第81話 思い
ティーエは改めて立ち直り、歌姫は今までと同じように怪盗業を続けている。しかし、それが同じだとは限らない。同じに見えて、全く別のものもあるのだー
もちろんこれはすぐに報道された。
今まで消息を絶っていた歌姫が突如現れて、颯爽と盗みを成功させていったのだ。
「怪盗"歌姫"、予告通りパーティアを盗む。その際警察を蹴散らして逃走。かつてのスマートな歌姫はどこへ行ったのか、ねぇ………。警官ぶっ飛ばしたのは私じゃないんだけどなー」
ポケモンニュースに一通り目を通すと、間違った情報に眉をひそめながらポケモンニュースを投げた。
投げられたポケモンニュースは放物線を描いて剣の手入れをしていた甲賀の隣に落ちる。甲賀は剣をおいてポケモンニュースを読み始めた。
「………へぇ、昨日の夜、いないと思ったら久しぶりに出かけていたんですね。どうでしたか?首尾の方は」
「割と悪くなかったけど、ちょっと変な奴にあったわ。そのせいで私が大暴れしたみたいになってるし…何とも言えないわね」
何ともない会話をしているように見えるが、実際はそうでもない。仲間の盗みについて話し合ってる時点で普通とはかなり離れている。
「でも私が居なかった警察はずいぶん退屈してたみたいよ。かなりすんなりいったもの」
「ハハ、なかなか手厳しいことを言いますね。相手方だってきっとがんばっていると思いますよ?」
古い付き合いであるため会話の中には遠慮が無い。しかし近くにいるものはその会話に違和感を覚えるもので。
「あのー、僕が居るところでそういう話はやめてくれませんか…?」
ルアンが振り向くとその顔は苦く笑っている。
「あら、そういう話は嫌い?嫌なら私も遠慮するけど」
「できればそうしてください。
悪いことですし……」
「何か言った?」
「い、いや!なんでもないですッ」
慌てて否定するが、エレナは逃がさない。ふいに後ろから近づいて拘束した。急に自由を奪われ、体が硬直してしまうルアン。
「ちょっ、何するんですか!?」
「いやー別にー?ただちょっとお願いがあるから聞いてくれるかな?」
ルアンは必死に抜けようとするが、がっしりと掴まれているので抜け出せない。
「ルアン君は私の買い物に少し付き合ってもらうわ。さあ、いくわよ」
「えっ、もうですか!?」
「そうよ。ほらはやくはやく」
「待って、待ってください!準備も何もできていないのに…あああ…」
抵抗むなしく、ルアンはエレナに引きずられていった。
*
ポケモン広場の様子が少しおかしい。地面には大量にシートが引かれ、その上には道具や木の実が並べられている。そしてシートの一つ一つに、一匹から数匹のポケモンが座っていた。
「これは…いったいなんですか?」
「ポケマートよ。月一で開かれるフリーマーケットみたいなものね。お手製の道具や他の救助隊が拾ってきた道具が主に売られてるわ。さ、行きましょ。掘り出し物探しに」
そこには本当にたくさんのものが売られていて、よく見る木の実やあまり見ないレアな道具。怪しい薬が売っていたり、販売者手作りの道具が置いてあったりもした。
エレナはそれを見て、時に触って品を確かめ、ルアンも最初は乗り気でなかったが、道具を見るたびに目を輝かせていった。
「すごいですね!たくさんものがあって目移りしちゃいますよ!」
「そう、ならよかった。そうだ、ルアンはちっちゃいから私の背中に乗るといいわ。そうしたら遠くのものも見えるようになるから」
「あ、ありがとうございます」
エレナが体をかがめると、ルアンはその上に乗った。
安定したのを確認してから立ち上がり、また移動し始めた。
「ルアン君。あなたはとても真っ直ぐなのね。そのまっすぐなところ、嫌いじゃないわ」
「へ?」
喧騒は二人の言葉をかき消し、お互いだけが聞こえるようにしてくれる。
「私はきっと、もうおかしくなってる。怪盗を名乗って盗みを働いても、罪悪感なんて全く無いし、寧ろ昂揚を感じている。私は、そんな私が嫌い。…でも、自分の快楽のためにやってしまう。一時の悦楽のために、自分を削る。やめたくてもやめられない。日常にはない満足と充実。それが私をこんなにも焦がれさせるのよ。ホント、馬鹿げてるわ」
不快な表情と共に吐き捨てると、エレナは言葉を続けた。
「時々考えるの。私は何のために生まれ、存在し、生き続けるのか。もちろん答えなんか出ない。いっつも、からっぽのまんま。私は満たされたいから物を盗むの。その瞬間だけ満ち足りた感覚がするから」
あの古ぼけた孤児院にいたという以外曖昧な過去。幼い頃の記憶は風に吹かれたように途切れ途切れで、細かいことは思い出せない。暗い穴と化した心は、満ちる感覚を求めて止まなかった。
「そう…なんですか。エレナさん」
「ごめんなさいね。不愉快なもの聞かせちゃって。悪いけど、私は君が思ってるほどキレイでも、良い人でもないの。それさえわかってくれたなら私はそれでいいわ」
ルアンは暗い顔で歯軋りをした。
「どうして…そんなことを言うんですか」
心の中に、青と黒が混ざったような感情が渦巻く。この色はまだ、わからない。
「あなたは…それでいいんですか。あなたの心は、本当にそれでいいんですか?」
「それで良いとか悪いとか、考えた事もないわ。私にとってそれが生きる全てだったわけだし、そんな余裕ないわよ」
助けてほしいのに助けてもらえない。伝えるのをやめてしまった心はいつの間にか冷たく凍てついていた。ルアンは力になれない自分をとても後悔した。
「………まあ、あえて言うならきっと悪いことなんでしょうね」
小さく聞こえた言葉。それはルアンの瞳に再び光を取り戻させた。エレナが口にしたつぶやきは、紛れもなくエレナの本心だから。
「(エレナさん、僕にできることはありませんか?あなたの心から聞こえてくる『助けて』の声は、本当にそのままでいいんですか?こんなに近くにいるのに、あなたは僕に見ていろというのですか?)」
心に浮いた言葉は伝えられることなく沈んだ。近いからこそ、言えない事もある。交錯する思いは、すれ違って消えていく。今回のポケマートは、静かな二人を笑うようにいつもより賑やかだった。