第77話 悲劇
グラードンとの最終決戦。海斗等もまた、全身全霊を持って挑む。勝利の女神が微笑むのはどちらかー
「行くぞ。ティーエ!シャドーボールだ!」
「わかったよ!シャドーボールッ!」
ティーエの口から、黒紫色のエネルギー体が撃ち出される。しかし、それはグラードンの手で殴りかき消された。
「くそっ、そう上手くはいかないか……」
それだけでは止まらず、グラードンの口から特大の炎が吐き出された。
「かっ、カイト!前、前!」
「わかってる、突っ切るぞ!守れ!
重ならない浄化の翼槍!」
海斗の背中にある翼がある飛躍的に大きくなり、それが海斗とティーエの体を優しく、強く包み込んだ。そのまま放出される炎の中に飛び込んだが、熱さは全くと言っていいほど感じない。
「ティーエ、この炎を抜けたら、すぐにシャドーボールを撃て。狙いは俺が定める。ただまっすぐに、最高のスピードで、だ。いいな?」
「うん。目の前に、まっすぐに、だね」
海斗はティーエをお姫様抱っこから変えて、背中から抱きしめるように抱えた。ティーエは海斗を信じて力を溜め始めた。形成しないしように慎重に。それでいて瞬時に撃てるように加減して。
一瞬さえ永遠に感じる程の時を超えて、チャンスは現れた。激しい炎を抜けると、間近にグラードンの顔が見えた。
「今だっ!撃てぇっ!」
「シャドー…ボール!」
さっきの数倍の大きさのシャドーボールは、まっすぐにグラードンに飛んで行った。防ぐことも、避けることもできずにそれは直撃した。
彼等の戦いでは初めて効果のある一撃だった。
「ひ、怯んだ?さっきは全然応えなかったのに……」
ティーエは予想以上にシャドーボールが効いたことに動揺していた。その答えは、海斗が知っていた。
「………甲賀だろ。あれだけボロボロになるまで戦ってたんだ、全力だったんだろうな。畳み掛けるぞ。あいつを倒して、甲賀を安心させてやらなきゃな」
「うん。私達が負けるわけにはいかないもんね」
強い光を秘めた眼差しは、一点にグラードンを捉える。戦いはまだ、始まったばかりだ。
「さすがは主。それでいい…さて、私も負けていられないな!雷装……剛拳飛脚!」
二人の活躍を見て、シェンクも負けじと本気を出した。手の甲には獣のような爪が、つま先には同じような爪が形成された。
「グラードンよ。電気は効かないとお思いかな?しかし、この広大な世界には草木さえ焼き払い偉大なる大地でさえ焦がす巨大な雷が存在するということを、忘れてもらっては困るな!」
大きく息を吸い込んで目を閉じ、シェンクは拳を打ち合わせた。ゆったりとした動作で拳を下ろすと、瞬時に開眼して真っ直ぐにグラードンに向かった。グラードンは攻撃を受けていたために反応が一瞬遅れた。
「雷装、撃!
十字破光!
シェンクの一撃は鋼よりも硬いグラードンの皮膚に十字に傷をつけた。致命傷にはならなかったが、かなりのダメージが通ったはずだ。
「ギャオオオオオオオオオオ!!!!」
「斬撃や雷には耐えられても、地を溶かす程の熱には耐えられまい?まだまだ行くぞ!」
海斗と入れ替わるようにして、シェンクは戦い始めた。その攻撃は苛烈を極めるもので、あのグラードンでさえ防戦一方になっている。
「ティーエ!シャワーズになって、"あまごい"をしてくれ!」
「う、うん!やってみるよ!」
一度気絶すれば、神器とのリンクが切れて覚醒状態が解けてしまう。ティーエはもう一度覚醒の唄を唱えた。
「青は豪雨/赤は猛火/黄は雷電/紫は閃光/黒は混沌/緑は樹木/氷は吹雪/白は勇気/八つの大地の理と/八つの空の始まりよ/今こそ一つの力となりて/契約の名の下に集まれ!発動!元素流域!」
腕輪は形を変えてリング状の細いものに。八つの色が入った虹の玉は別れてそれぞれの色の玉となった。
「虹の王は命ずる!青の豪雨、我が身に宿れ!」
一瞬の光が雨雲を呼び出し、ほんの少しの間だけ一部に豪雨を降らせた。その雨を浴びたティーエはシャワーズに姿を変えた。
「えっと、"あまごい"だったよね。少し待って………」
ティーエが念じるように目を瞑ると、たちまち黒雲が現れ、バケツをひっくり返したような大雨が降り始めた。
いきなり降ってきた雨に一番の戸惑いを見せたのはグラードンだった。マグマの地底は彼の土俵であり、自らの特性で常にひでりの状態のままだ。
そこに雨が降ってきたとなれば状況は一変する。自分への有利と相手の不利が、一気に逆転しまうのだ。これにはグラードンも動揺を隠せない。
「雷装、全!今がチャンスだ、ティーエ!俺に合わせろ!」
「うん、一気に行こう!カイト!」
海斗は高く飛び上がり、ティーエが出現させた黒雲を雷で上手く操ってグラードンの真上に停滞させた。
「シェンク、離れろ!豪雷!!」
グラードンを攻撃し続けていたシェンクを引かせると、黒雲が強烈に光を放った。轟音と共にグラードンに強力な雷が降り注いた。一発では終わらず、何度も何度も落雷が続いた。
「水泡爆弾!」
海斗の攻撃が続く中、ティーエの周りから様々な大きさの水の泡が生成された。それは作り出されると同時にグラードンに向かっていく。
水の泡が雷によって砕かれると、それは急激に大爆発を起こした。
「やった、上手くいった!」
ティーエが発生させた泡の中には水素が大量に含まれていたのだ。水素を雷に引火させ、そのせいで泡が大爆発を起こしたのだ。
「グァァアアアアアアアア!!!」
彼等が与えたダメージが形となって現れた。グラードンの体が大きくよろめきながら後退し、動かなくなったのだ。しかし、倒したわけでは無い。早く気絶でもさせなければ、また動き出して、猛威を振るわれることになるだろう。
「動かない……?よし、決着をつけるぞ。シェンク、ティーエ。俺に力を貸してくれ」
「主の思うままに」
「わかったよ。私たちで、あの怪物を倒そう!」
海斗は口にこそ出さなかったものの、心では強く感謝していた。
「(負けられない。俺は必ず勝つ!みんなのためにも、世界のためにも!)」
海斗は低く腰を落として、左腕は力無くダランと垂らし、右腕は逆に力強く持ち上げた。
ティーエはそれに合わせて水のエネルギーを溜める。シェンクは実体を解いて、自分が持つ全ての力を海斗に託した。
「行くぞ!」
「うん!」
「「水雷・エレクヴォダファラグ!!」」
グラードンが力を取り戻し、動き始めた。その時だった。
雷を纏った水のボールが直撃した。それは触れた瞬間瞬時に膨張し、弾けながら辺りに雷を撒き散らした。
二人の渾身の一撃は地面という抵抗でさえ破壊し、その身体に嫌という程雷と衝撃を味あわせた。
「ーーーーーーーーーーーーーーーーーーッッ!!」
声にならない声をあげ、グラードンは前のめりに倒れてしまった。普通のポケモンなら死んでしまうほどの攻撃を何度も受けていたのに、気絶するだけに止めてしまうのはさすがと言おうか。
「………終わった、のか?」
「…もう動いて欲しくないな。私、もう立ってるのも辛いよ」
グラードンは動かない。さっきまで誰もが絶望するほどの猛威を振るった怪物は地に伏して起き上がろうともしない。この状況は彼等が最も欲しかった答えが導き出された。
「もしかして、勝ったの?あいつ動かないし…」
「そう、みたいだな。あー…どっと疲れが来た……」
ティーエはまだ倒れたグラードンを睨みつけているが、海斗はその場にバッタリと横になった。緊張が解けて疲れがどっと来たのだ。
「そっかあ…私たち、勝ったんだ!やったよ!これで世界を守れたんだ!ああ……良かった……!」
喜んではしゃぐのもつかの間、ティーエもすぐに倒れてしまった。
「あー…でももう動けないや。すっごい疲れた…」
動かない巨体の前には小さなポケモンが二匹。通常ならこの状況を理解できる者は少ないだろう。しかし、この二人を知る者なら必ずこう言うはずだ。『信じていた』と。
「ああ、疲れたな。でも、あともう一踏ん張りだ。俺たちにはまだ___
海斗がそこまで言いかけた時、突然巨大な地震が起こった!
「主、まずいぞ!さっきの戦い影響でこの場所が崩れそうだ!早く脱出を!」
海斗はこの言葉を聞いて飛び上がった。せっかく戦いに勝利したのに死んでしまったでは元も子もない。
「ティーエ!横になってる場合じゃないぞ!ここはもう崩れる!脱出しろ!」
突然の海斗の慌てように困惑しながらも、ティーエはすぐに起き上がった。
「わ、わかった!出口はあっちだよ!急ごう!」二人が出口に向かって走り出した。
___が、その足は出口を見た瞬間止まることとなる。
「そんな………!」
「マジかよ……!?」
出口には自分たちより何倍もの大きな岩が、出口を塞いでしまっていたのだ。
普通ならこんな岩は、二人にとってどうってこともないものだ。しかし、彼等は今、力を使い果たしてしまっている。歩くことさえ辛い彼等には、技を使うなんてもってのほかだった。
「嘘だろ、おい…!?なんでこんな岩があるんだよ…!くっそおおお!これじゃあ逃げられないじゃねえか!ちっくしょおおおおおおお!!!」
海斗が今の全力で岩を殴っても、何の変化もない。寧ろこっちの手が痛いだけだ。
「落ち着いて!少し待って。一発だけなら、まだ撃てるから…!」
ティーエは言うが早いか、エネルギーを溜め始めた。だが、それは微々たるものだった。
「ティーエ、危ねえっ!」
崩れてきた岩が、ティーエを掠めた。寸前で海斗が助けてくれなければ、見るも耐えない物体へと成り果てるところだった。
しかし、岩の雨は止まらない。一握り程度の小石から、二人を同時に押しつぶしてしまうような巨大なものが乱雑に降り注いでいる。
「ありがとう、カイト。もう少しだから、もう少しだけ待っててね」
ティーエがまた力を溜め始めて、準備を始めた、その時だった。
「……………もういい。ティーエ、お前だけ逃げろ」
海斗の口から、驚きの言葉が発された。
「え……?ごめん、聞き逃しちゃった。今なんて言ったの?」
「お前だけでも逃げろって言ったんだ。多分、俺はもうここまでだ」
驚愕と困惑。ティーエその感情はその二つでいっぱいになった。
「なんで?ダメだよ、一緒に帰らなきゃ。みんな、みんなが海斗を待ってるんだよ?」
「…悪いな」
「なんで!?なんでそんな顔するの!?私だけ逃げろってなにさ!今まで誰にも死ぬなって言ってきたのに、なんで海斗がそんなこと言うの!みんなに死ぬなっていうなら、自分が一番死んじゃダメじゃんか!」
ティーエは精一杯言葉を紡いだ。海斗の目はどこか遠く、引き止めなければすぐにどこかに行ってしまいそうなほどに。
「……足を、やっちまったんだ。これじゃ俺は走れない。この距離だと、走らなきゃ出口までは間に合わない。俺はもう、助からないんだ…」
「そんなこと…そんなこと!誰が認めるもんですか!だったら、カイトは私が助ける!この命に代えても!」
「バカ野郎!お前が死んだら、何の意味もないじゃないか!」
「それはカイトも同じだよ!カイトが死んじゃっても何の意味もないよ!約束したじゃんか!みんな生きて帰るって!私のみんなの中に、カイトは入ってるの!生きて帰るには、カイトもいなきゃダメなの!」
「俺だって、俺だって死にたくねえよ!でもな、目の前で仲間を失う方が辛いんだよ!」
「カイトにとって辛いことを、私にさせるの!?カイトだって私の仲間だよ!死んじゃったら悲しいに決まってるじゃん!」
彼等の話とは裏腹に、この場所の崩壊は進む。そしてついに___
ドゴォォォォォオオオン………!!!
とてつもない衝撃と激突音が響き、出口が潰れた。地震に耐えきれなくって自壊してしまったのだ。
「しまった!出口が………!」
唯一の出口が塞がれ、崩壊の場に取り残されてしまった。
「だから早く行けって言ったんだ!バカ野郎!」
最後の力を使って、海斗は"自由の翼"を発動させた。その翼は小さなものだったが、確実に二人を包み込んだ。
「カイト、なにをするの?」
「危険な賭けだが、この翼で岩を全部受け止める。上手く行けば二人とも生存、失敗すりゃオダブツだ。しゃがんでろ。俺が上に行かないと、防ぎきれない」
海斗はそう言うと、ティーエの肩に手を回した。手は肩を掴み、離さないように力を込めた。
「……怖いよ。私たち、死んじゃうのかな」
「だから早く逃げろって言ったんだ。生きて帰りたきゃ祈れ。今は俺だって、祈ることしかできない」
少しずつ周りに岩が積み重なっていき、その度に落ちてくる岩も増える。辺りは既に巨岩で囲まれ、逃げ場はない。
「(くっ、持ちこたえれるか?)」
岩が一つ落ちるたびに、海斗の体に激痛が走る。ここに降ってくるはずの岩の衝撃を全てその体で受け止めているのだから、生半可な痛みではないだろう。
ふと、海斗はティーエを見た。海斗の腕の中に小さく縮こまり、涙を浮かべている。
「…なんだよ、泣くんじゃねえよ。まだ生きてんだろ、俺たち」
「でも…やだ。やっぱり死にたくないよ、カイトと一緒にいたいよ……」
「バーカ。まだ死んでねえし、死ぬって決まったわけじゃない。俺たちは生きる、死ぬじゃない。生き残らなくちゃいけないんだ。それがわかったんなら、黙って目ぇつぶってろ。生き残れるよう、少しは祈るんだな」
海斗の言葉を受けて、ティーエは強く目を閉じた。この目を開くことがあるように、そしてそこには海斗がいるようにと、願いを込めて。
「ケッ、どんぐらい持つかなぁ、俺。まあ、助けが来るくらいまでは持たせてみせるさ」
海斗はそう呟くと、目を閉じた。
*
それから、どのくらいの時が経っただろう。一瞬だった気もするし、とても長いこと降り続けていた気もする。ティーエはゆっくりとその目を開いた。
「………あ、……わ…たし、生きてる。私、生きてる………!」
どこからか地下水が入ったのか、足元は水に浸っている。今は、それも少し気持ちいい。
「やったよ海斗!私たち生きてる!ねぇ、かい___
その言葉は途中で途切れることになる。
自分の肩には、自分を強く握りしめたままの腕が存在していた。
しかし、その続きにあるはずの体が、どこにもない。
真後ろにあるのは、鮮血に濡れた真っ赤な岩壁。
「そんな…嘘だよ。こんなの嘘だよ!誰か嘘って言ってよ!カイトォォォォーーーーッ!!!!!」
ティーエの肩から、黄色い毛皮に包まれた腕が、落ちた。