第71話 それぞれの夢
狂気の研究者、ジュリアスを撃退した海斗。眠りについた後、また不思議な夢を見るー
肉体の無い意識だけの世界。様々な感覚が消え、水中で息ができたり自由に空を飛べる。夢とはそういう場所。全てが思い通りに動く理想の世界。
だけど、一度現実と干渉すれば夢は夢でなくなる。それは正夢となって、良くも悪くも夢を見たものに襲いかかるのだ。それは夢の中で体験するだけでなく、見た、聞いたも現実となる。
「………また会ったな。…サーナイト」
「はい………」
意識だけの何もない世界に漂う緑と白のポケモン、サーナイト。
「かなり久しぶりなんじゃないか。最後に会ったのは………悪い、思い出せない」
一考したが思い出せない。正直夢を見るのさえ久しぶりなのだ。ずっとそんな暇はなかったから。
「ええ、何時ぶりでしょうね。お久しぶりです。海斗さん」
サーナイトは海斗に一礼して見せた。海斗もつられて少し頭を下げる。
「なんでサーナイトは俺の夢に現れる?俺はあんたのパートナーだったトレーナーでもないし、祟りを受けるはずだった人間じゃない。何か目的でもあるのか?」
海斗は少々強めに言った。自分があそこまで悩んだのは少なからずこのサーナイトのせいでもあるからだ。
「はい。私は精霊の使いとしてあなたを見守ること。それが今の私に与えられた役目だからです」
戸惑いなんてない、真っ直ぐな答え。疑う余地なんてなかった。
「夢の中に出る。エスパー系のポケモンなら出来ないことはないだろうな。肉体も無いのに律儀なことだな」
現実なら言い過ぎだとティーエに咎められているだろう。しかし、言うなればここは海斗だけの世界。止める者はいない。
「ええ。私はかつて、私のトレーナーの代わりに祟りを受けて実態のない存在になりました」
「どうにも、クソみてえな話だよな。身を呈してかばったやつを救えるかもしれないチャンスが与えられたにもかかわらず、それぶん投げて自分はスタコラ逃亡だ。酷いとは思わないのか?」
名も知らぬサーナイトは悲しそうに笑った。
「ええ、本当に酷い人でした。いじわるしたり、騙したり、本当にダメダメさんでした。でもですね、私、その人のこと恨んでいないんですよ」
そう言うと、サーナイトは照れ臭そうに笑った。海斗には謎だった。
「ふぅん…。サーナイトには自己犠牲に近い部分があるんだな」
サーナイトの感情に海斗は自己の判断を下した。見解の相違とは考え方の違いからくるものだ。
「そうかもしれませんね。それでも私はあのダメダメさんを憎めないんですよ。ちょっと変わってるけど、やさしいところもあるんですよ?」
言っても無駄だと分かったのか、海斗は両手を上げた。
「やれやれ。あんたが心の底からそのトレーナーが好きで、そのトレーナーがとんでもないクソ野郎で良かったぜ。酷い言いようだが、相手のことを中途半端に好きだと助けた助けてくれないであんたがそのトレーナーを恨むことになるだろうし、そのトレーナーが本当はいいやつで、その時だけ恐怖に負けて逃げ出したんなら後は後悔に苛まれて生きるだけだ。かなり酷いことにはなってるが…ある意味一番良い結果で纏まったのかも知れないな」
海斗なりにサーナイトの思いを掬うと自分の思いを伝えた。
「それにあの時、私は必死だったので。一度パートナーと認めた者は命をかけて守り通す。それが私の心情ですから。あの人を無事に守ることができた。それだけで私は満足です」
「満足、ねえ。まあサーナイトがそれでいいならいいんじゃねえか。俺ならそれじゃ納得できないがな」
海斗はサーナイトから視線を外した。その瞳は遠くを見ている。誰を思っているのか、サーナイトにはすぐに分かった。
「それに私、今の存在になってもそんなに嫌じゃないんですよ。私は私の役割を持っていますし」
それを察したサーナイトは何かを言うことなく話題を変えた。
「私の役目はあなたを見守り、導くこと。そして貴方にも私と同じように役目を与えられています」
「俺の役目ねえ。まあ気が向いたらやってやるさ」
サーナイトの言葉を軽く流した海斗。
「悪いが、正直その役目とやらは聞きたくねえな。記憶が戻ったわけでも、すでにその役目とやらを知ってるわけでもないけどよ。手の中のもん守るのに精一杯の俺にこれ以上悩みの種を蒔かないでくれるか」
海斗はキッパリと断った。しかし、サーナイトの表情は変わらない。
「では、今の貴方に役目を伝えるのはやめておきましょう。して、貴方の守りたいものとはなんですか?」
悟ったような笑みを見せると、サーナイトは穏やかに聞いた。
「そんなの決まってるだろ。俺の周りにいる奴ら、全員だよ」
海斗は不敵に笑うと、自信を持って言い放った。失いかけたからこそ、助けられたからこそ海斗は守ろうと決めたのだ。
「そうですか。それはとてもいいことだと思いますよ。…おや、そろそろ時間のようです。それでは私は消えますね」
そう言うと、サーナイトはどんどん薄れていく。姿が消えかけて行っているのだ。
「時間?ああ、そういえば夢の中だったな。さすがにずっと一人じゃ寂しいだろ。たまに会いに来てやるよ」
海斗がそう言うと、サーナイトは嬉しそうに笑った。口が動いていたのが見えたが、何を言っていたかは聞き取れなかった。サーナイトが完全に消えると、海斗の視界が白い光に包まれた。次に目を開けると、晴れ渡る青い空が見えた。海斗は寝癖の付けた頭で起床した。
*
ペリッパー達の号外が配られた今、ポケモン広場に彼らを敵視するものは一人もいない。カクレオンの二人も、倉庫のおばちゃんも、久しぶりに顔をあわせる者たちは皆一様に頭を下げてきた。それを全て笑顔でかわすと、いつも通りに戻った。カクレオンの商品を見て、ガルーラおばちゃんの倉庫にどうぐを預けて依頼を受けようと広場に出た時だった。いつもはポケモンがまばらにぶらぶらしているだけなのだが、今日は違う。
ガタイのいいポケモンや、体に傷跡を残すポケモンなど、屈強そうなポケモンがやたらに多い。中にはそれなりに有名な救助隊までいる。
そんな中、海斗たちはわけも分からずその集団の中にいた。
「おいおい、こりゃ一体どういうことだ?随分ポケモンが多いな」
「さあ……うわ!す、すいません!」
「大丈夫ですか?人が多いので気をつけてくださいね、ルアンさん」
「ふぅん。なかなか強そうなのが結構いるな」
今のメンバーは海斗、ルアン、歌韻、エースの四人だ。簡単に言えばコラボ組みと海斗である。
周りのポケモンから話を聞くと、どうやらここで重要な話があるらしく、救助隊への協力を呼び掛けられていたそうだ。
その時、集団から少し離れたところにダーテングのエドゥが見えた。
「今日は集まってくれて本当にありがとう。早速本題に入りたいと思うのだが、いいだろうか」
エドゥがそう言うと、騒がしかった場が一気に静まった。一点に注目が集まる。
「つい先日、ペリッパーの号外に載ってたように、フーディンらFLBがグラードンを鎮めるためにマグマの地底に向かったことはご存知だ思う」
このことに周りは少しざわつく。知ってる者もいれば、知らずに集まった者もいたようだ。
「しかし、彼等がマグマの地底から一向に帰ってこない。彼らがマグマの地底に突入し、途中までは通信が繋がっていたのだが、襲撃を受けたのか急にその通信が切れたのだ。そして今回、地方から呼んだ強力なメンバーを選り抜き、FLBの捜索、救助を目的とした特別チームを編成して、マグマの地底に突入してもらいたい」
それで強そうなポケモンがいるのだと、海斗は腑に落ちた。招集を受けた救助隊たちは次々に名乗りを上げ、その中からマグマの地底にいる相手に有利な技を持ったポケモンや、有利なタイプを持ったポケモンが選ばれた。
南方からの救助隊、水タイプのメンバーが中心のハイドロズのリーダー、カメックスのプレズド・カーター。
同じく南から、一度狙いを定めたら相手が力尽きるまでしつこく狙い続ける執念の救助隊、カラミツキリーダー、オクタンのチハ・ディベンス。
変わって西方からの救助隊、全てを粉砕する圧倒的パワーを持つ暴れん坊、救助隊ゴロゴロズのリーダー、ゴローニャのロルグ・バネッサ。
極東からの救助隊、たった一人で救助隊を組み、困難な依頼を解決する最強とも名高い孤高の救助隊、サイドンのガルード・イースタル。
海斗も一度は聞いたことのあるほどの有名な救助隊達だ。まあ、ガルードは一人でやっているため、救助隊かは知らないが。
「………よし、これで全員だな。特別部隊は彼らに決定だ。幸運を祈る」
エドゥが決を下した。異論は無いようで不満の声などは無い。むしろ歓声が上がるくらいだ。
特別部隊が編成されると、彼らは早速マグマの地底へと向かった。
「任せろって。FLBには及ばんだろうが、俺たちだってそれなりに強いと自負してる。負ける気がしねえぜ」
カメックスのカーターが言ったこの声で、さらに歓声が大きくなった言うまでもない。それを見送る者たちの表情はさまざまだった。不安そうに見送る者。安心して周りに話しかける者。最初から興味の無い者。次は自分とでも言わんばかりにむすっとした表情をする者。
「あいつら、まだ帰ってきてなかったのか…。ゴールドランクなのに心配させんなよな」
「でも、マグマの地底って難易度の高いダンジョンなんでしょう?いまだに帰ってこないとなると、心配もするんじゃ…」
不安そうに海斗の顔を見上げるルアン。ほかのメンバーと比べ、ルアンは少し幼いから見上げる形となる。
「大丈夫だろうよ。あそこまで自信満々に行ったんだ。しくじるなんてないさ」
海斗はぐしぐしとルアンの頭を少し乱暴に撫でた。
「そうだといいんですけど………」
基地に戻ろうとする海斗を止めず、四人は基地に戻っていった。今日は幾つかのパーティーの分かれて依頼をこなした。それ以外は特筆すべきことは無かった。
しかし、翌日彼らが見たものは、変わり果てた特別部隊のメンバーたちだった。