ポケットモンスター・スカーフェイス 〜深淵に咲く花〜 - Back In Black
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Telephone Rumble
「もしもし、電話取ったよ」

ゾイはホァンから渡された煙草の空き箱を片手に、フランク中をウロウロしていた。その晩にマグナレダズ・レアの電話からかければ「リッパーパークの公衆電話へ」。公園までいけば「消防署裏の公衆電話へ」。そのまた次は「アッティラ大学の公衆電話へ」。公衆電話から公衆電話へ誘導され、慎重を何重に重ねたコンタクト。やくざ者のよく使う手ではあるしゾイもミスト団からの盗みだの、デモ妨害だのの仕事を受けるときはいつもそういう手段で連絡を取らされるのでそれを理解してはいるが、そもそも何かの勢いで髪がめくれるだの、バンダナがずり落ちるだのしてしまえば即、顔が割れてしまう。フランク市政が賄賂のやり取りの末に設置した、開きめくらの監視カメラがそこら中にある状況でそこらをうろうろさせられてしまうのはたまったものではない。

今だってそうだ。フランクとイースト・ゴートをつないでいた(現在ではイースト・ゴート側に一方的に封鎖されていて、電車は野宿者のすみかとなり動かせる状況ではない)地下鉄駅の公衆電話までヒーヒー言いながらようやくたどり着き、鳴りっぱなしのそれをとった。バンダナは走り回って荒くなった呼吸に伴って湿り、シャツは汗濡れだ。

「顔隠しの娘っ子か?」

今回の電話リレーで初めて、電話の相手からどこそこに行けと言う指示以外を受け取った。

「っはあっ、はあっ……そうだよ、ゲフッ……あたし、ミスト団名借りのゾイ・リェン……カブトは飛ぶか」

「合言葉もあってる……七つの公衆電話を誘導通り二時間以内にすべてとった……よし、本人だな」

「ああ、そうかい、そうかい、認証手続きがやっと終わったってかぁ」
 
寒気と湿り気を持ち合わせる、排気まみれの汚いフランクの空気を吸いながら、また吐かれるバンダナ越しのもごもごした声が電線をゆったりと伝ってゆく。若干いら立ち、貧乏ゆすりを始めるゾイに電話の相手は続ける。

「明後日の正午までにロミヌスの飛行場まで行け。お前の意中の相手がイッシュから飛空艇でノコノコやって来る。お前、バニア博士の顔ぐらいはしってるだろ?」

「あの枯木みたいなじいちゃん?ホァンに一度酒おごられてたよ」

「まだおっさんってトシだよ。あいつが例のクソ野郎から資金提供を受けていてな……研究成果と資金のやり取りの関係さ。泥沼みたいにズブズブのな……とにかく、おれたちミスト団にとってもあのイッシュのクソ野郎は邪魔だ。お前は仇討ちができる、おれたちは目の上のタンコブが消える、博士はやかまし屋のスポンサー気取りから解放される。そういうことさ」

「ああ、わかったよ……ただ、明後日までにあのド田舎に行くのは骨だね。波乗り使えないし、顔の面積の1/4しか顔が見えない可憐な美少女ちゃんが定期船に乗ってましたなんてのが誰かに見られたらあんたらにとっても問題でしょ?これから人一人ぶっ殺すんだから」

「なーにが可憐な美少女だよ。昼から飲んでるのか?その辺の木にドデカバシが止まってるだろ?」

「ああ、パパラッチみたいにつけてきてたよ。打ち落とそうかと思ったけどあれを見ちゃね」

ゾイの頭上の太いナラの枝に、カラフルなクチバシを持つ大型の鳥ポケモンが止まっている。巻かれた首輪には、ホァンがつけていたネックレスと同じMの紋章が。

「あいつのクチバシの中にモンスターボールが隠してある。おれがアシを貸してやるよ」

「使えないヤツなら焼いて食べるよ」

「ナマ言いやがって……今日の午後11時までには南方郡の入り口、アル中都市ランゴバルドまでについておけ」

「今二時だから……そんな時間でフランク発のウエスト・ゴート海岸からランゴバルドまで波乗り?アッティラ大陸ほぼ半周じゃん。下手したら借りモンが死ぬよ」

「死なねえように鍛えてあんだよ。じゃあ後でな。23時ちょうどにランゴバルド港湾事務局横の公衆電話にかける。電話がなかったときは……わかるな。お前は用済み、いろいろ揉み消しきれねえもんをお前のせいにして警察につき出すからな」

クソ食らえ、とゾイはバンダナの下でもごもご呟き受話器を下ろした。振り返り、ドデカバシへ向かって中指を突き立てる。大型鳥ポケモンは極悪の目付きで種を吹くようにゾイに向かってモンスターボールを吐きつけ、それがカランと音をたてて唾液でべっちょべちょと音をたてながらゾイの足元を転がる。ドデカバシは仕事を終えた労働者のようにさっさと明後日の方向へ去っていった。

ドデカバシの唾液でねっとりとするボールに「うぇえ」と漏らし、中のポケモンを解放する。黒くて丸っこい体から手足がニョキ、と生えグルグル模様の胴体を持つお玉ポケモン、ニョロボンが現れた。ミスト団のレンタルポケモンであることが記された、Mの飾りを入れ墨のように腕につけている。

「ハァ……臨時の相棒、よろしくよ」

ニョロボンはやる気がなさそうに「ニョロ〜」と唸りながらノビをする。

「……遂にこの時が来たか」

ゾイはニョロボンをボールに戻すとコートの懐に手をやり、合口を取り出した。鞘から刃を抜き、汚い空気で濁った太陽に照らす。まるで生命のような、空腹で空腹で仕方がないと言う悪意に匹敵するほどの貪欲さを感じさせる抜き身の合口はゾイに底力を与える。

「……そうさ、長い旅だった。どれだけ経つんだろうな……あれから……」

憎き敵の顔を頭に思い浮かべ、殺意の胆力をみなぎらせる。これから感じるであろう、肉を切り、骨を断ち、命を潰す手触り。想像して、興奮と恐怖がいっぺんに押し寄せてくる。ジェットコースターに乗る前、と言えば分かりやすいだろうか?ただしそのマシンは安全バーも柔らかい椅子もなく、あまりにも不安定で小さな足場の上に踏ん張ったままレールを前後左右上下縦横無尽に動き回る代物で。

再びコートに手を入れると、ニョロボンが入っているものとは違うボールを出した。開閉スイッチを押し、住民を出す。

その瞬間、緑色の小さな体に腹周りには菱形模様、三日月型の角を生やした小さなポケモンがゾイに飛び付き、親愛の情を込めて体をすり付ける。まるで小さな子供が母親に甘えるかのように。

岩肌ポケモン、ヨーギラス。大人の膝ぐらいまでの身長で体重は72キロもある。ゾイはギャッと小さくうめくと、しっかりとヨーギラスを抱き抱えながらも尻餅をついた。全く、こっちはか弱い美少女(自称)というのに……でもかわいいやつ。マウンティングするかのように腹の上に乗り、ベタベタ甘えてくるそれの角を強めに撫でてやり、ヨーギラスは背中をビクビクさせながら喜ぶ。

「ねえ……やっと仇がとれるんだよ」

よいしょ、と立ち上がり腰に力を込めて幼獣を抱き上げる。足が震えるがゾイはそこらの土木作業員が顔を真っ青にするほど少女らしくない腕力を持ち合わせる。

「あたしとさ、あんたの親を殺したクズ野郎をやっと、この手で……」

ヨーギラスはゾイが何を言っているのか、よくわからないようであった。首をかしげ、くりくりとした純粋な三角の目でじいっとゾイを見る。

「……あたしの人生に付きまとう、ゴーストみたいなものさ。とにかく、もうすぐ終わるんだ」
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サタ丼 ( 2019/10/14(月) 11:49 )