第76話 失わせはしない
グラードンとたった一人で戦う甲賀。勝機は皆無、生存は絶望。だが、ここから引く気は微塵も無いー
「剣技、十二月が一つ!睦月!」
甲賀の術で延長された刀身から強烈な一撃を右から左に振り抜く。
グラードンの右脇から僅かな血が噴き出たが、それと同時に硬質な破壊音が聞こえた。剣と同硬度の水の延長分の一部が、真っ二つに折れている。そのせいで剣を包んでいた水は溶けるように剥がれ、地に落ちた。
「くっ…なんて硬さだ……!」
甲賀が疲弊していようとも、グラードンは待ってくれない。右腕を振り上げると、甲賀目掛けて振り下ろした。
「剣技、十二月が一つ!師走っ!」
甲賀が不思議なステップを踏むと、飛躍的にスピードが上がった。振り下ろされる大質量を軽々と避けていく。
しかし、ここでグラードンが攻撃を変えた。振り下ろすのではなく、すくい上げるような横振りの攻撃をし始めた。生半可に動いただけでは避けられず、今までより多くの疲労が体に溜まる。
「(早くなってるとはいえこのままじゃ当たってしまう!どうする、使うか………!?)」
甲賀にはまだ奥の手があった。それを使うか考えているところにまたも攻撃が飛んでくる。
「迷っている暇はない!………ハァッ………!」
甲賀は急に足を止め、動かなくなった。表情は固く、両の眼は固く閉ざしている。
「青龍ノ瞳、全開眼!」
甲賀は眼を見開くと、左の眼の色が突き抜けるような空色に変わっていた。
「伝説のポケモン、グラードン。僕は貴方と戦えることを誇りに思いましょう。故にこの僕の全身全霊全力を持って戦わせていただきます!!」
そう言い放つと、甲賀は白銀の剣をこしだめに構えた。甲賀の背後から青白い闘気が沸き上がり、グラードンにただならぬ雰囲気を感じさせた。
「青龍瞬刃の型!裏剣技!
滝断撃!」
こしだめに構えた剣を一気に抜くと、剣の何倍も大きな衝撃波が発生した。横幅はグラードンよりも大きい。轟音を立ててグラードンに直撃し、グラードンは大きく揺らいだ。
「まだまだ!青龍瞬刃の型!
無光月!」
甲賀は一気にグラードンに近づくと、その手を振った。瞬間、近くからグラードンの体に傷が走る。果てしなく剣の閃きを消し、甲賀の手には剣の柄だけがあるように見える。
「グウゥワアアアアアアアアアア!!!」
グラードンがハエでも払うように手を振り回した。当たったらひとたまりもないので甲賀はそれを見てすぐに離れる。
「青龍豪刃の型!
狭斬波!」
相手の動きが鈍ったのを見て、甲賀は構えを変えた。腰だめに構える、いわゆる"居合い"と呼ばれる型から、剣を高く上げ、断ち切るための型に。甲賀が手をクロスさせ、一気に振りぬくと十字型の斬撃が回転しながらグラードンに向かっていった。それに気付いたグラードンは片手でそれをかき消してしまった。グラードンが甲賀に意識を戻した。しかし、既に甲賀はいなかった。
「よそ見とは余裕ですね。青龍豪刃の型!
月下瞬刃!!」
回転しながら甲賀は剣を振り下ろし、地に落ちた。頭上から足下まで一刀両断に振り下ろす一撃は、グラードンを大きく傷つけた。
グラードンは今までに無いほどに傷付き、取り乱して無作為に暴れ始めた。甲賀のいる場所を狙わずに、自身の周りの天井や壁を崩しまくっている。
こっちに気が向いてない今、強力な技を放つチャンスだ。甲賀は剣を地に突き刺し、構えを解いた。一気に全身の力を抜き、緊張を解いた。
しかし、甲賀が身体から力を抜いた瞬間、関節が嫌な音を立てた。それに呼応するかのように、全身が悲鳴をあげる。軋む骨から激痛が走り、疲労より強く集中力を奪う。
「(まだだ…まだ倒れられない!このままじゃ終われない!あと少し、あと一撃だけでいい!持ってくれ、僕の身体………!)」
痛みで強張る身体を無理に脱力させ、辿り着ける極限まで集中力を高める。グラードンに最高で最強の一撃をぶつけるために。
その時、無作為に暴れた所為で天井の一部が崩れ落ちた。それは狙い澄ましたかのように甲賀の頭上に落ちてくる。
「青龍
無手裸拳の型。青龍・
爪牙突穿!!」
甲賀が消えたかと思うと、一閃と共にグラードンの腹部に拳を叩きつけていた。音より早く穿たれた一撃は一瞬遅れた爆音と共に弾けた。光が爆発しグラードンは壁まで吹き飛ばされる。
甲賀は力無く吹き飛ばされ、地面を数回バウンドしたのち止まった。痛みと疲労で意識が飛びかける中、気力を振り絞って顔を上げた。グラードンの身体は半分壁にめり込み、崩れ落ちた岩盤がグラードンの足下に積みあがっている。
それを見届けると、甲賀は力を抜いた。混濁する意識の中、達成感を得た甲賀は師の言葉を思い出していた。
『青龍ノ瞳は自身が出せる極限の力を無理矢理に引き出す。一時の強大な力を得る代わりに、代償はとても大きい。いわば諸刃の剣というやつじゃ。時と場合を考えて使わねば、自ら破滅を招くことになるぞ、甲賀』
「(すみません、お師匠様、そして海斗さん。僕はここまでのようです。しかし、悔いはありません。どんな代償でも、喜んで差し出しましょう。………大切なものを守らせてくれて…ありがとう)」
その言葉を残すと、甲賀はその目を閉じた。
しかし、グラードンはまだ終わっていなかった。瓦礫を蹴飛ばし、踏み砕くと、動かない甲賀に近付いた。そして重々しく片足を上げる。
ある程度の高さまで足を上げると、グラードンは一気に足を振り下ろした。
瞬間、僅かな隙間を細い光が通り抜けた。それが踏み砕かれる寸前でそこから脱出する。
「ありがとよ、甲賀。しばらく休んでてくれ。ここから先は俺の出番だ」
白い翼と共に空を飛び、神速のスピードで甲賀を助け出した海斗。気絶から回復したようで、地上にはティーエの姿もある。
海斗は地上に降りると、ティーエに甲賀を任せた。
「甲賀を頼む。何をやったか知らないが、怪我と疲労がひどい。このままここに置いとくわけにもいかないからな」
無言で頷くと、ティーエは海斗から甲賀を背に乗せてもらった。そしてすぐにその場から離脱する。
「もう誰も傷つけさせねえ。この戦いに犠牲者なんて要らねえんだよ!」
海斗は強く地を蹴ると、一気に加速した。
「俺はもう迷わねえ!お前に勝って、生きて帰る!」
海斗はグラードンにぶつかる寸前まで近づくと、急に方向を変えてグラードンの顎に突進した。
お互いに鈍い音が聞こえ、海斗の額から血が出る。顎をやられたグラードンはフラフラし始めた。
「誰も死なせねえ!俺が殺させねえ!甲賀もティーエもエレナもカエンも、みんな俺が守るんだっ!お前も昔この大陸を作ったってんなら、破壊しようとしてんじゃねえぇーーーーーっ!」
その時、海斗の体が熱く脈動した。
「ぐ…もう限界か…?いや、まだだ…!」
それでも体の脈動は止まらない。その度に自分の体が熱くなるのがわかる。
その時、突然マントからシェンクの声が聞こえた。
「その覚悟、受け止めたぞ。主。この唄を唱えてくれ。新たな力を解放できる」
そう言うと、今まで忘れていたものを思い出したような懐かしさを感じると、頭の中にある一節が流れ込んできた。
海斗は迷わず、それを唱えた。
「我と契約せし/その背に翼を持つ者よ/戦うことを決意し/さらなる力を求める者よ/その覚悟と決意/我はしかと受け止めた/自由と言う名の力と共に/自由を縛る枷を受けよ/自由を捨てる代償に/限りない力を授けよう/そして約束しろ/その決意/揺るがぬことを/その覚悟/崩れぬことを/さすればこの力で/世界を救うことさえ出来るだろう/覚悟の片翼と/決意の片翼を/自由の名の下/その背に宿せ!___
海斗のマントの光が徐々に強くなっていく。その光は海斗を完全に包み込み、白い光の球体と化した。
「勇気ある者に勝利を!
飛翔する英雄の凱旋!」
瞬間、光が弾け、光の球体があった場所には、その背に四枚の翼を持った海斗が現れた。しかも黒い右目には白い線で描かれた六芒星が現れていた。
「シェンク、もしかしてこれって…」
「ああ。おそらく『覚醒の唄』だろう。見てくれ、これで主と共に戦えるぞ」
シェンクの声が真横から聞こえたのは気のせいじゃなかった。今、自分の隣に、実体を持ったシェンクがいる。
「おまっ…!なんで!?」
「さあな。だが、この唄のおかげであることは間違いない。共にグラードンを静めよう、主」
「…そうか。なら、行くぞ。二人でこの化け物を倒すんだ」
「ならば行こう。主と共に」
シェンクがそう返すと、二人は二手に分かれた。
*
「はぁっ……はぁっ……」
広い通路を抜け、ルアン達が待っている場所まで一気に走った。ほぼ往復なので、息が切れる。
「ティーエさん?カイトさんと一緒に行ったはずじゃ………!?」
包帯を巻いていたルアンは、その手から包帯を取り落とした。ティーエの背には、傷だらけの甲賀がいたからだ。
ティーエは甲賀の傷に触らぬようそっと下ろした。
「話は後。悪いけど、甲賀の手当てもお願い!私は海斗の隣にいなくちゃいけないから!」
それだけ言うと、ティーエは踵を返して元来た道を走り出した。
仄暗い通路の先からは崩壊音や爆裂音が聞こえてくる。
きっとカイトが全力で戦っているんだ。そう思ったティーエは走る速度を上げた。
*
グラードンの剛腕が振り下ろされる。そのままその場所にいれば、潰されていただろう。
「作戦なんて考える暇はない!アドリブで対応しろ!」
海斗は空中で片手を挙げると、"かみなり"を発動した。激しい炸裂音と共に光が飛び散り、かみなりが直撃したことがわかる。
「心得た」
シェンクは一瞬で電気を練り上げると、一気に幾つものボールを作り出した。
「エレキボール!」
撃ち出されたエレキボールはまるで意志を持っているかのように動き、全弾グラードンに当たった。タイプ相性は最悪だが、ダメージを与えられないこともない。それでも攻撃力は微々たるものでしかないが。
「くそっ、やっぱり電気じゃ部が悪いな。でもそれ以外技なんてほとんど使えねえし………」
海斗が使える技は電気技がほとんどを占める。そのせいでタイプ相性の悪いグラードンになかなか決定打が打てずにいた。
「カイトっ!」
その時、通路からティーエの姿が見えた。
「ティーエ!…!あぶねえ!避けろ!」
海斗が安堵の表情を見せるのも束の間、通路には戦いの衝撃で岩壁が迫っていた。一瞬で海斗は悟った。自分はもうそれに間に合わないことを。
「ティーーエーーー!」
「案ずるな、主。私が行こう」
シェンクの声が聞こえると、ティーエの目の前まで迫っていた岩が真っ二つに斬られた。ティーエの前には、尻尾を鋼鉄化させた状態のシェンクが立っていた。
「あ、ありがとう。助けてくれて」
「この仮初めの体は、主と主の守りたいものを守るためにある。ティーエ殿。戦えるか?」
シェンクのその一言で、ティーエは我に帰った。眼に強い意志を秘めて答える。
「もちろんだよ!私はカイトのパートナーだもん!」
「フッ、力強いな。ティーエ殿は主と共に行動した方がいい。地上を行くのは危険だ」
「え?でも、私飛べないよ」
「こうしろってことだろ。ほら、ティーエ。力抜け」
いつの間に来たのか、隣には海斗がいた。海斗はティーエを抱えると、すぐに持ち上げて空に飛んだ。……お姫様抱っこで。
「ちょ、ちょおおおお!?カイトぉ!?」
一瞬の展開に赤くなりながらしどろもどろになるティーエ。しかも海斗はその状態で顔を近づけてきた。
「ティーエ、よく聞け」
「は、はいぃっ!」
ほぼパニック状態のティーエ。それでも構わず、海斗は続けた。
「あのデカブツに俺の技はほとんど効かねえ。電気じゃあいつにダメージが通らないんだ。だからティーエ。俺に力を貸してくれ」
海斗の言葉に、ティーエは落ち着きを取り戻した。
「わかったよ、海斗。私達で、グラードンを倒そう!」
「ありがとよ。俺達の手で、この世界を救うぞ!」
運命の歯車は音を立てて動く。
止まることを知らぬ時計塔は。
時に喜びを、時に悲しみをもたらす。
世界は、踊らされているに過ぎない。