第74話 暴威なる紅蓮の力
かなり深くまで来た救助隊レオパルド。マグマの地底は未だ終わりを見せず、彼らの気力と体力を奪い続けるー
〜マグマの地底 B21F〜
「そーいえばよぉ、甲賀。ジュリアスの所でお前またなんかやってなかったか?」
そう、確かに甲賀は何かをやっていた。ジュリアスと戦っていたとき、別種の唄を唱えていたのを思い出した。
「ああ、あれは第二の解放の唄みたいなもので、僕は『覚醒の唄』と呼んでいます」
「『覚醒の唄』?なんか、『解放の唄』と響きが似てるな」
ブツブツ言いながら海斗はため息をついた。甲賀がどんどん神器を使いこなしていくのを少しばかり悔しく思ったからだ。
「どうやったら使えるんだ?」
「中々どうして、こればっかりは簡単には使えねぇんだよなぁ〜」
突然聞いたことのない声が聞こえた。不審に思って辺りを見渡すが、変わった所はない。しかし、甲賀は特に焦る様子もなく、剣を呆れたように見ていた。
「ギーガネク・アヴィアローナ。失礼ですよ。早く姿を現しなさい」
甲賀に命令されると、剣から淡い光が出始めた。それは徐々に形を成して、あるポケモンになる。
「よぉー。姿を現すのは久しぶりだな。俺のこと覚えてるかー?」
いつか見た、ハッサムというポケモン。空中にあぐらで座っている。床の概念が違うらしく、空中でも座れるようだ。
「どこに座ってんだあんた。そして教えられないってなんだ?」
現在の状況に若干戸惑いながらもツッコミを入れる海斗。
「『解放の唄』はそいつ個人で覚えてるもんだがよ、理由は知らねえけどそれとは別に同じような一節が突然頭ン中に浮かんでくることがあんだよ。俺は甲賀にそれを教えただけ。あーいう風になるとは思わなかったがな」
ケタケタ笑いながらギーガは言う。嘘をついているようには見えない。
「まあそういうことだ。それが知りたいなら中のやつに直接聞いてみることだな」
ギーガはそういうと消えてしまった。正しく言えば剣の中に戻っただけなのだが。
「………んじゃ俺もシェンクに聞いてみようかな」
海斗が首に巻いてあるマントを二回叩くと、同じような淡い光が溢れ始める。説明も無しに出てきたことから、話はすでに聞いていたと思われる。
「どうした、主。急に呼び出したりして」
「あれ?聞いていたわけじゃなかったのか。ま、いいや。なあ、第二の解放の唄みたいなものを知らないか?」
シェンクはあごに手を当てて考えるそぶりを見せる。だけどすぐに考えるのを止めた。
「すまないがわからない。その者の言う通りであれば、私にはまだ分からないな」
済まなさそうに言うシェンクに海斗は首を振った。
「謝ることは無いさ。もし浮かぶことがあったなら教えてくれ」
海斗がそういうと、シェンクはマントの中に戻った。特に話すことも無く歩いていく。なぜかはわからないが、妙に襲撃が少ない。しかもボロボロになったポケモンばかり見つかるのだ。襲撃を仕掛ける側が襲われたということだろうか。
「甲賀、戦う準備をしておいた方がいいかもしれない。油断するなよ」
「わかっています。海斗さんも気を付けて」
海斗の声で甲賀だけでなく、全員がいつでも戦えるようにする。その時、曲がり角から近づいてくる巨体が現れた。レオパルドの面子と比べるとはるかに大きい。しかし、巨体がこちらを視認したとき、こう言ったのだ。
「なんだ?お前たち。ここは子供が来るような場所じゃないぞ」
何より驚いたのはこの場所で自我のあるポケモンに会えたことだった。
*
「驚いたな。まさか君たちのような若輩がここまで来るとは。私もそろそろ潮時か?なんてな。ハハハハ」
乾いた声で軽く笑うサイドンに戸惑い気味のレオパルド。現れた巨体の持ち主は敵ではなく味方だったのだ。
「アンタ確か、特別部隊の中にいたよな。どうしてここに?」
「簡単な問いだな。俺がやられてないからさ。全く、最近の救助隊は口ばかりでダメだな。実力と態度が同じじゃなきゃ、強者と出会った時体が持たなくなる。………その点、君たちは両方持ち合わせているようだがね」
そう言うとガルードは軽く笑い飛ばした。歴戦の手練れだからなのか、体から発する雰囲気は柔らかくも強い。
「ここに来た、ということは今の状況を理解している、ということでいいかな?」
「ああ、わかってる。この先にいるノームたちの救助だ」
ガルードの問いに即座に答えた。これによりガルードは満足そうに頷く。
「それならなによりだ。我々は必ずノームたちを救助し、地上に戻るぞ」
その言葉に、海斗は強く賛同した。必ず、生きて帰る。
言葉の中にある重みというものを、感じた気がした。
〜マグマの地底 中間ポイント〜
幾つかの階段を上ると、何時か見たガルーラの像が現れた。張り詰めた緊張感は一気に解け、まともに休憩が取れることに安堵した。大分軽くなった荷を降ろし、浅かった呼吸を深くまで吸い込み、体を休める。ガルーラの像がある場所はそのダンジョンの環境に比べて非常に過ごしやすく、この場所も例外じゃない。マグマがないとはいえ、辺りはマグマに囲まれているのに涼しい風が通るし、地面も熱すぎず、まるで床暖房のように暖かい。
「休憩するには最適だな。休めるだけ休もう」
物の少ないカバンをまくらに、海斗は横になった。それを見た彼らも息を吐いてバラける。
「やっと休めますか……」
「ルアン君、大丈夫?」
まともにダンジョンの相手とやりあえる中では最年少のルアンが大きく息を吐く。その様子を歌韻が見守る。攻撃面では頼りないルアンだが、守りの技では群を抜いて優れている。だが堅実な甲賀と先行する海斗では戦う場所が違う。ティーエの援護があったとはいえ、二人を守るには相当苦労したようだ。
「うん、大丈夫。ちょっと疲れただけだよ」
無理のない笑顔で返すと、ルアンもその場に座って動くのをやめた。
「…うーん、やっぱりダメなのですよ」
海斗は片目に手を当てながら唸るカエンに気付いた。
「どうした?目でもやられたのか?」
「あ、海斗さん。私の力でノームさんたちの動向を見てみようと思ったんですが、見えないのですよ」
カエンは自分の能力、千里碧眼でノームたちの動向を探ろうとしていたらしい。
「ふーん。そりゃちょっと不安になってきたな」
腕を組み、海斗もカエンと同じように唸った。どうしようもない、というのもあるが、少し不安になってきたからだ。
「ま、今は休んどけよ。あんまり疲れちゃ、まともに戦えないからな」
早々に会話を切り上げると、海斗は考えた。嫌な予感がしたからだ。しかも、こういう時に限ってその予感というものは当たってしまう。
「(思い過ごし…だといいがな)」
「この先は結構短い。ノームたちがこの先にいるとしたらきっと早く合流できるはずだよ。でも、もちろん強敵は多い。十分に休んでから行こう」
ガルードのその意見に、否定的な言葉は出なかった。俺たちはしっかり体を休めていくことにした。
〜マグマの地底 奥地1F〜
快適だった中間地点とは一転、殺人的な熱気が海斗たちに吹き付ける。またこの灼熱の中を歩くのかと思うとなかなかどうして遣る瀬ない。
「………熱い」
「………熱いね」
「………熱いですね」
「………熱いですよ」
「そんなこと言ってたら始まらないじゃないか。行くよ」
歩きながら文句をこぼす海斗らに、ハキハキとした口調で喝を入れるガルード。元気すぎてついていけない。
「分かってる。今は我慢しなきゃな」
顔を両手で平手打ちすると、凛として前を見る。強く叩きすぎたのか、若干ヒリヒリする。
「うん、その意気だ。さ、行こう」
(なぜか)ガルードに先導されて先に進む。道中敵が出ることもあったが、先頭に立つガルードが全て蹴散らしてしまった。見た感じ、イワークとハガネールしか出ないようだが。
まあ、そのおかげでこの階は楽に突破することができた。
〜マグマの地底 奥地2F〜
あのまま順調に進んでいき、階段を見つけた。そこを降りると、ガルーラ像もないのに広々としたスペースに出た。
「なんだここ…。変に広い空間だな」
キョロキョロと周りを見るが、どこにも敵がいない。おかしいと思いつつ警戒しながら先に進むと、何かが倒れているのが見えた。
「ん?……!!おい、ティーエ!走るぞ!」
何を見たのか、急に焦って走り出す海斗。それに続く彼らも、少し先に進んだだけで分かった。
目の前に、FLBのルチルとビギンが倒れていたからだ。
「おい!しっかりしろ!おい!!」
体格の差がある以上、頭しか持てない。だが、反応を見るには十分だ。
「海斗さん!あまり頭は揺らさないで!とにかく落ち着いてください!」
甲賀の指示に慌てて反応する。海斗はそっと頭を下ろし、寝かせた。
体を見ると、ひどいものだった。ほぼ全身に怪我を負い、ビギンはそれに加え火傷まである。
甲賀はすぐに処置を始めた。しかし、海斗はここである重大なことに気づく。
「ノーム…ノームがいねえ!」
FLBのリーダー、ノームがどこを見てもいないのだ。この二人のように、彼も無事では済んでいないはず。そう思って辺りを探すが先ほどここに到着した面々以外は見つからない。
「ノームなら…この先だ…!あいつはまだ、戦ってる!助けて…やってくれ!」
意識を取り戻したルチルが、精一杯を振り絞って伝えた。ルチルはそう言うとまた気を失ってしまった。
「みんな、行くぞ!
海斗がそう言うと、全員がそれに続いた。ガルードは何故か付いて行かず、二人の近くにいる。
「あー…まあいいか。じゃ、私はこの二人の手当てでもしてますか」
完全に出遅れた彼は、甲賀が置いて行った救急箱から包帯を取り出した。
〜マグマの地底 最深部〜
大型のポケモンが二匹並んで通れるほど広い通路を一気に走り抜けると、さっきよりも数倍大きな空間に出た。正直先ほどの場所比べるとこっちの方がべらぼうにデカい。そして、海斗たちの目に入ってきたのは、この部屋さえも小さく感じるほどの大きさを持つする巨体であった。
「………海斗!?なぜお前がここにいる!」
その巨体の足元に傷だらけのフーディン、ノームがいた。
「帰ってくるのが遅えから迎えに来たんだ!ノーム、こいつは一体なんだ!」
この場所の天井ほどではないが、顔を見るにはかなり顔を上に上げなければいけない。
「こいつがグラードンだ!くっ、タイミングは最悪と言ったところか…!」
その時、急にグラードンが雄叫びを上げ、海斗に向かって大木より巨大な腕を振った。とっさに通路に戻ることで避けたが、海斗のいたところは恐ろしく抉れている。あのままあの一撃を受けていたら重傷どころじゃ済まないだろう。
「大丈夫か!?…うむ、とっさに避けたみたいだな、見事だ」
テレポートしたのか、いつの間にかすぐ隣にノームがいた。
「なんだって急に暴れだしたんだ?あいつは」
「私が持てる力を全て使ってやつの動きを念力で止めていたのだ。最初は…普通に戦っていたんだが、あの二人がやられてな。三人がかりで倒せなかった相手を、私一人で倒せるはずがない。せめて動きだけでも止めようと思ってな」
確かに、あの時見たノームとは違い随分やつれている。
「そうかよ。だったらあとは任せな。俺たちがあいつをぶちのめしてやるから」
指を組みポキポキと鳴らす海斗。後ろの彼らもすでに交戦準備は済んでいる。
「なに!無茶だ!我々ですら敵わなかった相手だぞ!命を捨てるだけだ!」
「じゃあ諦めるってのかよ!それにお前らだって危険を承知でここに来たんだろ!?今更引き下がれるか!」
言うが早く、海斗はグラードンに向かって駆け出した。
それに気付いたグラードンは再度雄叫びを上げて海斗が居る場所に強力な一撃を叩きつけた。技なしの振り下ろしで地が割れるほどのパワーがある。ここまで来ると、「ポケモン」と言う名の別の生き物に感じてくる。
「やっぱ、動きは遅いな。十万ボルト!」
振り下ろされた腕を伝って眼前まで走ると、グラードンの目の前で電気を炸裂させた。一瞬のフラッシュバンにグラードンはやや怯む。
「どうしていつも考えなしに突っ込むの!カイトのバカぁ!」
「すいませんね、おバカなリーダーで。でもね、あの人の真っ直ぐなところ、僕はすごく気に入ってるんですよ」
ティーエは若干呆れつつ、甲賀は苦笑しつつ詠唱を始めた。独特な呪文を唱えると剣の形が変わり、斬ることに特化した形になる。
「剣技、十二月が一つ!水無月!」
逆手に持った剣から発せられる水色の衝撃波。足元から斬り付けられたグラードンは先ほどのフラッシュと合わせて体勢を崩した。
「今だ!チャージ!雷装、全!ボルトアロー!」
一気に全身に電気を溜めると、雷の矢の如くグラードンに向けて突っ込んだ。
しかし、グラードンが寸前で頭を突き出した。頭突きになった形で海斗とぶつかり合い、一瞬で海斗が弾かれる。
「くっ、一筋縄じゃいかないか!」
空中で体勢を立て直し、なんとか着地する。ここでグラードンがまともに海斗と甲賀を見た。自分が戦うに値する相手だということを認識したのかどうかは知らないが、ノームから視線を外し、本当の意味で二人を狙う。
「グゥオオオォォォォォオオオオオ!!!」
耳を塞ぎたくなるような咆哮の後、グラードンの剛腕が振り下ろされた。
すんでのところで避け、海斗は詠唱に、甲賀は攻撃に転じた。
「僕が時間を稼ぎます!今のうちに詠唱を!」
「ああ、分かった!高く/飛く/空を目指し/早く/速く/雲間を駆ける/我が手に力を/我が背に翼を/時代に埋もれた古代の遺産/封じられたその力を/暗き闇から解き放て!!発動ッ、古代神器が一つ、自由の翼!!」
詠唱を終え、変化した反動で空を舞う海斗。
「ショータイムだ………!!」