第92話 そこで知ったこと
レックウザと呼ばれた巨大なポケモンは久しく来なかった客人を持てなす。しかし、その客人は休んでる暇はないと茶の誘いを断った。今迎えてる状況を考え、レックウザは少し肩を落とすと、気を取り直して話を進めたー
〜天空の塔 最上階 8F〜
ティーエは驚くべき速さでフロアを制覇していった。鬼気迫る表情をしたティーエに近づくポケモンは少なく、その多くが身に纏う雰囲気に圧され、戦うことなく退けていった。
カイト………もうその名を呼んでも返事をしてくれる相手はいない。それは私にとってとても耐えがたいことで、辛いことだった。あの時動けなかったことは今でも後悔してる。
何度も夢に出てきて、血まみれでボロボロになったカイトが私のことを見つめてるんだ。
何かを言うのでもなく、ただ、ただ、無言で。真っ赤に染まったカイトが、私の目の前で、ずっと立ちふさがっている。そしていつも、カイトの口が開きかけたところで目が覚めるんだ。恐怖のあまり涙を流し、絶望のままに体を震わせて。
そして私は言うんだ。「ごめんなさい」って。
「………私、強くなれたかなぁ…?」
ふと、そんなことを考える。そしてきっと、ずっと考える。私は自分がどれだけ強くなってもその強さを理解できないと思う。だって、どれだけ強さを手に入れても…カイトだけは絶対に救えないのだから。
「…ッ」
そんなことはわかっている。わかってるからこそ、重くて、いつまでも私をそこに縛り付ける。私を底に縛り付ける。上を見ても光は無い。下を見たら闇ばかり。たとえどんな人から笑いかけてもらおうとも、この心にトンネルのように空いてしまった穴は誰にも埋めることができない。どんな「ありがとう」も「助かりました」も私は表面で受け取って、心の穴に落とすのだ。埋められないことを知って、埋まってほしいと願いながら。
カイトがいなくなったあの時から私はこの世界を生きる意味を失った。一人の時はいつも考えていた。あの時一緒に死んで仕舞えば、こんな辛い気持ちにならなくて済んだかもしれないと。
だけど、私は今、生きている。カイトが生きててほしいって言ったから。私の家族が、いなくならないでほしいって言ったから。でもそこに私の意思はない。誰かが私に生きることを望んでいるから生きているだけで、わたし自身が死にたくないと考えたわけじゃない。それって…どうなんだろう。
「………私はきっと、どっちでもいいんだろうなあ…」
ふと、そんな言葉が漏れる。結局自分は、どこまで行っても中途半端なんだ。何かを決めれたことはほとんどなく、判断はいつも他人に委ねてた。唯一自分の意思で何かを決めた時も、感情的に口走ったにしか過ぎない。その行動も、後になって後悔してばかりだった。
___こんな時カイトなら、なんて言うのかな。
「ふぅ…。急がなきゃ。とりあえずアレをなんとかしないと、落ち着いて考えることもできないよ…」
止まっていた足に気付いたティーエは、先に進む前に上空に光る隕石を見つめた。自分が天空の塔を登っているせいもあるが、さっきよりもはるかに近づいている気がする。残された時間はもう多くはないだろう。
「私がどうしたいか、か…。考えたことなかったな………」
再び走り出す。この星を破壊させないために。自分が考え直す時間を失わないために。
〜天空の塔 最上階〜
階段を上り終えると、そこには部屋ではなく空間が広がっていた。それはこのダンジョンを抜け、最上階へとたどり着いたことを意味する。
しかし、肝心のレックウザがいない。あのポケモンがいなければ、私がここに来た意味がなくなってしまう。
ティーエは必死に首を振り回して、居るはずのレックウザを探した。
「おお、よく来たな地上の民よ。しかし、珍しいこともあるものだな…」
声の聞こえた方に顔を向けると、上空には緑の大蛇が飛んでいた。ゆっくりと雲の上に降り、その長い体を渦巻き状に巻いてティーエと対面した。
「我が名はレックウザ、天を統べる空の王なり。小さき者よ、歓迎しよう。この様な辺境の地まで来るのにはさぞ難儀したろう。休んでくといい」
最悪、戦闘も考えていたがこれはさすがに拍子抜けだった。体から力が抜けていくのがわかる。
「あ、え…?」
「どうした、小さき者よ。…ああ、緊張することはない。別にとって食ったりはせぬ。安心してくれ」
レックウザの顔から笑みが消え、ひどく困った様な顔になる。何かに気付いた様に目を見開くと、苦笑した。
私は言葉を失っていた。戦闘のためにと考えていたことは纏めて消し飛び、全身から力が抜けて放心状態となり、レックウザの言葉に反応できずにただぼんやりと見上げるだけとなってしまった。
「?………いったいどうしたというのだ?どこか怪我でもしてるのか?」
「!!い、いや、なんでもない、ですっ!」
心配そうな視線でやっと我を取り戻したティーエは、すぐさま首を振った。
やっとの思いで心を落ち着かせると、ティーエはここに来た理由を話し始めた。隕石のこと。この星が危ないこと。シンの予言のこと、ノームに飛ばしてもらってきたこと。ティーエはそのすべてを事細かに説明した。
「ふむ、そういうことか。ならもう一人の客人については知らぬのだな?」
きた___。ティーエも気になっていた、この場所に来ているもう一人のポケモンの存在。中間地点に残されていた、わずかな滞在跡。ティーエが出せる答えの中で、あてはまるポケモンは一匹しかいない。
「もしかして…あなたが言うその客人は、ピカチュウ。名をタカナシカイト…と言っていませんでしたか?」
わずかな希望を込め、震える声で尋ねてみた。ここでどんな答えが返ってこようとも構わない。覚悟はできている。
「いや…。名前は聞いていない。が、確かにピカチュウだった。よく覚えているぞ。その者の風貌はかなり異形だったからな…。右目はつぶれ、左腕は肩からえぐられたようになくなっていた。そして、その背中には___
「緑の…マントを、付けて…いた…?」
レックウザの声をさえぎって、下から震える声が聞こえてきた。するとどうしたことだろう。眼下にいる小さき者が、表情一つ変えること無く滝のような大粒の涙をボロボロと零しているではないか。
「あ…カイトです…間違いなく、カイト…生きてて……!」
涙が止まらなかった。名前は聞いていないと告げられたとき、私の体にとてつもなく重いものがのしかかってきたような気がした。しかし、紡がれた言葉はそんな悲しみをたやすく打ち砕いてくれた。たとえどんなに傷ついていようと構わない。カイトが生きていてくれたのなら、私はそれだけで十分すぎるほどだ。
「なにがあったかは知らないが、感動をかみしめている余裕はないぞ」
全てをさえぎるように発せられた言葉は、ティーエを震撼させた。なぜ、そんなことを言うのだろう。そういえば、カイトがどこにもいない。
「…そなたの言うカイトとやらは、今自らの意思で隕石に向かっておる。それが彼の者がこの世界に来た真の使命なのだそうだ」
その言葉は、ティーエに再び絶望を突き付けた。死んでいたと思っていた大切な人がまたも遠くに行ってしまう。しかも、今度は自分の手が絶対に届かないところに。
「いやだ…カイト…せっかくあなたが生きていたと思ったのに…」
無力だ。私は無力だ。カイト、どうしてあなたはそんなに自分を平気で傷つけられるのだろう。あなたの体に傷がつくたびに、私の心が切り刻まれるように痛む。そんなことを知ってか知らずか、あなたはいつも自分ばかり傷つける。その背中を見て、傷付く者がいることも知らないで。
「…我はカイトから一通の手紙を預かっておる。この手紙は本来なら救助隊レオパルドに宛てたものだが…そなたが救助隊レオパルドであるなら、この手紙を読むといい。中身は我もあずかり知らぬところだ」
ひらりと、目の前に一通の手紙が差し出される。片隅には、走り書きの文字で『救助隊レオパルドへ』と書いてあった。私はそれを、恐る恐る開いた。
「この手紙を見ているレオパルドの誰かへ___