第6話 お仕事
時の停止。色を失い、灰色になった悲しい世界。レンファはその世界を覚えていると言ったが、その過去に、関係はあるのか?ー
太陽が昇り、柔らかな光が窓から差し込む。時間と共に光は動き、フラムの寝顔を照らした。その光を受け、眩しさのあまり目が覚める。気持ちのいい目覚めだ。
「あら、フラムにしては早起きなの。おはよう」
「おはよ〜…ふぁ〜…」
起き抜けに大きなあくびをすると、パッチリと目を開いた。少しバカにされたような気もするけど、気にしないでおこう。
「うん、やっぱりクオンは早起きだね。辛くないの?」
クオンは読み進めている本のページを捲った。聞いているのかいないのか、わからない。
「この世界にはまだ読んでない本がたくさんあるの。私はその本が読みたい。休息も大事だけどね」
それだけ言うと、クオンはまた本の世界に没入した。感情がわかりにくいクオンだが、本を読んでいる間だけわかりやすいくらいに顔によく出る。冒険物を読めば、顎に手を当てたり、小さく頷いていたり。ジャンルによってしぐさが変わるので、見極めは簡単だ。
今は長時間同じページを見つめているので、おそらく推理物を読んでいるのだろう。その時は自分の世界に入りきってしまっているので、頭の上に物をのせても絶対に気づかない。
「はぁ…にしても、昨日は本当にいろんなことがあったよね。レンファと会って、念願のギルド入りを果たして…。わたし今、とっても幸せだなあ」
フラムの顔がふにゃりと緩むと、鼻歌を歌い始めた。朝のゆったりとした時間にフラムの心地いい鼻歌。時間の流れが限りなく遅れて行く気がする。
その時、廊下からドタドタ足音が聞こえが聞こえてきて、彼らの部屋の前でその音は止まったかと思うと、乱暴に扉を押し開けた。
「朝だぁーーーーーーーーーーーーーー!!!!!起きろぉーーーーーーーーーーーーーー!!!!!」
急にドゴームが現れたかと思うと、部屋が震えるほどの大きな声で朝だと言うことを伝えに来た!
「___!」
「うるさぁぁぁぁぁぁぁい!」
寝ていたチェルシーはその声で叩き起こされ、既に起きていた二人はとっさに耳を塞いだ。それでもうるさい。
「早く起きろお前ら!朝礼に遅れると俺まで___んもがっ!?」
相変わらず大きな声で話し続けるドゴームの口に、急にオレンの実が放り込まれた。
「人が気分よく寝ているのに朝からギャーギャーうるさいんですよ………セメント詰め込んで海に沈めますよ…?」
ドゴームは喉の奥に落ちたオレンの実を無理やり飲み込むと、それが飛んできた方を見た。そこには視線だけで人を射殺せてしまうのではないか、というほどの鋭い視線でドゴームを睨みつけているレンファがいた。
「こ…これから朝礼が始まる。だからお前らも早く起きてこいよ!わかったな!」
それだけ言うと、ドゴームは転がるようにして部屋から出て行ってしまった。一方、昨日までの雰囲気から一転して、不機嫌オーラ全開のレンファには二人だけでなく、クオンでさえ呆気にとられていた。もちろん、昨日までの柔らかい物腰なんてものはない。話しかけただけで攻撃されてしまいそうだ。
「あのー…レンファ?」
「………めまいがひどい上に頭がガンガンします。非常に不愉快です…」
額に手を当て、眠そうにうなだれている。ギルド初日ということもあって張り切りたいところだが、朝からこれじゃあそうもいかない。
「えっと…大丈夫?今日休む?」
フラムは心配そうにレンファの顔を覗き込むと、いたわるように話しかけた。大きな声は頭痛を誘発する。聞こえるけれどできるだけ小さい声を出した。
「いえ…大丈夫、です。初日から休むわけにもいきません。行きましょう、朝礼の時間らしいので」
立ち上がりはフラフラとしたが、歩くことに問題はないようだ。レンファの後に続いて、四人は部屋を出た。
*
以前通った広間に、たくさんのポケモンたちが一箇所に集まっていた。どうやら朝礼を行う場所はそこらしく、ボクらもその塊の一番後ろに並ぶことにした。
すると、前に親方様の部屋と言われて通された部屋から、昨日のペラップ、もとい、トロンが出てきた。
「うむ、全員集まったようだな。新入りも遅刻しないで、えらいぞ」
翼で少しだけ人数を数えると、すぐに全員がいることを確認した。
「…よし!それでは朝礼を始めるとしよう。新入りたちの自己紹介は後だ。親方様、お願いします」
扉が開くと、親方のレスティが出てきた。ボクたちを含めた弟子たちの前に立つ。
「………………………zzz」
ほんのわずかに聞こえた小さないびき。ボクは喋ろうとしないレスティを不審に思い、その姿をじっと見つめてみた。どうやら眠っているらしい。
…寝ながら目を開けて、しかも歩くことができるって…確かにただ者ではないな…。
「…親方様?親方様ー。………親方様!」
「はうっ!?ああ、ごめんごめん寝ちゃってた」
トロンも一向に何も言わないレスティに不審に思ったようだ。最初は優しく呼びかけていたが、最後には声を張り上げて叩き起こした。
「もー…親方様。新入りが来た直後にそれは困ります。示しがつかないじゃないですか…」
頭に手を当て、やれやれといった風に首を振ると、呆れたようにため息をついた。
そこで改めて朝礼が行われた。内容はあるようでないような、簡素なものだった。一言で言ってしまえば、「今日もがんばろう!」とかその程度のものだった。
「そうだそうだ。渡すものがあるから新入りたちは親方様の部屋に来るように。それじゃ解散」
その言葉で一部の弟子たちはどこか別の場所に散っていった。大多数の弟子たちが広間に残ったままなのはすこし気になったが、ボクらは呼ばれた通り親方様の部屋に入ることにした。
*
「ごめんね。昨日渡しそびれちゃったから改めて渡すよ。はいこれ!プレゼント!」
そう言ってレスティから渡されたものは、人数分のカバン、半円の端に羽、中央にピンク色の球がついたバッジ。そして、一枚の地図。
「新入りには必ず渡される探検隊セットだよ。探検隊バッジと、不思議な地図と、トレジャーバッグ!」
バッグを肩にかけ、地図は丸めて外付のポケットに入れた。バッジはバッグのボタンがホルダー兼用になってようで、そこにセットできるようになっている。
「うん、なかなか様になってるよ!ここでの仕事については先輩達に聞いてね。それじゃ話はそれだけ!がんばってね」
終始マイペースのまま話は続けられ、いつの間にか終わっていた。何はともあれ、今日からボクらのギルド生活の始まりだ。がんばらなくては。
*
と、思った矢先の事だった。レスティの部屋から出ると、先輩達、もとい、ギルドの弟子達が部屋の前で待ち構えていた。
「プクリンギルドにようこそでゲス!」
「きゃー!かわいいですわー!」
「ヘイヘイ!なあ、どっから来たんだ!?」
急に囲まれたかと思うと、一気に質問と自己紹介の雨あられ。こっちが何かを言う前に言葉が飛んでくるので答えようがない。
しかし、そんなごった返しの状況はクオンの"サイコキネシス"で抑えられる。
「先輩方。失礼を承知で言わせてもらうけど、騒ぎ過ぎなの」
クオンのその一言で彼らは一気に鎮まった。そこからは一人一人自己紹介を聞いていく感じになった。
ドゴームのゴンバ・クーダル。
キマワリのキャロ・スー。
チリーンのレイチェル・グラッシ。
ヘイガニのイーワック・アルケニー。
グレッグルのフィルガ・ノーベム。
ディグダのルスター・デティン。
ダグトリオのヘイズル・デティン。
そして、ビッパのオリガ・バーナペット。
全員の紹介が終わったところで、こちらも同じく自己紹介を行う。
「ボクはレンファ・セタレート。このギルドに住まわせてもらう以上はしっかり働きたいと思います。先輩方、よろしくお願いします」
「わたしはフラム・エニーメ!好きなものは甘いもの!精一杯頑張るから先輩の皆さんよろしく!」
「あたしはチェルシー・ペルシャ。周りからはチェルって呼ばれてるからそう呼んで欲しいな。まあ、よろしく頼むよ」
「…クオン・リッケンドルフ。先に言っておくけど、本を読む邪魔はされたくないの。…それだけ」
一度落ち着いた彼等は、さっきまでの暴力的なまでの質問ぜめはせずに先輩らしく仕事などについて教えてくれた。
ギルドは二階に分かれていて、地下一階は他の探検隊が依頼を受けに来る集会場。情報交換なども行われるので、ギルドが閉まるまで常に何組かの探検隊が見られる場所らしい。
地下二階はギルドのメンバーの部屋と食堂、親方様の部屋がある。ここに人が来ることは滅多にない。ここに来る多くのポケモンたちはトロンが対応してしまうので、親方にまで話が通るほどの重要なことはあまりないらしい。
「だいたいこんなもんかな。さて、オレたちは仕事があるから、そうだな…なあ、オリガ。お前、今日暇か?」
ドゴーム、たしかゴンバと言ったかな。オリガと呼ばれたビッパは「え、あっしでゲスか?」と、気が抜ける声を出した。口調については突っ込まないでおく。
「今日はまだやること決めてないでゲス」
「じゃあ依頼について説明してやってくれ。先輩だろ?」
「___!!はいでゲス!」
急に張り切りだしたオリガは、四人の前に立つと、「うおっほん」とあからさまなせきばらいをした後に話し始めた。
「あっしはこのギルドの探検家の一人、オリガ・バーナペットというでゲス!あっしが先輩として探検家のやることを説明するから、よく聞いているでゲスよ。さ、ついてくるでゲス」
そういうと、オリガはギルドのハシゴを登って行った。ボクらもそれについて、地下一階へと移った。
〜ギルド地下一階〜
「ここが集会場でゲス。探検家のほとんどがここで依頼を受けて現地に出発するでゲス」
朝方なので人影はまばらだが、ここの本来の賑わいなら知ってる。昨日このギルドに入る時、少しだけ見たからだ。
「それで、これが掲示板でゲス!難しいのから簡単な依頼まで、たくさんあるんでゲスよ。依頼の受け方は掲示板から紙を剥がすだけでゲス!」
はしごから向かって右にある掲示板には、確かに色々な依頼がそこにあった。
ある特定の道具を取ってきてほしい、ダンジョン内で身動きが取れなくなってしまったので助けてほしい、友人との連絡がつかなくなったので探してきてほしいなどと、本当にいろんな種類の依頼があった。
中には「大体の事は引き受けます。何でも屋、エレーヌ」と、少し違うタイプの張り紙もあった。
「それで、こっちがお尋ね者掲示板でゲス」
気付けば、オリガは別の場所に行っていた。反対側には、同じような掲示板があって、そこには色々なポケモンの顔写真が貼ってあった。
「こっちは、悪い事をして警察に追われているお尋ね者の張り紙がある掲示板でゲス!悪いと言ってもピンからキリまででゲスが、どれも強力な相手ばかりでゲス!下手に舐めて行ったら怪我するでゲスよ」
フッフッフッ………と言いたそうな悪どい笑みを浮かべているが、そんなに怖くはない。かくいうオリガも、最近お尋ね者確保に行ったはいいが、返り討ちにあったばかりだ。
掲示板を眺めていると、ふと目に付く一枚の依頼があった。
『怪盗歌姫 ランクS』
端的にそう書かれた紙には、一枚の写真が添えられてあった。そこには、仮面を付けたアブソルが写っていた。
「あの、オリガさん。これは?」
「そのお尋ね者はずっと前から一度も捕まったことのないのでゲス。何年もの間警察から逃げ続けてるから、ついにこっちにも依頼が来るようになったんでゲスよ。それでもまだ捕まってないんでゲス。お尋ね者ながらすごい相手でゲス」
その瞬間、レンファの頭に鋭い痛みが走った。ほんの一瞬だけだったが、それはレンファの脳内にとある記憶を残していった。
「(こ、これは………!?)」
痛みの後から浮かんできた数少ない記憶。その記憶は、レンファに衝撃を与えるには十分すぎるものだった。
それは、手配書の写真と全く同じ仮面を付けたアブソルの記憶。こちらに微笑みかけて、何かを言っている。
一体何を言っているのか聞き取れないが、その言葉に対して自分は頷いたのを知った。
最後に、その仮面を付けたアブソルは優しく自分の頭を撫でてくれた。暖かな手とは裏腹に、仮面の隙間から覗かせた表情は、どこか悲しげだった。
「…くぁっハァッ…ハァ…!?」
刹那、強烈に引き寄せられるような衝撃と共に、その記憶はレンファを解放した。
「レンファ大丈夫?ぼーっとしてたと思ったら急にしゃがみこんで。まだめまいでもするの?」
幸い、気付かれていないみたいだ。自分の勝手な予測だけど、きっとこれは彼らに伝えないほうがいいと思う。
考えてもみよう。お尋ね者として認知されている相手が、微笑みながら頭を撫でるほどの、近しい存在というのが怪しすぎる。そのことを知られてしまえば、きっと敵対は免れられない。良くて拘束や囮、悪くて死だ。
「え、ええ。もう大丈夫ですよ。心配かけてすみませんでした」
まだ衝撃は残っているが、最大の微笑みでなんとかごまかした。怪しまれてるとは思うが、これを伝えるわけにはいかない。もし伝えるとするなら、もっとあとの話だ。
「それより、受ける依頼はどうするんですか?」
掲示板に目を向けながらある程度依頼を見てみた。どうやらどれにするか決めかねているみたいで、彼等の手に依頼の紙は握られていなかった。
「フフフ、ここは先輩として簡単な依頼を選んであげるでゲス!うーんと…」
オリガはそういうと、一枚の紙を掲示板からはがした。そしてもう一枚取ろうと掲示板を見上げるが、かなり高いところにあって手が届かないようだ。
ボクは彼が手を伸ばしていた紙を代わりに取ってあげた。
「あっ…すまないでゲス。それとこれが、新人にふさわしい依頼でゲス!」
そう言って渡されたもう一枚の依頼の紙。ボクらはその依頼を見てみた。
「えーと…バネブーからの依頼だね。頭の真珠が盗まれちゃったから探してきてくださいかぁ…。って、物探しじゃん!」
依頼を読んでいたフラムが急に声を張り上げた。
「もうちょっと探検隊らしい仕事ないの?ほら、未開の洞窟を探索!みたいなさー」
「新人にいきなりそんな大層な仕事が任されるわけないの。いい?どんな仕事も下積みが大事なの。少しずつ仕事をこなして、その実績があるから大きな仕事ができるの。早くそう言った仕事が受けたいなら、早くに実績を作るの」
それを聞いたフラムは眉間にしわを寄せて黙ってしまった。実際クオンの言うことは正しい。
「ま、まああまり気を落とさずに。まずは少しずつ仕事をこなしていきましょうよ。ね?」
それもそうか、と不満げな表情は消え、改めて気を引き締めた。
「よーし、結成してからの初依頼、必ず成功させよう!みんな、行っくよー!」
「「おー!」」
「………おー」
探検隊レコード、出陣。