第89話 天空の塔
天空に存在するが故に今までどんな者の侵入も拒んできた伝説の塔。不可侵だった場所に今、決死の覚悟で突入するー
〜天空の塔 3F〜
「シャドーボールっ!…ハァ…ハァ…強い…!」
三階に来るまでに戦闘は何度か起こった。長丁場を予想していたので、体力の消費は出来ることなら避けたい。しかし、ここの敵は強い。その一戦一戦で実感しなおすほどに。
「(…来る!)」
予想通りにフォレトスが"とっしん"をしてきた。スピードこそ早いが、軌道自体は単調なので簡単に見切ることができた。私は"アイアンテール"を使って、フォレトスの頭に振り下ろす。
ガツン、と鈍い音がして、フォレトスはボールのように叩きつけられた。
「ふぅ…何とか倒した」
相手が動かなくなったことを確かめてから、私は腰を下ろした。休む間もなくずっと警戒し続けていたので、疲労はほぼピークに達している。
___瞬間、フォレトスの体大きく光ったかと思うと、大きな爆発を起こした!
爆発で煙が立ち込め、ティーエの姿は見えない。
「うぅ…今のはいったい…」
爆発に巻き込まれちゃった…体中が焼けるように痛い。やっぱり、コウガが来るまで待ってればよかったかな。
「バッグ…オレンの実…食べなきゃ」
バッグから青色の木の実を取り出すと、その実を齧った。少し食べにくかったけど少しづつ痛みが引いていくのが分かる。
「あとの傷は…少しすれば治るよね。うん、大丈夫。進まなきゃ」
たった一人でいると、独り言が多くなる。昔も、今も。変わらない私の部分。私は、いろんなもので出来てる。いろんなことやいろんな人に出会って、別れて、積み重なって。今の私がいる。その全てが、私を作っている。どれ一つとして欠けちゃならない、私を作るパーツ。私を作ってくれた人たちにお返しするためにも、私はこんなところで負けていられない。へこたれてる時間もない。
私は痛む足で走り出した。いくつかの部屋を探索し、できるだけ戦わないように避けながら階段を探した。目の前から現れた相手には、"シャドーボール"で牽制した。避けられたって構わない。ちょっとの隙を作ることができれば、小さな体の私には充分な時間を稼げる。
〜天空の塔 7F〜
雨のなか、私は息を切らしながらダンジョンの中を歩いていた。こうも雨が酷いと目を開けることさえ難しい。雨粒は容赦なく私の体を打ち付け、私の体力と気力を奪っていく。
それのせいか、ほとんど上の空の状態で歩いていた。ただ通路の続くままに歩き、警戒することも忘れて。
運が悪かった、というべきなのかな。階段を探していた私は、その気配に気づくことが出来なかった。一つの部屋に入った瞬間、無数の敵ポケモンたちが出現した。ダンジョンの危険の一つ、モンスターハウス。
たくさんのポケモンのテリトリーが重なった危険地帯。入ったら最後、大量のポケモンたちが襲い掛かって来る。たった一匹相手するだけで苦戦するのに、この量を一度に相手するのはほぼ不可能に近い。
「(どうして…答えてよ!あなたの力が必要なの!)」
まただ。彼___ソル・シャオニクスからの返答は無い。カイトが居なくなったあの日から、私は神器の力を使えないようになっていた。どれだけ呼び掛けても、ソルの反応はない。
「何か、道具は!?」
急いでバッグの中を探してみるが、ほとんど木の実しかない。あきらめかけて手を止めた時、何か硬質なものが触れる感触がした。もう一度それを確かめて手に取ると。それは不思議球の一つ、"しばりだま"だった。
私はその球を手に取ると、瞬時にそれをたたき割った。"しばりだま"は一瞬だけまばゆい光を放つと、モンスターハウスのポケモン全てを文字どおり"縛り"、身動き一つとれない状態にした。
「何とか…助かった…」
目前まで迫っていたヨマワルは寸前で動きを止めた。あと少しでも遅ければ私は確実に倒されてしまっていただろう。
あれだけ探したのになかったわけだ。モンスターハウスの奥に、次の階に行く階段が存在していた。
〜天空の塔 11F〜
「はぁ…カイトがいてくれればなぁ…」
ふとため息が漏れた拍子に、本音まで出てしまっていた。やっぱり考えてしまう。私が無力なばかりにカイトを失ってしまったあの時を。あの時、私があの岩を破壊できてれば?カイトに守られるのではなく、私がカイトを守っていたら?
………力の無い自分がどうしようもなく腹立たしくなる。
私は、おもむろに自分の頬を殴りつけた。こうでもしないと自分の気が収まらないから。
ここに来ても同じだ。衝動のままに来てしまったくせに、自分の力じゃ何もできない。いつも誰かがいれば…誰かがいればって考えてしまう。ねぇ私。私はどこまで弱ければ気が済むの?その弱さで、どれだけ大切なもの失えばいいの?
私はカイトみたいに、自分を強くすることもできなければ、たくさんの戦い方を思いつく柔軟な発想があるわけでもない。私はコウガみたいに剣を扱えるわけでもないし、何か特殊なことが出来るわけでもない。
この体も、普通より打たれ強くて、普通より傷の治りが早いってだけで特別戦闘に強いわけでもない。私が使う技も、どれも平凡なものばかりでパッとしない。
「…どうすれば…強くなれるのかな」
私だってわかってる。自分のこの体が、使える技が相手と面と向かって戦えるほど強くないってことくらい。だけど、私も戦えるようになりたい。私だって誰かを守りたい。もう後ろで誰かの背中を見ているだけなんて、耐えられない。
「はぁ…にーっ。大丈夫。まだ私は負けてない。笑顔になれるから…まだ私は戦える」
涙でにじみかけた視界を、思いっきり閉じることで涙をすべて振り払った。私はまた駆け出した。どんな相手が出てこようとかまわない。今私にできることを。
〜天空の塔 入り口〜
嗚呼、僕の不安は当たっていた。天空の塔の二陣としてここに転送されてきたが、入り口にはティーエさんの姿は見えない。やはり、先走ってしまったか___
「もう後の方達を待つわけにはいかない…僕だけでも行かなければ!」
甲賀は真っ先に天空の塔への入り口に走った。
〜天空の塔 上方〜
かなり高い場所に位置するフロアの一つで、大きな戦闘音が響いていた。度重なる地響き、爆音。砂煙が至る所で舞い上がり、強力な技が飛び交う中、流れ弾の一撃を食らって、気絶したまま吹き飛ぶプテラ。プテラを吹き飛ばした張本人は、無数の敵ポケモンたちの中で大立ち回りを演じている。体格が大きなポケモン相手に引けを取ることなく戦い続けるマントをつけた一匹のポケモン。小柄ながら、ここの強敵たちに互角以上の戦いを繰り広げているようだ。
「くっ、これ以上はキツいな…」
そのポケモンは片手を空に掲げると、その手から放出された電撃が辺りの地面に向かって拡散された。どうやら先に地面に投げられたてつのトゲが避雷針となって、放った電撃が拡散したようだ。その一撃で、彼の周りにいるポケモンたちは全て倒れた。
「生きるためにも、生かすためにも…負けられないな」
落ちている有用な道具をいくつか拾い、右肩に下げているバッグに放り込むと、階段を上りそのフロアを後にした。
〜天空の塔 14F〜
「よく…狙って…とっしん!」
空を軽快に動き回るチルタリス。攻撃のために高度を下げた瞬間を狙って、全力を込めて飛び出した。
強烈な一撃を喰らって、幾らか傷付いていたチルタリスはその場に倒れて目を回す。
まだ油断はできない。チルタリスの後ろにいたソルロックが姿を現し、違う方からはレディアンが迫っている。
「くっ…でんこうせっか!」
目にも留まらぬ速度でソルロックの"いわおとし"を避けきると、その岩の体を蹴り飛ばして反転しながらレディアンに"アイアンテール"を叩き込んだ。どちらも一撃とはいかず、レディアンからは"れんぞくパンチ"を何発も当てられてしまった。
「ぐうっ!いっ…たぁぁ…」
かくとうタイプの技は、ノーマルタイプ唯一の痛打。
強い衝撃と共に鈍痛が身体中に走り、私はそれに耐えきることができず、その場に倒れてしまった。
すぐに立ち上がろうとするが、ふらふらの足では踏ん張ることさえできない。ボロボロになりながらも酷使し続けた身体が、とうとう悲鳴を上げてしまった。
いくら起き上がろうとしても、まるで体に根が生えたように動かない。目が霞んで視界がハッキリしない。
「あれ…?なんで…動けないの…?」
倒れてる私の頭上に、誰かの気配がする。見なくてもわかる。きっと、さっきの敵だ。
「(動け…動け、動け動け動け!今動かなきゃ、また私はっ………!)」
ルナトーンは"いわおとし"を使った。レディアンは"れんぞくパンチ"を打った。
「(イヤだ…そんなのイヤだ!私はまだ何も守れてない!カイトとの約束も、この世界も!終わりたくない、こんなところで…!
___力が…欲しい………!!!
突然体に力がみなぎる気がした。疲れ切った体に、どこかから力が流れ込んでくる。私はその力を使って、すぐにその場から離れた。私が倒れていた場所には、大量の礫石と共に砂煙が舞い上がる。ボロボロの状態であんな攻撃を受けていたなら、ただでは済まなかっただろう。
「体が…動く!でも、なんで?」
「ボクの力さ。ごめんね、またせちゃって」
突然、隣から声が聞こえてきた。一度聞いたことのある声に振り向くと、そこにはフワフワと浮いた状態のソルが微笑みながら佇んでいた。
「ソル!?なんで、ええっ?」
あまりのことに戸惑わずにはいられないティーエ。
「呼びかけに応えてあげられなくてごめん。だけど、そのおかげでボクの力は完全に解放出来た。さあ、この"唄"を唱えて」
ソルが片手をこちらに向けると、私の頭の中に言葉が流れ込んできた。それは一つの塊となり、弾けて、私の記憶の中に刻み込まれた。
そして、私はその唄を唱える。
「荒く波打つ蒼海よ/猛り爆ぜる火焔よ/輝く黄金の稲妻よ/今ここに/終結を命じる/一瞬に飛び散る閃光よ/闇を誘う混沌の黒よ/この世界の果てに/終局を始めよう/太陽に抱かれる緑陽の木々よ/銀雪に飾られる樹氷の花よ/我の立つ場所で/終焉を迎えよう/白く乱れる感情は/終わりに絡められて消える/全てを消し去り/全てを一つに/終わらぬ時を迎え/始まらぬ時を待つ/新たな理を作り出し/森羅万象を司れ!」
腕輪から光の花弁が表れ、それがティーエを見えなくなるまで包み込んだ。言葉と共に花開き、腕輪は美しいサークレットへと姿を変えた。八つの玉はまた一つの虹色の玉に戻り、その中に六芒星の魔法陣が描かれている。
「終わりを連れて永遠と共に歩もう!
一瞬の中の永遠を切り取った世界!」
花弁がはじけていくつもの光の花びらが散った。体の奥から力が溢れてくるのがわかる。
「この力は…!」
「さあ、今の君にとって、あいつらなんかもう敵じゃないよ」
様子が急変したティーエを見ても、ここにいる敵対するポケモンは変わらない。どれだけ相手が強大になろうとも、その命付きるまで戦い続ける。
襲い掛かって来る二匹をティーエは迎え撃った。この力を確かめるために。
「(わかる…これは、こうする!!)」
ティーエはまず"シャドーボール"を生成し始めた。その途中で、ある力を解放させる。
「シャドーボール!
多撃!
六重!」
その言葉を口にした瞬間、ティーエの背後に現れた魔方陣からいくつもの"シャドーボール"が撃ちだされた。それは相手を追尾するかのように動き、次々に爆風を上げて一瞬にして相手を殲滅していく。
「すごい…これが私の新しい力!」
私が放った"シャド−ボール"は瞬く間に相手を倒した。この力さえあれば、カイトとの約束を守れる!何も後悔しなくて済むようになるんだ!だから、待ってて。私は必ずレックウザに会って、この世界を救って見せる。海斗が守ったこの世界を、今度は私が守るんだ!
新たな力を手に入れ、意気揚々と階段を探す。自分だって戦える。そう信じて。