イーブイの最終進化形態は全部で?
ポケモン歴0000年。教科書にはそう書かれている。
なんでも20XX年前に天変地異が起こったみたいで、世界はリセットされたんだとか。
わかんないけどね……。ただ私が覚えなきゃいけないのはポケモン歴0000年に、天変地異【イニシャルインシデント】が起こったってことだけ。だって明日のテストにでるんだもん、覚えとかなきゃね。
デスクライトが照らす学校の教科書とノートに目を通す。赤で線を引いたり、蛍光ペンでいろいろ囲ったりと結構彩色賑やかなノートに書かれた情報を頭にインプットしていく。
「えっと、イーブイの最終進化形態はシャワーズでしょ、サンダースに、エーフィ、リーフィア……。えっと、えっと〜」
指を折りながら数えていくも、7体いるうちの4体しか名前が出てこない。
「なんでこんなにイーブイって進化するの〜〜〜?」
私は机を蹴って宙に腕を放る。可動式の椅子を一回転させながら両頬を膨らませて愚痴ってもイーブイがかわいそうなだけなので、ぶつぶつ言いながらも残りのブースター、ブラッキー、グレイシアの名前を暗記する。
そうして一段落つけながらテーブルの上に置いてあったココア入りマグカップを口元に運んで、しばしの休憩。
「ふぅ……温まる〜」
窓の外では部屋の中からの光のせいで見えないけど雪が降っているはず。
「明日も寒くなりそうだなー」
と一人口にして、
「雪がたくさん降って学校休みになんないかな……」
などと淡い希望を抱きつつ、私は授業で取ったノートに目を走らせる。時計はもうすぐ真夜中の12時に差し掛かろうとしていて、私はカチカチ言いながら進む秒針をBGMに手を動かしてテスト勉強にいそしんだ。
ベッド下のバスケットに入れてあるモンスターボール内の主はもうすっかりと熟睡中のことだろう。
「よ〜し、もう一頑張り!」
気合いを入れなおして、私は明日に備えるのであった。
翌日、私は今日も今日とてポッポやオニスズメの鳴き声で目を覚ます。
冬だっていうのに元気だなー、と思いつつ私は冷え切った顔をぬくぬくの布団の中へと埋もらせる。
「ルカー、起きなさーい。遅刻するわよー」
階下から透き通るようなお母さんの声が布団越しに鼓膜に触れる。
「むぅ……でも、もうちょっとだけー」
と、なぜか一日の中でもこの時ばかりは自分にとてつもなく甘い私は瞼を閉じて再び夢の中へとダイブイ―――
「起きろ、アホルカ」
ボスンっ!
「んぎゃっ」
「お、まるでキャタピーが車に轢かれた時のような音……」
「ちょっと!? 変な例えしないでよ!!」
唐突に私の頭にのしかかってきた重みに私は乙女としてはあるまじき奇声を放った挙句、想像もしたくないような表現まで聞かされる。大声を上げながら布団から起き上がった私は、重みの原因である鞄を押しのけてお兄ちゃんを見上げる。いや、睨み上げる。
「おお、こわっ。さっさと着替えて降りてこい、飯だぞ。しかも今日は豪勢にも朝から焼き魚だ。来ないんなら俺がお前の分も食っといてやるよ、じゃあな」
言いたいだけ言って、お兄ちゃんは私の部屋から出ていく。お兄ちゃんの肩にはお兄ちゃんのニューラが私を見下ろしながら卑下た嗤い声をあげていた。だらしなく着崩されたワイシャツとズボンは、スクールが制服指定でないにもかかわらずお兄ちゃんが愛用している服装だった。女子の間でもなんちゃって制服というのが流行っていて、スクールの生徒は彩り豊かな制服に身を包んでいる。
「うぅ、最悪」
私は頭を擦りながら、ドアの奥へと去っていくお兄ちゃんを確認して涙目になる。大抵お兄ちゃんのニューラがあんな表情をするときは、あまり良いことが起きない。
「私の魚とらないでよ!!」
しかし、快適な目覚めを取られても快適な朝食まで取られてなるものか。
私は、ばっ! とベッドから降りて制服に着替え、身支度を済ませて下へと降りる。
白地のブラウスに赤い紐型リボン、スカートは夏の時より裾を少しだけ伸ばして紺色のニ―ソックスをはく。そして冬用の上着を着れば家の中だとぽかぽかして丁度良い。
階段を軽妙に駆け降りると同時にダイニングへと直行、すぐさま自分の席に座る。
「いっただっきま〜す!」
箸を手にとって合掌。ご飯の入ったお茶碗を持ちあげてほかほかのお魚に箸を通して身を
解す。
「お前って飯の時、いっつもテンション高いよなー」
「いいじゃない、元気があって」
「うざいだけ」
お兄ちゃんとお母さんのやり取りを片耳で聞き流しつつ、私は点けてあったテレビで流れるニュースを眺める。
「今朝早く、ハナダシティにて窃盗グループ約5名による強盗事件がありました。犯人達は青いバンで逃走、警察はポケポリと共に共同捜査に乗り出した模様。ポケポリによりますと、窃盗グループは凶悪テロ組織ロケット団との関与が高いとし、警察との共同捜査に―――」
お母さんがキッチンからお味噌汁を運んできて私達の目の前に置いて、不安の色を露わにする。
「あらあら、朝から物騒ね」
「ポケポリも出るなんて、大事だな」
ポケポリとはポケモンポリス。名前はかわいらしいんだけど世界ナンバーワンの警察組織である国際警察の別称。えっと、確かこの街にもポケポリ勤めの知り合いがいたような、いなかったようなー。
「まあ、でもポケポリが動いてるなら安心だよ。お母さん、おかわり!」
「あら、はいはい」
「太るぞ」
「うっさい、バカ兄」
「んだと!」
お母さんは私から茶碗を受け取って、台所の方へと向かう。お母さんは30後半だっていうのに全然20代前半の若さを保っていて、子供の私も
羨む程の美人さんなんだよねー。まあ、少し天然っぽいところもあるけど。
ちょっとだけ茶味がかった黒の長髪で、目元は少しだけ垂れ気味……ただそこで立っているだけでボーっとしているようなそんな印象を受けるけど、そこがまたお母さんの三大魅力の内の一つ。
そして私の隣で勝手に騒いでいるのがお兄ちゃんのケン。私より3つ年上の、今年トレーナーズスクール最長学年。バトルの腕はピカ一なんだけど、性格が駄目。失格。論外。結構背が高くて、髪は中ぐらいの黒。コンタクトにすればいいのに、なぜか眼鏡。本人
曰く、「オシャレだよ、オ・シャ・レ」とかなんとか。ちなみに18才。相棒のニューラが床でおいしそうにお母さん特製のポケモンフーズを堪能している。
「あっ!!」
そしてそこで気付く。
「ごめんね、ガーディ。はい、朝ごはんだよ〜」
「ガウ」
ボールから出されたガーディはちょっと拗ねたような顔と声を上げて、私に振り返りもせずに朝ごはんの入ったボウルへと行ってしまう。完全にご立腹のご様子だ。
「あうぅ」
「お前ってひどい主人だよな」
「うぅぅ……」
この時ばかりはお兄ちゃんに反論できない私だった。ごめんねガーディ、お兄ちゃんがあんなこと言うから慌ててごはん上げるの遅くなっちゃったの。決して私が悪いわけじゃないの、ね、許して?
そんな脳内謝罪を手を組んでお祈りしている姿を
傍から見ていたお兄ちゃんは、
「さて、学校行くか」
と、ため息と共に立ちあがり私を置いてさっさと出かけてしまった。
「あらあらケンくん、もう出るの?」
「ああ、朝からバトル申し込まれてるからな。ちょっくら稼いで来る」
「頑張ってね、はいお弁当」
「サンキュ、じゃあ行ってくる」
「いってらっしゃ〜い」
お母さんがお兄ちゃんを見送り、お兄ちゃんは駆け足でこの寒い中学校へと行ってしまう。相棒のニューラは外に出るのが待ち遠しかったみたいで嬉しそうに後をついていく。さすがは氷タイプ……。そしてお兄ちゃんはお兄ちゃんで雪玉を作ってはニューラに投げて遊んでいる。バカみたい、あんなにはしゃいじゃって。
「ルカちゃんは? 今日はカナちゃんと一緒に行かないの?」
「あ、そうだった」
ドアが閉まるまでお兄ちゃんのバカ兄っぷりを見ていた私はお母さんの一言で思い出す。カナ、とは私の親友の名前だ。
「もう。あんまり遅れないようにしなさいね?」
「は〜い。あむあむ、もぐもぐ」
勢い良く残りの朝ごはんを平らげて、それと同時にガーディも終わったらしく、
「ワン!」
と、ごちそうさまのつもりで吠えていた。
「あらあらガウくん、ありがとう」
ちなみにお母さんはガーディのことをガウくんと呼ぶ。そしてお母さんはポケモンの気持ちがわかるんだとか……だからさっきのがごちそうさまって言っているのがわかったんだけどね。
「よーし、ガーディ行くよっ!」
「ガウ!」
お腹が満たされれば機嫌も良くなる。
厚めのコートを着て、首にマフラー、両手には手袋を装備して玄関へと出る。
「はい、お弁当」
「ありがとー、行ってきます!」
「いってらっしゃ〜い」
お母さんの極上弁当を手に取り、私はガーディと共に雪の積もる通学路へと躍り出る。
元気良く駆け足で、途中ガーディと一緒に大きな雪の塊を見つけたらかけあって遊んでいて気付く。
『わ、私もバカ兄と同レベル……』
もしもガーンという背景文字とどよ〜んとした感じの効果音があればぴったしな心境。
でも、まあ楽しいからいっか。
親友のカナの家までもうすぐ。昨日朝一緒に行く約束をすっかり忘れてしまっていた。
結構人だかりも多い通学路なんだけどこの時間帯ともなれば別で、同じトレーナーズスクールに通う他の生徒達がちらほらといるだけ。若干遅刻気味だからなんだけどね。
空は清閑で雪なども降らなくて、お日様が地面の雪を真っ白く輝かせている。
「う〜ん、良い一日になりそう」
ニューラのあの嗤い声を忘れてしまうほどに、そう感じた。
すると突然背後からクラクション音が鳴り響き、私は後ろを振り向く。
「!?」
雪を跳ね退けながら突進してくる青いバンに危うく轢かれそうになるも、とっさに身をよじらせてなんとか接触を免れる。
「あ、あっぶな〜!」
「ガウ?」
心配そうにガーディが私を見上げてくる。
「だ、大丈夫だよガーディ。でも、本当にあっぶないなー」
過ぎ去っていく青いバンを遠目に、私は軽い既視感に襲われる。
「あれ、あのバンって……」
首を傾げてみる。でも思い出せないので気にしないことにする。
「それよりも早くカナ迎えにいかないとっ!」
少しだけ時間をロスしてしまった。
「行くよガーディ」
「ワン!」
私はガーディを連れて、さっきよりもダッシュをかけて雪道の通学路を駆けていく。
まだまだ一日はこれからだ。