敵が水タイプの時、自分の手持ちが電気タイプなら気をつけることは?
「カナー!」
なんと、トレーナーズスクールから徒歩三分のところにある豪邸……そこがカナの家。ここハナダシティは西側にお月見山が生み出す断崖に面する街。今は冬だからお月見山の登頂には雪が降り積もり、普段ならその独特な山脈が落とす夜の影は不気味に感じるけど、この時間帯では愛着すら感じる程に真っ白な帽子をかぶっているみたいでかわいく思える。
そんなカナの家の前で一際大きな声を上げる。カナは玄関先で待っていてくれていたみたいなのか、ささっと玄関から出てくる。ドアを閉める時に彼女の髪がふわりと風を含んで浮き上がり、さらさらとなびく。
「お、おはよう……ルカちゃん」
「おはよ、カナ」
「ガーディもおはよう」
「ガウ!」
本名をテンドウ カナミ。皆様ご存じの通りこのハナダシティハナダジムジムリーダーをしているテンドウ カスミさんの妹様なのだ! ちなみに私はカナミのことを愛称でカナと呼んでいる。
カスミさん一家曰く、カナミは私達と違ってとても恥ずかしがり屋さんで内気な子だからルカちゃんよろしくお願いね……とお願いされたのを未だに覚えている。お願いされたからとかそういうのじゃなくて、私はカナとは幼稚園の頃からの仲だからそんなのあんまし意味ないんだけどね。だって、なにがあったって私はカナの友達になってた、っていう自信があるから。
「それじゃ、いこっかカナ」
「うん」
地面にしゃがみながらガーディの頭を撫でるカナは嬉しそうで、ガーディも喉を上に向けてここぞとばかりに甘える。
カナの服装は私のと似ている。というか、似せる為にお揃いの制服を買いに行ったんだから当たり前なんだけどね。スクールでも仲の良い友達同士ではペアルックは流行っている。
彼女が立ち上がり私の横に並ぶように歩いて、カナの黒い長髪からは柑橘系の甘い匂いが伝わってくる。
「あ、カナ、シャンプー変えたでしょ」
「え……? あ、う、うん、アヤメお姉ちゃんが新しいの買ってきてくれたから」
「へぇ〜、なんて言うの?」
「えっとね……オレンオレンシャンプーだったかな?」
「へー、今度お母さんに聞いてみよ」
カナの家はもちろんジムリーダーの家ということで、五人姉妹で住んでいる為に家は大きい。上のお姉さんからサクラさん、アヤメさん、ボタンさん、カスミさん、カナミ……と続いている。でも、確か今はカスミさんこの街にいないんだよね。
「カスミさんはいつ帰ってくるの?」
「お姉ちゃん? ……まだ、わからない」
「そっか」
「ごめんね」
「ううん、そんなカナが謝るようなことじゃないよ」
「そ、そうだね」
彼女の照れ隠し笑いに若干引っかかるところもあったけど、今は気にしないことにして登校する。
そしてお察しの通り、カナはとってもゆっくりな口調で話す。それは彼女が内気な性格だからなんだろうけど、私との会話でもこの調子だから他人としゃべる時は内弁慶になったりもしちゃう時がある。
「それにしてもさ、カナ……」
「なに、ルカちゃん?」
「テスト勉強した?」
「う、うん……一応。ルカちゃんは?」
「うーん、したことにはしたんだけどね……自信ないかも」
「ル、ルカちゃんならきっと大丈夫だよっ……!」
両手で拳を作り、鞄と共に胸元まで上げて私を直視してくるカナの仕草の可愛さに、私は思わず
「ありがとう、カナー!」
「あ、きゃっ!」
カナに抱きついて頬を重ねてすりすりする。お人形のようでかわいいカナ。私の一番の親友だ。
そうやって朝からキャーキャーやってたら、いつの間にか校門の中に入ってしまっていた。普段ならもっとたくさんの生徒が校舎へと続く道を歩いているんだけど今日は違った。校舎の横から続くグラウンドの方へと生徒の足が運ばれていき、かすかにではあるけど歓声と衝撃音が聞こえてくる。
「あー、そうだった、今日はお兄ちゃんがバトルしてるんだった」
「え、ケンさんが!? い、行こう、行こうよルカちゃん!」
カナの態度からわかるとおり、カナはなぜかうちのバカ兄にホの字なのだ。どこがいいのか、私にはさっぱりわからないけど。そしてこういう時に限ってハキハキとしだすんだから、カナは面白い。
「えー」
「お、お願い、ルカちゃんっ!」
愚図るも、カナからそうお願いされた断れるわけないから私はしぶしぶ人だかりのできている方へと歩いていく。
ちなみにトレーナーズスクールには練習用のバトルフィールドが存在していて始業ベル前と放課後以降は常に開放されている。
そしてお兄ちゃんは週に2、3回は他の人からのバトルの申し込みを受けている。人混みの中には同級生の子達や先輩達の姿も見られ、これはいつしか恒例の行事的なものになりつつあった。
「ちょっと失礼しま〜す」
いくらなんでも私とカナの身長じゃ、この人垣の向こうで行われているバトルを観ることなどできないから人の間をカナの手を取って縫っていく。
「お、ケンの妹」
「あ、ルカちゃんおはようー」
「テンドウさん、おはようっす!」
兄が有名人ならそれなりの恩恵を私も受けている。というかカナはそもそも有名人だし、そのせいもあってか私のことを知っている生徒は結構いるんだよね。あんまり気の悪い話じゃないから私は構わないんだけど。
「おはよ〜、あ、ちょっと通らせてねー。ほらガーディ逸れちゃ駄目だよ」
「お、おはよう、ございます……」
「ガウ!」
この年になっても顔見知りする傾向にあるカナはそれでも挨拶の返事を返す。
最前線に出れた私とカナは早速フィールドで行われている戦闘に注目する。
私から見て右にお兄ちゃん、そして左には確か同じクラスで学年実力ナンバーワンの、えっと、名前なんだっけ……。まあ、とにかくその子が使っているポケモンはリザード。対するお兄ちゃんは相棒のニューラ。
えっと、状況から察するに相性的にはリザードの方が有利だね。
「ケン先輩、勝ってみせますよ!」
「やってみろ。金はもらっても、容赦はないぜ?」
眼鏡をくいっと片手であげて、びしっと相手の子を指さして……何格好つけてるんだろあのバカ兄は……。
「ケ、ケンさん格好良い」
「ええ〜」
そして周りの女子群からもバカ兄に歓声を上げている。
駄目、駄目なんだよ皆! あんなバカ兄つけあがらせたら一体何をしでかすか、わかってないんだよ!
「リザード、チャージ!」
「なるほどな」
リザードの尻尾の炎が急激に勢いを上げて、威嚇するように尻尾を振りまわす。フィールドに積もった雪が炎の熱気で蒸発し、それが空気中の密度を狂わして目が光を歪曲しながら見えてしまう。
へえ、結構戦いづらくなりそうな状況をつくりだしてるんだ。メモメモっと。
一方のニューラと言えば、リザードにはまるで興味がないのかのようにフィールド上の積雪へと飛び込んだりして暇を持て余していた。
「リザ」
男子生徒は準備ができたのを確認すると、こくりとリザードに頷いて腕を前へと突き出す。それに呼応して、お兄ちゃんもニューラに向かって指示を出す。
「ふざけているとどうなるのか教えてあげますよ先輩! リザード、【火炎放射】!」
「ニューラ、【切り裂く】」
リザードの【火炎放射】は自作した環境の補助効果で、ありえない屈折率を見せてニューラに迫る。
でも、まあお兄ちゃんのニューラには意味無いと思うけど……。
「ニュ」
余裕の表情で一閃されるニューラの右腕。そこはニューラに直撃する直前に左へと大幅に【火炎放射】が曲がった場所だった。
「なっ!?」
「リザ!?」
そしてそんな豪快で軌道を読み切るのも難解な技を、お兄ちゃんはいとも簡単に切り裂いてしまう。
【火炎放射】を切り裂いて、その炎の直流を真っ二つにしたニューラの顔はいかにもお兄ちゃんみたいに獰猛で好戦的な笑みを浮かべていた。そもそも苦手な炎タイプの技を直前まで氷の上で遊んで冷やすことによって軽減してるんだから、考えてはいたみたいだけど。
本当、二人共格好つけすぎ。
「ニューラ、【騙し討ち】」
そして見た目重視なお兄ちゃんとニューラが一番得意な技が炸裂する。
一気にリザードとの距離を縮めたニューラは、敵の懐に右拳をめり込ませて、右足を自分の左足で薙ぎ払ってバランスを崩させる。そしてそのすきにリザードの背後を取って完全に動きを封じる。
「俺の勝ちだ」
「くそっ!」
ここにてまたも大きな歓声。まあ、本当にお兄ちゃんは強いなーっておもわされるけどね。隣のカナの目は爛々(らんらん)と輝いている。
「ほわぁー、ケンさんすごい……」
まあ、そうかもしれないけど、うーん、あんなバカ兄がこのトレーナーズスクールで一番強くて良いのかなー。不安しか募らないのは私だけ……?
「やあやあ皆ありがとうありがとう。次の対戦を俺とご所望な人はこの用紙にサインして、一番金の積立が多い人と明後日勝負しますよー」
と、ここで登場する金の亡者発言。
そう、バカ兄は自分の用意した用紙に自分に挑戦したい生徒に名前を書かせる。名前を書いた欄の横には金額と書かれており、明日の放課後までに一番大きな金額を記載させた生徒が勝負をできる。なぜたくさんの生徒がバカ兄にああまでして挑むのかというと、なんとバトルに勝てばレートが十倍で自分に返ってくるシステムになっているからだ。
まあそれ以外にも、お兄ちゃんに勝つことがこのスクールで大きな意味を持つことになることは間違いないんだけどね。
「はぁ、もう行こうよカナ」
「う、うん、あ、あとちょっとだけ……」
私に腕を引っ張られながらもカナの視線はお兄ちゃんにたびたび向けられる。
ガーディはしょんびりしながら歩いてるし。きっと同じ炎タイプの子がいとも簡単にあのニューラにやられたからだろうね、心中は私と同じだよガーディ。
はぁ……。
頭の中で漏れたため息は、寒い冬空の中白い靄となって上へと漂っていく。
そしてクラスに着くや否や早速授業が始まる。といってもテストからなんだけどね。
用紙が先生によって配られていく。
教室は大学のレクチャールームみたいになっていて、先生を見下ろすような形でテーブルが段ごとに並んでいる だから教室も大きくて、先生がレクチャーするのに使っているプロジェクターや電子ボードは大きくて見えやすい。
よし、頑張る!! 昨日あれだけやってきたんだから、できて当たり前! 自分の前に伏せられるテスト用紙を睨んで、伏せられても透けて見えてくる問題文を読もうとして必死になる。
「はい、はじめ」
先生の声が教室中に響き、皆が一声にテスト用紙を捲る音が重なり合う。
【質問1:イーブイは合計で七匹の最終進化形態を得ることができる。その進化する七匹全部の名前とどういった条件下にて進化するのかを下記に述べよ】
え……?
鉛筆を握る指が硬くなる。
………え? え??
そして手から嫌な汗がにじんでくる。
昨日必死に覚えた内容は、山場の問題一問目の半分しか答えられない。
なんとか質問1の七匹の進化形態を書き終えて、うろ覚えながらに知っている知識をなんとか答えとして書き込む。
サンダースは雷の石で、ブースターは炎の石で、シャワーズは水の石。の、残りは……わ、わからないよ〜〜〜!!』
第一問から意気消沈した私に追い打ちをかけるように次の問題もまた私を苦しめる。
【質問2:対戦相手のポケモンが水タイプで自分のポケモンが電気タイプの時、一番注意しなければならない点は次の内どれか? 下記より一つ選び、その理由を述べよ。
・電気タイプの技を使う時、周りに発火物がないかを確かめる。
・室内ではなく屋外での戦闘を心がける。
・相手が放った水属性の攻撃で辺りが濡れていないか確かめる。
・自分のポケモンが電気タイプの技をコントロールできない場合、使用しない。】
あ、あれ? 試験って、こ、こんなに難しかったっけ……?
精神的ダメージを急所に受けながらも、私は自分の今の一番のパートナーである鉛筆(ロコンとガーディのプリントが入った可愛い赤とオレンジの)と共に難攻不落と思われるテスト用紙に立ち向かっていったのであった……。