「番外編」:ガーディとの出会い
閃光が暗い部屋で弾け、影をつくりだしては、光源は消え、室内は再度闇に浸る。次いで、地鳴りのように低く、力強い音が耳へと届き、それが雷鳴なのだと気づかせてくれる。
絶え間ない雨が窓に降りかかり、風が窓へと殴りかかってくる。外の景色を見れば、木々が激しく踊りだし、人やポケモンの姿など見かけることもない。
一人部屋にて耳を覆い、毛布にくるまって振るえているシルエットが雷が轟くたびに浮かび上がっては、また暗闇へと飲み込まれる。
「うぅ……。なんでこんな時に限って台風なのよ……」
ここはマサラタウンのとある一軒家。そう、ルカの祖父母の家である。つまりルカとケンの母親の実家にあたる。彼らは一家三人で、短い休暇を利用してマサラタウンまで遊びにきていたのだが。
ご覧の通り、外では台風がカントー地方を直撃しており、豪雨と雷鳴がとどまることを知らないでいた。
「こんなことならカナの家におとまり行けばよかったな」
親友であるカナの家に泊まりに来ないかと言われたのはついおとといのこと。しかしながらマサラタウンへと来ることがすでに決まっていた為にルカは断念していたのだ。
台風さえ来ることがないと知っていればよかったのだが、気象庁もびっくりの突然の来襲らしかった。それが示すのはつまり、特定のポケモンに起因するのだろうが、ポケモンに責任を負わせるようなシステムを社会は持ち合わせてはいない。
久しぶりの祖父母との再会にカナは楽しみであった。それで明日には海の方へと連れて行ってもらえる約束であったのだが、この様子ではそれすらも叶わない。
「おーい、ルカ」
「なーに?」
ドアが開いて、そこから現れたのはルカの兄であるケンであった。耳を塞いでいた両手を離して、ルカは雷にびくつきながらも彼に答える。
「じいちゃんとばあちゃんが呼んでるぞ」
「なーにー?」
「知らねー」
「むぅ……」
ルカは不満を漏らしながらも、ソファから下りて毛布を被ったままドアの方へと赴く。その足取りはどこか頼りなさげだ。
「ははは、お前メノクラゲみたいだぞ」
「お兄ちゃんのいじわる!!」
鼻を鳴らして、そのまま勢いよくドアを閉めてルカは部屋を出る。一方のケンはニューラと共にゲラゲラ笑いながら、妹の恰好を指差すのであった。
「おじいちゃん、おばあちゃん?」
リビングの方へとたどり着くと、そこで蝋燭に火をともしながら座談している人影が三つほど見当たる。ルカの母親と、その両親である。
「おお、ルカか。こっちにおいで」
「うん」
とてとてと毛布にくるまったまま、ルカは祖父の膝の上へと誘
いざな
われてそこに乗っかる。
「すまんのう、明日は一緒に海へ行こうと約束しとったのに、これでは、なあ」
祖父はその年齢にはそぐわないほどに健康的な体つきをしており、このような言い回しをするが、まだ六十そこそこである。対する祖母も、ルカを撫でながら楽しみにしていた明日の予定が無くなったことを悲しんでいた。
久しぶりの孫たちの訪問に、このような天気になってしまったことは不運ではある。それに加えて停電も合い重なり、家の中は活気的であるとはお世辞にも言えない状況である。
「ルカちゃん、大丈夫?」
「こわいけど、みんないるからだいじょーぶ」
母親の心配そうな声に、ルカは両手をぎゅっと拳にして自身を震え立たせるようにして答える。
「そう、うちにはかわいらしくて頼もしいゴーストちゃんがいるわね」
「えへへー」
ルカの毛布に包
くる
まった姿を愛でながら、母親はそう言ってルカに笑いかける。一方のルカも、お化けはそんなに好きではないが、頼もしいと言われて悪い気はしないのか顔を綻ばせて笑顔を見せる。
「それじゃ、ごはんの用意に移るとしますかね」
「そうね、ルカちゃんはおじいちゃんと一緒に遊んでてね」
祖母と母が料理の支度へと取りかかろうとする中、ルカはトーンの高い声で元気に「うん!」と首を振り、祖父と共に手遊びなどで盛り上がるのであった。
翌日、台風一過とはこのことか、と言わんばかりの快晴が大空に広がっていた。白雲探すのに一苦労するような蒼穹には、昨晩まで暴風が吹き荒れ、雷雨が横行していたことなど予想もできない。
「わぁー」
ルカはお気に入りの麦藁帽をかぶりながら、外に出ていた。青空を見上げながら、くるくると回っては澄んだ空気を肺いっぱいに取り込む。南の方の海の潮の香りがほのかに鼻をくすぐる。
「あんまりはしゃいじゃだめよー」
「はぁーい!」
女の子と言えど、まだまだ子供。ルカは昨日発散できなかった、ありあまった元気を抑えきれないといった様子で砂浜もほうまで勢い良く駆けていく。
マサラタウンもオーキドが犯したマサラの悲劇以降、悪い意味で報道などによりその名を広めた。マサラの悲劇とはオーキド博士が大量のポケモンを実験の材料として用いた事件のことである。史上最年少のポケモンチャンピオンの出身地として、それなりには抱かれていた悪いイメージは払拭されつつはあるが、なかなかにあのニュースを忘れるのは難しいだろう。
丘の上のオーキド研究所は今でも立ち入りの禁止が命じられており、もはや町の人間でも近づくものはいない。
住宅が一定間隔を置いて並んでいるのが一つの特徴であるマサラタウンは、一つの家が保有する私有地はかなり広大ではある。それゆえに、子供にとっては安全な町としても記事などで取り上げられることもあったが、なによりも近所付き合いが良いとされていた。
それゆえにマサラタウンの住民にとってもマサラの悲劇は、まさに悲劇と呼ぶにふさわしい事件であったのだ。
誰もあまり口にはしないが、これからのマサラタウンはオーキドの犯した罪を共に背負っていくしかない。
「おかーさーん、おじーちゃーん、おばーちゃーん! はやく、はやくぅ!」
遠くで手を振るルカに対して、三人は笑顔で応える。その後ろにはつまらなさそうにしてケンがくっついてくる。
「はしゃぎやがって……ガキは能天気でいいな」
「ふふ、元気があっていいじゃない」
「へいへい、元気元気」
ふてくされてみるケンだが、彼も内心天気が良くなったことに気を悪くしているわけではなさそうだ。むしろニューラにストレス発散させられることのほうが嬉しいみたいである。
「しかしそろそろルカにもポケモンを与えなければならんのう」
「そうですね、ですが私たちのポケモンではあの子にはあいませんね」
「そうだのう」
ルカは今年で10才。法律上、ポケモンを持たされるのが許される年となった。一般家庭では、親のポケモンの子どもをタマゴの時から孵させて、一緒に成長していくというのが最良とされている。お互いが一緒に生活し、成長していくことでポケモンに対する恐怖心などを取り除く為だ。
しかしハヤミ家にいるポケモンと言えばケンが小さい時から一緒にいるニューラくらいである。最近では親友のカナがイーブイを姉たちからもらったことで、ルカのポケモンを手に入れたいという気持ちは強くなっている。
「焦らなくても、きっとルカちゃんなら自分に合ったお友達を見つけると思いますよ」
先ほど一般的な子供とポケモンの譲渡について記したが、やはり家庭毎にそれは異なる。それは、家庭毎の特色をもあらわしており、しつけの度合いとして見られることもある。
「だといいんじゃが」
ルカの家庭に父親はいない。いないというよりかは、十年前に突如として家を出て行ってしまったのだ。それ以降、マサラタウンへと引っ越すという選択肢もあったが、母親の家を守りたいという要望から母子家庭としてハナダに残ることを決めたのだ。
今では父の不在に不満を漏らすこともなく、ルカもケンもすくすくと成長してくれた。それが母親にとって一番の幸福であると共に、母としての生き甲斐でもあるのであった。
ちょっとした事情を抱えるハヤミ一家。だが、それでも子供たちはしっかりと成長していっているのであった。
マサラタウンは海に面している田舎町ではあるが、密接している部分は崖が多く、ルカが目指すような砂浜は少ない。しかしマサラの人間ならば知る場所であり、夏になれば地元の子供たちで賑わいを見せる。
今の時期は初夏ということもあるのだが、海水はまだ冷たく泳ぐにはまだうってつけではない。しかしながらルカは砂浜で遊びたくてしょうがなかったのだ。その理由は子供であるならば、砂というだけで創造欲を駆り立てられるものなのかもしれない。
一人、砂浜に到着したルカは右手に握っていたバケツをひっくり返して中にしまっていたスコップやクワなどを取り出して絶好のポイントを選出していく。昨晩の豪雨によって砂は湿っており、砂遊びをするにはうってつけである。
砂の上にサンダルの跡をスタンプのようにつけて楽しむルカは、しかし岩陰の方で奇妙にうごめく物体を目撃する。
「ん?」
水色の頭が多数うごめいているように見えるそれは、台風によってマサラタウンまで流されてきた大量のメノクラゲの群れであった。頭部についた赤色の目玉のようなものがうじゃうじゃとその数の多さを示していた。
「うわっ……。いっぱいいる」
初めて見るその光景に、ルカはたじろいでしまうも、その反面興味がどんどんとわいてきた。普段目にすることのない海に住むポケモンだったからだろう。
「メノクラゲなんかより私の方がかわいいもん」
と、昨日ケンに言われたことも気にはしているようである。
しかしここでルカは妙なことに気が付いた。
メノクラゲたちが忙しなく群れとして固まり、一向に動こうとしないのだ。こんな浅瀬にまで来てメノクラゲ達がすることといったら、エサを取りに来る時だけのようなものなのだが……。と、まったくもって砂浜から離れる様子のないメノクラゲ達のほうへとルカは手にクワを持ったまま近づいて行った。
なぜなら体のほとんどが水分でできているメノクラゲにとって、外気に長い間さらされることは危険を伴うのだ。
「あっ!」
柔らかなメノクラゲの頭部がぶつかりあって、わずかに歪みあって重なる中にルカがとらえたものは場違いなオレンジ色の毛だった。橙と黒のツートンをメノクラゲ達の群がる隙間から垣間見たルカは、そのポケモンに覚えがあった。
最近、スクールで習った進化に用いる石の授業で、例として出されていたガーディというポケモン。そのポケモンを見て、ルカは当初「かわいいなぁ」という印象を抱いていたことに気が付き、考えるより先に体がすでに動いていた。
「はなれて!」
クワをぶんぶんと振りかざしながら、ルカはメノクラゲ達の群れへと突っ込んでいく。いきなりの人間の登場に、ガーディに覆いかぶさろうとしていたメノクラゲ達数匹がたじろいで海の中へと戻っていく。
幸いにも、ガーディの方が岩に打ち上げられて、間に挟まっていたためにちょっとやそっとではメノクラゲの触手でも海へと落ちることはなかった。
ルカがガーディの姿を見ると、子供でもそれが大変危険な状態にいるかは一目瞭然であった。
炎タイプのガーディがそもそもこのような場所にいるのがおかしいし、メノクラゲの触手についた毒によって体が更に衰弱しきっているのがわかった。橙色が眩しいはずのガーディの毛並もボサボサで汚れ、触手で刺された箇所は赤くはれ上がっており、針が刺さったであろうことを証明するように無数の小さな斑点模様がうかがえる。
「ひどいっ……」
格好のエサを横取りされたことに怒りを覚えたのか、メノクラゲの群れの一匹が触手を伸ばしてガーディへと近づこうとする。
「やめて!」
ルカはのびてきた触手にクワを振り下ろして、なんとかメノクラゲの触手を追い払うことに成功はしたが、ただ単に相手の反感を強めるだけであった。
それを感じ取ったのか、ルカはガーディを抱きかかえてメノクラゲ達から離れようとする。その体が異様に冷たく、水にぬれて重く感じ、ルカは恐怖を覚えた。これが命の重みであると、肌で感じたのだ。
そして、
「きゃあ!」
水中から勢いよく飛び出したメノクラゲ数匹が行く手を阻むようにしてルカを狙う。赤く輝き始める頭部が、ルカへと標準を定めていることがわかる。
ルカはガーディを守るようにして抱きかかえ、ビームが来る方向から防ぐように背中をメノクラゲたちへと向ける。
「ったく、勝手にうろちょろしてんじゃねーよ」
聞き覚えのある声にルカは表情を明るくして顔を上げる。
「おにーちゃん!」
「ニューラ、片づけちまえ」
危機一髪、ビームが発射される前にニューラがお得意の爪を駆使してメノクラゲ達を駆逐し、追い払う。ほかのメノクラゲ達もニューラには敵わないと悟ったのか、一匹また一匹と海の方へと戻って行った。
「お兄ちゃん、ガーディが!」
「ガーディ……?」
ケンへと駆け寄りながら、ルカはさきほど助けたガーディをみせる。呼吸も小さく、顔色は青白さを通り越して土色になりはじめていた。毒が体内に入ったことにより、脳が異物を遮断して血が脳内に循環しなくなってきたのである。
「こりゃひでえな。すぐにメディターのところに連れていくぞ!」
「う、うん!」
母親たちにも事情を説明し、ルカたち五人はマサラタウンで唯一開業しているメディターのところへガーディを連れて行った。幸いにも、一命を取り留めることには成功し、安静にして体力の回復を待つことが診断された。
「よかったね、ガーディ」
ポケモンセンターなどでも見かける、状態異常を治す時に入れられるカプセル型の医療機器にて寝息を立てるガーディを見守りながらルカはそう語りかけた。
「心配はいりませんね、とりあえずここで数日預かります。それにしても良く生きてましたね……あの台風の中、グレンタウンから流されてきたにしても生きていることが奇跡ですよ」
カルテに書き込みながら、メディターはそう大人たちへと説明する。
「それでどうします。回復した後は野生へと返しますか?」
その一言に祖父母を含め、母親もまゆをしかめた。そう、ガーディは野生のポケモンであり、引き取るというわけにもいかなかった。
「わたしがガーディのトレーナーになる!」
と、ルカがメディターに向かってそう宣言した。
メディターは視線を大人たちへと向け、ルカの母親が深くうなずくのを合図にしゃがみ込んでルカと向き合う。
「ガーディはとても感情に敏感なポケモンだ。でも、君みたいに元気で笑顔の絶えない子の傍なら、きっとガーディもすぐに元気になるよ」
「ほんとっ!?」
「ああ」
にっこりとほほ笑んだメディターは、カルテのトレーナー欄にルカの名前を記入して書類を終えた。
一連の話を聞いていたケンは、今一度ガーディの姿を視界に収めて、一人で外へと出ていく。こんなにもあっさりとルカの手持ちが決まってしまったことが気に食わないのか、それともニューラとの出会いに記憶を重ね合わせてかはわからないが、なんとなくルカが喜びはしゃぐ姿を見ていたくはなかったようである。
「大事にするのよ、ルカちゃん」
「うん!」
それからガーディの体力が回復するまで、連日ルカはガーディのお見舞いへと赴いた。体の毒も抜け、徐々に元気を取り戻していくガーディと、ルカはすぐに仲良くなれた。
きっと前向きで明るいルカの性格を、ガーディが察知したのだろう。お互いがお互いを認知し、一緒に遊ぶようになるまで時間はさほどかからなかった。
マサラタウンを離れる日、ルカはガーディと共にハナダへと戻った。祖父母もルカにパートナーができたことを喜び、ルカも夢をみつけるきっかけともなった。
「ねえ、ガーディ」
「がう?」
ルカの自室で、ガーディの毛並をブラシで整えながら彼女はささやきかける。
「わたし、大きくなったらりっぱなメディターになるんだ」
「くぅん?」
「そしてね、たくさん、たっくさんのポケモンを救うんだ」
「がう!」
「応援してくれるの?」
「がうがう」
「ありがとっ、えへへ!」
覆いかぶさるようにして抱き着く主人に、ガーディはもがきながらもじゃれ合うようにして足をじたばたさせる。
あの台風の日、巡り合ったルカとガーディ。この邂逅がルカにメディターを目指すきっかけを与え、ガーディには生きるという選択肢が与えられた。
そして今でもなお、ガーディはルカにとってはかけがえのない友であり、家族なのだ。