第1章 ポケモンになっちゃった
第5話 繋がらない
ギルドに入門し、始まる生活。これから先、どんなことが待っているのだろう。期待と不安が、心を包むー



「ここが、お前たちの部屋だ。壊しさえしなければ、好きに使ってくれて構わん。明日は早いから寝坊しないように。それじゃ、また明日な」
案内されたその部屋は、結構広かった。四人で分割しても充分なスペースがあり、好きにものを置くことができるだろう。
真ん中にある藁の山はどうやらこの世界のベッドらしい。しかし、藁と侮ることなかれ、なかなか寝心地はいい。
「少し疲れたので、先に横にならせてもらいます。それでは、失礼」
レンファはそう言うと、先にベッドの一つに横になった。それからすぐに、小さな寝息が聞こえてくる。
それに伴い、部屋の中の彼らの声も小さくなる。
「レンファ、疲れてたみたいだね」
藁の上で横になる、小さな頼もしい背中を見ながらフラムはつぶやく。
「…私は彼の言っていた灰色の世界というのが気になるの」
フラムがクスクス笑っていると、急にクオンが抑揚のない声で話しかけてきた。
「灰色の世界について、この本に書いてあるの。今日たまたま私が持ってきた本に書いてあるなんて、珍しいこともあるの。…少し読んでみてほしいの」
クオンがそう言って逆さまの本を差し出すと、二人はそのまま読み始めた。本の中には事細かに灰色の世界について書かれていた。

「灰色の世界。これはなんということだ。今私の目の前には灰色の世界が広がっている。地を覆う草たちも、空を飾る木も、果てはその場所にいたであろうポケモンでさえも、灰色になったまま動かない。異常。その空間はそれ以上にない言葉で埋め尽くされていた。
すると、急に風が頬を撫でた。しかし、その一陣の風はすぐに消え、後にはもう何も無くなってしまう。この場所は、風が吹くことはなく、葉についた雫は、落ちる寸前の姿のまま色を失い動かない。そう、言うなれば、まるでこの場所の時が切り取られて、止まってしまっているように思える。
例え私というポケモンがぶら下がっても、それを支えるほどに頑として動かない宙を舞う灰色の木の葉。なんと、宙に浮いたまま固まってしまっているのだ。おかげで鼻を打ってしまった。まだ少し、ヒリヒリする。
私はこの場所の中心点を探すことにした。草木はおろか、ポケモンでさえも止めてしまう謎の何かに興味を持ったからだ。
………今思えば、私はその時すでに間違いを犯していたのだ。この灰色の世界に踏み込むことはせず、迂回をするなりして回避すればよかった。しかし、今となってはそんなことを考えても仕方のないこと。私はその場で起きた全てをこの本で語ろうと思う。
私は感覚的に中心がどこにあるかを考え、思い付く限りに移動し続けた。そして、ソレは、私の前に姿を現した。
歪んだまま伸縮を続け、落ち着きのない、球体。それは時に中からトゲが飛び出るように形を変えたり、激しく形を変え続けていた。私はソレが持つ不可思議な何かを確かめようとし、近づいた。そう、近づいてしまった。
ソレは私が近づくのを待っていたかのように動き出し、活発に活動を始めた。もはや言葉では語ることが不可能なほどに奇々怪々に蠢き、手当たり次第に触るものをその身に取り込んでいっている。そして、ある程度暴れまわると、ソレは動きを止めた。私は、それがまた動き出す前にその場を離れようと決意した。今私が出せる全力を足に込めて、勢いよく地を蹴り出した。
瞬間、動きを止めていたソレがまた動き出す。今度は、強烈な吸引を始めた。直線上にいた私はそれに有無を言わさず吸い込まれ、体勢を崩しながらもギリギリで灰色の木の幹をつかんだ。手繰り寄せるようにその幹にすがり、やっとの思いで木の陰に隠れた。
形容しがたいソレは、私を睨みつけるように猛烈な吸引を見せたあと、私がそこに落ちることはないと悟ったらしく、急激に収束し、最後にはソレは消えてしまった。
あの球体はなんだったのか。灰色になってしまった場所はどうなったのか。未だ灰色のままなのか、あるいは元の緑を携えて命溢れる森となっているのか。今の私には、見当もつかない。私はあの現象、全てが灰色になったあの世界を、『時の停止』と呼ぶことにする。
最初はただの物珍しい場所として探索したが、今となってはどれだけ危険なことをしていたのか想像もできない。あの灰色の世界は迂闊に近づいてはならない。自分の命が惜しい者は、決して近づいてはならないのだ」

クオンが見せたその小説には、とても鮮明に灰色の世界について書かれていた。
「これは探検隊の第一線で働く探検家、ガーフィールド・バーンスタインが自分の体験談をそのまま書いたものなの。彼が見つけたものに限るけど、偶然見つけたどうぐの新しい効能や、まだ誰も見つけたことのない最新のどうぐを紹介していたりするの。この『時の停止』を最初に見つけたのも、彼なの」
小説から顔を上げると。腕を組みながら真剣な表情で説明を続けるクオンがいた。他人とのコミュニケーションをだいたい一言で済ませるクオンが、意気揚々と話している。
「この灰色の世界…私が思うに、レンファが言ってるものと同じものだと思うの。だけど『時の停止』はポケモンの動きでさえ止めてしまう。記憶を失ってもその世界を覚えているっていうことは、彼の過去に『時の停止』に関わるなんらかがあったってことだと思うの。私は彼が記憶を失ったのもこの『時の停止』が深く関わっているんじゃないか…そう考えているの」
クオンは自分の中で、ある仮説を立てていた。それを一つ一つのピースに分解し、二人に理解しやすいように説明する。
「まず記憶喪失について。私たちポケモンは種族によるけど大半が頑丈だったり、打たれ強かったりするの。だから正直、強い衝撃で記憶を失うのはあまりないと思うのだけど…まあ、あるか、と聞かれればあることなの。ここまでで聞きたいことはある?説明を続けていい?」
チェルは無言のまま、手を挙げた。
「その可能性は低いんじゃないかい?海岸に倒れていた時だと、ほとんど怪我はなかったじゃないか。多分、それはないと思う」
クオンもそれに同意したのか、頷いた。
「もう一つは精神的な問題。何かとてつもなく恐ろしいものを見たか、信じられない何かに出会ったか………。おそらく、彼の記憶がないのはこっちが理由だと思うの。そして、その精神的な理由に灰色の世界が関わっていると思うの。多分、彼は自分の住んでいた所に『時の停止』が起きて、一人だけ生き残った…とか、そういうのじゃないかと思うの」
「うーん…でも、それだとレンファが海岸に倒れてた説明がつかなくない?あの近くに誰かが住んでいるなんて、それこそトレジャータウンだけだし、それほどの規模の『時の停止』が起こったとするならきっともう話題になってると思うよ」
そこでまた三人の考えは行き詰ってしまった。思えば、すべてが不可解だ。
近くにあるあの洞窟は、行った後だからわかるが非常に難易度の低いダンジョンだった。レンファの強さでは、あそこでやられる方が難しいだろう。
トレジャータウンには何度も来ているが、彼のようなリオルには一度も会ったことがない。
記憶を失ったきっかけになりそうなものも、あそこで倒れていた理由も、何も思いつかなかった。
「トレジャータウンは周りが海に囲まれてるから、陸から来れる方向は決まってるもんね。そうなると海から来たことになるのかなあ………」
「あの嵐の日に?…まあわからないでもないね。船から落とされたか、あるいは沈んだか」
「最近この近くで大きな船は見つかってないし、沈没する程度の小さな船なら少しぐらい船の残骸が打ち上げられててもおかしくないの」
フラムとチェルシーが質問を投げ合うが、それもクオンによって一蹴された。
そこで、急に部屋にゆるい声が響く。どうやらそれはフラムのあくびらしく、眠そうに目をこすっていた。
「わたしもう眠いや…。また明日にしよう?」
そう言うと、ふらふらと立ち上がり、倒れ込むようにしてベッドで眠ってしまった。眠いからと横になり、ものの数秒で寝てしまえるのは一種の才能なのではないかと、クオンは呆れた表情でその寝顔を見ていた。
「…あたしたちも寝ますか。今日は疲れたし」
「こんなアホ面見せられたら、考える気も失せるの」
そんなことを呟きながら、いそいそと寝支度をする二人だった。
数分もすれば、部屋内は規則正しい寝息しか聞こえなくなり、誰かが動く気配はしなくなった、はずだった。
「チッ、いつまでも長々とお喋りしていやがって…とっとと寝ろっての。オレが動けねーだろうが」
寝静まった部屋から急に少し低い声が聞こえてきたかと思うと、その影は部屋にある窓の隙間から体を潜らせるて、そのまま部屋が出て行ってしまった。
それに気付かずに睡眠を取る彼等の人数は、四人ではなく三人に減っていた。




■筆者メッセージ
作者=作者
レ=レンファ
フ=フラム
チ=チェルシー
ク=クオン

作者「何か書こうとしたけど特に思いつかなかった件」
レ「そうですか…では質問などを募集するのはどうですか?」
作者「却下。まず質問が来ないから」
フ「はいはーい!じゃあ登場人物のプロフィールを公開するのはどうかな!?」
作者「それも却下。プライバシーの侵害だろそれ」
チ「うーん…じゃあ独自規格をやるのは?」
作者「…アリだな。だけど規格思いつくかな…。とりあえず保留」
ク「そもそも何であなたがここにいるのかしら、作者」
作者「ん?暇だから」
ク「暇するくらいなら帰って続き書きなさい」
作者「うーわ手厳し。なんだよ、作者が来て嬉しいやついないの?」
レ「特には」
フ「わたしもー」
チ「別に…」
ク「どうでもいいの」

作者「さすがに傷付くぞオイ…」
北海道在住者 ( 2016/05/16(月) 08:46 )