第72話 マグマの地底
選りすぐりのはずの救助隊が24時間もたたずに全滅して帰ってきた。難攻不落のダンジョン、マグマの地底。彼らのその姿が、嫌というほど過酷さを静かに物語っていたー
この日、海斗は暇を持て余していた。いろいろなことがあったので、久しぶりに休もうと思って、救助隊業務は完全に停止していたのだ。そんな海斗が、広場の差し掛かった時だった。目の前には信じられないものが映し出された。
「なんだよ………これ……!」
ポケモン広場に横たわる三つの体。その体は傷だらけでボロボロだった。つい先日見送ったばかりの部隊は、変わり果てた姿で帰還してきた。
「グ………すまねえ、予想以上だった。道具も使い切った俺たちを待ってたのは地獄だったぜ………」
「………ごめんなさい。グラードンに会うことすらかなわなかったわ…」
ボロボロのままどれだけ過酷だったかを話す彼ら。ロルグに至っては完全に虫の息だ。とにかく、一刻も争う事態だった。彼らは即刻ペリッパー連絡場即席医療所に連れていかれた。もちろん、担架にのせられて。
広場は沈黙に包まれた。あれだけのチームを用意しておいて、ほとんど何もできずに戻されたのだ。絶望。その二文字が、この広場を飾った。
「…どうやら、マグマの地底という場所は、我々の予想をはるか上に言っていたみたいだな」
エドゥのそのつぶやきも、絶望に吸い込まれて余計に影を落とした。
「ケケッ!最初からダメなんだから、諦めりゃよかったんだよ!無茶するからこうなるんだ。ケケケッ!」
聞き覚えのある腹の立つ声。あの時海斗にボコボコにされたゲンガーが、性懲りも無くまたこの広場に姿をあらわした。
「テメェ…どの面下げてこの場所に来やがった!」
そう言って、海斗はゲンガーの胸ぐらをつかんだ。
「ケケッ!いてぇな、離せよ」
ゲンガーは海斗の手を振り払うと、また笑った。
「何がおかしい!?言ってみろ!」
「この状況に決まってんだろ?もう少し周りの声を聞いてみろよ。どうやらここには賢い奴らがたくさんいるみたいだぜ」
こいつの言いなりになるのは癪に障るが、こいつの言うとおり、周りの雰囲気がおかしい。
「やべぇよ。あのカメックスやられちまうなんてよお………」
「相当やべえってことだよな、アレ…。あんなとこ行きたがる奴なんているのか?」
「私もきっと無理。草タイプだもの…行っただけで燃えちゃうかも」
「ボク、地震が…。しかも周りはマグマだらけなんでしょ?…あああ〜もう想像しただけで無理…」
「生きてただけでも奇跡みたいなもんだよ…。わざわざ死にたくねえよ…」
あたりに漂うマイナスの言葉。あきらめムードが、広場を包む。
「ッ…!エドゥ、お前は!?」
視線を向けると、すぐに俯いてしまった。何も言われなくてもわかるくらいだ。
「葉っぱの団扇が…燃えちまうから…」
そう言うとエドゥは首を横に振った。それを見た隣のやつは、腹が立つほど笑みを浮かべている。
「ケケッ!がんばったからと言って、それが必ず良い結果につながるとは限らねえのさ!時には諦めも肝心なんだよ!………………………おや?我ながらいいことを言ったかな?ケケケケケケケケッ!」
隣じゃ腹の立つやつが満足そうに笑っている。周りのやつらは恐怖にとらわれて後ろ向きなことしか言わない。こんな状況に、海斗はシビレを切らした。
集団の中から抜け出て、エドゥを押しのけ、振り返って、おびえる臆病者どもに海斗は叫んだ。
「ああもううるせーーーーーーッッ!!!そんなに怖えなら家に帰って布団被って震えてろ弱虫どもが!!!」
海斗の怒声に、広場は静まりかえって、一様に海斗を凝視した。
「俺の名前は小鳥遊海斗!このあたりで救助活動をしている救助隊レオパルドのリーダーだ!覚えていてくれ」
海斗の声に観衆がざわめく。口々に「タカナシカイト…?」「誰だそいつは…」という言葉が聞こえる。
「いいかよく聞け!俺は今から弱虫のお前らに変わって、マグマの地底に向かう!」
海斗の宣言に、さらにどよめきが広がる。
「無茶だ!カメックスたちの様を見ただろう!?死ぬかもしれないんだぞ!?」
その声に合わせて「そうだそうだ!」という声まで聞こえてくる。
「無茶だからなんだ!FLBはその無茶をやってんだ!無茶しねーと助けらんねえだろうが!」
他の場所からも声が上がる。
「進化前じゃないか!大丈夫なのか?」
「やめておくんだ!命を捨てるようなものだぞ!」
「喧しいッ!自分に自信のねえ弱虫どもが!自分じゃ何もしねえで、勝手に期待してうまくいかなかったからって絶望してんじゃねえよ!人がダメだったからって、自分もダメだって決めつけてんじゃねえ!バカバカしくて反吐が出る!」
実際に海斗は吐き捨てた。この弱虫たちに対して。
「お前らがやらねえなら俺がやる!出来ねえ出来ねえって嘆く暇があるなら、少しでもFLBを助ける方法とかグラードンを倒す方法でも考えてろ!!」
海斗はそれだけ言うと、広場から姿を消した。その場には、気まずそうに俯くほかの救助隊のみが残された。
「ケケケッ、往生際の悪いヤツ。腹立つんだよな、ああいうタイプ。また邪魔してやろうかなぁ…ケケケケッ!」
人混みの中で邪悪につぶやいたゲンガーの声は誰に聞こえることもなかった。
*
〜救助隊レオパルド基地 完成前〜
海斗は基地に戻るなり道具箱に荷物を詰め始めた。休日と言っておきながら本人はどこかに行こうとする様子に、甲賀は疑問を持つ。
「どうしたんですか?海斗さん。今日はお休みのはずでは?」
海斗はそう言われると、手を止めた。異様な雰囲気を感じたのか、ティーエの家族の手も止まる。
「…悪いが休みはナシだ。緊急救助依頼だ。これからマグマの地底に向かうぞ」
急な決定に、彼らは動揺を隠せない。なんの準備もしていなかったため、慌ただしく動き出す。
「マグマの地底、ということは彼らのことですか?」
「ああ。ある時を境に急に連絡が取れなくなってそこから音沙汰なしらしい。昨日話したと思うが特別部隊が一日も経たずに全滅して、命からがら撤退して来たそうだ。一筋縄じゃ絶対にいかねえ。最大の準備をしていくぞ」
「そうですか…。あの特別部隊がやられたとなると、相当危険な所のようですね。気を引き締めなくては」
言いながらも、甲賀の手は素早い。高速で道具箱の中身を出し入れし、次々に確認していく。
「アレとアレとコレと…よし、全部あります。いつでもいけますよ、海斗さん」
甲賀は荷物をまとめ、一箇所に集めた。その様子を海斗は黙って頷く。
「急な話で本当に申し訳ない。でもこれは一刻を争うんだ。メンバーは俺と甲賀。ティーエ、カエン、ルアン、歌韻、エース。エレナはまだ完全に回復してないから待機。ソルドはエレナを手伝ってやってくれ。あとのみんなは引き続き基地の建設を続けてくれ。帰ってきたとき、完成を楽しみにしてるぜ」
海斗が手を振ると、「おーう!任せとけー!」と、いきのいい声が聞こえてきた。口調からして、ロイだろう。
「よし、行こう。FLBを助けに行くんだ」
海斗がそう言うと、気合い十分にバラバラな答えが返ってきた。が、どれも強い意気込みを表すものばかりだ。
その時、足元から自分を呼ぶ声が聞こえた。少し目線を下げると、荒い息をしているプルーフがいる。
「また…危険なところに行くんですね?気をつけてください。絶対に帰ってきてくださいね」
海斗は不安そうに見上げるプルーフの頭を優しく撫でた。
「なぁに、心配すんな。こんな依頼スパッと片付けてすぐに帰ってくるからよ。安心して待ってな」
そう言うと海斗はニコッと笑みを見せた。プルーフから目を話すと、すぐに厳しい表情に変わる。
救助隊レオパルド、出動だ。
*
地中奥深く、煌々と赤く光る溶岩が絶えること無く流れ続ける地底。炎タイプ以外が触れれば跡形も無く溶けてしまうだろう。
その不気味な溶岩がそこらじゅうに流れている。この流動する赤い悪魔は大口を開けて落ちてくる者を待ち構えていた。
しかし、その悪魔の期待を裏切り続ける者がいる。たった一人やられずに進軍し続ける強者。
近づいて来る敵をいとも容易く叩きのめし、投げ捨てる様はまるで巨人のようだった。その者は少しずつ、だが確実に溶岩の奥底に住まう者に近づいていた。
そこで戦う勇者達を助けに行くために。
「待っていろ…グラードン、FLB」
そう呟く巨人の手には、金色に光る翼のついたバッチが溶岩に照らされて輝いていた。
*
そこはいたって普通の洞窟の入り口だった。少し高い断崖に出来たぽっかりと大きくあいた穴。この何の変哲もないただの洞窟が、マグマの地底への入り口らしい。
救助隊レオパルドは難関ダンジョンの入り口に立っている。
「覚悟はいいな。ここから先は全てが想像以上だ。一瞬でも気を抜いたら命は無いと思え。いいな、絶対に生きて帰るぞ」
海斗がそう言うと、各々覚悟を決めた。そして彼らは、マグマの地底へと突入していった。
〜マグマの地底 B1F〜
「エレキボム!爆ぜろ!」
海斗が投げるバレーボールほどの球体は見事にニドキングの腹部に直撃した。海斗の言葉と共にボールは爆発を起こし、ニドキングをぶっ飛ばした。
「シャドーバークアウト!コウガ、やっちゃって!」
「了解です!水波竜剣!」
ティーエの一撃で体勢を崩したニドクインを甲賀は全身を使って大きく切り上げた。ニドクインの体に袈裟状の傷がつく。
「くそっ、これ以上刃が入らない…!」
しかしニドクインの装甲は予想以上だった。甲賀が力を込めてもこれ以上深く切り込むことはできないだろう。
しかし、それは海斗も同じだ。ニドキングをぶっ飛ばしたとはいえ、目立つダメージ与えられていない。相性が悪いのだ。
「チッ、お出迎えにしては豪華過ぎるんじゃねえか?この先が思いやられるな…」
焦りを感じながら軽口を叩く海斗。その言葉に甲賀も「まったくですね」と賛同の意を示す。
「でもこんなところでつまずいてる余裕は無い。とっとと倒して先に進むぞ!」
海斗はニドキングに飛びかかった。それに対しニドキングは足を大きく持ち上げることで反撃する。
「そんな攻撃当たるか!十万ボルト…は効かないから、アイアンテール!」
ニドキングの蹴りをかわし、"アイアンテール"を振り下ろす。だが、ニドキングが出した二度目の蹴りに弾かれ、その一撃が当たることはなかった。
「くっそ、巨体のくせになかなかいい動きをするな!お前!」
アツくなってきた海斗は思わず賞賛の言葉を放つ。意味がわかったのかどうかは知らないが、ちょっとだけ自慢げな表情に変わった気がした。
*
海斗が戦っている時、邪魔をさせないように甲賀とティーエは立ち回っていた。ニドクインを完全にこちらに惹きつけ、手出しはさせないように。
「ティーエさん!僕に合わせて!行きますよ!」
「うん!シャドーボール!」
ティーエから放たれた漆黒のエネルギー球は甲賀に向かって飛んでいく。甲賀はそれを真っ二つにした。瞬間、剣にシャドーボールが取り込まれ、刀身は黒紫色に変わる。
「剣技、十二月が一つ、霜月。ゴーストタイプの剣もなかなか悪くないですね」
何かを予測したのか、ニドクインは一歩下がった。
「あなたの相手は僕達です。ここから先は一歩たりとも行かせませんよ!」
甲賀が剣を振ると、地を這うように黒色の衝撃波がニドクインに当たった。大したダメージはないが、牽制には十分だ。もちろん、すぐに本命の技をぶつけに行く。
「剣技、十二月が一つ、葉月!」
一瞬の剣閃と共に抜き放たれる白銀の一撃。今度は止まることなくニドクインを切り裂いた。
「ふう………序盤からこの強さとは。ペース配分をきっちりしないと、息切れで倒れてしまいそうですね」
この時点で感じる熱さと若干の緊張から流れた汗を拭うと、甲賀は海斗の方を見た。そこにはすでにニドキングを倒して腕を組んでいる海斗がいた。
「終わったみたいだな。行くぞ。なるべく急いだ方がいいだろう」
改めて想像以上の場所だということを確認すると、彼等は注意深く先に進んでいった。