第64話 スクイハナイ
見たことない場所で仲間と思われる亡骸を見つけた海斗。一体ここはどこなのか。脱出は出来るのかー
「嘘だろ………なあ……ティーエ………」
物言わぬ遺骸を見つめ、絶望に沈む海斗。甲賀も一時的にショックを受けて頭の中が真っ白になったが、すぐにそれが全くの別人であることを見抜いた。
「落ち着いてください、海斗さん。この方はティーエさんとは違う方です」
甲賀の発した言葉に縋るように否定する。
「ああ、そう、だよな。こいつがティーエなわけないじゃないか。そうだよ。俺は何を言ってんだ。落ち着かねえと…」
突然甲賀が何の躊躇いも無くその遺骸に近付き、調べ始めた。
「(………死因は外傷による出血多量?いや、違う。そんな外傷は見られないし、体の下に血だまりは無い。老衰、とも違う。幾ら何でも若過ぎる。だけど、これは明らかに衰弱死。そうじゃなきゃ、こんなに痩せ細ってはいない。しかも最低でも死後三日以上は経ってる。昨日今日死んでしまったわけじゃなさそうですね)」
早めに結論を出すのは危険だが、今はここで衰弱死した悲運のポケモンと言うことで頭の中にしまっておいた。倒れている海斗を立ち上がらせ、言った。
「やはりこの方はティーエさんではないです。少し嫌な予感がします。早めに脱出をしましょう」
海斗も黙って頷き、また走り出した。
*
あれ…私、何してたんだっけ。
確か、また海斗が怪我して戻って来て、一応私が看病してあげて、それで………どうなったんだっけ。
頭がボーッとする。うまく物事が考えられない。とりあえず、ここはどこだろう?
気絶にも近い眠りから覚めると四肢に違和感を感じた。どれだけ力を込めてもちっとも動かせない。
「あれ………おかしいな。どうして?」
そこで初めて自分が拘束されてることを知った。
「え?え!?ウソ、なんで!?」
どれだけ力を込めても拘束具はがちゃがちゃと音を立てるだけで外れはしなかった。
「クックックックックッ………やっと気付いたかね?我が娘よ」
酷く粘着質な声に背筋に寒気が走り、鳥肌が立つ。もう二度と聞きたくなかった声。
「ジュリアス・マールハイト………!!!」
それはかつて、ティーエとティーエの家族達を生み出した狂気の研究者だった。
「会いたかったぞ、ティーエ。私の最高傑作…さあ、もう一度私に力を貸すのだ」
「絶対に嫌!あんたなんか力を貸すくらいなら死んだほうがマシ!」
「ほう………感情を持たぬ木偶がここまで言うようになったか。流石は私。天才だな」
ティーエに睨まれながら鼻高々に頷くジュリアス。余裕の笑みに嫌悪を覚える。
「しかしそんな貴様も時期に逆らえなくなる。さあ、これを見るがよい」
ティーエの目の前に降りてきたモニター。そこには、異様に広いフィールドに海斗と甲賀が不思議そうに辺りを見渡している光景が映っている。そのフィールドに、ティーエは見覚えがあった。
「まさか………!やめて!今すぐに!」
「これから実に面白いものが見れるぞ。貴様もそうは思わないか?」
「あそこは………!カイトっ!コウガっ!逃げて!」
「無駄だ無駄だ。ここから貴様の声なんて届くわけ無かろう。貴様の仲間が無様に地べたに這い蹲りその命を散らしていく様をその目に焼き付けるがいい!」
「いやああああぁぁぁぁぁ………!!!」
そのフィールドに、次々にポケモンが投下された。
*
「なんか広い所に出たと思ったら、いきなり敵さんの登場かよ。絵に描いたような現れ方だな」
のんきに次々に現れるポケモンを傍観する海斗。
「言ってる場合ですか。こいつら、かなり強いですよ」
甲賀は向かって来るポケモン達に、時に避け、時に反撃して迎え撃った。しかし、海斗は矢継ぎ早に飛んでくる技や近づいて来るポケモンを右に左に自在に避け、次々に立っているポケモンの数を減らしていった。
「遊んでないで早く倒しましょうよ!ティーエさんを助けるんです!!」
「わーかったよ、うっせーな。………そらよっ!」
海斗が避けるのをやめ、拳を大きく振りかぶったゴーリキーのアゴに蹴りを入れた。瞬間、一撃でゴーリキーが沈み、その場に倒れた。海斗が両手を組み合わせ、パキポキと指を鳴らす。
「死にてえ奴は掛かって来な。向かって来ない奴まで倒す気はねえが、戦りたいってんなら倒されても文句言うなよっ!!」
海斗がそう言い、群れの中に突っ込んでいった。
*
「フン………かなり威勢のいいやつだったが、すぐに殺されるだろう。さて、どうするかな?ティーエ」
かつての絶望の地に放り込まれた海斗と甲賀を見せられ、悪魔的質問を投げかけられるティーエ。
「………めて…」
「んん?聞こえんな。もう少し大きな声で言ってみろ?」
「わたしはどうなってもいいから…二人を助けて下さい………!お願いします………!」
ジュリアスはその言葉を待ち望んでいた。非常に黒い笑みがジュリアスの顔を染める。
「そうかそうか!いいだろう、叶えてやる。しかし、その代償は分かっているな………?」
ジュリアスはモニターを下げさせると、あるスイッチを押した。その瞬間、ティーエの体に針が撃ち込まれる。
「あぐっ………!」
「フフフフフ………再び我がしもべになるがいい、ティーエ………!」
薄れる意識の中で、ティーエは二人の無事を祈った。
*
「なんだ。意外にあっけないのな」
大量の気絶したポケモンを目の前に、海斗は呟いた。最初は苦戦してたように見えた甲賀も、汗をかいてすらいない。
「見掛け倒し、ですかね。こいつらやっぱり全然強くないですね」
剣を収め、戦闘態勢を解く甲賀。先に進む道を探していると、急に天井から巨大なモニターが降りてきた。モニターの電源が付くと、ジュカインの顔が大きく映された。
「やあやあ、初めましてになるかな?諸君」
余裕の笑みでモニター越しに二人に挨拶をするジュカイン。もとい、ジュリアス。
「私の名はジュリアス。この研究所の主だよ。君達が小鳥遊海斗君と影虎甲賀君だね。ティーエから話は聞いているよ」
ティーエの名が出た瞬間、海斗の中で何かが繋がりかけた。
「さて、君達はよくやった。何せそこにいる出来損ない共を全員倒してしまったのだからな!報酬としてここから出してやろう。嬉しいだろう?」
非常に粘着質な声。だけど外に出られるのは願ったり叶ったりだ。
「君達が助かることをティーエは望んでいるのだよ。データは充分に取れたし、君達にもう用は無い。さっさと出て行ってくれ」
その言葉で海斗の中で全てが繋がった。
「………甲賀、行くぞ。この研究所をブッ潰すんだ」
海斗の口から出た破壊の言葉。それを言い終えると同時に、出口とは別の方向に走り出した。更に研究所の奥に行く道に。
「おいおい、不法進入は困るよ?私とて研究機材を壊されたらたまったものじゃないからな」
その声と同時に、奥に行く道は突如として降りてきた防壁によって塞がれた。しかし、構わず海斗は突っ込む。
「フン、何をしようとしているのか知らんが、その防壁は絶対に壊れん!私の特別製だか___
「ドリルボルト!」
海斗の右手に、電気で作られたドリルが現れた。それを防壁に向けて大きく引き込むと、走ってる状態からジャンプし、全ての推進力をドリルに預けた。その所為もあってか、ドリルが防壁に当たると同時に派手な音を立てて貫かれた。シャッターにはポッカリと穴が開き、その奥に海斗の姿がある。
「特別製だかなんだか知らんが、こんなもので足止めなんかされるか。ティーエは返してもらうぞ」
冷徹な無表情と抑揚の無い声。遠目に見ても分かるほど、海斗は怒っていた。怒りに燃える灼熱の炎と、非道な迄に冷え切った氷をその目に宿している。
「お帰り願えないなら力づくでも出て行ってもらおう。命の保証はせんよ?ククク………」
「もう喋んじゃねえ。殺すぞ」
海斗はジュリアスのいる研究室に向けて、走った。
「無駄なことを………私を見つけられたら、ティーエに合わせてやる。まあ、見つけられたら、だがな」
その言葉を残して、ジュカインが映ったモニターは姿を消した。最後までそれを見ていた甲賀は、海斗に大きく遅れをとったがすぐに追いついた。そこからの行動は早かった。無機質な廊下を休むことなく走り続け、扉があると瞬時にそれを解放した。ほとんど何も無いことが多かったが、時に研究機材らしきものがあると、片っ端から粉砕した。その扉が何枚目かも分からなくなる頃、今までとは少し違った雰囲気の扉が現れた。海斗は問答無用でその扉を蹴破ると、中には捕らえられたティーエの家族達がいた。液体の詰まったカプセルの中で、動こうともせず漂っている。
「甲賀。やるぞ」
「分かりました」
海斗はカプセルを殴り割り、甲賀は剣を突き刺した。ものの数秒で全員を助け、とりあえず起こした。
「ゲホッ、ゲホッ…すまねえ、捕まっちまった………」
次々に起き上がり、今までのことを説明した。すると、やはり知っていたのか、全員が怪訝な顔をする。
「ど、どうしたんですか………?」
何も知らない甲賀が、戸惑うように聞く。
「………カイトは知っているのか?」
海斗は黙って頷いた。海斗は前にティーエの口から直に聞いている。彼等は当事者なので説明するまでもない。
「一体なんですか?僕に何を隠してるんですか」
「こんな状況だ。言っちまってもいいよな…」
ロイが、隠していたことを話し始めた。
自分達が作られた存在である事。
ティーエもそうであり、作られた自分達から更に作られたクローンのクローンである事。
ここは、その自分達が作られた研究所である事。
ロイは包み隠さず、全ての事を話した。
「………どうしてそんな大切なことを黙っていたんですか」
「言えるわけねえだろ。突然そんなこと言ったって、まず誰も信じちゃくれない。だからって証拠を見せると、ポケモンじゃない化け物扱いだ。自分から化け物扱いされたがる奴なんていない」
「ッ………」
甲賀は完全に黙らされてしまった。返す言葉が無いからだ。
「今さら普通の生活なんて望んだって出来るわけねえんだ。そもそも自分自身が普通じゃねえんだから」
ロイが力無くニヒルに笑うと、全員俯いてしまった。
「………そこで諦めてしまうんですか」
甲賀が強い意志を秘めた目で言った。
「そこで諦めるんですか?自分が普通じゃないから、他と違うからって」
その時、ロイが激昂して甲賀に掴みかかった。
「うるせえ!その口引き千切るぞ!お前に何がわかる!お前なんかに俺たちの何が分かるってんだ!!作られたその日から戦闘兵器として定め付けられて、せっかく逃げることが出来たのに逃げた先でも白い目を向けられて避けられて!確かに俺たちは普通とはかけ離れてるよ!母親の腹から産まれねえでカプセルの中で育ってよお!作られたその日からずっと戦わされてよ!それでも何一つ変わんねえんだよ!姿も!言葉も!声も体も何もかも!!変わんねえんだよ!俺逹の何処が普通の奴と違うのか!言って見やがれ!」
ロイは「クソッ……」と言いながら、甲賀を突き放した。その目には涙が溢れている。
「ロイ兄、落ち着いて………悪かったね、僕の兄が急にこんなことを。怪我は無い?」
レイトはロイを宥め、甲賀を案じた。しかし、「でもね」と、レイトは付け加えた。
「あまり事情を知らないのにそういう突っ込んだことは言わない方がいいよ。僕らにも過去を掘り返されるのは苦痛なんだ。だからもうその話はして欲しくないな」
優しく、だけど確実に釘を刺したレイト。甲賀も何かを言おうとした時、場違いな声が響く。
「おやおや、諸君。カイト君はどうやら君達を助け出すのに成功したようだね。あーあ、これでは私の部屋も時期に見つけられてしまうなぁ。さて、実験の最終段階に移るとするかな………ハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
どこから現れたのか、突然モニターが現れ、嫌なことを告げるとまた消えた。瞬間、そこらに電気が走り、施設を更に破壊した。
「クソッタレがぁッ!どこまでも俺たちを舐めやがって!!」
破壊するだけ破壊して怒り狂いながら部屋の外に飛び出していくロイ。突然のことに、甲賀も海斗も動けなかった。
「ロイ兄が行った先がきっとアイツの居る場所だ!みんな、ついて来て!」
レイトは呆然とする彼らを纏め、ロイを追いかけた。その先にいる相手と、決着をつけるために。
「(待ってろよ、ティーエ。もう少しだからな)」
拳に握る決意は何よりも硬かった。
〜ジュリアスの研究所 第一研究室〜
「ここだよ!アイツの居る部屋は」
レイトがある扉の前で止まると、海斗は走った勢いを使ってその扉を思い切り蹴り開けた。派手な音を立てて蹴り破られた扉は、その衝撃で外れて壊れてしまった。
「ウェルカム!諸君!よくぞここまで辿り着いたな。メンバーも全員出揃ったことだし、狂気なる宴をあげようか!!」
扉を開けるなりいきなりジュリアスが嬉しそうに声を張り上げた。その時、手に持っていたボタンが押される。
「君達のためだけに作り上げた最高の宴だ。存分に楽しんでいってくれたまえ!」
ボタンと連動して、七つのカプセルが開いた。
「共演者は君達自身だ。まあ、海斗君と甲賀君には特別だ。おい!相手をしてやれ」
ルーには、ルーのクローンが。
ロイには、ロイのクローンが。
レイトには、レイトのクローンが。
ジストには、ジストのクローンが。
クラブには、クラブのクローンが。
リンには、リンのクローンが。
ステンには、ステンのクローンが。
そして、海斗と甲賀には、なんとティーエが。
「ティーエ!無事だったのか!?早くこっちに来るんだ!」
反応は、無い。
「クク………ティーエ。君の相手は目の前の二人だ。好きなだけ遊んであげなさい」
「はい…マスター…」
光の無い瞳でティーエは答えた。