カビゴンのゲップの音は?
ああ、今日ももふもふの暖か暖か羽毛布団〜♪
頭の上まで被った布団の中で私はぬくぬくと冬のみでしか味わうことのできない至福の温もりを堪能する。以前の沈んだ気持ちは今やすっかりと晴れていた。たまにお兄ちゃんから能天気な奴とか言われることもあるけど、ポジティブなだけだもんと常日頃言っている。
そして、いつもながらにこの至福は長くは続かない。
うん、わかってるわかってるよ……。
「起きろっつってんだろ、アホルカ」
「ごふっ」
「お、まるでカビゴンがゲップしたかのような―――」
「うるさーい!」
鳩尾に直撃する昨日より重たい鞄……。このバカ兄は私のことを一人のか弱い女の子として扱ってくれたことは一度たりともない。
私は布団を上へと撥ね退けて、相手を威嚇する。
「スクール行くぞ」
「うぅ……」
「さっさと着替えろよ」
「わかってるもん!」
お兄ちゃんのいつもの起こされ方に、私は嫌々ベッドから出る。来るのはわかっているのに、少しでも長くこの至福の時間が続けばなという願望が強くなってしまうから毎回この結果となってしまう。
「うぅ、寒いなー」
窓のカーテンを開けて、その向こうに広がる銀世界に心を奪われそうになるも部屋のひんやりとした床の冷たさに引き留められる。
「あ、今日ってテスト返ってくる日じゃん」
またも一気に肩が重くなるように感じる。
「はぁ、もう行きたくない……」
なんて愚痴っている間にも手は勝手にパジャマのボタンをはずしていく。
「ごはんよルカー」
「はーい!」
下から聞こえてくるお母さんの声に返事して、私はガーディをボールから出して降りていく。
部屋を出てすぐ左にある階段を下りて、ダイニングへと入る。
「おはよー、お母さん」
「おはようルカちゃん。はい」
「ありがとー」
私はお母さんからお茶碗とガーディのトレイを受け取って自分の席につく。
「はい、ガーディ」
「ガウ!」
私は床にしゃがんでガーディにごはんを上げた後に箸を手に取る。
「いっただきまーす」
「そういえば、今日って実技指導だったよな」
「あっ……」
私は箸で摘まんだきゅうりの漬物をお茶碗の上に落してしまう。
「覚悟しとけよ、ルカ」
「絶対、絶対にバカ兄には教わらないから!」
「ほざいてろ」
そう、今日は月に一度の実技指導。
いつもなら先生達から指導を受ける私達生徒だけど、月に一度は上級生の教育実習の授業の一環として下級生に実技バトルを教えるクラスがあるのだ。
そしてなぜかは知らないけどお兄ちゃんはいつもその時は私の指導係になって横でネチネチと嫌味たっぷりに指示してくる。その時のお兄ちゃんの表情を思い出すだけで私はテンションが下がる。
今月は絶対に優しくて良い先輩に教えてもらうんだから……!
そう胸に刻んで、私は朝ごはんをかきこんでいく。
「あらあら、ルカちゃんそんなに急ぐと消化に悪いわよ」
「おかわり!」
「あら、はいはい」
「やけ食いかよ……」
「うっちゃい!」
隣で口を挟むお兄ちゃんを右目だけで一瞥して反抗するも、口にご飯が入っていたためそんな声が出てしまった。
「ニュラ!」
「ガウ!」
そんな賑やかないつもの食卓。
『突然ですがニュースです』
食卓の前のテレビから速報が流れてくる。
『昨日ハナダ銀行での強盗5人組は青いバンで逃走。更にはソネザキ マサキさんを拉致した可能性も出ており、ポケポリもますます捜査態勢を強化すると共に今後の対応に追われています。尚、銀行が強盗にあったとき5名の一般人が重傷を負い病院へと搬送されましたが今朝病院から姿を消すなどの不可解な事件も起きています』
「あら……最近本当に物騒ね。ルカちゃんもケンくんも気をつけてね」
「大丈夫だよー」
「わかってるって」
そう言いながら私は残りのご飯を喉に通していく。それにしてもマサキさんが拉致って……結構やばくない?
今日の授業はポケモン全般についての講義から始まる。
ここで習うことはこの世界で住む為には必須の常識を学ぶ授業……つまりは、昨日受けた試験が返ってくるクラス。
「ほら、今日は昨日のテストを返すぞ。クラスの平均は85点だ。まあまあだな、次も頑張れよ」
「「「はーい」」」
先生が黒板にクラスの最高得点、最低得点、平均点を記してテストを配り返す。
「だ、大丈夫ルカちゃん?」
「カナ、私きっと死んでるよ……」
「そ、そんなに駄目だったの……? そんなに難しくなかったような気もしたんだけど……」
カナ様、あなたは何者でおらっしゃいますか?! というか平均点85点て!? なにそれ!!
私は驚愕の事実をさらりと口から零してしまうカナに、己の無能さを呪いながらテストの答案が返ってくる前に机の面に頭を消沈させた。
「ル、ルカちゃん……?」
もう何も言わないでカナ、私はもうだめなのよ。
「テンドウ、お前はクラスで唯一の百点越えだ。頑張ったな」
「あ、はい、ありがとうございます」
「おい、ハヤミ。お前はもう少しテンドウを見習え」
「うぅ、すみません………」
私は泣く泣く先生からテストを受け取り、右上に赤く書かれている45という文字に心を砕かれる。
「はぅっ!」
へなへなと力が抜けていく私を、カナが必死に支えてくれるも……私の手から回答用紙が滑り落ち、ひらりとふんわり床へと落ちる。
「ル、ルカちゃん! 気を確かに!!」
「もう駄目なのよカナ。私は世界を―――」
昨日の食堂で出た同じような乾いた、いや壊れた笑みがこぼれてくる。リフレッシュした気分はどこへ行ったのやら、今の私には絶望という名の二文字しかない。
ちなみにその答案用紙に書かれていた赤い文字はこのようなものだった。
【質問1:エーフィは十分になついた状態で朝か昼にLv.アップ。ブラッキーは十分になついた状態で夜にLv.アップ。リーフィアはハクタイの森にてLv.アップ。グレイシアは217番道路にてLv.アップ。これぐらい常識だ、覚えとけ】
【質問2:周りが相手ポケモンの水系の技で濡れていないかを確かめ、自分の電気タイプポケモンの攻撃による感電を未然に防ぐのは正解だ。よくできたな】
【質問3:スーパーボールはモンスターボールより効率が良くて高い。ハイパーボールはスーパーボールより効率が良くてめちゃくちゃ高い。ってハヤミ、お前な……。まあいい、ルアーボールの例を出したのは良かったぞ、でもなお前が他の例に書いたハートボールってのは無い。きっとラブラブボールとフレンドボールをごっちゃにしたんだろうな。ラブラブボールは性別の違うポケモンが捕まえやすくて、フレンドボールは捕まえたポケモンの懐き度が上昇するぞ】
【質問4:お前、カッコよくなるって答えて点もらえると思うか?】
【選択問題 回答:
1:寂しがり
2:シーヤの実xモコシの実
3:不器用
4:第三者に審判を依頼する・ポケギア・ポケッチに内蔵されているバトル審査モードをお互いにONした状態で確認(これは先生が選択肢を間違えたからな、どちらかに丸しても正解だ)
5:ジム対戦の予約をポケモンセンターで済ませる
6:火炎車
7:いる
8:アノプス
9:別れる
10:いる】
【総合回答率:50点中22.5点】
朝の鬱な時間を乗り越えて、次の授業の時間となった。
教室を移動して、次の授業はコンテストについての基礎講座。トレーナーを目指す生徒もコーディネーターを目指す生徒も、ブリーダーを目指す生徒も皆が皆一般教養は身につけておかなきゃいけない。だからやることは基礎的なことなんだけど、それでも覚えることはたくさんある。
主な授業内容はコンテストの開催規定とか、そういったコーディネーターとしての知識じゃなくてコーディネーターという存在に対して知っておかなければならない事項といった感じのもの。
「コンテストかー……。見る分には良いんだけどねー」
「ルカちゃんは魅せるよりも診る方だもんね」
「まあねー。だから朝の授業全部苦手……」
私がなりたいのはトレーナーでもなく、コーディネーターでもなく、メディター。
いわゆる、ポケモンのお医者さん。
なぜかはわからないけど、私はポケモン達の心情に敏感で病気や怪我をしているとすぐにわかってしまう。
「カスミお姉ちゃんが言ってたけど、ルカちゃんみたいな子は将来大物になるって言ってたよ」
「カ、カスミさんがっ?! えへへー、そっか〜私大物になるんだー」
カナが何か複雑な表情を後からするけど、私は朝の授業とは違ってテンションが上がる。きっと、カナは『あ、ちょっと励ましすぎちゃったかな……?』とか思ってるんだろうけど私は一向にかまわない。
「ポケモンコンテストではポケモン達の魅力とパフォーマンスを競い合う競技です。ホウエンとシンオウで発生した競技ですが、今ではどの街でも開催されていますね」
先生の声が襟元のスピーカーを通して、後ろの方に座っている私達にも明確に聞こえてくる。
「カナはやっぱりコーディネーターになりたいの?」
「う、うん……」
「人前に出るの苦手なのにねー」
「で、でも、私はポケモン達にもっともっと輝いてほしいの」
「そっか。そうだよね、それがカナだよ」
そんな感じで、先生は遠方にいるから友達と喋ってても叱られないという特典があったりする。
そして昼休憩が終わって、とうとうこの時間がやってくる。
「遂に来てしまった、悪夢の時間」
「だ、大丈夫ルカちゃん?」
朝に話していた指導実技の特別授業。
授業に使うバトルフィールド場に私達9年生がぞろぞろと集まり、すでにそこで待っていた12年生達の集団へと向かっていく。
9年生は私達の学年。それでもってお兄ちゃんの学年が12年生。スクールは1年生から12年生までの生徒が同じ学校で授業を受ける。
ま、私はまだ15だからいいんだけどお兄ちゃんみたいに18で最終学年の人は今年が正念場みたい。いろいろと進路とか将来について奮闘してる……私のお兄ちゃんはいつも通りに自由気ままに過ごしてるっぽいけど。
「さあそれでは特別授業に入ります。上級生の子は、今回は番号を引いてくださいね。それと同じ番号の子と組んでもらいます」
「「「はーい」」」
や、やった、今回はくじで決まるんだ!
いつもなら上級生が勝手にパートナーを選んでいくんだけど、それが不公平だということに先生たちはやっと気が付いたみたい。
「わ、私ケンさんとなりたいな」
「なってなって、私は絶対になりたくないから」
「う、うん! 頑張る!」
おーおー、かわいいねー、一図な女の子ってかわいいね〜。
そして周ってきたくじの入った箱に手を伸ばして、引いた番号付きの紙を見ると23番。
お兄ちゃんが向こうで手を振り掲げる番号も23番。ちなみに私の視力は抜群なのである。
「カナ、変えよう!」
「えっ?」
あいにく、お兄ちゃんもカナも私の番号を知らないから一瞬にして取り換える。カナはなにが起こったのかわからないようで困惑してたけど、その理由はすぐにわかるだろうからごめんね!
私は今日は絶対に優しくて格好良い先輩に面倒見てもらうんだから!
と、内心お兄ちゃんに向けてあっかんべーをして手に握った新たなる番号を胸の内に秘めるのであった。