第73話 先に待つモノ
細心の注意を払ってマグマの地底へと突入したレオパルド。先に待っているのは鬼か蛇かー
〜マグマの地底 B3F〜
灼熱に燃え盛る溶岩がすぐ隣を流れる。一歩足を踏み外せば命は無いだろう。その過酷な環境を耐えながらも、彼等は先を目指す。
「やっぱり暑いな。おい、何か見えたらすぐに言ってくれよ」
リーダーとして先頭を歩く海斗が後方の仲間たちに呼びかける。返事は無い。今の一度だけでなく、その前にも何度か言っているからだ。
海斗もそれ以外で特に話すことはしなかった。敵の強さだけでなく、場所としての過酷さもここにはあった。
あたりに流れる溶岩のせいで気温は高く、歩くだけで汗が止まらない。その過酷な環境に比例してかなり強力なポケモンたち。当たり前のようだが使う技もほのおタイプのものが多く、低確率で火傷の効果まで付いてくる。もちろん火傷だけでなく他の状態異常に変えてくる相手もいるが。
大体の通路は壁に挟まれた普通のものだが、たまにすぐ隣を溶岩が流れていたり、通路の途中が溶岩に飲まれてしまっていたりする。バランスを崩せば転落は避けられないし、飛び越えるにしても緊張感が走る。肉体的にだけでなく、ここは精神的に過酷な場所でもあった。
「カイト!後ろから敵!」
「分かった!先に部屋があるからそこで迎え撃つぞ!走れ!」
少し走ると、すぐに部屋に出た。敵はおらず、落ちてるアイテムもない。迎え撃つには絶好の場所だった。
仲間たちはすでに周りにいる。通路から出てきたのはラッタとサンド二体だ。ニドラン系最上位の二匹に比べれば余裕はあるが、油断はしない。
「ティーエ、カエン、協力してくれ。甲賀とルアンたちはラッタを頼むぞ」
返事を持つ間もなく海斗はサンドに向かって走った。あとに二人がついてくる。甲賀も三人を連れて戦闘態勢だ。
「毒針!」
サンドが小さな針を投げてくる。毒も塗られているため、当たるわけにはいかない。上手く体をひねって避けると、"アイアンテール"を使って足払いを仕掛けた。
鋼鉄の尾に足を殴られ、派手に転ぶサンド。
「シャドーボールッ!」
倒れたサンドに起き上がられる前に追撃を加えた。サンドはそれに耐えられず、目を回してしまう。その時、背中に鋭い痛みが走る。サンドの"きりさく"で背中を切られたようだ。
「ぐうっ…!このやろう!」
サンドが逃げる前に振り向きざまに拳を振った。拳はサンドの顔をかすめ、外れた。追撃の準備はすでにしてある。サンドの避けた先には、二発目の拳がうなりを上げて迫っていた。
「おらぁっ!」
腹部に直撃した拳を振りぬくと、そのままの勢いでサンドは天井に叩き付けられた。衝撃の強さに身をよじらせた後、動かなくなった。戦いが終わったので甲賀の方を見ると、向こうも今倒し終えたようだ。
「よし、慎重に先に進むぞ。油断するなよ」
「海斗さん、背中は大丈夫なんですか?」
「ああ。ちょっと痛むが大丈夫だ。これくらい、問題ない」
気にする素振りもなく、海斗はまだ歩き始める。ここから先、厳しい戦いが待っているだろう。その戦いの前では、この程度の傷はなんともないのだ。
「(なぜでしょう、嫌な予感がします。なにも起きなければいいのですが)」
言い知れぬ不安を感じながら、甲賀は海斗の後をついて行った。
〜マグマの地底 B8F〜
目立った戦闘は一階と三階で身を潜め、苦戦することはなかった。多対多の戦闘ならともかく、一対多の戦いなら苦戦することなく勝てる。それでも、簡単に向こうも倒れてくれないが。
たまに驚かされるのはゴローンの自爆くらいだ。爆発までに時間はあるが、アイテムも消し飛ばさせるため若干腹の立つ相手だ。とりあえず今は敵が出ないことをいいことにして、長期戦になることを予感しながら休憩していた。
誰も、何も言わない。この先どうなるか、全くわからないからだ。誰もがどんなものが待っているのか測りかねている。形のない不安は徐々に心を蝕んでいく。かつてのティーエや、海斗のように。
「無事なんでしょうか、FLBの方々…」
ルアンから溢れた小さな言葉。本人も意図しなかったようで、少し驚いている。
「わかんねえ。全員が戦闘不能になった救助隊はバッジに付いてる緊急脱出装置が作動して、あいつらみたく戻ってこれるんだが…。FLBはまだそれがない。通信も途切れたって言ってたし………最悪のケースを考えなきゃいけないかもしれないな」
海斗がそう言うと、ティーエはひどく肩を落とした。
「そんな…。助けられないっていうの?そんなの、私やだよ…」
「もちろんそんなことにはさせない。そのために俺たちがFLBのところに向かっているんだろ。最悪のケースは可能性の選択肢の一つだ。それ以外の可能性だってあるはず。だけど俺たちは助かる助からないの議論する必要はない。俺たちは救助隊。それなら、助けるのが当たり前だろ」
視覚情報を遮断していた海斗が目を見開いた。
「それとも、FLBを助けるって考えてんのは俺だけなのか?」
そう言うと、全員がハッキリと「違う」と言った。
「だったら変なこと考えんな。救助隊ってのは、命を懸けて命を助ける仕事だろ。恐怖なんて足で蹴っ飛ばしてオサラバしろ。ここから先は恐怖に負ける余裕なんてない。少しの気の迷いが命取りだ。まあ、怖くて逃げ出すような奴を選んだ覚えはないがな」
海斗は少し皮肉っぽく言うと、口角を上げて笑った。そんな海斗の様子に、彼らの恐怖も取り払われたようだ。さっきまでの不安の表情は消え、自信に満ちた目をしている。
「すいません、海斗さん。ちょっと弱気になっちゃって…」
「気にすんな。怖えと思うから怖えんだ。この先に待ってんのはグラードンじゃねえ、FLBだ。俺たちは救助隊なんだ。グラードンを倒すより、FLBを助けるって考えてた方がいくらか楽だろ」
ルアンが気まずそうに謝っても海斗は気にしなかった。今は士気をあげるべきだと思ったから、海斗は無理に彼らを励ました。
「よし、みんな行くぞ。足踏みしてらんないからな。少しでも早く先に進もう」
〜マグマの地底 B14F〜
あれから目立った戦闘はなく、敵が出ても一体や二体程度なので散発的な戦闘が続いた。体力にも余裕があり、全力とまではいかないがかなり全力に近い状態で戦うことができた。
だが、階を下がる度に熱さは増し、敵の強さも相当なものになっている。現れる敵全てが一筋縄ではいかない相手ばかりなので、敵を倒したしても何かしらこちらがダメージを受けている。いわゆるジリ貧というやつだ。
アイテムには余裕があるとはいえ、使い過ぎは今後に良くない。節約しつつ、体力を残さなければならない。
「雷キック!」
狭い通路ではこちらの動きが制限される。派手な動きは出来ないし、一対多という数の有利を完全に消されてしまっている。
「シャアアアァァ!!」
海斗の"雷キック"をものともせずアーボックは"かみつく"を繰り出してきた。しかしちょこまかと逃げ回る海斗には当たらない。
「甲賀!やれっ!」
「剣技、十二月が一つ!睦月!」
黄色く光る剣から叩きつけられる甲賀の全力の一撃。その破壊力は凄まじく、一発でアーボックを戦闘不能にした。
「ふうっ、先に進もう。すぐに部屋に出るから、そこで休めるはずだ」
大きく息を吐くと、海斗は手招きをして仲間を呼んだ。そして、何も無い部屋に入った。_はずだった。
「なんっ………だよ…これ……!」
部屋の中には誰もいないはずだった。しかし、海斗達が中に入った瞬間、無数のポケモン達に囲まれたのだ。その数、ざっと見ただけでも十五匹以上。
「モンスターハウス……。くっ、切り抜けますよ、海斗さん!」
「あ、ああ!みんな、ふんばれよッ!雷装、拳!」
海斗はそう言うと、拳に電気を纏った状態で敵の中に突っ込んでいった。
「シャドースパイク!」
ティーエは"シャドーボール"の形を変え、針状にして撃ち出した。大きなトゲが回転しながら敵陣に突っ込み、辺りのポケモンを空中に吹き飛ばした。
「シードボムガン!なのですよ!」
久しぶりのセリフ。ずっと同行していたけど出番の無かったカエンが"タネばくだん"を連続で浮いたポケモンに向かって撃ち放った。"タネばくだん"は的確に浮いた敵を撃ち抜き、次々に戦闘不能に至らしめていった。
「ナレーションうるさいのですよ!気にしているのですよ!」
読者の人にしかわからない突っ込みを叫ぶと、また戦闘に集中する。
甲賀も海斗の後に続き、海斗の死角からの攻撃を弾き、サポートに徹した。もちろん自分から攻撃することも忘れてはいけない。
「十万ボルト!電光石火、アイアンテールッ!邪魔だ!雷装、断!」
"十万ボルト"で周りの敵をしびれさせ、"電光石火"で掻い潜った後に"アイアンテール"で仕留める。進行方向にポケモンがいたので雷装のまま殴り飛ばし、雷装、断による雷の衝撃波で敵を蹴散らした。この時点ですでに七匹は撃破に成功している。
「クソッ、きりがない…!」
さっきから激しい戦闘を続けており、その音を聞きつけているのか敵の数が一向に減らない。最初は十五匹程度だったが、今となっては明らかに十五匹以上に増えている。
「海斗さん!時間を稼げますか?一気にケリをつけます!」
サポートに徹していた甲賀が攻撃に回った。
「時間を稼げったってどのくらいだ!?この数、10分は無理だぞ!」
「海斗さん!僕が行きます!瑠璃の加護!」
遠くから聞こえていたのか、別の場所で戦っていたルアンがこっちに来て、いつか見た綺麗な瑠璃色のシールドを張った。
「ルアン君!すみません、助かります!」
ルアンが張った瑠璃色のシールドは敵の攻撃をいとも簡単にはじき返した。やはりファイヤーの攻撃力が異常だっただけで、今は盾としての機能をいかんなく発揮してくれている。
「剣技、十二月が一つ!卯月!ルアン君!シールドを解除してください!」
ルアンが張ったシールドは跡形も無く姿を消し、その瞬間周りのポケモンたちが一斉に襲い掛かってきた。攻撃の一部が当たる寸前、強烈な衝撃波が襲い掛かり、ギリギリでポケモンたちを吹き飛ばした。衝撃波は部屋全体に広がり、敵全員を気絶させた。静かになった部屋には、甲賀の荒い息が小さく聞こえてくる。
「何とか切り抜けたか。大手柄じゃないか、甲賀。全滅だぜ、こりゃ」
甲賀ほどではないが、海斗も少なからず疲労の色を見せている。
「ええ、手早く済まさなければ戦いが終わりませんからね。早くここから離れましょう。これ以上敵が来たら厄介です」
甲賀の言葉に海斗はうなずくと、足早にこの部屋を後にした。
〜マグマの地底 B16F〜
モンスターハウスのあった階から足早に進むと、ダンジョン内で危険ではあるが休憩を取ることにした。あの大規模な戦闘のせいで想像以上に体力とアイテムを使ってしまったからだ。腰を下ろし、大きく息を吐く。
「少しキツくなってきたな。そっちは大丈夫か?」
「うん。余裕とまではいかないけど、またまだいけるよ」
声と共に振り向いた海斗にティーエが答える。周りを見ても大体ティーエと同じ程度みたいだ。
「はー…熱さも凶悪的になってきたのですよ…頭がボーっとするのですよ…」
熱さでグダりながらカエンが倒れる。確かに、階を進むに連れ気温が上がっている。しかし、それだけ奥に進んでいるということだ。
「敵の強さは俺たちが前に出ればなんとかなるが…熱さばっかりはどうにもな。俺たちも熱いんだから我慢しろ」
「わかっているのですけど口に出さずにはいられないのですよー…熱いー…」
ここまでくると若干鬱陶しい。熱いのはわかる。俺だって熱いんだから。だからってあんまり言わないでほしい。熱さが増す気がする。
「とにかく、どうにもならないから我慢しろ。熱い熱いって言ってりゃ涼しくなんならいくらでも熱いって言ってやる」
聞いているのか聞いていないのか、カエンからの返事はない。海斗は聞いているものだとして処理したが。
「そろそろ行こうか。あんまり長く立ち止まってるわけにもいかないからな」
海斗が立ち上がると、続々と彼らも立ち上がる。
「ん?これは………」
誰も見ていないところで、歌韻が何かを発見した。妙に光るそれは、やたらと目を引く。
思わずそれに近づき、気付けば手に取っていた。手のひらサイズのキラキラと光るそれは、とても綺麗だった。
「…割れていますね。パーツがどこかに…あ、あった」
一番大きなものを手にしていただけで、残りはすぐそばに散らばっていた。それを一つ一つ拾い集めてみる。
バラバラに集められた欠片は元の形をほとんど成していなかった。一番大きなものでさえ、なめらかに尖っていることしかわからない。
「金色ですから、ここの熱さで金か何かが凝縮されたのでしょうね。取っておきましょう」
これ以上バラバラになるのを防ぐため、小さな布袋にそれを入れた。
「歌韻ー!置いてくよー!」
遠くから聞こえる友の声。歌韻はその袋を道具箱にしまうと、ルアンの元に急いだ。
道具箱の中では、歌韻の拾ったそれが、誰にも知られずに動きを見せた。ノイズがひどく、到底聞き取れるものではないが、少なからず理解出来る単語が聞こえてくる。
「こ…らペ……パ…連……!……える…!聞…えて………ら返事……て…れ!FLB!」
雑音混じりの声はとある救助隊の名を呼ぶと、ちぎれるような音を立てて何も言わなくなった。