第90話 背中
私に何ができるだろう?私が何を変えれるんだろう?いつもそんなことばかり考えてた。だけど、今はもうそんな思いは必要ない。私にも何かを変えることが出来ると、確信することができたからー
〜天空の塔 18F〜
階段を登りきると、そこは異様な雰囲気に包まれていた。探索に有用な道具が多く置かれており、それはどことなく目につきやすい配置がされている。ある一つの予測を立てると、ティーエはその場で立ち止まり、目を閉じて耳をすませた。
刹那、何かが動く音が耳に届く。すぐさま音の発生源に"シャドーボール"を撃ち込んだ。"シャドーボール"は地形の奥へと消えていくと、炸裂音とともに何かの悲鳴のようなものが聞こえてきた。
「(ドンピシャ…!)」
密かに心で思うと、堰を切ったようにポケモン達がなだれ込んできた。各々が敵意を込めた視線で射るように睨む。同じダンジョンで二度もモンスターハウスに飛び込むことになろうとは。自分もよくよくついてないと、ティーエは皮肉交じりに笑う。
その笑みが開戦の合図となり、敵ポケモンが一気に襲いかかってきた。様々な攻撃が向かってくるが、空に舞う羽のように悠々と躱していく。敵の動きを十分見切った後、余裕をもって反撃するつもりだった。
そんな激戦の中、ティーエの思考は揺らめく。戦いの真っ只中なのに、ふと考えてしまった。
いったいどれだけこの塔を登ったのだろう。ここの敵は確かに強いけど、注意しなくちゃいけないのは敵だけじゃない。多分、ここは今までのどんなダンジョンよりも長い。その上で私よりも強い敵が立ちふさがる。いつ終わるかわからない不安と、本当に私にできるのか、という疑問。そして、襲いかかる敵の恐怖。
だけど、たとえどれだけ辛いダンジョンでも諦めることはしない。今ここで私が挫けたら、世界が隕石に壊されてしまう。そんなことになってしまったら、私はこの先ずっと、誰にも顔を会わせることが出来ないと思う。
「だから…諦めるわけにはいかないのよ!でんこうせっか!」
この力を使った時から、私には覚えのない記憶が鮮明に頭の中に映し出されていた。最初は戸惑ったけど、あることに気づいてから、それは私にとってとても大切なものだとわかった。
「(これは…お姉ちゃんの技!)」
「なみのり!
付与…!」
私を繋ぐ、数々の記憶。私の知らないみんなの記憶。その一つ一つが、私に力を、勇気を、戦い方を教えてくれる。
「(こっちは、お兄ちゃんの!)」
「
付与!10万ボルト!」
ティーエが巻き起こした波は電撃を纏って突き進む。バチバチと音を立てる波は近くにいる相手を暴流と雷鳴の渦の中に巻き込んだ。
波を潜り抜け、それでも襲いかかってくる相手にはさらなる技で追い返す。
「ほのおのうず!
付与、はっぱカッター!」
刹那、ティーエの周りを"ほのおのうず"が発生する。とっさの判断で回避できなかった数匹は止まることができず、その身を炎で焼かれることとなった。他の者は"ほのおのうず"がある限り接近は難しいと考えたのか、そのまま近づかずに遠くから攻撃を仕掛けてきた。
「狙い通り…!」
瞬間、ティーエを守っていた"ほのおのうず"が収縮し、一気に膨れ上がって爆散した。こちらに向かってきた攻撃をすべて弾き落とし、まき散らされた火の粉は炎の矢となって、ポケモンたちに降り注いだ。火炎の中で渦巻いていた木の葉に火が付き、斬撃と炎熱が踊り狂い、辺りを火の海へと変えた。狭い部屋の中で逃げ回る彼らは次第に逃げ道を無くし、次々に通路と姿を消す。中には逃れきれずに炎にまとわりつかれ、そのまま倒れてしまう者もいた。
ティーエはその炎の海の中を歩く。一歩踏み出すたびに炎が避けるように道を作り、燃えることはない。まるで、炎自身が主を理解しているかのように。
「(………ごめんなさい)」
もう元がどんなポケモンかもわからないほどに黒くなった亡骸から、ティーエはそっと、眼をそらした。
〜天空の塔 25階〜
もう随分と塔を登った。途中何度も敵と戦った。そして思う。この世界のことを。ふと、歩いてる時に考えた。カイトが残した可能性を繋げて、私がこの星の崩壊を防いだとしたら?
………絶対にこの世界が助かるって決まったわけじゃない。最悪だって、考えなくちゃいけないんだ。
「ねえ、ソル」
「ん?なに?」
「どうして、ソルは私に力を貸してくれるの?私はカイトみたいに強くないし…コウガ見たいに知識があるわけでもない。だから…なんでかなあって」
少し、卑怯な言い方をしちゃったかな。でも、嘘は好きじゃないし…どうせなら、はっきり言って欲しい。
ソルは少しだけ考えると、すぐにまた笑顔に戻った。
「僕と契約してくれたからだよ」
大した理由ではなかった。ソルはコロンと横になると、上目で言葉を続けた。
「僕の能力はとても特殊だからね。契約はもちろん、僕に気付いてくれる人が少ないからさ。契約した回数だって、片手で数えられる程度しかないよ」
気付いてもらえないという悲しみ。ティーエのそれはソルとは少し違うのかも知れないけれど、ソルの気持ちはなんとなくわかる。
「だからさ、ティーエ。僕と契約してくれてありがとう。僕にとって、僕をわかる人がいてくれる時間は僕の中で一番大切なものなんだ。僕はその人を助けるためなら、どんなことだってしてみせるよ」
裏表のない純粋無垢な笑み。ティーエにとってその笑顔はどんな言葉よりも待ち望んでいたものであり、心の中にあった陰りが一気に晴れた気がした。
「そう…そっか…。うん、ありがとう」
私が先走ったせいでこの先には誰もいない。援護も期待できないし、道具の数も一人で管理しなくちゃならない。だけど今はもう後悔なんかしてない。たった一人でもこの世界を救ってみせる。
〜天空の塔 中間地点〜
階を上ると、すぐそこにガルーラの像が置いてあった。ここは中間地点。ダンジョンとダンジョンをつなぐ、唯一の休憩所。だけどその先には必ず今までより強い、辛い何かが待っている。
ふと、ガルーラ像から離れたところに何かがあるのが気付いた。
「これは………?」
そこには明らかに誰かがここにいた痕跡が残されていた。木の実の食べ残しと、わずかに残った足跡。これは確かにティーエ以外の誰かがこの塔に侵入しているということだった。ここにいるポケモンの大半は飛んでおり、ティーエが見た中で足跡をつけられそうなのはハッサムとレディアンくらいだ。しかし、ここにあるのはそのどちらも当てはまらない、主に陸に住むポケモンのもの。
「まさか………カイト…!?」
可能性がありそうなポケモンはその程度しかいない。あとで来ると言っていたコウガがティーエに気付かず、先に行ってしまったことも考えたが、あの几帳面なコウガことならば何かしらのメッセージを残していくはずだ。そして、そのメッセージがありそうなところを調べてみたがそれらしいものは見つからない。
「どうしたの?どこか痛い?」
「いや…そんなわけない…よね。カイトがいるかもって思ったんだけど…カイトはもう…いないからね」
そんなわけない。カイトはもういないんだ。私はその場所に座り、少しの間眠ることにした。その間にも、いろんなことが頭をよぎる。この跡は誰が残したものなのか。仮に誰かが来てるなら何をしにこんなところに来たのか。休まなきゃいけないのに、私の思考速度は加速していく。次第に考えはカイトに染まっていく。もしカイトならなぜこんなところにいるのだろう。この塔の話は誰に聞いたのだろう。
頭ではわかっているのに、心が考えるのを止めない。ああ、今私の隣にカイトがいてくれたなら___
「……………………………私もしつこいね、中々…」
思えば、いつもカイトの背中を見ていた気がする。いつもいつも先頭に立って戦って、誰かを守るためにボロボロになって。…守られてるのはいつも私だった。
カイトはもういない。なら、カイトが命を懸けて守ったこの世界を今度は私が命を懸けて守ろう。もし守ることが出来たら…カイトは笑ってくれるかな。
そこで私の意識は途切れた。
〜天空の塔 23F〜
「剣技、十二月が一つ!睦月!」
光を纏った剣はプテラの脇腹に叩き付けられた。衝撃でプテラは壁まで吹き飛び、そのまま目を回してしまった。その時、何か目眩のようなものを感じ、甲賀はその場に崩れ落ちた。寸前で剣を杖に立つことで倒れるのを防ぐが、その手は耐えられないほどに震えている。甲賀の体力はもう限界に近い。片時も休まずに塔を登り続け、出会う敵は片っ端から全て吹き飛ばしていった。それでも、ティーエを見つけることができない。いったいどれほど先に行ってしまったのか、彼女の行動力は甲賀の予想をはるかに超えていた。
「クッ…ここで倒れるわけには…!」
甲賀はゴソゴソとカバンの中に手を入れ、しゅんそくのたねを取り出した。迷わずに口に運び、飲み込んだ。鈍くなってしまった体を少しでも早くし、歩くことで体力を回復させようと考えていた。
「いったい…どこに行ったんですか、ティーエさんは。………あまり嫌な想像はしたくないものです」
ふと、嫌な想像が頭をよぎる。甲賀はそれを口に移すと、すぐに息とともに吐き出した。あまり不用意に考えてはいけない。それが現実になってしまうのが一番怖いから。
何度か戦闘を繰り返し、このフロアには彼女がいないことを確認すると、甲賀は見つけておいた階段を上り、次の階に向かった。