第91話 繋ぐ希望
天空に存在する巨岩は時が経つにつれてその異様さを露わにしていく。空を見上げた者全てが異常を感じるほどに。希望は、まだ英雄と呼ぶには早い小さな救助隊たちに託されたー
〜天空の塔 中間地点〜
ここに来るまでにティーエの姿は見なかった。フロアの全てを探索し、何度名を呼んでも返事は無い。不安は恐怖と焦燥を呼び、その二つは徐々に体力を削っていく。唯一安らげる場所でも、休まずにそのまま先に進もうとした甲賀。しかし、それは思わぬ形で毒気を抜かれることとなった。
「…………………フッ、ふはっ、はははは…。僕の心配は、杞憂だったようですね」
疲労困憊の状態で甲賀が目にしたのは、この切迫した状況に似合わないほど安らかな寝顔を見せるティーエだった。自力でここまで来たのはいいが、力尽きて眠ってしまったのか。とにかく、彼女の無事を確認できてよかった。
「(ここから先はさらに危険が大きくなる…。僕も少しだけ休みますか)」
そっと、少し離れたところに座る。過去に何度か外でキャンプを張ったことがあったが、甲賀は決してティーエの近くに腰を下ろすことはなかった。
理由はただ一つ。
その場所には常に、海斗がいたからだった。
*
長い、長い夢を見ていた。
なにもない空間を、歩き続ける。ときどき光の玉が現れて、消える。
私が起きる前に見たものは、カイトが笑顔で、光になって消えて行く瞬間だった。
「あ………う…?」
「よく眠れましたか?」
すぐ近くにはいつものように甲賀が微笑んでいる。血の巡りが悪い頭で見渡すと、辺りは白一色。唯一真ん中に、ドテッとした灰色が存在した。それは紛れもなくガルーラ像で、それを確認するのに数秒ほど要した。
「ああ…ソル、私どのくらい寝てたの?」
「だいたい30分くらいかな。疲れは取れた?」
そこでやっと、私は完全に目が覚めた。
「あれ、コウガ?いつの間に…」
「いつの間に、じゃないですよ。全く…僕はここに来る前に単独行動は控えろと言ったはずですが」
甲賀は笑っている。笑ってはいるが笑ってはいない。黒い笑みの裏に、何か怒りが具現化したようなものが見えている。
「ごめんなさい。塔の中に誰かいるような気がして…」
甲賀と目を合わせるのが辛い。私は申し訳なさそうに視線を逸らした。迷いは確かにあった。比べ物にならないほど敵が強いこともわかっていた。それでも、それでも___
ティーエの中で自分の身勝手による罪悪感と惹かれるような何かが葛藤していた。しかし、その何かは一瞬でそれを圧倒し、天空の塔へと足を運ばせた。自ら窮地に陥ることで第二の解放の唄を覚醒することはできたが、裏を返せばそれがなければとっくに死んでいたかもしれない。
自分はそんな危険なことをしていたんだと自覚した瞬間、申し訳なさが果てしなく込み上げてきた。久しく忘れていた。ダンジョンという場所は、常に危険と隣り合わせなことを。
「………ティーエさんの気持ちについては、僕もあまり強く言うことができません。なまじ彼の遺体が見つかってない分僕も少し考えてしまうのです。本当はどこかで生きているんじゃないかって…」
不確かな思いは甲賀にもあるようで、完全に否定することはなかった。しかし、それとこれとは話が別だ。かつてないほど危険な場所に向かうというのに、まだそんな迷いを持っていることは危険すぎる。
「ですが、今はそんな事を考えてもいられません。海斗さんはもういないのですから、僕らがやるしかないんです。だから___
「そんなことって…なに?」
その時、声とも呼べない、呻きに似た低い音が聞こえた。
「そんなことって…言うの?カイトがいなくなった事を…コウガは、そんなことっていうの?」
おぞましいまでの怒りがティーエの奥から湧き上がってくる。そんな事?そんなこと?ソンナコト…?
海斗が行方不明となったことでティーエは精神的に不安定な状態になっていた。仲間の励ましで一時的に平静を取り戻していたが、
中間地点にあった形跡でその思いが再燃。そのせいで自分でも気づかないまま非常に敏感になってしまっていた。
「いえっ、そういうことでは…」
「じゃあどういうことなのさぁ!コウガだって、コウガだって悔しかったんじゃないの!?私は…私は今でも悲しいよ!悔しくて、切なくて、憎らしくて…!それなのに、コウガにとってはもうその程度のことなの!?」
つい感情的に叫んでしまう。でも、今の私はなぜかそれを止めることができなかった。私は何を言ってるんだろう?辛いのは、悲しいのはお互い同じなはずなのに。
「いいよ…私一人でも、この世界を救えるから!」
そう言うとティーエは先に走って行ってしまった。甲賀は静止を求めるが、聞く耳を持たずにその背中は消えた。少し休憩したとはいえ完全には回復してないはずだ。このまま一人で行かせるのは危険すぎる。
甲賀はすぐにそのあとを追った。
〜天空の塔 最上階 1F〜
「シャドーボール!
多撃、
三重!」
なんであんなことを言ってしまったんだろう。
ティーエは今、ばったりと出会ってしまったメタグロスと戦っている。向こうの動きは遅いので攻撃を当てやすいが、どうにも倒れてくれない。さっきからシャドーボールを撃ち込んでいるのだが、一向にダメージらしいものが見えない。
「くっ…なんて固いの…!?」
鈍く光る巨体は何度攻撃を食らってもその輝きを失うことは無い。小さなダメージの蓄積では意味が無いと判断したティーエは、攻撃を変えた。
「アイアンテール!
破光、
七重!」
鉄色に光る尾は呪文と共に光を増す。最大までその輝きが増したところで、ティーエは勢いをつけてメタグロスの頭に振り下ろした。バギィン!と硬質な音を立て、跳ね返されたまま回転して着地した。メタグロスは動かないが、まだ油断できない。ティーエはもう一度相手を強くにらむと、メタグロスは大きな揺れと共に崩れ落ちた。どうやらただでは済まなかったらしく、すっかり目を回してしまっている。
「まだ…まだ…!私が…!」
今の戦闘で上がってしまった息を整え、休む間もなく走り出す。一刻も早くこの塔の最上階につかねば、と心が焦る。見つけた階段を上ることに何のためらいもない。ティーエはまるで何かから逃れるように、忘れるように階段を駆け抜けた。
〜???〜
「ぬぅ…この場所に誰かが訪れるのは何十年ぶりか。客人、少し休んでくといい。その体…無理に動かしていいものではあるまい」
「お気遣いどうもありがとさん。でもあんまり休んでもいられねえんだ。俺みたいなのがなんでこの場所に来たか…わからんあんたでもないだろ?
___レックウザさんよ」