第10話 ファングとウェルク
いつも海斗が身に付けていたマントが翼になった。新たな力を手に入れた海斗はー
「おらぁ!ダイブキーック!!」
空中からの急降下で、重力を味方にした蹴りはグラエナの顔にヒットした。
「ぐっ…噛みつく!」
グラエナの横に着地していた俺は、また飛ぶことで攻撃を避ける。
「へっ、残念でした」
「おのれ…」
何か体に違和感あるな。痛くないんだけど、動きにくいような引きつった感じがする。これ以上動いたら何か危険な気がしないでもない。
「なぁ、あんた。降参してくれないか?正直、これ以上戦いたくない」
「なんだと…?」
単純な気のせいだと思うけど、適当に説得してみることにした。
「あんたに聞きたい事があるんだ。それはそっちも同じじゃないか?」
グラエナは少々考えて、直ぐに「わかった」と答えを出した。
「こんな所で立ち話していると何時襲われるとも限らん。ついて来い」
グラエナについて来いと言われたので、しばらく後を付けたら、行き止まりにぶち当たった。
「道はこっちであってるのか?」
「大丈夫だ、問題無い」
いや、それ、死フラ…
「おい、ウェルク。オレだ、開けろ」
壁に向かって言ったかと思うと、地響きが聞こえ、目の前の壁が横にスライドし始めた。みるみるうちに壁が動いて行き、ぽっかりと穴が開いた。
「入れ。オレの家だ」
「…すげぇ」
穴に入ると、直ぐに階段になっていて俺とグラエナはその階段を降りていった。途中すっ転んで一番下に落ちた時はグラエナに鼻で笑われた。
「ここがオレの家だ」
結構な広さがあってある程度日用品も揃っている。普通に暮らす分には不自由しなさそうだ。電気も無いのに明るい事には些か違和感があったが。
「それで、聞きたい事って何だ」
「ああ、それについてだがーー」
早速気になる事を聞こうと思ったら幼く元気な声が聞こえてきた。いや、正しくは、来た。
「ファング兄ちゃん!お帰り!」
「ただいま。ウェルク」
違う部屋から走って来たのは、鼻の頭に絆創膏を貼った一匹のポチエナだ。兄ちゃんってことは兄弟か?
…ん?見覚えあるぞこいつ。
「兄ちゃん、お客さん?って、ああーーーっ!お前、あの時の!」
「あ、やっぱり」
あの時一発で倒したポチエナだ。いや何となく予想してたけども。
「やめろウェルク。用があって連れて来たんだ。お前はあの人の手当てをしていろ」
「ちぇー、わかったよ……」
何も知らない無邪気な背中は、別の部屋に消えた。
「まぁ、座れ。それより聞きたい事があるって言ったな」
ソファーに腰を降ろす。前には少し小さなテーブルがある。話しながらグラエナは立ち上がり、多分お茶を淹れる。何故多分かって?コポポ、としか聞こえなかったし、ちょっと良い香りがしたからだ。
「ああ、そうだ」
話してる間にも音は聞こえる。まだお茶淹れてんのか。
「先に一つだけ答えて置く。お前が探してるエーフィは大丈夫だ」
やっぱり何か知っていやがったか。まぁ一番に聞きたい事を聞けて良かった。
「…そうか、ならいい。ただ、もう一つある」
テーブルの上に緑色の液体が入った湯のみが置かれる。つか、湯のみて。
「お前、俺が只のピカチュウじゃないって、何故わかった?」
そうだ、ティーエにしか言ってないのに、こいつがあの時言った言葉は疑問に思うには充分すぎる。
「それはもう言った。オーラが二重に見えるってな」
少し呆れたような声音で返された。
「第一、お前は肯定しただろう。自分が只のピカチュウじゃないと。しかも今」
「うっ…」
言葉に詰まり沈黙するカイト。
「おまけにオレは[只のピカチュウじゃないな?]と言っただけでまだ予想の段階だったんだ。予想は確信に変わったがな」
不適に笑うグラエナを悔しく思うが、自白してしまったから仕方ない。
「まぁいいか。ここまで知られたのに黙ってんのも仕方ない。全部教えてやるよ」
そこで俺はコイツに全てを教えた。ティーエと甲賀の事言わなかったけど、別にいいか。
「人間がポケモンに、か……ふむ、聞いた事がある」
「そうだろうな。聞いた事がある、みたいな事言われたら俺もうびっくりしすぎる………
何いぃぃーーーーー!!!!??」
「声がでかい。煩い。黙れ。静かにしろ。怪我人の傷に響く」
「あ…ハイ」
一気に言われたのでとりあえず黙る。叫んだ時に走った痛みは無視する事にした。
「それで…教えてくれないか?その、聞いた事があるってやつを」
「いや、止めて置け。ロクな事にならない」
グラエナは頑なに話そうとしない。
「ちょっ、なんでだよ!教えてくれよ!」
しかし、グラエナからの答えはなかった。
「くそっ…せっかく掴みかけたのに」
ここまで来てコレだと、どうにも、焦れったくてしょうがない。おまけに熱くなってきたし、体中が痛ぇ。
「…ならば問うが、話を聞いてどうするつもりだった?」
「…そりゃ人に戻る手掛かりがあるかもしれねぇし…」
痛みを隠しながら何となく気まずそうに話す。実のところ人間の頃の記憶が殆ど無いので、戻りたいか?と言われれば、うーん…。なのだ。
「なりたくもない物を追い掛けるのは愚かな事だ。今、自分がどうしたいか。これを考えれば良いんじゃないか。少なくとも、オレはそれで幸せだ」
体中がズキズキと痛む。目眩もしてきた。全身が気持ち悪い位の浮遊感に包まれる。そんな中、何故かあの二人の顔が脳裏を走った。
今、自分がしたい事…?それは__
「仲間と一緒に居てぇな」
その言葉を発した直後、俺はソファーの上に倒れ込んだ。
[数分後]
「うん?……」
目を覚ますと見覚えのない天井があった。どうやら俺は寝かされているらしく、
背中に当たる藁がくすぐったい。確か俺は謎の目眩に襲われて…そうだ、倒れ込んじまったんだ。
「あ、起きた。兄ちゃーん、こいつ起きたよー」
目を開くと、俺が吹っ飛ばしたポチエナの顔が見えた。
「お前兄ちゃんの破壊光線くらってよく生きてたよなー」
「…あの時は死んだかと思ったけどな」
じゃあ俺が倒れたのはあいつの破壊光線のせいでいいのか?
「まぁ、いいか。よっと…」
体を起こそうと力を入れた瞬間、体中に激痛が走った。
「いててててててて!!!!」
「無茶すんな!自分の体見てから動けよ」
自分の体を見ると、至る所に包帯が巻かれていた。
「はは…ボロボロだったんだな。俺って」
情けない。もっと強くならなきゃ、守りたい物も守れない。
「兄ちゃんが言ってたぞ。あんまり焦るとロクな事ないって。…これどーいう意味?」
やれやれ、お見通しかよ。
そんな事を考えていると、あのグラエナがやって来た。
「すまない。体は痛むだろうが、我慢してくれ」
「手加減しろとはいわねぇけど、もう少しなんとかならないか?」
「あれは戦いだ。気を抜けば足下を掬われる」
「それもそうか」
多愛も無い会話をしていたら、隣から呻き声が聞こえてきた。首だけ動かすと怪我をしたエーフィが寝かされていた。
「なぁ、グラエナ。この人を見つけた時の事を話してくれないか?」
多分、こいつが倒れている所を保護したんだろう。そうじゃないと今回の依頼人がここに居る理由が説明出来ない。
「ダンジョンの中で倒れていたから手当てをした。それだけだ」
グラエナはそう言うと、エーフィに巻かれている包帯を手際良く変えていった。
「オレの名前はファングだ。で、弟のウェルク」
ウェルクと呼ばれたポチエナの方を見ると、笑ってこっちを見ていた。
「だったら、俺は帰るか。悪かったな、ファング」
立ち上がろうとすると変わらず、全身、主に背中が痛む。
「だから無理だって!怪我が悪化するぞ!」
「痛っ…何てことはない。これ位、我慢出来る」
俺はエーフィに近づき、救助隊バッジを掲げた。
「ありがとよ。また、会おうぜ」
海斗とエーフィの体が光に包まれたかと思うと、次の瞬間、ファングの住処から海斗は消えていた。
「あ、あれ!?居なくなっちゃった!」
「また会おうか。いつでも来い」
ファングは子供のように笑っていた。
<ペリッパー連絡場掲示板前>
〜side out〜
時刻はもう夕方。水平線に沈む夕日は、とても美しく、夕日を見にペリッパー連絡場を訪れる者もいる。
しかし、ここに居る一匹のイーブイは夕日を見ても、心が休まるどころか、余計に不安を駆り立てられるだけだった。
「カイト、遅いなぁ…」
聞こえた一言は自分のリーダーを心配する一言だった。
救助隊が戻って来る時、掲示板の前に光が現れて、そこに転送される。今に至るまで何回か光は出たものの、全てにリーダーの姿はなかった。
「大丈夫だと思いますよ。そう簡単に倒れるような人じゃないです」
イーブイに優しく話し掛けるのは、これまた一匹のワニノコだ。
「うん、そうだね…」
返した言葉に、安堵の感情は一筋も込められていなかった。
その時、掲示板の前に光が現れた。また、どこかの救助隊が戻って来たのだ。
「ティーエさん、誰か来ましたよ」
少しでも安心させようと掛ける言葉は余計に心をささくれ立たせた。
「別にいいよ。きっとカイトじゃないから」
何時までも帰って来ないリーダーに腹を立てながら、ふてくされた様子で夕日を眺めていた。
「いてて…やっぱ無茶だったか。動けねぇや」
聞いたことのある口調。ティーエは振り返り、心配していた者の顔を見て安心する。そして、その名を呼ぶ。
「カイトっ!」
酷く落ち込んでいた感情は消え去ったようで、今は満面の笑みでリーダーの帰還を喜んでいる。
「もう、心配したんだからぁ〜!」
「おう、ティーエか。悪いけど少し手伝っ…て、ちょっと待てちょっと待てちょっと待てぇぇ!!!!」
海斗の静止も虚しく、子供のように走って来て子供のように海斗に飛び込んだ。ただ、海斗は怪我をしているので、踏ん張りがきかずに倒れた。
………背中から。
「ぎゃああああああああ!!!!」
紅に染まった空に、耳を
擘く悲鳴が響き渡った。