第1話 君と俺
いったい誰だ?俺を呼んでいるのは。
「起きてってば」
聞こえてくる言葉は、横になっている俺を起きるように催促する物だった。仕方無く体を起こし、前を見る。
「あ、起きてくれた」
「…………………」
ここは心地良い風が吹く一本道の真ん中。たくさんの木々に挟まれ、風の軌道が限られている。だから俺の体を風がなぜて行ったのだろう。
そんな中、俺の目の前には俄かには信じがたい者がいた。
「あれ?どうしたの?」
「ポケモンが喋ってる…」
そう、ポケモンがいたんだ。
「え?」
(え?じゃないよな。こっちがわからねぇよ。一体なにが起きてるんだ………)
頭の中でツッコミをスパークさせる俺。そんな俺の顔を訝しげに覗くポケモンこと、イーブイ。
「えっと、大丈夫ですか?」
「何でポケモンが喋ってるんだ…」
本気で頭が痛い。かなり少ないけどポケモンも喋るのは知ってる。今俺の前にいるイーブイがそうだって言うのか?
そんな思考スパイラルに陥ってる中、イーブイは変な目で見てくる。
「君、変わってるね…」
「…俺から見たらあんたの方が変わってるよ。ポケモンが人の言葉を使うなんて…信じらんねえよ」
「ポケモン?人の言葉?何言ってるの?君もポケモンでしょ。しかもピカチュウじゃない。」
「…………………………………」
許容量オーバー。俺人間だよ?もしかして人間とピカチュウ間違えてる?
さすがに無いか。じゃあ俺本当にピカチュウに…?
体のあちこちを見てみた。
手:黄色くて先が丸い。気になる所は特に無い。
足:また黄色くて丸い。うん、いつか見た、ピカチュウの足だ。
体:黄色い。全身が黄色い。ついでに尻尾まである。
背中:体を捻っても見る事は出来なかった。ただ、マントを身に付けているのはわかった。色は深緑に近い緑色だ。
尻尾はギザギザになっていて付け根が茶色になっているが、ベースは黄色だ。間違いない
「ピカチュウになっちゃってるーーーーーーー!!!」
「…大丈夫ですか、何かいろいろと」
イーブイが心配そうに見てくる。
「俺は人間、だったんだ」
「人間?でも…」
「言わなくていい。わかってる。と言うか今わかったけど」
そうだ、俺は人間のはずだ。それなのに
「ついで言えば、人間だった頃の記憶が無い」
「えぇ〜…」
うわー、すげー呆れたって顔してる。あ、何か涙出そう。
「記憶も無いのにどうして自分が人間だって言えるの?」
確かに。自分が元人間だって言える証拠も無いのにどうして、自分は人間だった、って言えるんだ?
「わからない。でも何かそんな気がするんだ、少し考えさせてくれ」
頭を抱えて何かを思い出そうとする。しかし、記憶が無いのだからいくら考えても答えなんて出るはずもない。
「どう?何か思い出せた?」
「いや、ダメだ何も思い出せない」
イーブイの顔ががっかりした顔になる。って、何でお前ががっかりすんだよ。
「なぁ、せっかくだからここがどこなのか教えてくれないか?もしかしたら何か思い出せるかもしれない」
今は少しでも情報が欲しい。何かのきっかけで思い出すかもしれないし、単語一つで出てくる記憶もある…と思う。そう思いたい。
「わかった。ここはポケモンアイランド。ポケモンだけの町だよ」
「ふーん…」
何となく予想していたのと、さっき精神的にギガインパクト喰らったので衝撃的なんだけど何か流せた。記憶?全然。これっぽっちも思い出せん。
「色々わからない事は多いけど、ありがとう。あんたがいなかったら何もわからないまま死んでいたかもしれない」
「あはは、どういたしまして」
そんな他愛も無い会話を繰り広げていた時、事件はやって来た。
「誰か助けてーーーーー!!」
「え?」
「ん?」
遠くから、助けを求める声が聞こえてくる。するとどうだろう。何かでかい蝶がこっちに近づいて来るではないか。
「どうか、しましたか!?」
慌てるでかい蝶、バタフリーに心配そうに話し掛けるイーブイ。
「ここからちょっと行った所を散歩してたら私のキャタピーちゃんが地割れに落ちちゃったのよ!助けようにも何故か周りのポケモン達が襲ってくるし…どうしましょう…」
見るからに混乱するバタフリー。正直あまり関わりたく無いけどな…
「大変だ!いこう!」
「は?」
抵抗虚しく、引きずられて行きました。乙。
<ちいさなもり>
あの一本道から少し行くだけで森は見えてきた。
「ねー、ちょっと。自分の力で歩いてよ」
ここまで来るのにずっと引きずられっぱなしだ。言われるのも無理はない。
「わかったよ。全く、勝手に連れて来たのはあんたじゃねぇか。文句言うのは筋違いだぞ」
ブツブツ言いつつも結局歩き出した俺だった。
<ちいさなもり1F>
「そう言えばキャタピーちゃんってどこにいるのかな」
「知らないよ。どうせこの森のどこかにはいるんだろ」
「そうだね」
それからしばらく探したがキャタピーは見つからなかった。2階にもおらず、一番奥の三階まで来た。
<ちいさなもり3F>
「ねぇ、聞いてなかったけど君名前は?」
「あ、名前…名前か。うーん…」
考えてみれば二人でこんな場所まで来てるのにお互いの名前すら知らない。
「俺は、小鳥遊 海斗だ。」
記憶が無くなっても名前は覚えてるもんだな。考えたらすぐ出てきた。
「タカナシカイト?ふーん、何か面白い名前だね!」
そう言ってイーブイは笑い始めた。何か、ムカつく。
「笑ってんじゃねぇ」
軽いげんこつでもしようかと思い、手を振り上げるといきなり体から電気が出てイーブイを直撃した。
「きゃあああああ!」
電気を受けたイーブイは突然の事に驚き、その場にへたり込む。
「おい!大丈夫か!」
へたり込んだイーブイに近づき、安否を確かめる。さっきの電気には威力が殆ど無いらしく、怪我はしていなかった。
「びっくりした…何だ今の」
「電気ショックじゃないかな…」
自然に出た疑問は腰砕けのイーブイから返答が来た。
「電気ショックか。ふーん…」
ピカチュウなら当然使えるはず。…でもどうやって出したんだ?所構わず電気が出るって、大変じゃん。
「急に攻撃しないでよぉ…恐かったぁ…」
今でもイーブイの体は小刻みに震えてる。よほどの恐怖を与えてしまったのだろう。
「その、ごめん。まだこの体に慣れてなくてよ…その、本当にごめん」
ひたすら頭を下げる海斗。
「止めてよ、もう頭を下げなくていいから。大した傷も無いみたいだし」
イーブイは笑って許してくれた。心底焦ったけど怪我が無くて良かった。
「そうか、ありがとう」
お礼を言ったらイーブイの顔が少し赤くなった。恥ずかしいのか、照れているのか、俺にはわからない。
「いっ…行こう。キャタピーちゃんを探さなきゃ」
「ちょっと待ってくれ。あんた、名前は?」
「私はティーエ」
「ティーエ?」
「そう。私はティーエ・クリスタ!」
「わかった。よろしくな、ティーエ」
「うん!」
二人はさらに奥へと歩き出した。