第61話 ケリをつけろ
宴から一日が経った。エレナがひっそりと自分のコトを打ち明け、三人を困惑させた。それぞれの時間が、動き出すー
いったい、どれだけ時間が経ったろうか。気が付けば俺は床の上で横になっていて、少し気持ち悪い気もする。
「………起きるか…」
特にやらなきゃいけないことがあったわけではないが、起きることにした。床で寝た所為か、体の節々が痛い。
「………誰も起きてないのか。にしても、ひどい汚れっぷりだな。汚れというか、荒れというか」
何も知らぬ者ならこの惨状を見ただけで絶句するだろう。食器、主にコップが散乱し、そこらにゴミが散らばっている。何より特筆するのは強烈なアルコール臭である。言わずもがな、火気厳禁の状況だろう。
そうとも知らず海斗は途轍もなく危険なことを考えていた。
「面倒だからまとめて起こすか。せーのっ……」
強力な電撃をお見舞いするために力を溜めたのが運の尽きだった。ピカチュウが発電した時に起こる頬の電気袋からの漏電現象。それが空気中のアルコールに引火し、爆発した。
ドカァァァン!!!!
「うおおおおおおぉっ!?」
爆発音が響き、辺りに火が撒き散らされる。巨大な爆音で大半の者が目を覚まし、更に飛び散った火の粉で残りが目を覚ました。それだけに収まらず、その爆発は残ってた酒や、床にこぼれたものにまで引火した。
「やっべぇ……!全員、今すぐここから出ろ!じゃなきゃ死ぬぞ!!」
処理能力の低い寝ぼけた頭のまま全員が外に向かって走り出した。幸運にもどこかで詰まったり転ぶ者は居らず、全員が速やかに脱出できた。海斗は全員逃げるのを確認すると、自分も脱出するために出口に向かって走り出した時だった。燃えたことで脆くなった天井が一気に崩れたのだ。基地がぺしゃんこになる前、ギリギリに海斗は脱出した。瞬間、大きな音を立てて基地が全壊した。火は大きく燃え盛り、今となっては見る影も無い。
あまりにも衝撃的な光景に、誰も、何も言えなかった。
*
レオパルドの救助基地が崩れたことはあっという間に広まり、ポケモン広場の住民全員が見に来た。原形を留めてない基地の姿に悲哀を訴えたり、ザマァ見ろと悪態を吐くものもいた。
「すまん………俺の不注意だ………」
一同は基地より少し離れたところで集まって今後どうするかについて話し合っていた。基地に戻れたことと、エレナが生きていたことを喜び過ぎて自分たちの疑いがまだ腫れてないことを完全に忘れていたからだ。そのことだけでなく、崩れてしまった自分たちの家についてもどうにかしなければならない。やらなきゃいけないことは山積みだった。
「このままじゃマトモに動くこともできません。疑いを晴らすところから始めましょう。寝るところはなんとでもなるはずですから、とりあえず基地は後回しにしませんか」
海斗が話せない状況のため、甲賀が率先して今するべき事を纏めた。
「そう……だね。………あれ?そう言えばエレナは?」
ティーエの声に続いて、知らない、見てないと言う声が続く。瞬間、全員に最悪の想像が浮かんだ。
「エレナさんならそこにいますよ。他にも数人いますが」
甲賀が言った一言で想像はいとも簡単に崩れた。なんとエレナは昨日外に出たまま外で眠りについてしまっていたのだ。他の三人も同じである。
「なんでこんなところで寝てんだ……?」
事情を知らない海斗は疑問に思ったが、無事だったことを知って安心した。
*
言葉通り本当に何もなくなってしまったので、とりあえず分担して作業に取り掛かることにした。顔の知られてないルアンやソルド、エースは広場に買い出しに。ティーエの家族は基地の再建、レオパルドの面々は自ら疑いを晴らし、世間に知らしめるためにペリッパー連絡場に向かった。
今バレては面倒なことになるため、広場をコッソリと通った。幸運にも気付いたものは一人もいなかったようだ。
〜ペリッパー連絡場〜
変わらず怪我人がひしめき合い、それぞれが暗い顔をしている。
「信じられませんね……まさかこんなに怪我人が出てるなんて」
「大方無茶なところでも探索してるんだろ。俺たちが帰って来てることも知らされずに難儀なもんだ」
驚く甲賀の相槌を打ちながら、連絡場の中に入っていく。ここも変化は無く、酷い有様だ。
転がる重傷者の間を素早く抜け、連絡場のカウンターにたどり着く。そこで懐かしい顔にあった。
「パーシバル……居たのか」
「あん?……カイトォ!?と言うかティーエちゃんも!?なんでここに!?__いでっ!」
「うるさいぞパーシバル!怪我人の傷に響くだろうが……」
同輩か先輩か、他のペリッパーに叩かれるパーシバル。痛そうに顔をさすっている。
「パーシバルさん。今日はお願いがあって来たの。聞いてくれる?」
一番仲の良いティーエがパーシバルに話を持ちかけた。ティーエの普通ではない雰囲気に気付き、パーシバルのふざけた雰囲気は身を潜め、キリッとした真面目な顔になる。
「いいゼ。乗り掛かった船だ。最後まで乗船してやるよォ」
ティーエは詳しい内容を話した。今すぐにでも飛んで、海斗の疑いが晴れたことをみんなに伝えて欲しいと。それに対するパーシバルの顔色は芳しくない。
「___というわけなんだ。私に出来ることがあるなら極力手伝うから。協力してくれないかな」
「オレは別に構わねえけど………こんな状況でだしなァ。人手はどれだけあっても足りなくてよ」
「そこをなんとか!お願いだよ!これ以上、誰かが傷付くのは嫌だから………」
「………チッ、しゃーないわな。ちょいと今は厳しいが………絶対になんとかしてみせるゼ。一般地方公務員の底力、見せてやるよォ」
消極的だったパーシバルの眼に炎が灯された。どうやらやってくれるようだ。
「本当!?ありがとう、パーシバルさん。…でも、無茶はしないでね」
「あったぼうよォ!ま、大船に乗った気分で待ってな。最高の記事書いてバラまいてやるからよォ!」
パーシバルの説得は終わった。後はパーシバルに任せっきりになってしまうが、こちらもやらなくてはいけないことがある。
「ありがとう、パーシバルさん。私達は他にもやらなくちゃいけないことがあるから、行くね」
「任せとけ〜。目ン玉飛び出すようなとびっきりを書いてやるゼ!」
後は、嘘をついたゲンガーに制裁を加えるだけだ。
〜ポケモン広場中央〜
海斗が帰って来たという報から一夜。何時までも姿を現さない海斗にゲンガーは苛立ちを覚えていた。
「ケッ!あの野郎、何時になったら姿を現わすんだ!ノコノコとここに来てとっととやられればいいんだ!」
痺れを切らし、大きな愚痴が溢れる。その時だった。
「よお。ゲンガー………久しぶりだな」
考えていた方向からは違う所からの登場だったが、ようやく待ちわびた相手のお出ましだった。
「おお、指名手配犯達のお出ましじゃないか!自ら捕まりに来るなんて殊勝なこったなぁ!ケケケッ!」
「黙れ!この、ホラ吹きやろう!てめえの所為でこっちがどれだけ大変な目にあったのか分かってんのか!?」
ゲンガーは更に嫌らしい笑みを強くする。
「知らないねえ。元はと言えばお前が悪いんだろう?昔に関しちゃ記憶が無いそうだが、やったことは変わらねえ!おとなしく昔の罪を償ってろ!ケケケケケッ!」
互いの言い争いはヒートアップしていく。
「やかましい!それなら仲間じゃなくて俺を狙え!こっちは一人死にかけたんだぞ!」
「ケケケッ!それならなお好都合!犯罪者と一緒にいるやつなんて同罪だ!死んで当然なんだよ!」
この一言は、海斗の自制心を崩壊させるには充分だった。
「好き勝手言いやがって………!ブッ殺す!」
「私ももう勘弁ならないよ!絶対に許さない!」
「待ってください!今は抑えてください」
危うくゲンガーに殴りかかりそうになる二人を止める甲賀。
「止めるな!甲賀!俺は………あいつをブッ飛ばさなきゃ気が収まんねぇ!」
「落ち着いてください!少しぐらい周りを見たらどうですか!」
唯一理性的な甲賀が海斗の頭を冷やした。怒りは判断を鈍くさせてしまう。
「ゲンガーの周りにいる人たちはまだ誤解したままです。その状態でゲンガーに襲いかかったらどうなります?」
「それは………」
やっと落ち着きを取り戻した海斗に、甲賀はため息をついた。
「間違いなくゲンガーを庇うでしょう。僕に任せてください。必ずあいつを一人にさせてみせますから」
異様なまでの自信を持って、甲賀はゲンガーの方に向いた。
「ゲンガー!あなたはいつもの海斗さんを知っていますか!?他人のために命をかける、全力の海斗さんを見たことはありますか!?」
突然何を言いだすかと思えば、甲賀は海斗のことを話し始めた。
「何もかも分からない、知らない土地であなたは何の見返りも求めずに、困ってる人がいたら助けられますか!?」
一見ゲンガーに話しかけているように見えるが、甲賀の真の狙いは別のところにあった。
「これって、もしかして………」
ゲンガーの近くには、プルーフがいた。海斗とティーエが出会ってまだ救助隊ですらない時に助けた相手。それがプルーフだった。
「怪物が居るという危険な谷に、何の躊躇いも無く飛び込んで行けますか!?」
今度は沈黙の谷での出来事だ。近くにいたダーテング、エドゥが体を硬直させる。
「自分の身も顧みずに怪物を追って、それを撃退して誰かを助ける思いの強さが、あなたにはありますか!?」
今度はらいめいのやまでの出来事だ。あの時、海斗は重傷を負って、だけど諦めずに戦ってサンダーからエドゥを助け出した。
「なんで海斗さんがここに戻って来たかあなたには分かりますか?あなたかここでのうのうと過ごしてる間に、何度も傷付きながら実際にキュウコンにあって確かめて来たんです。自分は伝説に出て来た人間では無いと!」
この一言にゲンガーの周りがざわつく。たしかにそういうことなら敵だらけのここに戻ってきた意味も理解できる。このざわつきにはゲンガーも余裕の笑みを崩さざるを得ない。
「ウゲゲッ!そ、そんなのデタラメに決まってるだろ!大体そんなもののどこに証拠がある!自分達が正しいってんなら、見せてみろよ!」
崩れたままの笑みでゲンガーは言い返す。
「証拠は、無い。だけど、そんなもの必要無い!」
余裕の笑みは完全に元に戻り、嘲りを込めてゲンガーは笑い出した。
「ケケケケケッ!証拠が無いんじゃ仕方ないねぇ。お前ら!やっちまえ!」
周りにいる広場のポケモン達に出した指示。だけどこの指示に従ったのはゲンガーの取り巻き、アーボとチャーレムだけだった。他は、黙して動かない。
「どうした?とっととやっちまえよ!」
「………………出来ないよ………」
プルーフの口から出た言葉は、ゲンガーを否定した。
「あ?なんだオメーは。なんか言ったか?」
「僕にはカイトさんを傷付けることなんて出来ないよ…。僕は…僕はカイトさんを信じる!」
プルーフは大きく叫ぶと、海斗の方に走って行った。そしてゲンガーの方に向き直り、ゲンガーを睨み付ける。
「ゲンガー!お前の言うことなんてもう信じないぞ!僕はカイトさんの味方だ!」
海斗はプルーフの体が震えていることに気付いた。こんな小さな体に全力で勇気を込めて、とても大きな覚悟を決めて今ここにいることを海斗は知った。そんはプルーフをゲンガーは吐き捨てた。
「ケッ。裏切り者が増えたか。ま、纏めて始末しちまえばいいか!ケケケッ!」
ゲンガーがそう言い放つと、甲賀は勝ちを確信した。
「さあ、早くやっちまえよ!世界を救った英雄ってことで、名前を残せるかもだぜ!ケケッ!」
「…俺もカイトを信じる。なんで早く気付かなかったんだ。俺はコイツが居なきゃ今頃墓の中に居たかも知れねえってのによ」
「だあ〜〜っ!俺だって信じたかったよ!あの時は悪かったなカイト!これで心置きなくお前を信じられるぜ!」
「お、オレだって信じるぞ!」
「ウゲゲゲゲッ!?どうしちまったんだよ!とっととコイツを倒せよ!」
一瞬で形勢逆転。もう誰もゲンガーの言葉に耳を貸す者はいなかった。甲賀はゲンガーではなく、住民達に語りかけることで海斗を思い出させたのだ。しかも更にゲンガーにトドメを刺す出来事が起きた。
「そらそらぁ〜〜!!号外ごうが〜〜〜い!号外だあ〜〜〜!」
突如として聞こえた声に、全員が振り向く。空には沢山のペリッパーが飛び回っており、その中にはパーシバルの姿も見えた。パーシバルがこっち向かって急降下すると、新聞を取り出してそこにいる全員に手渡した。
「ハッハッハー!どうよ、これがオレの本気だぜ。説得すんのに苦労はしたが、一度信じさせればこっちのもんよ!トントン拍子で事が運んじまって俺もビックリだ!」
パーシバルが配る新聞にはデカデカと今回の記事が載っていた。
『救助隊レオパルド、疑い晴らす!FBL立会いのもと、キュウコンと会った彼等は無実を証明した。これによりゲンガーが言っていたことは真っ赤なウソということが判明した』
「ウゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲ〜〜〜〜〜〜〜ッッ!?」
「んじゃあオレはこれを世界に配って来るからよ!後のことはお前さん達次第だぜ。あばよ〜」
のんきに手を振ると、ほかのペリッパーと同じようにまたどこかへと飛び去っていった。
パーシバルが居なくなると、ポケモンニュースを手にしていた、ハスブレロがこめかみに青筋を立てる。
「ゲンガー…お前、騙しやがったなーーーー!?」
手に新聞を握りしめて、広場の住民達が次々に殺気立つ。
「ウゲゲゲゲゲゲッ!こいつはマズイことになった!に、逃げろーーーーーーーーー!」
身の危険を察知したゲンガー達は脱兎の如く一目散に逃げ出した。
「待てやコノヤロー!よくも騙しやがって〜〜〜!」
逃げるゲンガー達に追うダーテングとハスブレロ。はたから見れば何かと平和な光景だが、その裏に隠された真実はかなり非道なものもあった。
「ティーエと甲賀は、住民のみんなと雑談とかして楽しんでてくれ。俺は、ちょっとやることがあるからよ」
海斗が笑顔でティーエの頭を撫でると、キッと厳しい表情に変わり、ゲンガーを睨んだ。
「チャージ、雷装。脚」
技を発動させるが早く、誰よりも早くゲンガーに追い付くと、その頭をつかんだ。
「ウゲゲッ!?何すんだ!離しやがれ!」
走っていたところに急激な重さが加わり、バランスを崩して倒れこむゲンガー。
「悪いが、憂さ晴らしに俺が使える最強の技の一つをブっ込ませてもらうぜ。命の保証はしねえ。気合いで生き残れ。___ハアアアアッ!」
体内の発電機関を限界以上にフル稼働させ、大量の電気を纏う。それは、海斗の身体が金色に光るほどに。
「
断罪の稲妻!!!」
海斗の体が一瞬煌めくと、天空から現れた雷の柱がゲンガーと海斗を撃った。
「ウゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲゲーーーーーーッッ!!!」
雷に打たれたゲンガーは丸焦げになって気絶してしまった。ゲンガーと同じように黒くなった地面が、威力の高さを物語っている。
「これでコイツも懲りたろ。次は生かしておかないからな」
あれだけの技を使っておきながら何故か傷一つない海斗は、両手を叩きながら言った。ゲンガーを追っていた住民達はあまりにも一瞬の出来事とありえない一撃にヒクついていたが。
「さて、やることはまだあるけど………少しくらい息抜きしたっていいよな」
海斗は雑談していたティーエと甲賀を連れて、久し振りに喫茶・鳥の巣へ行くことにした。