第99話 再会
胸騒ぎがする。なんだろう?何かとてつもないことが起こるような…−
終わらなかった、また続けられるんだ。またアイツらに会えるんだー
どのくらい経っただろうか。レックウザからの答えはまだない。そういえば、いつ目を開けていいのか聞き忘れていた。どのくらい待てばいいのかもわからないから、自分で数えることもできない。
海斗はだんだん不安になってきた。実は戻すのに失敗したんじゃないのか、ずっとこのままで、なにも変わらずここに居続けることになるんじゃないだろうか。必ずとは言ってはいたが、なにも起こらなければ怖いものは怖い。
「……なあ、まだなのか?」
海斗がそう口を開いた時だった。いつか感じたことのある風をその体に受けたのは。
瞬間、あの場所の光景が頭に浮かび、海斗は反射的に目を開いた。そして、眼前に広がる森を見た。
間違えるはずがなかった。
「あぁ………ここか。なんだよ、せっかくの覚悟したってのによ…しょうがねえ、歩くか」
欠けていた身体は、すべて元通りになっていた。まるであの時に戻った様だった。はじめてこの場所で目を覚ましたあの時のように。
若干送られた場所を皮肉ると、海斗は、へへ、と笑いながら、ある方向を目指して歩き出した。
*
〜天空の塔 2F〜
「たぁっ!"アイアンテール"っ!」
ティーエは硬質化させた尻尾を自分に向かって"とっしん"してくるフォレトスめがけて振り下ろした。
確かに"てんくうのとう"のポケモンたちは強い。が、私たちも何度も戦闘を経験してきた。楽ではないが、それなりに早く倒せるようになっていた。
「ふぅ…今ので終わり?ここにくるなりモンスターハウスに飛び込んじゃうなんて、ついてないね」
「お疲れ様です、ティーエさん。どうやらさっきので最後みたいですね」
その時だった。フォレトスから目を離した瞬間、いつかのようにフォレトスの体が強く光った。閃光は爆発へと姿を変え、周囲を炎と衝撃波で吹き飛ばした。
かつての私なら間違いなく爆風にまきこれていただろう。でも、もうそんなミスはしない。
「………あれ、せっかく"まもる"使ったのに」
「最後まで余所見しない方がいいわよ?あなた、以前もソレで手痛い反撃食らってたでしょう」
緑色の防壁がティーエと近くにいた甲賀を包むが、来るはずの衝撃はエレナが展開した空気の壁によって既に防がれていた。
あの時とは違う、ティーエ、甲賀、エレナ、カエン、みんながそろっている。
油断こそするものではないが、前に挑んだ時と比べてはるかに楽になると思う。
階段を見つけて進もうとしたとき、バッジに搭載されてる通信機能が音を響かせた。
私は何の気なしにその通信に出た。その言葉を半分も聞かないうちに、私は道具箱の中にあった帰還用の"あなぬけのたま"を地面に叩き付けて、基地に帰っていた。
*
「…あの時は宴会やらなんやらでゆっくり見られなかったからな。本当、いい家を建ててくれたもんだぜ」
今、自分の目の前には前より数倍大きくなった基地がある。いや、ずっと基地として仮称してきたが、こうなった以上、ここは俺の家だ。んで、あいつの家で、甲賀の家でもあって…まあ、みんなの家だ。帰るべきところとでも言うか。
新造された扉を叩こうとすると、何やら紐がぶら下がっている。その紐には布が取り付けられており、そこにはこう書かれていた。
『御用の方はこの紐を引っ張ってください』
まさに今の俺のために用意されたようなものだ。迷いなくその紐を引くと、澄んだ鈴の音が二回ほど鳴り響いた。その音が途切れると、家の内側から少しだけだが足音が聞こえてくる。一度扉の前で音が止まると、目の前の扉が盛大に開かれた。
そこから、まあ別段珍しくもない、最近見た顔が出てきた。
「ハァイ、いらっしゃい!ここは救助隊レオパルドとファミリーの基地よ。要件は…………………………」
「あー…勝手に姿を消したのは悪いと思ってるよ。ティーエは元気か?」
扉から出てきたのは一匹のポケモン、シャワーズ。よく知ってる顔だ。自分が消えるほんの少し前に、痛いほど背中をどつかれた記憶がある。
「う…そ……?夢、じゃない?夢じゃないよね?…カイト?」
「え、あ。おう。人間の世界に戻るもんだと思ってたけど、レックウザが何とかこっちに居られるようにしてくれてな。それで___
「……!!みんなー!カイトが帰ってきたよーーーーーー!!!」
海斗が説明するよりも早く、シャワーズは基地の中に向かってそう叫んだ。そうするや否や、たった数秒で建物が揺れるほどの地響きが近づいてきた。
「オイッ、それは本当か!?間違いじゃねえだろうな!」
「兄さん落ち着いて。ほら、ちゃんと目の前にいるから」
「アラ!本当にカイトなのね。ちょっと帰って来るの遅いんじゃない?」
「…ティーエを悲しませるなとあれほど言ったのに貴様というやつは……。だが、よく戻ってきてくれた。礼を言うぞ、カイト」
「ほんとうだぁ…!ねぇステンちゃん、カイトが帰ってきたよ!本当に帰ってきたんだよ!」
「わかりましたからお姉さま…あんまり私に抱き着くと凍ってしまいますわよ」
「うお、お、おおう。えぇ…?」
ティーエの家族。ルー、レイト、ロイ、ジスト、クラブ、リン、ステン、つまりクリスタ家全員が一斉にすっ飛んで来た。多分ティーエから伝えてあるんだろう。俺は人間の世界に帰った、多分もう会えない、と。
どちらかというとすぐに戻ってこれたんだろうが、宴会は終わるくらいには日数が経っているというのはわかる。
まあこっちもニ度と会えないくらいの覚悟はしていたわけで、彼らの反応はわからなくもないが、それにしては少しオーバーすぎないか?ロイなんて感極まってもう目に涙が浮かんでるぞ。
「ちょ、ちょっと待ってくれ。気持ちはわからなくもないけどオーバーすぎやしないか?そんな何日かいなかっただけで…」
その言葉に、彼らは一瞬にして凍り付いたように動きを止めた。そして、少し焦りを見せながらこう聞いてきた。
「カイト……なぁ、お前がいなくなっちまってからどのくらい経ってるか、知ってるか?」
「いや、知らないけど…そんなに長いこと居なかったのか?俺は」
ロイの顔は若干ひきつっている。その時の俺は、様々な違和感に全く気付いていなかった。宴会が終わって、きれいに片付けられていること。基地の裏に、新しい旗がなびいていたこと。そして、彼らの姿が宴会の時見た姿より少し変わっていたこと。
「マジかよ…いいか、カイト。俺の言うことを心して聞けよ…」
ロイに強めに肩をつかまれると、ロイはこういった。
「知ってるか。お前がいなくなってから、もう二年は経ってるんだぜ」
*
「知ってるか、お前がいなくなってから、もう二年は経ってるんだぜ」
…………………………なんだって?二年がどうかしたのか?
「…は?二年?え、嘘だろ。俺が姿を消したのって、何日かだけなんじゃ…」
「嘘じゃねえよ。いいか、よーく聞いて理解しろよ?お前がいなくなった宴会のあの日からもう二年は経ってるって言ってんだ。お前がいつ帰って来るかもわからねえのに、そんなドッキリ、俺たちがやると思うか?」
えーと、待ってくれ。二年だって?そんな馬鹿な。だって俺があの場所に居た時間は数時間ちょっとだぜ。一日居たかも怪しいくらいの時間しか過ごしてないのにいきなり二年も経ってるだなんて言われて、そりゃ信じろってのが無理な話だ。
しかし、この状況で嘘を言う理由がない。海斗は少しでも早く自分の帰還を知らせたくて、迷わずここにやってきたのだ。彼らもカイトが帰って来ると知っていたなら、こんな嘘を考えずに歓迎の準備をしていたことだろう。だが、海斗からうっすらと見える基地の様子は、さっきまで普通に過ごしていたのとほとんど変わりなく思える。彼等にとって今日は特に何も変わらない平凡な日の予定だったのだろう。
海斗は、本当にそれだけの時が流れているのだと理解せざるを得なかった。
「え…てことは、本当に二年も経っちまってるのか?」
あまりにも唐突な時間の経過に流石に動揺を隠せない。少し声が上ずると、頭の中にいろいろなことが流れていく。そのことで真っ先に浮かんだのは、やはりティーエのことだった。
「ティーエ…そうだ、ティーエはいるか?せっかく帰ってきたんだ、顔を見せとかないとあいつも心配するしな」
基地の中を見渡すが、特徴的な茶色の毛並みは見えない。
「本当に何も知らないんだな…まあ仕方ないか。ティーエは今甲賀たちと一緒に天空の塔の調査に向かってる。多分しばらく帰ってこないぞ」
「そうか…それは残念だな」
海斗はがっくりと肩を落とした。本当は海斗自身がティーエの顔が見たかったのだ。自分の感覚ではたった数時間ほどしかティーエと別れてはいない。それでも、二度と戻ることはできないと思っていた状態から、また会うことが出来るなんて思ってもみなかった。二年も会ってないとなると、ティーエも少しは変わるのだろうか?そんなことを考えていた。
「あれ、切れちゃった。おかしいな」
部屋の端の方で、不思議そうにレイトが持っていたバッジから耳を離した。
「どうした?何してんだ」
「いや、カイトが帰ってきたって、今ティーエに教えてあげたんだけど、すぐに切れちゃって。故障かな?」
そう言いつつ、レイトはしきりにバッジを殴っている。ロイは壊れるからやめろと、その手を抑えた。
「さて、歓迎会の準備でもするか、兄弟」
「へ?あぁ、うん。わかったよ」
*
「はっ…はっ、はあっ、はっ、はあ…はあ…はあ…」
今私は、広くもないポケモン広場を横切っている。待ちきれない何かが、ひたすら私の胸の中で暴れて、走っても歩いても大して変わらない距離を全力で移動している。そうしてたどり着いたのは、見慣れた自分の基地。特に変わったところはない。それでも、私は蹴破るようにその扉を開いた。
「カイトっ、カイトォ!」
すがるように、逃げるように私は叫んだ。私がこんなにも急いで帰ってきたのは、ただ一つの、かけがえのない存在のためである。
「うおっ、ティーエ!早いな、もう帰って___」
カイトが何かを言い切る前に、私はその人に飛びついて、その口を塞いでしまった。
「___ぷあっ、ハァッ…ハァッ…カイト、お帰り…お帰り…!私ずっと、ずっと待ってた…!!カイトが帰って来るのを、信じてた…信じてよかった…!」
そう言って、私は、もう一度カイトに口付けをした。止まれない、暴走した感情が、それ以上にカイトを求めてやまない。抱きしめる腕の力は少しずつ強くなり、それに応えるように私の背中に手が回された。
「__戻って来るなりいきなりキスしてくるとは、結構大胆になったな。…悪かったな、俺も戻ってこれるとは思ってなかったんだ。よしよし、寂しかったんだな。すまない、そしてありがとう。案外、お前が信じていてくれたから、帰ってこれたのかもな?ハハハ…」
そういうとカイトは、私の頭をなでてくれながら、自分の胸にうずめた。懐かしいにおい、いつも眠るときに嗅いでいた、優しくて力強さにあふれたにおい。私の記憶のすべてが、今目の前にいるピカチュウがカイトだって、ホンモノのカイトだって教えてくれている。忘れないでよかった。今日まで、ずっと覚えていてよかった…。
「ティーエさん、一体どうしたんですか!まだ調査は終わってないですし、それに……………!?…海斗、さん?」
甲賀がティーエを追って基地に戻って来ると、そこにはかつての友、行方不明になっていたポケモン、小鳥遊海斗が、ティーエのことを抱きしめていた。
「お久しぶりです、海斗さん。戻っていらしてたんですね。今までどちらに?」
「ああ、甲賀も戻ってきたのか。ああいや、よくわからないけど、レックウザが急に人間の世界に帰るか、ポケモンの世界に居たいかって聞いてきたんだ。で、こっちの世界に居たいって言った。それで気付いたら戻ってこれていたんだ」
「そう、ですか。レックウザがそんなことを…もしかして…」
甲賀は自分が知っていることと今の状況を少し整理してみることにした。
天空の塔から放たれた強烈な、しかしなぜか既視感のある光。その出来事が起こった翌日に、戻ってきた海斗。何が起こったのか調べに行く予定ではあったが、この時点で浮かんでいた疑問の一つは解けることになった。
甲賀は、海斗が戻ってきているという出来事でより色濃くなった自分の仮説をより鮮やかなものにするため、カイトにあることを聞いてみた。
「海斗さん、もしかしてレックウザと会いましたか?もし会ったのなら、そのときのことを詳しく教えてもらえないでしょうか」
「おう。確かあの時はな…」
海斗は自分が消えてしまってからの出来事を詳しく説明した。よくわからない光の世界に居た時に、大きな揺れがあってからレックウザが話しかけてきたこと。その時、レックウザの声が少しずつ遠くなっていっていたことも伝えた。
甲賀はそのことを聞いて、ある仮説を立てた。
「まず、海斗さんをこの世界にとどまらせたのはレックウザと考えていいはずです。僕らが見たあの光の柱は、力を使った余波で起きた現象だと思われます。レックウザの声が遠のいたのは、おそらく、それほどまでに強大な力を使っても、その場所に干渉できる時間が短かったからではないでしょうか」
「なるほど、じゃあレックウザには感謝してもしきれないな。本当に…本当になぁ?」
海斗は甲賀の話を聞いていたティーエをグイ、と引き寄せた。ティーエは先ほどのことを思い出しでもしたのか、顔を隠して赤くなっている。
「何はともあれ、お帰りなさい、海斗さん。もう勝手にいなくなってはいけませんよ?」
「ああ、ただいま。悪かったな、んじゃ今度は、何か言ってからいなくなることにしよう」
「ええっ!?カイト、またどこかに行っちゃうの?」
「あーいや、そうじゃなくてだな…まいったな」
そういうと海斗は、少し困ったように笑った。甲賀も、そんな海斗を見て笑った。ティーエも、よくわからないが笑っておいた。そうすると、みんなが笑い始めた。
いつも少し暗かった彼らの顔に、本当の笑顔が戻ってきた瞬間だった。
少し離れた上空から、そんな彼らを見守るものがいた。
「…フ、たまにはこういうのも悪くはないものだな。さて、我は少し眠るとしよう。失った力をまた取り戻さねばならぬ。…また会おう、小さき者たちよ」
空を浮いていた影は、光となって消えた。それを見ていた者は、誰もいなかった。