「裏」:青色のバン
平穏なハナダシティの街はずれで巨大なブレーキ音が鳴り響き、それと共に衝突音が轟く。
「あー、やってらんない、やってらんないわよ!」
ハナダシティの地元の人ぞ知るソネザキ家……その庭先の垣根に突っ込んだ状態となっている一台の青きバン。今朝強盗の疑いをかけられた容疑者五人組が乗っていたと思われる青色のバン。その中から長身の女性が現れる。
黒いフィットスーツを着用し、きりっと吊りあがった黒縁眼鏡に後ろで束ねられた赤橙色の長髪が彼女が運転席から出ると同時に揺れ、跳ねる。
「ちょっと、カンナさん! 安全運転!! 私死ぬところでしたよ?!」
そして助手席(垣根に諸にぶつかっていた場所)から出てくるのはハナダジムジムリーダーのカスミ。昔はお転婆マーメイドと呼ばれていた幼き頃からのカスミからは一転、以前ボーイッシュに切り揃われていた橙色の髪は肩の位置にまで下ろされていた。
「うっさいわね、あんた達全員運転できないから私がやってるんでしょうが」
頭を掻きながら面倒くさそうに愚痴るカンナに、カスミは彼女を見上げながら頬を膨らませる。カンナは垣根の方へと覗き込みながら、「こりゃもう駄目ね」とおじゃんとなってしまったバンを観察していた。
「あらあら、カンナ……アンズちゃんが気を失ってしまいましたよ?」
後部座席からは物腰柔らかながらもタマムシジムジムリーダーを務めているエリカがアンズを引っ張りだしながら現れる。頭に赤いヘアバンドをつけている彼女は、失神しているアンズをどこか楽しげに見下ろしながら脇下に腕を通して引きずり出す。
普段ならば常に着物な彼女だが、ここにいる一同は全員がそろって黒いフィットスーツを着用している。
そして最後に現れたのは、黙って車内から降りてくるナツメであった。
「あら、大丈夫?」
しかしカンナもアンズの安否を気にし、アンズの変わりにナツメが小さく呟く。
「大丈夫……」
「ならいいわね」
そして自分の家の敷地内で突然の衝突音が起これば、身に出ない家主などいないであろう。
「なんやなんや!? 何が起こったんや!!」
玄関先から現れた男をカンナが睨み、にっと口元に笑みを作る。
男の格好は普段からの生活習慣なのだろう。ボサボサにかきあげられた髪の毛から癖は抜けず、よれよれになってしまっているシャツは薄らと汚れている。
「確保よ、ナツメ」
「はい」
ナツメがユンゲラーを繰り出し、男はそのまま身動きが取れずに硬直する。
「うわっ!」
カスミがゆっくりと男の傍まで歩いていき、男は初めてそこで彼女達の存在に気がついたのか得体のしれない困惑と恐怖に苛まれていく。
「カ、カスミ!? それに、ナツメ、エリカ、アンズにカンナまで!」
なぜカントー地方の女ジムリーダー達と四天王のカンナが自分の家の前で、全員が黒いフィットスーツを着用しているのか? そして、今朝から騒がれている青いバンが自分の庭に衝突しているのか? マサキには理解できなかった。
「すみませんマサキさん、これも任務の内ですので。ね? カスミちゃん」
「そうね。マサキさん、悪いけど身柄を拘束させてもらうわ」
そう、男の名前はマサキ。かのポケモン転送装置の第一人者として知られている有名人である。
カスミがニョロトノを繰り出し、エリカがクサイハナを取り出す。
「ニョロトノ【催眠術】」
「【眠り粉】お願いね」
「ニョロ」
「ハーナッ」
拘束されているというにもかかわらず、容赦ない指示がマサキに向かって繰り出される。
「や、やめろお前た―――!!」
抵抗することもできずに、マサキは深い眠りへとついてしまう。
「全く、なんで私達だけこんな任務ばっかりなのよ」
悪態をつくカンナは、その片脇にしっかりとアンズを抱えている。どうやらエリカから引き取ったようである。
「そう言わないの、カンナ。これもあの人の為、私達の為じゃない。それではそろそろ行きましょうか」
エリカがクサイハナをしまい、カンナを諭す。
「そうですね……。ナツメさん、お願いできます?」
ニョロトノをボールへと戻して、カスミはマサキを肩へと寄りかからせながらナツメに問う。
「……(こくり)」
ナツメが静かに頭を上下に振ったのを見届け、四人プラス二名(気絶しているアンズとマサキ)が集結する。
「【テレポート】」
そう呟いたナツメの指示に従い、ユンゲラーはその場にいた全員を一気に別の指定場所へと瞬間移動させる。
数分遅れでサイレンと共にやってきたポケポリと警察の車両やヘリらは、ただただ衝突した青いバンと主無き家を見つめることしかできなかった。