ポケットモンスター・スカーフェイス 〜深淵に咲く花〜
Back In Black
Gore Metal
まだ着なれておらず、少々不格好に見えてしまうブランドものの白いコートが人目を引く(そして女性の割には異様に広い肩幅と筋肉質な手足を見て人々は驚く)ホァン・リーが普段この場所に来ることはなかった。行き交う人々はどこかこそこそしていて、誰もが秘密を必要以上に抱えているように見えるし、道端に倒れる野宿者や都市に生息する野性味をあまり感じさせないポケモンたち……埃や汚い生き物の臭いが立ち込める、灰色の街フランク。しかし、今日会わなければいけない相手はこの街以外に行き場所がない。いや、足はついているのだし、トレーナーとしての技量も高いのだから別にどこにいっても構わないのだが……やはり、あのヨゴレのガキにここ以外に居場所はないのだろう。灰色は灰色荷のみ馴染む。

ホァンはため息をつき、このコートはクリーニングしたばかりだがこの街から出たらもう一度しなければ、と思った。電線から電線に飛び交う無数のマメパトはフンをお構い無しにそこらじゅうでひり出しているし、コラッタやニャルマーが人気のな居場所でもぞもぞうごめいている。ベトベターがドブから顔を出してヤブクロンと縄張り争いをしながら辺りに毒を撒き散らし、そしてそこかしこで落伍者同士の野試合が行われている。街中でのポケモンバトルは世界条約で禁じられているはずだが、ここアッティラ地方、とくにこの最悪の街、アッティラ地方唯一無二の悪徳都市フランクにおいてはだれもそれを守らない。低所得者にとってポケモンバトルは一番手軽な酒代稼ぎの方法だし、ここに吹き黙るような連中は大抵ポケモントレーナーを目指して学校を中退したようなやつでほかに生きるすべを知らない。わずかな金をめぐってポケモンを死ぬまで戦わせ、大抵、自らのポケモンを扱い切れずに反逆されて殺される、あるいは賞金をめぐったつまらない争いの果てにこの世から消える。この街のやつらなんてそんな未来しかない。

ホァンも確かに、かつてはそうだったし……そして今では、やっとそこから抜け出すことに成功した。やつらを見ているとつまらない過去を思い出す。早く成果をあげて、こんな場所とは生涯関わらなくなりたくないものだ。全身にごてごてと着こんだ、どこかバサつくような、まるでゴルバットが羽を広げたようなしっかりした型のコートをなびかせながら吹きだまりを歩き続ける。ああ、やっぱり黒にすべきだったとくるぶしまで届くコートの裾に得体の知れない泥染みをつけながら考える。洗っていない動物のような独特の臭いが鼻につき、嫌悪とかすかな懐かしさを覚える。

ここだ。表通りを離れて、さらに悪臭と怨嗟立ち込める裏路地をずんずん進み、ズバットがなん十匹も軒下にぶら下がって眠っている暗がりの中の地下店舗。階段の下でがっしりとしたブリキのドアが表の世界と中を遮っているが地続きなのは変わらない。ホァンはむかつきながら、門番を勤めるモヒカン頭で人相の悪い男に顔を見せてどかし、中へ入っていった。門番は缶バッジと革パッチだらけのデニムベストなどを着た、見た目からわかる無頼漢であるというのに入店するホァンに深々と頭を下げている。

喧騒で満ちた地下バー、その雰囲気たるや、ただ酒を飲み女(男を欲するものもいるが)を買うだけの場所ではない。この類いのいかがわしい店では、大抵大なり小なりの金が動いている。ここはフランクの中では比較的小規模だが、それでもかつてはポケモンジムだったこの違法ギャンブルバー、マグナレダズ・レア(ロベルタの巣)。ボロボロだがかつてはジムバッジを賭けた死闘が何度も繰り広げられたバトルフィールドも、そしてそこに立つ者も残っている。面倒な肩書きがないだけで。戦場囲うは無数の虫ポケモンのような薄汚い日雇い労働者たち。日当全額突っ込んだ、お前が負けたらおいらの生活成り立たぬ、勝て勝て負けろ、と埃が浮くビールを振り回しながらわめいている……ホァンがバトルフィールドを囲う労働者たちの後ろに立っていると、35歳前後、小太り、見た目元商売女という雰囲気の人物が寄ってくる。

「ホァン様!連絡をくだされば準備していましたのに」

「ああ、構わないでくれ……マグナレダ」

ホァンはそのの色黒中年女性にさして興味もなさそうに目を合わせず目を合わせず懐からアローラ産の葉巻を取り出し、ぶかぶかと吹かし始める。店主マグナレダはそれを物欲しそうに見つめるがホァンは無視した。

「うちで貸したげたトレーナーはどう?」

「あぁ、それはもう!」

いささか大げさな身振り手振りで始める。

「圧倒的な強さでして!さすがミスト団の構成員!自分の立ち位置も考えられないような、バトルしかできない馬鹿をバッタバタとなぎ倒し、労働者どもから金をいくらでも巻き上げられ続けるような試合をいくつも……おかげさまで、うちは半年間ここいらの賭場で一番の売り上げです!」

「私も昔はあんたが言うところの“バトルしかできない馬鹿”だったわけだ、フン……」

「あ、いえ、あのそのえっと……」

明らかに動揺しているマグナレダの顔に、ホァンは葉巻の火が付いた方を近づけてすごむ。

「ついでに、あのクソガキはミスト団の構成員でも何でもない。私らの名前を貸してやってるだけだ。そこんとこ、間違えないように……稼ぎに見合う上納金をもらってるんだ、文句はないけどね」

ホァンの首にかけられたネックレスが、ドクケイルが群がる電灯の明かりを受けてギラリと光る。消え行く霧のような所帯のM……マグナレダは何とか、失言を穴埋めする言葉を探すがホァンはそんなことよりも、バトルフィールドに目をやっている。バトルフィールド上以外の電気がすべて消え、よれたバーテン服を着た老人がのそりと上がる。

「アッティラ地方中から集めた猛者たち!皆さんお待ちかね、週に一度のぶつかり合い、マグナレダズ・レア名物のガチンコバトル!」

バーに吹き溜まる無数の、いかにも社会から爪はじきにされた、趣味はポケモンバトルとギャンブルだけという風体の男たちが歓声を上げた。煙草と体臭で満ちたその場所を、ホァンは嗅ぎ慣れていることをあまり大勢に知られたくない。さりとて、この場所で演技するのも馬鹿馬鹿しい。

「西の方角、現在五連勝、あと一勝でフランク地下バトルの正規トレーナー昇格!元はアッティラリーグ出場経験すらある!今は萎れど再び咲かん、再起を賭ける転落者ブッチ・ワアアァックス!」

人々の怒号が大きくなる。バトルフィールドに短髪を逆立て、元は軍人だったのだろうか、着古し穴だらけの擦り切れた迷彩服を着た男……ブッチ・ワックスが上がった。声援を送る肉体労働者たちに笑顔を振りまき、ケッキングが立ち上がったように両腕を振り上げてアピール。

「東の方角!半年前この地に流星のように現れ、そして瞬く間にマグナレダズ・レアの常勝トレーナーに!闇に走る残光、ゾオオォォイ・リイイィヴ!」

MCのそれ以上の声は大歓声にかき消された。ブッチ・ワックスの対面に黒い軍用コート、黒い作業ズボン、黒いブーツ、黒いベスト、黒いシャツ、何もかもが黒づくめの人物……ゾイ・リーヴが現れる。痩せて上背ばかり高く、そして顔の右目周り以外をロコンの尾のような豊かなあかがね色の髪と口元を覆う黒いバンダナで隠している。

気味の悪い奴……ブッチは戦慄した。バンダナと髪で隠れていない、隙間から垣間見える灰色の瞳はまるで羽虫の甲殻がごとく輝いている。じいぃっとこちらを捉え、食い殺さんとしているようにも……

「さぁ張った張った!双方、ポケモンを出してもらおうかぁ!!」

顔を隠した奴は大人気、ほとんどノイズのような援声が爆音でこだまし、汗とビールの蒸気がむわっと上昇する。賭札売り場に人々が殺到し蛍光ボードに表示されるブッチの倍率はどんどん上がる。それだけ、人々はこの気味の悪いトレーナー、ゾイを推しているのか……やくざ者のしきたりで、相手の情報などまるで分らない。名前すら今はじめて知った。まだこの街にきて日は浅いが、このトレーナーのうわさは聞いていた。だが一、二杯のビールをおしゃべり屋のクズにおごってやっても、情報は引き出せやしなかった。この違法バトルを飯の種にするバーのギャンブルトレーナーの情報漏洩は最悪、組織同士の抗争にすらいずれはつながりかねない。その辺だけは、ここら一帯に流れ着いたものならば誰でもが胸に刻むべし不文律、遵守、さもなくば死なのだ。特に、50連勝と聞いたゾイはどこかしらのマフィアの大事な商売道具。そのネタバラシはあまりにも危険すぎる。

ここでブッチはハッとした。相手のトレーナーはすでにモンスターボールを投げていた。床に少し転がったそれからは、鉛色をした、棘だらけの植物の種のようなポケモンがのそりと這い出し宙に浮く。三本の蔓が緩慢に持ち上がった。

これはついている!ブッチは確信した。あれは棘玉ポケモン、ナットレイ。草と鋼の二つのタイプを持ち合わせ、触れれば全身の鋭い棘でダメージを与えてくる。二つの属性が絶妙に絡み合い、弱点も少ない。しかし……あいつは、炎に徹底的に弱い!

「運がなかったな、あんたはおれの前に立ちふさがるでかい壁だが……おれのポケモンが徹底的にそいつを崩してくれるぜ!いけぇ!ヘルガー!俺たちの人生を取り戻すぞ!」

ブッチが放り投げたモンスターボールから、黒い体に物語に出てくる悪魔のような大角と、髑髏のような大きな装飾を付けた獣型のポケモンが現れた。ダークポケモン、ヘルガー。体内の毒素を炎に変換し、相手を徹底的に焼き尽くす。得意とする火炎攻撃はナットレイによく効く。ゴングの合図は歓声にかき消された。

「火炎放射!」

「ラスターカノン!」

ヘルガーが豪火を吹き、ナットレイを丸焼きにせんと試みる。対する棘玉は体内の生鋼エネルギーを集約させ、放出する。しかし鋼を溶かす炎に負けて、はじき返しきれない。

「床をぶっ壊して避けるんだ!」

火炎放射を浴びるすんでのところで、回転し全身の棘で床を削岩機を使ったがごとく掘り返しナットレイは地下に潜った。植物エネルギーの腐敗ガスで浮くナットレイは標準110キロもの体重を持ち合わせるので相当動きが鈍いが、このトレーナーのポケモンはよく鍛えられている。野生種程度ならすでにどうにもできず燃えカスに変わっていてもおかしくはないのだ。しかし、ナットレイは骨が通う手足がないため穴を掘る攻撃を使えるわけではない。身体的特徴と体重を応用しただけの回避行動だ。攻撃に転じることはできない。

「第一打はお互い無傷……これはどうなりましょうか」

マグナレダがホァンの空いたグラスにヒメリの実を熟させたワインを並々注いだ。ホァンはそれに一口つけ「ポチエナの小便か?」と漏らしてゾイを見る。

「タイプ相性程度のハンデで負けるようなクズに私らの看板は貸さない」

大歓声の中、ナットレイはのっそりと浮かび上がる。蔓を振り回し、威嚇。しかしヘルガーはそれを真に受けず口に炎を携える。

「くそっ、なかなかやるな!だが有利は俺にあるぜ!」

ブッチの憤りに、しかし半死人のトレーナーは意を介さない。つまらなさそうにいちべつし「パワーウィップ!」とバンダナの下でくぐもった大声を出す。

ナットレイの三本の極太の蔓が鞭のように振り下ろされた。上方から、左方から、右方から。ヘルガーは後ろにかわし、上方の蔓をかわしてバトルフィールドに亀裂を作ったが跳び跳ねた先に二本が襲ってきた。避けきれず、強烈な衝撃が痛みを持参し強襲する。

「もう一発喰らわせてやんな!」

「おっと、そうはいかねえぞ!もう一度火炎放射!」

猛龍のような獄炎が振り回され、観客たちは引火を恐れて後ろに引く。下手をすれば大火事になりかねないほどの威力。鎖鎌のように縦横無尽に動き回る火炎に、ナットレイはどうしても危機を覚える。相手に当てるはずだった一撃を避けられ、蔓が炎を割った。しかし、草と鋼タイプをもつこの棘の塊は豪火に少し触れただけでその丸い体に伝わってくる炎エネルギーに怯み、指示を求め主人の方を見る。

ゾイはやはりどことなく、死人を彷彿させる。動きは非常にゆっくりだが、見方を変えればそれはハブネークが鎌首をもたげているような、殺意のこもった挙動ともとらえることができる代物だ。前に垂らした髪とバンダナに隠されて、ほとんど見えない顔でぎらりと光る目はナットレイをとらえ、そして喧騒で掻き消されそうな声で「ラスターカノン」と指示する。

ナットレイの球体から垂れ下がる、三本の蔓が持ち上げられ光を放つ。そこをヘルガーのトレーナーは見逃さない。現在五連勝、あと一回勝てば毎日の過酷な労働から逃げて、この街でいっぱしのポケモントレーナーとしてやっていける。チャンスは、逃さない。違法ギャンブルバトルの選手になるには、ここいら一体のやくざに金を払い、選手に挑んで5回勝てばいいのだ。

おしゃべり屋から、ここ半年それを望んだ者が全員トマシーノ・ファミリーが抱える顔を隠したガキに前進を止められたとだけは聞いた。

「組み付け!」

ヘルガーはまるで獲物をとらえるかのようにラスターカノンを放とうとしたナットレイに飛びかかり、そして地面に叩き落として球体と蔓二本を押さえ込む。鉄のトゲが吸い込み、痛むも勝利を目前にし興奮でそんなものは感じていられない!マグナレダズ・レアにて行われる違法バトル選手就任への関門とも言える、半死人の人物に挑んだブッチ・ワックスへ歓声が沸き上がる。そうだ、これがポケモンバトルだ!富、名声、そして尊厳!すべてを得られる!

「そのまま火炎放射だあぁ!!」

「タネ爆弾」

押さえ込まれたナットレイは素早く、組み付きから逃れた蔓を伸ばした。トレーナーの言いたいことはわかっている。

相手の武器を、一つずつ潰せと。

蔓の先端でタネ爆弾が膨らみ、弾けようとする。ヘルガーは一瞬それに気をとられ……次の瞬間、喉の奥まで蔓を突っ込まれた。これにはブッチも唖然とした。そんな暇はないのに。

ボン、とこもった音がする。

ナットレイは解放された。ヘルガーは口から黒煙を吐きながら、喉を押さえてのたうち回っている。苦し紛れに火の粉を吐き出し、それと共に無数の種子が出てくる。

「な、何をしやがったぁ!!?」

「ヘルガーの火炎器官をしびれさせてやったのさ」

半死人のトレーナーは冷静を保つ。

「あの衝撃をモロに食らったなら、しばらく火は吹けないよ」

ニヤリ、とバンダナの下で笑いナットレイを見据える。ひとつ目の武器は潰した。次だ。

「アイアンヘッド!」

今度はナットレイが蔓を使って暴れまわるヘルガーを押さえ込み、そして口元にめがけて強烈な頭突きを繰り出す。手を休めるな!と主の声を聞き繰り返し、繰り返し、繰り返しぶちかます。そのたびに牙が折れ、飛ぶ。悪タイプの十八番である噛みつき攻撃もこれで封じられた。

「に、逃げろ!逃げるんだヘルガー!」

まさかの、タイプ相性をくつがえす残虐ファイト。トレーナー歴は短くはないが、ここまでやる者がいるとは!これほど勝利にこだわった者はほかに見たことはない!噴射袋を痛め付けられ、炎の牙による攻撃に移行することを見越しての攻撃か!


「火炎を使えるようになるまでは、と、とにかく逃げ続けろ!そうすれば!」

ヘルガーな唸りながら、憎々しげにナットレイの攻撃を次から次へとかわす。パワーウィップが外れるたびに、特設リングに亀裂が走る。

大歓声だ。日々の労働の鬱憤を吹き飛ばすような、血を見るバトル。労働者たちは次から次へとビールを買い、値段の上昇に気がつかない。あのバンダナを巻いたやつがこのファイト・クラブの所属トレーナーになってから周囲の違法バーを抜いてマグナレダズ・レアに人が集まる。

そして、その盛り上がりの屋台骨を担うのは半年前からここで戦士として戦う、黒白ずくめのトレーナー。鋼タイプや悪タイプのポケモンを好み、冷酷の極み、そして知略の果てといわん徹底的に詰められたスタイルは人々の心をガッチリとつかんだ。

今回もそうだ。前半は一見押されたように見せるも、相手の挙動、癖、予備動作、そして動く器官に至るまでひとつも見落とさない。そして、相手の強みを一つずつ潰していく残虐とも言えるバトルスタイル。常連たちは時々の八百長を除けば、こいつに賭ければ儲かる。もちろん、そのもうけは高すぎるビールや金を搾り取ることに長けた商売女(男もいるが)に持っていかれる。典型的な悪徳ギャンブル商売。

その時、ふと半死人のトレーナーは顔を見上げた。客席の向こうにホァンがいる。つまらなさそうにこちらを見ながら、ワインなぞをちびちびとやっていやがるのだ。

ホァンの姿を目視してチッ、と舌打ちひとつ。ナットレイに「終わらせろ!」と怒鳴る。

トレーナーのイラつきを察し、ナットレイは一気に詰めた。硬い体と強靭な蔓を持つ代わりにスピードがないこのポケモンはヘルガーの胴体に三本の蔓を巻き付け、力ずくで引き寄せたのだ。ガアァ、と唸る相手にナットレイはとどめのアイアンヘッドをめり込ませ、勝負を決めた。ピクピクと痙攣して倒れるヘルガーを見てブッチはがっくりとうなだれ、半死人のトレーナーはナットレイを戻した。払い戻しに労働者たちは詰め寄り、そして健闘を称える握手をしようとしたブッチ・ワックスはその手を相手に振り払われた。ブーツをならし、ドカドカとホァンへ近づく。

「健闘、ご苦労。いい戦いぶりだったな」

しかしその言葉への返答は蹴りによるものだった。木壁に鉄板入りブーツの爪先がめり込み、壁を這っていたイトマルが落ちてくる。

「ホァン、いつまでこんなことしてなきゃならない?充分義理は果たしたはずだよ。そろそろ約束を守る頃じゃないのか?それともあんたたちミスト団は平気で褒美を取り上げる意地の悪いくそ連中の集まりって?」

髪に隠れていない左目はホァンが首から下げるネックレスへ向いていた。まるで立ち込める霧のような、細いが鋭い書体で形どられた白いMのマーク。

「あたしはあんたたちと正当な取引をしたと思っていたけど……そっちがその気ならこの大事な金蔓、破壊し尽くすだけ」

「ゾイ、その玉玉から手を離しなさい」

「あたしのモンスターボールを金玉みたいに言うんじゃないっ!」

たまらず、半死人のトレーナー……ゾイはポケモンを繰り出そうとした。そして、ベルトのモンスターボール入り腰袋に伸ばしたその手はアーマルドの伸縮する爪により、止められる。

「全く……慌てる乞食は貰いが少ない、幼稚園で習わなかった?あ、ごめんごめん行ってないんだったね……今日はその話のためにわざわざ来たんだから」

「……ぁあ、そう。あたしはてっきり、汚い生き物が霧の中から古巣にこそこそ戻ってきたんだと思ったんだけど」

主人を守ったのに、と少々理不尽な顔つきをするアーマルドを押し退けてホァンはゾイの胸ぐらを掴みあげた。怖い顔を見せるその顔つきは、オニドリルやグラエナを連想させる鋭い目だ。

「ゾイ……あんたじゃなかったらもうバラバラになってゴミ箱に叩き込んでたからね。クズの相手してるだけで……」

バン、とゾイは床に叩きつけられる。腐った木が折れ、急に暗がりが明るくなって驚いたコイルやディグダと言った床下の住民たちがもそもそと這い上がってそこらへ散る。ホァンはうめき声を上げるゾイの薄い胸板に足を乗せ、ギロリと睨み付けて続ける。

「調子に乗るんじゃない。私とミスト団を見下すような台詞は吐かせない!」

舌打ちをまたひとつ、立ち上がり服のほこりを払うゾイに対しホァンは投げつけるように吐き出す。

「あんたはそれなりの働きをした。この潰れかけの店をそれなりに盛り上げたんだ……そこだけは評価して情報をやる」

ぐちゃぐちゃに潰れたボックス煙草の空き箱をゾイに投げつけた。

「あとはいつも通り。あとほかに言うことはない……この胸くそ悪い街にいると肝炎になりそうだよ」 

ロベルタズ・レアから出ていくホァンの背中をむかつきながら一別し、ゾイは床にほこりと切れた口腔の血が混じった痰を床に吐く。空き箱の内側に、電話番号がかかれているだけだった。

サタ丼 ( 2019/10/12(土) 16:22 )