第1章 ポケモンになっちゃった
第2話 元ニンゲン
自らを人間だと語るポケモン、レンファ。この出会いが、いずれ世界を左右することになるとはここにいる誰もが気づくことはなかった。さあ、始まりの輪舞曲を奏でようー

「「「人間???」」」
まずはそのクエスチョンから始まった。目の前にいるのは確かにリオルというポケモン。なのに、レンファと名乗るそのリオルは自らを人間だと語った。
「はい、この世界では珍しいでしょうね。我々人間もかなり数が少なくなってきてますから」
また違うベクトルの受け答えをするレンファ。それでさらに三人の疑問は加速する。
「え、まって?アンタ、人間?違うでしょ」
「え?何言ってるんです。ボクはれっきとした人間ですよ。しかし、みなさん大きいですね。なぜチコリータやラルトスがボクと同じ目線なんです?」
すっとぼけているのか。その言葉が出てきた。明らかにおかしい。クオンの記憶だとニンゲンという種はとっくの昔に滅びたはずだ。何千年も前の文献にニンゲンというものは大量に出ているが、それ以降の文献には急速にニンゲンは減っていき、理由もわからず消えていったという。
「いや、だって、君、どっからどう見てもリオルだよ?全然ニンゲンには見えないよ」
「そんなバカな…ボクは人間です。ボクがリオルなんて、そんな馬鹿げたこと…」
レンファは頭をさげると、記憶の中にだけ見覚えのあるポケモンの足が見えた。自分の記憶にある、自分がよく見る人間の足はどこにもなかった。
にわかには信じられず、海面に映る自分の姿の移し身を見た。そこに人間の面影は微塵もなく、尖った鼻に、頭の傍に着いた黒いボンボン。頭の上にはピンと立つ青色の耳。マスクをつけたように目の周りを覆う黒い毛。耳には、リング状のピアスが付いている。
極め付けは、通常は赤色の瞳が、右が黒色、左が白色になっている点だ。しかも、普通なら白目のところまで黒色になっているからかなり異様だ。
「ウソ…なに、これ?ボク、本当に…ポケモン…に…?」
明らかにショックを隠せない様子で、浜辺に膝をついた。震える手を上げてみるが、やはり、それも人のものではなかった。
「あの、大丈夫?さっきからすごい震えてるけど」
「大丈夫…ではありませんね。頭が追いつきませんよ…いったい…僕になにが起こったというんだ…」
未だに現実を受け入れられないでいるレンファ。そこで、しびれを切らしたのかクオンが威圧的な口調で尋ねる。
「…ニンゲンだと語るあなたは一体何者なの?あなたはなぜここに倒れていたの?あなたのことを知らない私たちはあなたを敵としか見られない。私たちが信用できることを少しでも言ったらどうなの?」
そう言い切ると、クオンは左手に"サイコキネシス"を発動させた。もし、目の前にいるリオルが少しでも不審な行動、あるいは敵とみなせる何かをした場合すぐに対応するためにである。
「待って、待ってください!ボクは敵ではないです!あなた達に敵意はありませんし、…戦術的に見てもこの人数差で勝てるとは思いません」
慌てて手を振り否定するが、顎に手を当てて考えるそぶりを見せると、その状況を的確に判断する冷静さを見せた。
クオンはその言葉を聞くと"サイコキネシス"を解除し、左手を下げて笑みを浮かべた。
「わかっているならいいの。だけど、もしあなたが不審なことをしたらすぐにでも拘束させてもらうの。いい?」
「え、ええ。心に留めておきます…」
クオンのその言葉に苦笑いしかできないレンファだった。
「えーと、とりあえず話まとめよっか。レンファは元ニンゲンで、なんでかリオルになっちゃって…そういえばなんでリオルになっちゃったか心当たりある?そこらへん何か覚えてないの?」
フラムがそう聞くと、レンファはまた考え始めた。そこで、レンファは自分の異変に気付く。
自分の記憶の多くが欠落していることに。
「…わかりません。リオルになってしまった原因だけではないです。ボクの記憶の多くが…失われています」
またも冷静にとんでもないことを言い出すレンファ。
「え?つまり、どういうこと?」
言葉の意味がわからず思わず首をかしげるフラム。クオンはため息をつき、チェルもまた首を傾げている。
「あなたが海岸で気絶していた理由はわからないけど、記憶喪失になってるみたいなの。なになら覚えてる?わかることがあるなら教えて欲しいの」
唯一意味を理解したクオンが簡潔にまとめると、レンファの記憶に何が残っているのか聞いてみた。
「自分の名前は最初から覚えていました。それと…灰色に染まった謎の世界。あと、この場所に来るまでに、何人かの仲間たち。顔も名前も覚えていませんが、確かに誰かがいました」
「ねえ、クオン。わかる?」
「………ダメね、情報が少なすぎるの。でも、灰色に染まった世界というのは気になるの。多分これが、一番の手がかりなの」
灰色の世界が手がかりだと言うが、それにつながる情報はなかった。
「そっか、クオンでもダメかあ」
「私は確かに多くの知識を持っているけど、決して万能ではないの。当然わからないことだってあるの」
「じゃあ、どうしよ___きゃっ!?」
フラムの言葉を遮るように突然背後から衝撃が与えられた。軽い体は簡単に浮き上がり、正面からレンファにぶつかった。
「うわっ!?だ、大丈夫ですか?」
「いたたた…あ、ありがとう」
「ちょっとあんたたち!何すんのさ!」
いきなりフラムにぶつかってきたポケモンにチェルは怒声を発した。しかし、それに顔色も変えずに薄ら笑いを浮かべるポケモン、ドガースとズバット。
「アァ、悪い悪い。小さすぎて見えなかったぜ」
「そんじゃ、こいつは貰ってくぜ。あばよ」
ズバットの真下にはフラムがお守りとして持ってきていた、首かけの布袋が落ちていた。それをひょい、と拾い上げると近くの洞窟に消えていってしまった。
「あ、あぁ……うぅ」
フラムが声にならない声で唸ると俯いてしまった。
「なんなのあいつら!ちょっと、大丈夫?フラム」
悲しそうに俯くフラムにチェルがそっと近寄った。
「あれは…私の宝物だったのに…」
「あの、取り返しには行かないんですか?」
ごく自然的な疑問をぶつけると、フラムがごにょごにょと答えた。
「あの洞窟は不思議のダンジョンっていうの。いろんなポケモンに住処になってて、入るとそのポケモンたちが縄張りを守るために攻撃してくるんだ。しかも入るたびに中の構造が変わるって言うし…とてもじゃないけど怖くて行けないよ」
力の無い自分を責めて、落ち込むフラム。チェルもやれやれといったふうに首を振っている。
「でしたら、ボクが取り返しに行きましょう。ボクもこの体に慣れたいので、練習ついでに戦ってきます。それでは、朗報を期待していてください」
レンファはそう言うが早いか、すぐさま洞窟に飛び込んだ。入り口付近は太陽に照らされて明るいが、すぐに暗くなっている。洞窟の闇にレンファが消える頃、クオンが呟いた。
「………ほら、あなたはどうするの?」
唖然とするフラムの背中を軽くつつくと、我に返ったフラムはすぐさま立ち上がって高らかに叫んだ。
「二人とも!レンファを追うよ!行こう!」
クオンは本を読むのをやめ、肩掛けバッグの中にしまった。チェルも苦笑いから一転してキリリとした表情に変わり、「オッケー!」と応えた。
三匹のポケモンは力強い足取りで、洞窟の闇に吸い込まれていった。

■筆者メッセージ
新作の方が筆が進みます。それでいいのか。
北海道在住者です。
また別の物語が始まりました。彼らの行く先に幸あれ。
北海道在住者 ( 2016/02/15(月) 17:08 )