君の世界 -マグナゲート物語-
Chapter1 The engel can touch you
1
 逃げる。
おぼつかない足を放り出して、みっともなく逃げる。
助けてくれなんて、叫ぼうとも思わない。
なんで逃げているのかなんて、もはやどうでもよかった。何から逃げているかなんて、考えたこともなかった。
茶鼠も、黒猫も、音に脅えるだけでこちらの様子を窺おうともしない。
本で読んだ隣人愛など、おとぎ話に違いなかった。
挟み撃ちに遭う。自分の身体三つ分も身の丈のある怪物が二つ、己の身体に影を作る。
――そう、ニンゲンが、ニンゲンこそがッ!!
「さて、そろそろ年貢の納め時ですよ、」
そこで、意識は暗転した。









❅

 どんっ!
浮かれてはいないと思う。ワタシは至って正気だ。
新生活のはじまり(そうであって欲しい)に、明らかなアクシデントがあって、具体的には非ダンな森のただ中で大きい物音が響いて、正直「カゲロウ峠」への経路からは大きく逸れるくせに真っ先にその元に急行している自分の足は、ポケモン同士の喧嘩とかなら止めなきゃって使命感であって断じて野次馬根性みたいな卑しい心持ちはなくて。
 幸い(?)その音の主に一番乗りだったのはワタシで、寝っ転がった生き物を目の前に、頭の中は後悔で埋め尽くされることとなった。
…脳震盪、捻挫。
軽いものから重いものまで、たくさんの怪我を思い浮かべながら、体力を回復させる木の実をとっておきのオレン色のポシェットから探る。
 それに対して目の前の生き物はどこか憮然としたような、それでいて呆けたような、そんな表情を顔に湛えていた。
「…だいじょうぶだよ。」
そんな小さな声を上げたソレは、ここら辺では見た覚えがない生き物だった。
端的に言って、まる、を上に二つ積み重ねたような。わかりやすく言ってカガミモチみたいな。白色のお餅の下にそらいろのそれを乗せて、そこに小さな手足を生やしたような。
腹に嵌まった帆立貝は道具か何かのつもりなのだろうか。控え目に言っても戦いには向かなそうな身体で、顔の真ん中には茶色の団子鼻とソバカスが付いていた。
「自分でも驚いてますが、なんともありません。」
声の様子からは、ワタシと同年代くらいか、種族的にオスの声変わりの真っ最中頃の年頃であることが伺えた。
ぺこり、と身体を折り曲げて去ってゆく彼?に元気良くそれは良かった、と答えると、聞き捨てならない呟きのような言葉が返ってくる。
「…ツタージャが喋ってる」
へっ?何?
そのままトボトボと去っていくポケモンに、待って、むしろ待てと呼び掛ける。これでも大声には自信があるのだ。
「そりゃ、ツタージャは喋りますけど?」
思い出したように付け加える。
「失礼な!」
「そう思わせてしまったなら、申し訳ありませんでした。」
少しおろおろし出し手先を震わせる彼を前に畳み掛ける。
「そもそも、キミどこから落ちてきた訳?まさか、空の上とか言わない、よね?」
ぱちぱち瞬きをした彼は、そこでやっとこちらの目を見留めてくる。
「そう、テレポートの事故でここに来ちゃったみたいです。仲間ともはぐれちゃったようでして…」
「…そう、それは心配だね。探す宛はあるの?」
「だいじょうぶです、どうにかなります。」
「良かったらさ、」
どことなく不信の表情を浮かべたポケモンに、できるだけ自信を持って、ツタージャは宣言した。
「この先の『カゲロウ峠』を抜けたら有名な探検家の方が住んでる家と、この『霧の大陸』の宿場町があるんだ。そこまで一緒に行って、そこでお仲間さんの情報を探すのはどう?」
「…」
思った通り、彼は上の空で、初めて聞く地名にフリーズしている。
ワタシが考えるに、テレポートの事故でここに来た、というのは真っ赤な嘘だ。そう声色が示している。この世界の、何か不思議な機構によって、彼は記憶を失ってここに飛ばされて来たのだと思う。
…いや、いやいや。それはさすがに飛躍にしても、ダンジョンの中にも「ワープ」の種や罠が存在するように、現在の状況を説明する方法は無数に存在する。
「そうですね、短い間ですが、よろしくお願いします。…ところで、助けてくれとか、年貢の納め時とか、そういう『声』、聞こえませんでした?」
「聞いてないなぁ。」
「そう、そうですか。」
だとするなら、目の前のポケモンだけがその不思議な『声』を聞いたのだ。
 これから赴く「楽園」の希望の虹の謎も、目の前に訪れた謎も。いつか目の前の霧の中の、そのすべてを明らかにしてやる。
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蓬莱玉枝(ion) ( 2022/11/23(水) 23:04 )