「大丈夫だよリョウさん。それに、そんなこともう一回言ったら先生に言うからね」
「むっ……。わーったわーった、真面目にやるけん」
「そうそう、それでいいんです」
私は再度カナと対面し、ボールをフィールドへと放る。他の皆も対戦相手を見つけてはバトルを開始していた。
「お願いガーディ!」
「ガウ!」
「シャワーズ、行って!」
「フィ〜」
カナが出したのはカナがカスミさんから小さい時にもらったシャワーズ。私も良く知ってて、ガーディとも大の仲良し。でも、授業って言ったって負けるわけにはいかないんだから。
「ちゃんと見て、指導してくださいよリョウさん!」
「おお、気合い入ってんなー」
「もちのろん! ガーディ、【火の粉】!」
「ガウ!」
威勢良く指示した通り、ガーディの口から数個の火球がシャワーズめがけて飛んでいく。
「シャワーズ、地面に【水鉄砲】」
「フィ!」
カナの指示された通りにシャワーズが地面に勢い良く放出された水がぶつかり、反動で弾け返った水飛沫がガーディの【火の粉】を掻き消してしまう。
「ひゅ〜、魅せーねー。カスミさんの妹さんはコーディネーター志願だな」
「さ、さすがカナ……。でもこっちだって負けてられないんだから! ガーディ、【体当たり】!」
「ガウゥ!」
小さな四肢を懸命に使って、ガーディはシャワーズへと猛進していく。
「シャワーズ、【溶ける】」
「フィイ」
「ガウっ?!」
ガーディの特攻はシャワーズをとらえることができないどころか、シャワーズの姿はフィールドから消えてしまった。
「え、え? ど、どこ?」
「やーれたな……。さっきの【水鉄砲】は下準備ってことけ。さすがはカスミさんの妹さん」
「感心してないで手伝ってくださいよ!」
「ん? ああ、そげやな。とりあえずガーディの体内の炎を放出させてフィールドの水を蒸発させてみ」
「そんな難しいことできませんって!」
と、隣にいるリョウさんと言い争っている内に動きがあった。
「シャワーズ、ガーディに【水鉄砲】!」
「フィー!!」
「あ、ガーディ【吠える】!」
「ガウゥゥゥ!! ガウっ!!」
「フィっ?!」
一気に形勢が揺れる。
ガーディのすぐ後ろの水たまりから姿を現したシャワーズは跳びあがって、上からガーディを狙った。
でもガーディの威嚇でシャワーズが【水鉄砲】を使うのを躊躇って、体勢を崩してしまって地面へとぶつかる。
「シャワーズ、落ち着いてもう一度【溶ける】だよ!」
「させないよカナ! ガーディ、【体当たり】!」
シャワーズが体勢を立て直す時間を与えずに、すぐさま連続攻撃を繰り返すことで優位に立つ!
「ガウっ!」
「フィー!!」
私の方へ吹っ飛ばされてくるシャワーズを私はしっかりと観察する。
「あ、シャワーズ、は、早くルカちゃんから離れて!」
「フィ?!」
カナが警戒してくる声が聞こえてくるけど、ごめんね……これで私の勝ちだよ!
「ケンケン妹の得意技、しっかりと見させてもらーけん」
「お好きにどうぞ! シャワーズ、右前足の膝に若干の熱の脹らみ有り。さっきの打撲だね」
「へえ……これが噂に聞く瞬間診察か。すごいな」
リョウさんは本当に指導してくれる気、あるのかな?
まあ、いいや。シャワーズの弱点はわかったし、後はそこを狙うだけ。
「ガーディ、いつものお願いね」
「ガウ!」
一方のカナはもうどうしてもいいかもわからず、すかさずシャワーズに声をかけるけど……
「シャワーズ、ガーディを狙って!」
「フィイ?」
相手のシャワーズが困惑した声を上げる。
「こりゃ、ルカの勝ちかな」
さすがのお兄ちゃんも諦めちゃったみたいだね。あっはっは、カナ破れたり!
そしてガーディが駈け出す。私とガーディが習得してきたテクニック見してあげるんだから!
「【嗅ぎ分ける】から【噛みつく】!」
「ガウ!」
一点集中攻撃。それは力弱きものでも、技劣るものでも勝利をつかむことのできる唯一の戦法。
ガーディの甘噛みがシャワーズの右前足の足首に決まって、シャワーズは動けなくなる。
「ちゃんと加減してる、ガーディー?」
「ガ〜ウー」
「大丈夫、シャワーズ?」
「フィ〜」
なんかガーディとシャワーズがいつものようにじゃれ合いはじめたけど……まあ、いっか。
いやー、それにしても勝った勝った〜♪
「いやー、そーにしてもさすがはケンケンの妹やな」
「おい、リョウ。お前ちゃんと授業やれよ」
お兄ちゃんがリョウさんに向けて悪態をついているとき、私はルカに駆け寄ってお互いの手を取る。
「ルカちゃん、やっぱり強いよ」
「えっへん!」
リョウさんは目が開いているのか開いていないのかわからない目つきで、ほんとに線……いや、糸だっけ? そんな感じ。でもお兄ちゃん並みに強いんだよねー。不思議。
そして結局何も指導してくれなかったリョウさんにフィールドの端からやってきたお兄ちゃんと、その背後に隠れながらてこてこついてきたカナが合流する。
「まあまあ、そうおこーない、おこーない」
「別に怒ってねえよ。それより、カナ。手応えは掴んだか?」
「あ、はい!」
カナは必死にお兄ちゃんに背伸びして答えて、かわいーなー。
「まあ、シャワーズはコンテストに備えているからポケモンバトルの為のスタミナはついてないしな。長期戦はやっぱし厳しいか」
「ねえねえ、それは私とガーディにも言えることなのでは?」
聞き捨てならないので一応お兄ちゃんに問いただす。
「お前はカナと違っていっつも馬鹿やってるんだから、アホルカパワー満載だろ」
「なによそれー!」
いきなり何言いだすのよ、バカ兄!
「おお、喧嘩喧嘩。俺はケンケン妹に100円。テンドウさんはどうすー?」
「わ、私ですかっ……?! え、えっとケ―――ル、ルカちゃんに100円……」
そしていきなり賭け事に走り出すリョウさんと、そそのかされたカナに私たちは―――。
「「ちょ、お前ら?!」」
またしても、お兄ちゃんとハモってしまうのであった。
科学実験室と教室を合体させた、更に大きな教室で私は一人ポツンと無駄に横に長い机で肘をついている。
今からはメディターとしての個別授業。カナはコーディネーター志願だからそっち系の授業を今取っている。
「はいはい、今日は骨の仕組みについてやるぞー」
担任の先生が何やらポケモンの骸骨を運びこみ、そこから授業が始まる。
「うへー、なんの骨ですかそれ〜?」
なにやらピカチュウらしい骨模型をまじまじと見つめながら先生に尋ねると、
「ピカチュウだ」
「「「え〜〜〜!!」」」
私の他にも上がる驚嘆の声。
う、嘘っ? ほ、本当にピカチュウ??
「といってもプラスチックだけどな。本物は所持するのも大変だからな」
そう、ポケモンリーグ協会……実質この世界の政治、経済、社会の司令塔となっている機関では法律が発行されている。つまりはこの国を任されているところで、そこには四天王とチャンピオンという面々で構成されている。
「だからプラスチックなわけだ。だが本物のと寸分変わらない再現率だから安心しろ」
でもピカチュウって骨だけでも結構かわいいかも。私達の骨とは全然違うなー。
ピカチュウの骨模型の隣には人骨模型が置かれる。それを見比べると、やっぱり小さいのもあるんだけど眼孔がなんだかかわいらしく見える。
「さあ、まずは私達人間のように男と女では骨の働きや外見が異なる。それはポケモンでも同じだ。まあ、性別不能なポケモン達や骨を有さないポケモン達については特例だからまた違う時に話すぞ」
私たちは先生のテキパキとした説明を必死に聞き取り、ノートにペンを走らせていく。
「ピカチュウでオスとメスの違いを見分けるのに用いられている尻尾だが、これはこの模型を見てみてもわかるな。さあ、この模型はオスかメスかわかるか?」
先生がモニターに出すピカチュウの模型の拡大版では尻尾の骨の先端が妙に小さくてまるっぽく見える。
「はーい、女の子〜」
私がそう言うと先生は私の方を振り返り、
「そうだ、なぜかわかるか?」
「尻尾の骨が小さくて、まるっぽいから?」
「そう! まずは尻尾を良く見てみろ。そしてこれはオスの尻尾がどうなっているかわかる写真だが―――」
こうして、午後の昼下がり……私はメディターになるための授業を受けながら猛勉する。
自分の知りたいことを知ることができるって、やっぱり楽しいな。だからポケモン一般論よりもこういった専門的知識を学ぶのは楽しいし、覚えられる。
こんな授業ばっかで良いと思うんだけどなー。