第63話 ドウシテ
激しいぶつかり合いの末、結果引き分けで終わった戦い。だけど、運命は彼らが休むことを許さないー
「いって!もう少し優しくしてくれよ……」
戦いは引き分けで終わり、今は救助基地跡地で体を休めている。(なぜ跡地かは61話を参照)
「もう!少しぐらいゆっくり出来ないの?」
不器用ながらも包帯を巻いて治療するティーエ。海斗は脇腹に水手裏剣が刺さったが、甲賀は電気を受けただけなので横になっている。
「どうですかー。そっちの進み具合はー」
「ああ、問題ねぇよ!このまま行けば三日後くらいには出来上がんじゃねえか!?」
横になった状態で甲賀は空に声を投げた。それに対し、少し高いところから返答が来る。基地が壊れてしまったので、なんとロイが家を作ると言い出したのだ。彼らも次々に賛成し、今は家族総出で建築中だ。全員器用なもので、もうすでに骨組みが組みあがっている。結構大きな基地を作るようだ。もちろん、そこに彼らのティーエに対する愛があることを忘れてはいけない。
「それにしても海斗さんは強いですね。まさか引き分けになるとは思っていませんでしたよ」
「簡単に負けてたまるかよ。体一つで今までを戦い抜いてきたんだ。そうそう負けはしねえよ」
自慢気に語る海斗の元に、ソルドやルアン達が用を済ませて帰って来た。両手いっぱいになる程のリンゴやオレンの実を持っている。
「ただいま…って、なんでカイトまたティーエに包帯巻いてもらってんの?」
事情を知らないソルドが聞いてくる。
「ん。暇だったから甲賀と戦り合ってた」
さらっと不可思議なことを言う海斗に首を傾げる買い出し四人組。甲賀も大体そんな感じだ、と、頷く。
「何でもいいけど、少しは休みなよ。買ったものはここに置いておくよ。僕らはまだやることがあるから」
ソルドはそう言うと、買い出し四人組と共にまた広場に向かった。
「カイト、包帯巻くの終わったよ。もう無理しないでよね」
「はいはい、分かったよ」
ティーエの小言を躱すと、さっさとその場に横になった。その時、ちょうど良く眠気が襲って来た。逆らう理由も無いので、眠気に体を預け、ゆっくりと闇に落ちていくことにした。眠りに落ちる寸前に聞こえた落下音はきっと気の所為だろう。
*
「………ここは…」
気付くと、いつか見た真っ白い空間。薄靄が掛かってて、見通しが非常に悪い。
「………………………なんでまたここに……」
海斗は今思い出した。あの時見た気分の悪い夢を。どうして今まで忘れていたんだろう。
もしや、と思って自分の体を見てみる。あの時とは違って怪我をしているところはない。五体満足の状態だった。そして、目の端に気味の悪い知り合いが現れる。
「………ティーエか…」
光の無い虚ろな目。ロボットの様に感情の無い顔。生気を感じられない、『イーブイ』として出来過ぎている体。
全てが似てるのに、何一つ似てないティーエ。
「………違う…俺の知ってるティーエは、そんなじゃない。答えろ…お前は誰なんだ」
項垂れていた首を長い間放置されて錆び付いた機械のように重く鈍く持ち上げて、海斗を視界に捉える。
「助…ケ……てェ…」
虚ろな目から一筋の涙が溢れると、確かに、そのティーエは海斗に助けを求めた。
*
「………ここはどこだ」
気付いたのはさっきとはまるで違う場所。緑溢れた草地では無く、鉄の壁と柵で覆われた無機質な空間。海斗は自分の記憶を検索してみても、該当する記憶は一つも無かった。
「誰もいないのか?………ティーエー。甲賀ー」
知り合いの名を呼んでも返事は無い。無機質な空間に、虚しく響くだけだった。
「むう………」
海斗はその場に座り込み、思考を始めた。
「(最後に記憶があったのは救助基地隣の草地に横になった瞬間。その後すぐに眠くなって、寝ることにした。それ以外になんか変なことは無かったか?思い出せ………)」
海斗は押し込むように考え、記憶が無くなる一瞬前にある音が聞こえたのを思い出した。
「(………そうだ。あの時何か柔らかいものが落ちるような、ボスッ、って音を聞いた。それも、一つじゃなくて複数。あれは一体なんなんだ)」
その音について海斗は考え続けた。
「(柔らかいもの。あの時周りに何があった?誰が居た?ティーエ、甲賀、ティーエの家族。それと、建築中の家、あの四人が買ってきた食料、建築に必要な工具一式、
近くに置かれた木材。………思い出せるのはこれくらいか。柔らかいものは一つも無いな。うーん………)」
しばらく考えた海斗だったが、結局答えは分からずじまいだった。
「黙ってても仕方ない。行動するか」
海斗は言うが早いか、牢屋の扉の繋ぎ目を狙って殴りつけ、扉を壊した。
「よし、開いた開いた。さーって、探索開始〜」
どこかにピクニックにでも行くかのように、ニヤついた笑顔で暗い鉄の廊下を歩き始めた海斗だった。
*
「ここは一体どこなんですかねえ。うむぅ………」
誰もいない廊下に、ヒタヒタと誰かの足音が遠くまで響く。水色の体色に小さな体。身の丈の半分以上もある白い剣を担ぎ、のんきに無機質な鉄の通り道をあるく。
そう、甲賀も海斗と同じく、この分からない場所に連れて来られていたのだ。
「もしかしたら僕だけじゃなく、近くにいた彼らもここに連れて来られているかもしれませんね。歩きがてら探すとしましょうか」
誰に聞かせることもなく独り言を呟き続ける甲賀。
そして甲賀が廊下を歩いていると、曲がり角で突然誰かにぶつかった。少し大きな衝撃が伝わってきたので、甲賀は尻餅をついてしまう。
「いたた…大丈夫ですか?すいません、少しボーッとしてて………」
「ああ、こっちこそ悪かった。誰もいないと思ってから特に気をつけてなかったんだ………ん?」
「………え?」
なんと、甲賀がぶつかった相手は海斗。お互い思いもよらない形で再会を果たした。
「海斗さん…海斗さんもここに来ていたんですか?」
「来た、と言うよりは連れて来られたって感じだな。あいにく自分で来た記憶がない」
そこでまた考える。何故この二人がここに連れて来られたのか。重なる条件は二つ。
救助隊レオパルドのメンバーであること。
もう一つは、さっきまで救助基地跡地にいたこと。
考えた結果、彼らは救助隊レオパルドのメンバーであることの線が強いと思った。すなわち、他の誰かもここに来ているかもしれない、ということだ。
「どんな状況なのか分かんねえけど、黙ってるより動いた方が得策だろ。行くぜ、甲賀」
「ええ、分かりました」
二人の意見が合ったところで、人気の無い廊下をまたぺたぺたと歩いて行った。
不自然なくらい暗い廊下。長い一本道の両端には扉ではなく、牢屋が大量にある。ほとんどが誰もいない牢屋だったが、たまに白く細いものが散らばっていたり、ずっと前に塗りつけられたらような茶色いシミが幾つもあったりした。数こそ少ないが、目に入る度に不愉快になる。そこから連想されるものは想像力が乏しくとも、容易に思い付くものばかりだからだ。それと同時に、すぐに理解した。
ここは何時もの平和な日常が続く場所なんかじゃないことを。
「………随分と物騒なところだな。気分が悪いぜ………」
言ったそばから、足に何かが当たる。小さな白い何かが飛んで行った気がしたので、足元は見ずにその場を通り過ぎた。
「………僕の予想が正しければ、今この状況は非常に危険です。早めにみんなを連れて脱出しないと、それこそ、命が危ない」
突然意味のわからないことを言いだす甲賀。まるでここに自分達以外の誰かが居るような言い方だ。
「こんなとこさっさとオサラバしたいのは確かだが………みんなって言ったって、俺たちしか居ないだろうがよ。他に誰がいるってんだ?」
「ティーエさん達です。僕の仮説が正しければ、彼等は今命の危険に晒されています。早く見つけださないと、大変なことになります…!」
甲賀が言った意味がわからず、海斗は首を捻るばかりだった。だけど、ティーエ達が危険だと聞いて黙ってはいられない。
「マジかよ………だったら早くしねえと。甲賀、こんなとことっとと抜けて、さっさと帰るぞ」
言い切るか否かの時にはすでに海斗は走り出していた。甲賀もそれに続く。その瞬間、海斗は何かに足を取られて派手に転んでしまった。
「いててて…一体なん___
躓いたものを確認すると同時に、海斗に戦慄が走る。
つまづいたモノを見ると、それはかつて、ポケモンだったモノ。そしてそれは、海斗が良く知る種族でもあった。
一目見て分かる。このポケモンはゼッタイに生きていないことを。動くことを忘れた身体と、光を完全に失った虚ろな黒い瞳。
___気付けば、海斗は震えていた。急激に感じる寒気に、ガチガチと打ち鳴らす歯。目の前には、ありえないモノ。そう、これはモノだ。何のことはない。きっと誰かがここに置き忘れていったモノだ。そうだ。きっとそうなんだ。ましてや、それが
自分が良く知る相手だなんてことはゼッタイにない。
「ウソだろ………なあ…ティーエ………」