第20話(2) 決着、イジワルズ 〜side 甲賀〜
とうとうイジワルズと戦う事になったレオパルドの面々。それぞれの思いを胸に決着を望む。勝つのはイジワルズか、レオパルドかー
鬱蒼と茂る木々の中、森は異様な程静まり返っていた。普通なら、鳥ポケモン達の囀りが聞こえ、虫ポケモン達もおしゃべりをしている時間帯だ。ただ、今日は様子が違った。鳥も虫も、果ては風に流され音を出す草達も、黙り込んでいる。
すると突然、森の外れの隙間から自然が豊かなこの場所では、不似合いな爆発が起きた。煙の柱が立ちのぼり、不規則な地響きが何度も起こる。その全ての原因はとある救助隊同士の衝突に根付いていた。
*
「らぁ!掌雷!」
「ウゲゲッ!あ〜ぶね」
「剣技、十二月が一つ、如月!」
「アラ、見切りよん」
「え〜い!電光石火!」
「あらよっと!残念、おしかった」
突き出した手のひらは難なく避けられ、多数の斬撃波は軽々と見切られる。ティーエの突撃も、そう簡単には当たらなかった
海斗はゲンガーと。
甲賀はチャーレムと。
ティーエはアーボと戦っていた。
〜side 甲賀〜
「アラ、もう終わり?」
「まさか。これからです」
余裕を持って返したが、やはり内心穏やかではいられなかった。剣技、如月がかすりもせずに全て避けられたのは予想外だった。見切りを使ったなら、途中で集中が切れて最低でも一発は当たるのだ。
「さあ、かかってきなさい。ヨガのポーズ」
チャーレムはいきなり柔軟体操みたいなことをやり始めた。手に入る力は自然と強くなる。なぜなら、このポーズの意味を知っているからだ。
「させない!」
単純に剣を振るだけじゃ、当たるわけがない。もちろんのこと、避けられてしまう。それでも、甲賀は技を使う気にはなれなかった。
「(技はあんまり使いたくないんだよなぁ。自分の手の内を晒すことになるし)」
目の前の戦いに集中せずに、考えてしまうのは悪い癖だ。剣を振り上げ、振り下ろし、横薙ぎ、次の攻撃に移る前に、チャーレムの雷パンチが割り込んでくる。懐に潜り込み、拳の所ではなく腕の所に肘を当て、起動をずらす。瞬間、脇に鈍い痛みが走った。横目で見ると、チャーレムの蹴りが入ったらしい。蹴りが入り、少し油断したのか、全体にスキが出来た。すかさず胸部に膝蹴りを叩き込んだ。互いにダメージを受けた為、一歩下がって距離を取る。この戦闘にかけた時間、約7秒。まさに瞬速の攻防戦だ。
「カハッ……アンタ、結構やるわね」
体力は体格で言えば向こうの方が持つだろう。だが、甲賀は持久力には少々自信があった。
「ワニノコだからって、舐めてたら痛い目みますよ」
「それなら、噛みつかれないようにしなきゃね」
「噛み跡よりは切り傷を残したいね」
皮肉を言い合い、またぶつかり合う。
剣と拳の戦いならリーチが長い分、剣の方が多少は有利だ。しかし懐に入られてしまえば、そうはいかない。途端に長さが徒となり、戦いにくくなる。甲賀も入られないようにはするのだが、チャーレムはリーチが殆ど無い為、どうしても懐に入らなければならない。時と場合によるが、格闘家なんて遠距離武器に対して赤子同然だ。だが懐に飛び込めば、それこそ鬼神のごとき力を発揮する。
「くそっ、離れて下さいよ!」
「アラ、嫌よ」
「ですよねー…」
懐に入られ、後ろに飛び、また、懐に入られ、後ろに飛ぶ。いたちごっこを繰り返した。流石に痺れを切らし、飛び込んできた瞬間を狙い切り返す。しかし、難なく避けられる。
「もう、これ邪魔!」
剣を地面に突き立て、素手でチャーレムを迎え撃つ。
「いい度胸ね!あたしに格闘戦を挑もうなんて!」
大きく振り被って甲賀に”雷パンチ”を放った。
当たる、勝った!チャーレムは心の中で勝利を確信した。
しかし、ここでチャーレムを思いもよらないことが起きた。
勝利を確信した時にはすでに自分の体が中を舞っていたのだ。
体がふわりと浮く嫌な感覚から一転、背中から地面に叩き付けられた。受け身が取れなかった為、衝撃が襲う。
「残念だったね」
倒れているチャーレムに向かって言った。
「僕は格闘の方が得意なんだ」
信じられない。信じられるわけがない。さっきまで剣を振り回していた奴が、近接戦闘で自分を上回るなんて。
「へぇ、やるじゃない!」
すぐに起き上がり、甲賀へと走る。
また二人の戦いが始まった。
チャーレムは”雷パンチ”を両手に出し、いつでも打てる状態にした。甲賀も迎え撃つ体制は既に整っている。
「雷パンチ!」
黄色く光る拳が甲賀を殴りつける寸前まで迫る。刹那、甲賀の姿が消え、次に現れた時にはチャーレムの肩に拳を入れていた。
「くっ…」
甲賀を払おうと手を伸ばすが、また甲賀は消えた。そして、チャーレムの体が前のめりに倒れる。後ろから蹴られたのだ。
「君たちが悪いんだ。僕を怒らせるから」
うつ伏せから転がり、背中に居るはずの甲賀を払う。しかし、また甲賀は消えた。
立ち上がり、辺りを見れば甲賀は少し離れた場所にいた。どうやって攻撃したのか気になる所だが、取りあえず距離を置いた。
「(ここなら、なにも出来ないでしょ)」
十二分に距離を取り、遠くから甲賀を睨む。
「あんまり使いたくないんだよね。卑怯だし、強過ぎるし」
突然、腹部に痛みを感じた。痛みで顔が歪みつつも何をされたかを確認する。
そこでチャーレムはわからなくなった。
なんと、甲賀がいたのだ。しかし甲賀はさっきの場所にもいる。チャーレムの目には甲賀が二人映ったのだ。
チャーレムはこれが影分身かと思ったが、すぐに頭の中で、否、の字を出した。影分身はあくまでも影。それ本体に実体は無く、本人の動きと技の全てをまねするが、当たったことにはならない。例え当たっても、影分身の出した技はダメージが無いのだ。だからこそわからなかった。なぜこの分身が自分に攻撃出来るのかが。
「もしかして、気づいたかな」
おもむろに甲賀が口を開いた。ただ、その無邪気さには、なにかうすら寒いものを感じたが。
「影分身は攻撃出来ない筈、って思ってるんじゃない?」
本人は冷静だが、分身の動きは凄まじいものがあった。言葉こそ届いてはいるものの、ガードを少しでも甘くするとすぐにでも自分のどこかに拳がめり込みそうだ。
「そうさ。影分身は攻撃出来ないよ」
まるでこれが影分身ではない、と言っているような口調だ。
「おまけに僕は、影分身は使えない。でも、ある技を使えるようになったんだ」
分身の猛攻は、甲賀が話している間も続いた。無論、相槌を打つ暇はない。
「それはね、傀儡分身、って言うんだ」
聞いたことない技に、見たことない現象。チャーレムは頭がこんがらがってきた。すると急に攻撃が来なくなった。不思議に思うと、分身はなぜか甲賀の隣に戻っていた。
「傀儡分身には二つずつ強みと弱みがあるんだ。強みは、離れた所からも近距離攻撃が可能で、いつでも消せて、好きな所に出現させられるんだ」
甲賀は説明と共に、分身を消したり出したりしてる。目に見えない速さで移動したと考えていたが、違うらしい。
「弱みは、結構集中力がいること。なにか聞こえてきて、少しでも気がそっちに向けばすぐに消えてしまう。でも、これは大して気にしなくていいんだ。問題は二つ目」
そこまで言うと甲賀は突き立てた剣を手にとり、自分の分身を斬った。薄靄のようにブレた分身はすぐに元通りになったが、甲賀に異変が起こった。
甲賀の体に袈裟状の切り傷が刻まれたのだ。ただ、それは薄く、表面が切れただけのようだが、チャーレムにはそれもまた、薄ら寒いものであった。己には理解出来ない物を見るのは誰だって怖い。
「強い技にはそれなりの代償がある。破壊光線に反動があるように、分身が受けた攻撃は多少使い手にも反映される。それくらいだね」
チャーレムは直感的に何かを感じた。迷いなく分身を斬り、自分を傷つけているのに関わらず、それがまるで当たり前のように話す異常さを。
「あんた、一体なんなのさ…」
恐怖で震える声を押さえられず、絞り出した答えは、極めて平凡なものだった。
その問いに答えはなく、甲賀が消えたかと思うと、肩に鋭い痛みが走った。
「痛っ……!」
甲賀はチャーレムの肩を切り、地に膝をつかせた。
「まだ正体は明かせない。時がくればあんたにも教えてやる」
凍る程冷たい声で答えが返ってきた。チャーレムはそれに頷くしかなかった。
勝者、影虎甲賀 勝利、レオパルド