第66話 命の重みとその価値
ルーとロイは己のクローンにトドメを刺した。いつか誓った約束は破られ、研究所は血に染まるー
休む暇なんてない。次から次に繰り出される技は的確にレイトを狙い、近付いてくる。どこに回避しても先読みされ、逃げた先はもう炎に囲まれていることが多かった。
「くっ、避けきれな…うわあっ!」
「あ、当たった!?ようし…」
少し幼い感じを覚えるレイトのクローン。それでも戦闘力そのものはかなり高い。
「負けてらんないね…!火炎放射!」
「うひゃあ!あ、危なかった…」
レイトが放った火炎放射は、頭を下げるだけ、というなんとも気の抜けた避けられ方をした。
「戦いにくいなあもう…。こんなのが自分のクローンなんて信じられないや。幾ら何でも怖がり過ぎないかい?僕の方が罪悪感あるんだけど」
通常、戦闘で愚痴をこぼすなんてありえない。ただ、そう言いたくなるほど戦いにくい相手だったのだ。
「火炎放射!」
レイトのクローンが撃ち放つ火炎放射。やはり狙いは正確で、確実にレイトの元へと飛んでくる。
「僕はさあ、弱い相手に本気出したくないんだよね。もしかしたら手痛いしっぺ返しを喰らうかもしれないけど、こっちの勝ちは高確率で決まってる。まあでも『獅子は兎を倒すのに全力を尽くす』、とも言うしね。一応本気で行かせてもらうよ」
そう言うと、レイトは自分の手を口に当てた。そして小さく言った。
「失われし古代の炎、ロストフレイム。 発動」
瞬間的に、レイトの周りの温度が上がった。周りは陽炎のように揺らめき、それが更に不気味さを増している。
「炎タイプじゃ感じられない熱さを教えてあげるよ。ロストフレイム!」
レイトの口から吐き出された炎の色は、なんと青かった。
「青い炎…!?いや、好都合!僕の特性は"もらい火"!そんな炎、なんとも___
言い終える前に青い炎がクローンレイトの体を包み、その体を焦がした。
「あつっ!?熱い!なんで?炎は効かないはずなのに!」
「あれ、君は僕の能力を知らなかったのかい?情報不足は敗因の一つだよ。まあ、君も使えるはずだから教えてあげるけどね。僕の力、つまり君のものでもあるこの力はどんなものでも燃やすことのできる特殊な炎。"もらい火"を持ってたってこの青い炎の前じゃ意味が無いんだよ」
初めて知ったという顔を見せて、レイトの真似をするクローンレイト。すると、すぐに同じ炎が出た。
「へえー。でもよかったの?こんな事教えちゃって。自分を守る手立てが無くなったのと同じだよ?」
強気に上塗りされた笑みでレイトを見る。それでもレイトの表情は一つも変わらない。
「どうせ戦うなら強い相手の方がいいから。自分が相手だとなおさらね。と言うかこんなに弱い自分が許せないだけだけど」
「なにそれ酷い!…まあいいや。君は今から僕の炎に焼かれることになるんだからね!覚悟しなよ!」
そう言うと、口に力を溜め込み、クローンレイトは炎を吐いた。炎の色は確かに青かった。しかし、驚くべきはその大きさ。今までの火炎放射の何倍ものあろうかと言う炎の塊は真っ直ぐにレイトに向かう。なぜか、レイトはそれを避けようとはしなかった。
「………ブレイズフレイム」
青い炎を身に纏い、そのまま棒立ちで自らその炎の中に飲まれた。
「くっ………予想より少し上くらいか………持つかな、この防御膜」
レイトは必死に炎に耐えた。外では「これで終わるわけがない」と思い続けるクローンレイトがレイトを包んだ青い炎をじっと見つめている。
そしてとうとう火炎放射の効果時間が切れ、炎が消えた。そこには青い炎に包まれたレイトが立っていた。
クローンレイトはそれを見て体の震えが止まらなかった。
「この技を耐え切った僕の勝ちだ。君の様子を見ると、これ以上強い技は無いんだろう?」
クローンレイトは黙って頷いた。それは、敗北を意味する。
「………さよならだよ、僕。もう二度とその姿で会いに来ないでくれ。ヴァンブレイズ」
深海の青より青いその炎はクローンレイトを瞬時に飲み込み、消し炭すら残さず灰にした。彼がこの世界にいた、という記録は、消え去った。
レイトは何故か、涙が止まらなかった。流す気も無いのに、止めようとしても、涙は溢れ出た。
「この世界は…残酷なんだ…。真実や軌跡さえ闇に埋もれていって、新しい光が作り出される確率は万や億、あるいはそれ以上と等しい。生きていれば、君は光になれたのかい?………僕は間違い無く闇だろうね」
涙が表す感情は、嘆きか、悲哀か。レイトですら、それを知るすべを持っていなかった。
*
戦いの規模で言えば、この場所が一番激しいだろう。念力によって作り出された力の塊は余すことなくその力を発揮し、爆発を起こし様々な衝撃を発生させた。技同士が激しくぶつかり合い、お互いの特殊能力を駆使して常人では理解出来ないとても難解な戦闘を繰り返している。
「シャドウログ……今だ、撃て」
「サイコカッター!」
クラブが作り出した影の抜け道にジストがサイコカッターを撃ち込む。すると、クラブクローンの背後に突然サイコカッターが出現した。それは回避する暇無く直撃する。
「おれにそんなものは効かない。本気で来い。じゃなきゃ楽しくない」
しかし、平気な顔をしてそう言った。技の効果が薄いことは少なからずショックを与えた。
「あの防御力の高さ、厄介ね。早めに倒したいところだけど………」
「ジスト…後ろだ……!」
「分かってるわ!サイコショック!」
念力で作り出された礫程の塊が大量にジストの背後の目標へと叩きつけられる。
「きゃあっ!?…っく!やるわね!」
吹き飛ばされた相手は突如出現した黒い塊に飲み込まれ、気付いた時にはクラブクローンの隣にいた。
「さすがは私のオリジナル!実力も申し分ないんじゃないの?」
相手を見下したように強気に出るジストのクローン。ただ、そこでクラブクローンの張り手を喰らった。
「ばか。むやみに突っ込むな」
「いたっ!?なにすんのよ!分かってるわよそんなこと!とっととオリジナル達を倒して、私達はマスターに褒めてもらうのよ!」
「………悪くない」
何かしらの意見が一致したところで、再び襲ってきた。
「サイコショック!」
「シャドーボール」
大量の念力塊と紫色の球体。それぞれが個別の動きをしながらジストに迫る。
「フ……見えた」
ジストの両目が白く光ると同時に、ジストを放たれた技が襲った。ジストごと床を撃ち抜き、黒煙が舞い上がる。
「やった!全弾命中ね!」
「………油断するな…まだ終わりじゃない」
その時、黒煙が中から散らされた。そこにはほぼ無傷のジストが立っていた。
「もう少し繊細なコントロールを身に付けたらどうかしら?一発も当たってないわよ」
ジストは自身の能力を使って攻撃の軌道を先読みしてすべて避けていたのだ。嘲るようにジストが言うと、相手はあからさまな反応を見せてくれた。
「ムキー!!!ムカつく!何アレ!もう許さない!本気で行く!」
「………やれやれ」
見て分かるほど怒り、二人して本気を出してくれるようだった。
「シャドーボール」
クラブのクローンが抑揚の無い声で言った。
「今さらそんなの当たるわけないでしょ。クラブ、避けなさいよ」
「…分かっている」
ジストはもちろんのこと、クラブもあっさりとシャドーボールを躱した。
「………ぐっ!?」
はずだった。なんと後ろの壁にぶつかったシャドーボールは消えることなく、跳ね返って後ろからクラブを襲ったのだ。
「やった!今度こそ当たったわ!」
「………おめでとう。だけど終わりじゃない」
そう言うと次弾を作り始めた。それは、ジストのクローンも同じである。
「クラブ、大丈夫?大した怪我はなさそうだけど…」
「姉さん………大丈夫。心配してくれて…ありがとう。そろそろ力を合わせよう。じゃなきゃ…姉さんまで傷付く」
衝撃で倒れたクラブが立ち上がると、ジストにそう言った。ジストも、「姉さん」と言う言葉を聞いて一層気を引き締めた。
「へぇ。クラブが私を『姉さん』って呼ぶとはね。いいわ。本気でやってあげる」
ジストがそう言うと、クラブは恥ずかしそうにそっぽを向いた。
クラブはいつもはどんな時でも姉や兄などとは呼ばないが、心配している時、何かをしてしまって申し訳ない時だけ家族のことをそう呼ぶ。
「ハッ。な〜にアツいとこ見せつけてくれてんのよ。よくもまあそんなに余裕で居られるわね!」
ジストのクローンが苛立つと、シャドーボールが飛んで来た。今度も壁に当たってもはね返り、壊れない。
「どうかしら!?私のサイコキネシスでシャドーボールをコーティングして、跳ね返るようにしたシャドーピンボールは!」
そんな説明を耳にする頃には、いつまでも追いかけてくるシャドーボールに対して二人は苛立ちを見せていた。
「だったら撃ち落とすしかないわね。サイコショック!」
小さな白い発光体がジストの周りに作り出され、それと同時に次々相手のシャドーボールを撃ち落としていった。
「………守る」
瞬間、半球場の緑色のシールドがクラブを覆い尽くす。足の遅いクラブは避けることや撃ち落とすことは難しいと判断し、ダメージを受けない方法をとった。案の定、守るにぶつかったシャドーボールは次々に爆裂して消えていく。
「クラブ!あっちの守るを展開している方を狙いなさい!私はひょいひょい飛び回るあの鬱陶しいのを落とすわ!」
「了解」
クローン対オリジナルの戦い。標的は自分自身に絞った。
「さあさああたし!さっさと負けを認めなさい!」
「嫌よ。丁重に断らせていただくわ。あなたこそ、そんなところにいていいのかしら?」
「どういう___
ジストの問いに答える間も無くジストのクローンは吹き飛ばされた。
「あぐっ!」
「あーあ。だから言ったのに………そこもすぐに離れたほうがいいわ」
何が起こったのかと、周りを見るとクラブと自分が撃ったシャドーボールがまだ反射していた。おそらく、その一発が当たったのだろう。しかも今この瞬間もシャドーボールがこっちに向かってきている。
「くっ!」
身を反転させ、すぐさまそこから逃げる。こっちに向かっていたシャドーボールは壁に当たると音を立てて爆発した。
「危なかった………ぐうっ!?」
避けたのもつかの間、また別のシャドーボールが直撃した。相性が悪い攻撃が二発も直撃してしまい、ジストのクローンは身動き出来なくなる。
「そんなっ…動いて、私の体!」
動けないクローンに、ジストは容赦無く近付く。
「自分で撃ち出した技にあってれば世話ないわね。これで終わり?もっと楽しませてくれるのかと思っていたけど」
慈悲無き目で鋭く睨み付ける。
「やだ…助けて…!」
「さっきまで戦ってた相手に助けを求めるの?それはちょっと虫が良すぎない?」
本当なら、すぐにでも命を奪うところだった。しかし、ある一言がジストの動きを止めた。
「死にたく…ない…!」
「………!」
ジストの心にはある思いがあった。
命は平等じゃない。生きることに自由はないと。でも、目の前の自分は今から迎える『死』という定めに抗って生を求めた。
ジストはそこに、言い表せぬ抵抗を感じた。
「………あなたが何を言っても、私には全く響かない」
ジストは、嘘をついた。本当ならこのままトドメを刺す所だった。
「言っておくけど、あなたにかける情なんてない」
また嘘。死の淵に立つ者を、蹴落とすほど自分も鬼じゃない。そこに手を差し伸べるくらいは出来る。
「残念だけど、あなたはここで終わり。安心しなさい。せめて、苦しさを感じる前に潰してあげる」
ジストはサイコキネシスでクローンを持ち上げた。クローンの表情は、恐怖に変わる。
「………さよなら。私」
ジストがサイコキネシスに力を込めた瞬間、クローンの体が爆発した。驚いて何があったかをすぐさま確認する。
「さよならだよ、おれの姉さん。敗者には死あるのみなのだから」
すぐに分かった。クラブのクローンが、シャドーボールを放ったのだ。
「おれ達は作り物の紛い物。どれだけ足掻いても、オリジナルには遠く及ばない。作られた時から負けが決まっているんだ。おれ達が負けること。それは死と同義語だよ、姉さん」
何の感情も無く、クラブのクローンは冷たく言い捨てる。ジストのクローンは聞いているのか聞いていないのかピクリとも動かない。
「………聞いても聞いていなくても同じだけどね。もう二度と会わないだろうし。というかダサいよ、そのやられ方」
あまりの言い草に、ジストは腹が立った。頭はあくまでも冷静に、心は煮え滾るマグマのような怒りで染めて。
その時、ジストが飛び掛かるより速くそいつの顔をクラブがぶん殴った。
「この…外道が……!!」
「…外道で結構。命なんてそんなものでしょ」
この一言が、二人を完全に怒らせた。
「貴様ッ…!動くな!その首跳ね飛ばしてくれる!!」
「『命なんてそんなもの』………?よく吠える口ね。だったらあなたを殺しても何の問題も無いわね。だって、そんなものなんでしょ?命は…!」
怒り心頭、と言ったところか。クラブはアイアンテールを発動させ、自分のクローンに向かって叩きつけた。しかし、煙と共にクローンは姿を変え、ぬいぐるみみたいなものになった。そしてすぐにそのぬいぐるみらしきものも消える。
「みがわりか………!」
「そうだよ。しっぺ返し」
「ぐっ………!」
しっぺ返しは、相手が技を使った後だと威力が上がる技だ。攻撃を外してもそれは成立する。
「クラブッ!シグナルビーム!」
ジストの目の前から、クラブのクローンに向かって菱形の赤紫色のビームが発射される。それは確かに命中したが、また煙のように消えてしまった。
「またみがわり…!今度はどこ!?」
「こっちだよ。あくのはどう!」
突然背後から声が聞こえ、そこには半分影に埋まったクラブのクローンがいた。その状態から一気に飛び出ると、ジストに向けてあくのはどうを撃った。
「うぐうっ………!」
「姉さん!」
効果抜群の技を受け、大きく吹き飛ばされるジスト。空中でなんとか体制を立て直し着地するも、ダメージが大きく着地した場所でしゃがみ込んでしまう。
「姉さん!大丈夫?まだ動ける?」
「ええ。少し大きいのを貰っちゃったけど、まだ大丈夫。すぐ回復するから、アイツを見失ったらダメよ」
クラブは言われた通りクローンを見逃さないことに専念した。
「おれらに敗北は許されない。負け、即ち死。生きたいわけでもないけど、死にたくはない。だからお前を倒す」
酷く感情の無い言葉。
「………だからなんだ。お前なんかに生きる価値は無い。命を『そんなもの』呼ばわりする愚者に、存在する価値も無い………!」
ここまで怒りを見せるクラブは初めてだった。
「見るがいい。貴様の知らぬ、本当の俺の力を…!」
クラブがそう言うと、急にクラブの影が盛り上がり、球体から花開くように咲くと、中から自分と全く同じ姿をした黒い塊が現れた。
「俺の力、シャドウログは影の記憶を読み取って全く別物に書き換えたりすることができる。俺自身影に溶け込むことも可能だから本来は諜報に優秀な能力だ。だがそれだと戦闘に関しては非常に不得意になってしまう。だから俺はこの技を編み出した。物体を影から影に瞬時に移動させるシャドウポース。そして、自立した思考を持ちもう一人の俺ともいえる存在を作り出すシャドウレジスタだ。覚悟しろ、三下…!」
「丁寧に説明までしてくれるとは。だが、負けられない」
視線と視線がぶつかり、火花を散らす。
「シャドーボール」
「避けるまでもない」
飛んで来たシャドーボールを避けようとせず、自分の影を動かした。影がはクラブの前に立ち、その身にシャドーボールを受けた。しかし、何事も無かったの如く平然と立っている。
「無駄だ。これは俺の影。どんなに攻撃を受けようともビクともしない」
「長期戦は不利か。なら早めに決着をつけよう」
クラブのクローンは、またシャドーボールを撃ってきた。クラブは単調な攻撃だな、と思ってそれをまた無効化した。
「背後を取ったからと言って勝ったと思うなよ……三下!」
突然クラブが背後を振り返ると、そこには影を通って移動してきたクローンがいた。あまりの唐突な出来事にクローンの動きが鈍る。
「貴様のような下衆に使う技なんて無い!!これで充分だ!」
そう言うと、クローンの顔半分に全力で拳を叩きつけた。
「がはっ!」
「まだまだだ!くらえ!」
クラブの名も無き攻撃は続く。なにせ、ただ殴るだけなのだから。
クラブは殴った。何度も何度もクローンを殴った。途中避けられ、反撃を受けて怯んでしまった時は影を操って殴らせた。クラブは絶対に、攻撃を止めなかった。みがわりを使わせる前に蹴った。シャドーボールを撃たせる前にヘッドバッドをぶつけた。そうするうちに、クローンは弱っていった。
「ふん………。ただ殴られるのも、結構効くだろう?」
「………それはどうかな」
「何………?」
クラブが倒れているクローンを見直すと、何時の間にか怪我のほとんどが治っていた。
「つきのひかり。おれとしたことが、すっかり忘れていた」
つきのひかり。対象者の体力を回復する技の一つだ。もちろんクラブだって使える。
「どれだけダメージを受けようとも回復してしまえば問題無い。かかって来い。そんなんじゃおれを倒せないぞ」
「………いいだろう。だったら見せてやる。全てを捉え何一つ逃さない闇の本当の恐怖を」
クラブが床を軽く叩くと小さな黒い輪が出来た。
「
漆黒の混沌穴!!!」
小さな黒い輪を殴り付けると、クローンの足元に遥かに大きな穴が開いた。いきなり宙に放り出されたクローンはなす術なく穴に落ちていく。
「漆黒の闇に包まれながら永遠に終わらぬ無限の旅をするがいい」
クラブが床から手を離すと、黒い輪と共に穴は消え、クローンはいなくなった。
「さらばだ、愚かな
複製品。たった一つしか無い命を弄んだ者には当然の報いだと思うがな」